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17話 奈落の集落

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 牙竜討伐の翌日、俺たちはアビスランドの集落へと向かうことにした。
 ミアが故郷の味を再現するのに必要な調味料を探すためだ。
 牙竜の素材を持っていけば貴重な調味料と交換できる。もちろん調味料があればの話だが。

 一番近い集落でも道は険しく、アビスランド特有の暗闇が視界を阻み、冷たい風が吹きつけてくる。

「ゼリルさん、本当に調味料が手に入るんでしょうか?」

 ミアが不安そうに尋ねてきた。

「アビスランドで手に入る調味料は限られているが、集落には貴重な物資が集まっていることも珍しくない。期待しすぎない方がいいが、言ってみなければ見つかるものも見つからない」

 少し安心したように微笑んむミアだったが、心の中ではまだ不安が拭いきれないようだ。
 フェンリスもミアを励ますように顔をすり寄せている。

 しばらく歩き続けてようやく目的地である集落に到着した。
 この集落も洞窟の中にあり、広々とした空間の中で簡素な石造りの家々が立ち並んでいた。

 家々の間を行き交っているはゴブリンのようだ。小柄で緑色の肌を持ち、鋭い目つきをしている妖魔の一種である。
 集落に入ると、すぐにゴブリンたちがこちらに注目した。
 俺たちを歓迎するように手を振ってくる。

「おやおや、珍しいお客さんだ。ようこそ、我らの集落へ」

 先頭に立つ年老いたゴブリンが、にこやかに声をかけてきた。
 その笑顔にどこか胡散臭うさんくささを感じたが、表情には出さずに応じた。

「俺たちは調味料を探している。牙竜の素材と引き換えに交換できないか?」

 そう尋ねるとゴブリンの長老は一瞬目を輝かせたが、すぐに表情を穏やかに戻した。

「調味料か。それは少々難しいが、我々の倉庫を見ていってもらっても構わんぞ。牙竜の素材は貴重だからの。ただ、最近は物資が少なくなっていてのぅ」

 長老の言葉に警戒心を強める。
 彼らの友好的な態度には何か裏があるように思える。
 ひとまず頷いて見せた。

「倉庫を見せてもらう。もし何かあれば、牙竜の素材と交換したい」

 長老はにこやかに笑いながら、俺たちを倉庫へ案内した。フェンリスはミアのそばを離れず、常に周囲を警戒している。ミアもまた、少し緊張した様子で周囲を見渡していた。

 倉庫に到着すると、ゴブリンたちは大きな扉を開けて俺たちを中に招き入れる。
 正直、中身には失望を禁じ得なかった。
 そこにはごくわずかな食料と古びた道具があるだけで、調味料らしきものは見当たらない。

「これが我々の持つ物資の全てじゃ。残念ながら、ほとんど残っておらん」

 長老はそう言いながら肩をすくめた。
 言葉に嘘はなさそうだったが、それでも何か違和感を覚える。

 物資がないのなら、どうしてわざわざ倉庫まで案内した――?

「そうか、残念だな」

 短く返事をしながらミアに目配せをした。

「仕方ないですね。長老さん、ありがとうございました」

 お礼を告げたミアの表情は強張っている。
 どうやら彼女もおかしな気配を感じたようだ。

 案の定、集落の他のゴブリンたちが周囲を取り囲むように集まり始めた。
 その目には明らかな敵意が宿っている。

「お嬢ちゃん、そんなにがっかりすることはないよ。我々と一緒にもう少し話をしようじゃないか?」

 別のゴブリンがそう言いながら近づいてきた。
 その手に握るナイフが鋭く輝いていり。

 すぐさまフェンリスに合図を送り警戒を強めた。
 ミアが驚いた表情で俺を見つめたが、すぐに状況を理解して身を引き締める。

「悪いが、俺たちは長居をするつもりはない。もう行くとしよう」

 そう言い放つと、ゴブリンたちは明らかに不満そうな顔を見せた。
 長老もまた、笑顔を崩さないまま、俺たちを睨んでいる。

「そう急ぐこともなかろう? せっかくここまで来たんじゃ、少しゆっくりしていったらどうじゃ?」

 そんな戯言に耳を貸すつもりはなかった。
 俺はミアの手を引いて、ゆっくりと出口に向かって歩き始めた。
 フェンリスも緊張感を漂わせながら、ゴブリンたちに隙を与えないように警戒している。
 ゴブリンたちは一瞬戸惑ったようだったが、次の瞬間には友好的な仮面を剥がし、明らかな敵意を持って俺たちに襲いかかろうとした。

「ミア、今すぐ走れ!」

 俺が叫ぶと同時にフェンリスが先に飛び出し、牙を剥いてゴブリンたちを牽制して包囲を崩した。
 ミアは驚きながらもすぐに反応し、俺たちと共に出口に向かって全速力で走り出す。
 ゴブリンたちは鋭い声を上げながら追いかけてきたが、フェンリスが素早い動きで進路を妨害し、俺たちはなんとか集落の外へと逃げ出すことができた。

 暗闇の中をひたすら走り続け、ようやく安全な場所にたどり着いたとき、ミアは息を切らしながらも驚いた表情を見せた。

「ゼリルさん、あのゴブリンたちは……」

「どうやら奴らはお前を狙っていたようだ。人間の女、しかも子供ともなれば珍しいからな。高く売れると考えたのかもしれない。あるいは自分たちで慰み者にしようとしてたのかもな」

「そうだったんですか……」

 ミアが自分の体を抱いて身震いした。

「調味料は手に入らなかったが、お前が無事で何よりだった」

 しばらく黙りこんでいたミアだったが、小さく頷いた。

「……そうですね。でも、ゼリルさんとフェンリスがいてくれて本当に良かった」

 ミアの言葉にはいつものような感謝が込められていたが、同時に失望もにじんでいた。
 少し考えてから俺は現実的な提案をした。

「他の集落となると、相当遠い。別の方法を探そう」

「はい。こんなことぐらいで諦められません!」

 顔を上げたミアが微笑んで頷くと、フェンリスも一声鳴いた。
 調味料探しはまだ始まったばかりだ。
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