跨いで溶けて向かって

理科

文字の大きさ
上 下
1 / 1

跨いで溶けて向かって

しおりを挟む
 耳元でカチッと音がした。何かの電源が入った、もしくは切れたのだろうと考える。この判断には根拠がない。ただそんなものを必要とせずに決めつけてもいい場合というのはそんなに珍しくもない。



 オンとオフはどちらも状態である。それ等はただ逆に存在しているというだけ。オンでないものはオフであり、逆もまた然り。そこをまたぐ瞬間にその境界を以て意識するもので、オンの状態をオンだと思い続ける人はいない。



 少しだけ長い時間が流れる。全ての感覚を人間性が処理をしていく感覚というのは心地の良いものだ。これはあれで、あれはこれ。それはそういうものであり、あれはそうではない。神が人間にに書いたプログラム通りに全ては過ぎていく。

 僕の脳に光が入ってきた。ああ、これは目という器官が捉えた光を処理した結果だということに気がつく。外界から僕への干渉、これは一定のアルゴリズムではどうしようもなかったことを意味する。ということを理解するところまで神は教えてくれる。ここから先は理性を発揮しなければならない。

  彼は問うた。

「調子はどうだい。詳しく聞きたいんだが」

  白い部屋に僕は立っている。病室のような質素さではあるものの、ここでなにかあっても人は助からないだろう。ここは病室ではない。彼は僕の顔にかかった布を取り除いた。少しだけ息苦しくなる。

「前にも言ったが僕はそのような質問の仕方は好きじゃない」

「それは悪かったね。ただね、あまりに聞きたいことが多くて、その上今すぐ聞きたくて。こういった場合は仕方がないだろう?じゃあまず一つ。君は死んでいると感じるかい?」

 彼は笑っている。多分。ただ鏡に映った自分があの顔をしていたら僕は、自分は泣いていると考えるだろう。

「勿論、死んでいる。と思う」

「なんだい、そのあやふやな返事は。僕は死んではいない。じゃあ君は?それだけだよ」

「君は僕が死んでいると知っているのだろう。それは医学的にどうこうといった話ではなく、自分と違うという意味でだ。君は死んではいないと言っていて、僕とは違う。だから僕は死んでいる」

  ここまでは確認作業に過ぎない。単調な相槌を見ていれば彼もそう考えていることは明白だった。

「そう、そこまでは僕の視点だ」

「じゃあお揃いにさせてもらおうか。僕は何かで、君とは異なっていて、そして君は死んではいないと思うよ」

「死と生を跨ぐということは、溶けていくんだね。誰かの一部と混ざって溶けて、何処かへと向かっていくんだね」

「そんなのはどっちにいても同じだ。社会に溶けるか個体に溶けるかの違いしかない。そして死と生は状態に過ぎない。ただ僕と君が違う状態というだけだよ」

   彼は僕に手を合わせる。僕も彼に手を合わせた。この動作に意味があるとは思えないけれど、違う状態の者に祈りを捧げるのは一般的だと誰かに習った。

   僕は顔に布をかけた。何かを肺に供給する。

 僕たちは火葬場まで一緒に歩いた。くだらない話だけをした。石を蹴ったりもした。着いてしまう頃には話題も尽きていた。さよならとだけいい彼と別れる。

 線香を吸いながら地面を見ていると、元々は彼だったであろう煙は下へ下へと向かっていった。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

就職面接の感ドコロ!?

フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。 学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。 その業務ストレスのせいだろうか。 ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

♡蜜壺に指を滑り込ませて蜜をクチュクチュ♡

x頭金x
大衆娯楽
♡ちょっとHなショートショート♡年末まで毎日5本投稿中!!

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

我慢できないっ

滴石雫
大衆娯楽
我慢できないショートなお話

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

意味がわかると下ネタにしかならない話

黒猫
ホラー
意味がわかると怖い話に影響されて作成した作品意味がわかると下ネタにしかならない話(ちなみに作者ががんばって考えているの更新遅れるっす)

処理中です...