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人質
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目が覚めたら固い感触のかび臭い床に寝かされ、真っ暗な地下倉庫みたいだった。部屋の隅に何個か木箱が重なり、葡萄の絵が描かれているから、多分ワインか何かだろう。湿った匂いとホコリの匂いが混じり鼻を刺激する。
裸の電球がポツンと古い扉の出入口を照らし、部屋の奥ーー私がいる場所まで明かりが届かない。
「おっ、お嬢様っ!」
聞き慣れた女性の声、カルメンの声にココにいるのは私だけじゃないと、ホッとして声のした方を向いた。
「っ!なんて事っ!」
昔から仕えていた執事がぐったりと横になり、駆けつけようと立ち上がろうとするが、手を縛られ足首も縄でキツく結ばれている事に気がついた。
数mしか離れていないのに身体が思うように動かない私に、カルメンは首を横に振る。
「お嬢様、起きたばかりですから急に動くと危険です!今、眠っているだけですのでどうかご心配をなさらないでください」
「っ、でもっ」
「お嬢様、大丈夫ですわ…きっと…きっと、騎士団長様が助けに来てくださいます」
「……そうよ…ね、そうよ、ハル様はきっと」
ーーココでは私がしっかりとしないといけないのに、カルメンに励まされ、情けない。こんな事…騎士団長の妻としてやっていけないわ
だけど、
『貴方様の噂は聞いておりますよ、成人して間もなく夜会に出ては、何やらどこかの貴族と姿を消していたと話題が持ちきりですよ…そんな噂のあるご令嬢を、生涯の伴侶として迎え入れるデーモン騎士団長の地位は危うくなりますな』
『ええ、我が君主に忠誠を誓った清廉潔白でなければならない男が、ふしだら女性、しかも由緒正しい公爵家のご令嬢!を嫁にしたら…国王陛下にも騎士団長の名誉にも傷が出来ますなぁ』
ロンセ公爵の言葉が頭に浮かんで、悔しくて涙が溢れてくる。ギュッと拳を握り心を落ちつかせようとしても、揺れる心は収まらなかった。
****************
「やぁ、やぁ、目覚めたかね」
何とか身体も少しずつだけだったが、カルメンと執事の所へと動かせ身を寄せていたら、倉庫の扉が開いた。
逆光で見えなかったが、部屋に入り裸の電球の下に立つと、徐々に顔の認識が出来た。
「あなた…は…」
見た事もない…いや、この方は…
「お初に掛かります…私はライン、ロンセ外交大臣の長男です…そして貴方の将来のご主人様です」
うっとりと私を見つめる瞳は、光がなく濁っているようにも見える。私を見ているのに視線が合わない事なんてないと思っていたけど、本当に奇妙な事もあると今知った。
「…貴方の将来のご主人様…とは…?」
「そのままの意味ですよ、私はね、幼い頃父に連れられたユルア・ムーゲル公爵令嬢のお屋敷で貴方を一目見た時から…貴方をモノにしたかったのです」
「…モノですって?!お嬢様はモノじゃありませんっ!」
彼の発する言葉に反応したカルメンに、ラインは冷めた目で見下ろす。
「使用人の分際で、俺に話かけるとは」
はっ、と嘲笑う顔がシュワルツ家で見た、ロンセ外交大臣とそっくりで、彼の父がロンセ外交大臣に間違いないだろうと、納得した。
「…たしかに、カルメンは私の侍女ですが…幼い頃から一緒に育ってきた私の姉みたいな存在ですわ…ライン様」
ーーどうしてこんなヤツに敬称を付けなくては、いけないのだろう。私の家族同然の、カルメンや執事をこんな酷い目に合わせて…こんなヤツにっ
ギュッと両手を膝の上で握ると、私の手の上にカルメンの手が置かれた。温かい手に驚いて横にいたカルメンの方を向くと、彼女は顔を横に振り、大丈夫です、と口をパクパクと動かしていた。
彼を怒らせたら何をされるかわからない。それだけは確実に今言える事だった。
裸の電球がポツンと古い扉の出入口を照らし、部屋の奥ーー私がいる場所まで明かりが届かない。
「おっ、お嬢様っ!」
聞き慣れた女性の声、カルメンの声にココにいるのは私だけじゃないと、ホッとして声のした方を向いた。
「っ!なんて事っ!」
昔から仕えていた執事がぐったりと横になり、駆けつけようと立ち上がろうとするが、手を縛られ足首も縄でキツく結ばれている事に気がついた。
数mしか離れていないのに身体が思うように動かない私に、カルメンは首を横に振る。
「お嬢様、起きたばかりですから急に動くと危険です!今、眠っているだけですのでどうかご心配をなさらないでください」
「っ、でもっ」
「お嬢様、大丈夫ですわ…きっと…きっと、騎士団長様が助けに来てくださいます」
「……そうよ…ね、そうよ、ハル様はきっと」
ーーココでは私がしっかりとしないといけないのに、カルメンに励まされ、情けない。こんな事…騎士団長の妻としてやっていけないわ
だけど、
『貴方様の噂は聞いておりますよ、成人して間もなく夜会に出ては、何やらどこかの貴族と姿を消していたと話題が持ちきりですよ…そんな噂のあるご令嬢を、生涯の伴侶として迎え入れるデーモン騎士団長の地位は危うくなりますな』
『ええ、我が君主に忠誠を誓った清廉潔白でなければならない男が、ふしだら女性、しかも由緒正しい公爵家のご令嬢!を嫁にしたら…国王陛下にも騎士団長の名誉にも傷が出来ますなぁ』
ロンセ公爵の言葉が頭に浮かんで、悔しくて涙が溢れてくる。ギュッと拳を握り心を落ちつかせようとしても、揺れる心は収まらなかった。
****************
「やぁ、やぁ、目覚めたかね」
何とか身体も少しずつだけだったが、カルメンと執事の所へと動かせ身を寄せていたら、倉庫の扉が開いた。
逆光で見えなかったが、部屋に入り裸の電球の下に立つと、徐々に顔の認識が出来た。
「あなた…は…」
見た事もない…いや、この方は…
「お初に掛かります…私はライン、ロンセ外交大臣の長男です…そして貴方の将来のご主人様です」
うっとりと私を見つめる瞳は、光がなく濁っているようにも見える。私を見ているのに視線が合わない事なんてないと思っていたけど、本当に奇妙な事もあると今知った。
「…貴方の将来のご主人様…とは…?」
「そのままの意味ですよ、私はね、幼い頃父に連れられたユルア・ムーゲル公爵令嬢のお屋敷で貴方を一目見た時から…貴方をモノにしたかったのです」
「…モノですって?!お嬢様はモノじゃありませんっ!」
彼の発する言葉に反応したカルメンに、ラインは冷めた目で見下ろす。
「使用人の分際で、俺に話かけるとは」
はっ、と嘲笑う顔がシュワルツ家で見た、ロンセ外交大臣とそっくりで、彼の父がロンセ外交大臣に間違いないだろうと、納得した。
「…たしかに、カルメンは私の侍女ですが…幼い頃から一緒に育ってきた私の姉みたいな存在ですわ…ライン様」
ーーどうしてこんなヤツに敬称を付けなくては、いけないのだろう。私の家族同然の、カルメンや執事をこんな酷い目に合わせて…こんなヤツにっ
ギュッと両手を膝の上で握ると、私の手の上にカルメンの手が置かれた。温かい手に驚いて横にいたカルメンの方を向くと、彼女は顔を横に振り、大丈夫です、と口をパクパクと動かしていた。
彼を怒らせたら何をされるかわからない。それだけは確実に今言える事だった。
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