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11 秋人の気持ち
しおりを挟む「内藤、最近調子いいじゃん」
総務課の同僚に社内の喫煙所で声を掛けられ、まぁな、と返事をした。第二営業営課のエースとして上司にも毎月成績を上位になる事を期待され、元々体育会系だからそれは特に不満はない。結果を残してなんぼ、営業とはそういうものだと理解はしている。だが、最近は特に営業に力を入れているのには訳があった。
「何?そんなに稼いでどうするの?」
社内の喫煙所といっても、4畳くらいの部屋の中央に灰皿が2つと天井には空調機、扉と廊下側の壁はなく全面ガラス張りで外から見れば喫煙所と一発でわかる。愛用している電子タバコを吸っていると、総務課の同期の相田がやってきたのだ。こいつは、すでに結婚していて子供もいるのだ。子供が小さいからと、家では吸えないタバコをこうして喫煙所にやってきては吸っていて、時々近況を話したり今後の社内に流れる目標やニュースを先に教えてくれたりする。
「…ちょっとな」
この会社は営業成績が上位5位までの者は、歩合制で貰える報奨とは別に特別手当がもらえるのだ。同期にも言えないのは、それが確定していないからだ。
――アイツと結婚
元々ある目的のために貯金をしていたが、史恵とこういう関係になって、目標を早く達成出来るようにもっと頑張ろうとこの半年死ぬ気で頑張ってきた。
「内藤知ってるか?最近柳瀬が変わったの」
「…柳瀬が?」
色々計画を立てていてどう実行するか考えていると、相田が今ちょうど頭の中にいた史恵の話を振ってきた。
経理課と総務課は同じフロアだが、そうそう接点がないはずなのに総務課は暇なのか社内の噂や変化に敏感だ。
「最近綺麗になったとして社内でも持ちきりだぜ、あーあ、結婚早まったかなー」
ふー、とタバコの煙を吐く相田がそうふざけているが、愛妻家なのを知っている。だが惚れている女を褒められると、面白くないものは面白くなく。
「ふーん、そうなんだ」
彼女との関係は誰にも言っていないし、経理課のあの後輩なら俺の気持ちを知っているが、他のやつにべらべら話すようなタイプに見えない。
そういえばここ3ヶ月くらい、私服にスカートが多くなったし、この間なんか『新作のリップなの、可愛いでしょ?』とぷっくりとした唇を指差したアイツの口を塞いだっけ。その後『違う!』とぷりぷりと怒っていたが、てっきりキスして欲しいのかと思っていた。
「まっ、お前にはどうでもいいか」
俺の返事が素っ気ないと勘違いした相田は、社内での俺と史恵の領収書を巡るバトルを知っているのか仲が悪いと信じているのだ。
「…別にどうでもなくはねぇけどな」
「全くお前らは相変わらずだな」
やれやれと、呆れた相田は最後の一本と言って、手にあるタバコの箱からもう一本取り出す。
「でも柳瀬は彼氏と別れたばかりだろ、また出来たのかね」
「…さあな」
よくいえばオープンで、悪くいえば筒抜けの社内で、史恵との関係に名をつけらない今、余計なことは言わない。
――ずっと待っていたんだ、逃すかよ
違う話を始めた相田に頷きながらタバコを口につけ、虎視眈々とその機会が訪れるのを待っていた。
***************
『彼とは別れたの、浮気されたから』
飲んでいる時にそう言った彼女を、ホテルへと連れて行き身体の関係が始まった。人というのはとことん欲望には弱く、一度あれば次もその次も欲するものだと思い知った。二度目は我慢が出来なくなって、我慢の限界に達して暴れ出す直前に直接史恵に告げた。もしあの時断られていたら、と考えると恐ろしい。ずるずると関係を途切れさせる事なく、週一のホテルは死守した。最近では彼女の家にも行ったし、なんならデートもして中学生みたいに彼女の家へと送り届けて健全に別れた。
――初めて会った時から好きだ
いや、好きって言葉じゃ俺の気持ちが収まらない。彼氏がいると――結婚を前提に付き合ってると聞いて、つまらない嫉妬から彼女とは言い合いばかりしていたし、幸せそうに微笑む彼女を見ては八つ当たりみたいなのも時にはした。だが諦めが悪い俺は、彼女と結婚したいがために資金を貯めている。
――本当だいぶキモイな俺
時々我に返って、彼氏のいる女との結婚資金ってと自分のキモさに笑ったりもしたが、人生何が起こるかわからないものだ。
気がつけば片想い歴が長すぎて、拗らせてしまった感はあるが、あの手この手で彼女を誘っている俺――健気すぎないか?とたまに自画自賛してしまうのだった。
ぴろんとスマホからメッセージを受け取った音を聞いて、スマホをいじり始めた相田の横で俺もスマホを取り出した。
【大事な話があるの】
それはまさに今、考えていた史恵からのメッセージで、俺は素早く画面をタップして返事を入力する。
【わかった、夜に】
送信後すぐに既読になり、また返事が届く。
【わかった】
素っ気なくひと言、ただそれだけ。だが、今年の頭から連絡先も知らなかった関係から、一歩進んでいる。
――好きだ
仕事の後に会う、それだけで頑張れる気がするから、俺って単純だなと苦笑した。
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