幻のドラゴン

理科

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幻のドラゴン

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 僕が住む町の隣にある森には幻のドラゴンがいた。正確に言えばそう言われていた。僕はそれに会いたかった。正確に言えばそう思っていると思っていた。

 その森はドラゴンが住むにはうってつけのものだった。程よく美しく、どこか甘い匂いをさせる。そして絶望的なまでに青い、青い森だった。

 季節によって顔をころころと変える森ではあったのだが、僕のイメージに残る森はいつでも春であった。理由はわからない。ふと思い出す森ではいつも爽やかな風と木漏れ日が木々の間を駆けていく。単なる木の集合体ではなく、土も空気も僕の感情すらも森の一部になっている。しかしながら親に連れられピクニックに出かけると僕は森の構成要素ではなくなってしまう。木と木の影からピエロが手招きをするような不安感に駆られ、心はそこに残して身体だけで家へ走ることが恒例になってしまっていた。夜になるとその心を取り返しに布団号に乗って森へ向かう。

 僕の住む町はとても小さい、幻のドラゴンでしか稼ぎを得られないものだった。毎年毎年自信と無駄に見える筋肉を携え森へ入っていく男たちがいる。阿呆な人たちの間では幻のドラゴンには、不老不死にしてもらえる、美女と結婚できる、それどころか願いをなんでも叶えてくれると言った噂があった。大抵の人は長生きなんてしたくないし、愛する相手がいればいいし、願いなど幻のドラゴンに会うくらいのものだ。幻のドラゴンというのは手段ではなく結果の生物と言えるだろう。これは僕の個人的な感想ではなく、屈強そうな男たちも声を揃えて言っていたことだった。

 幻のドラゴンに会いに行ったもので、それ以降人間に会うものは1人もいなかった。飲み込むだけの森。飲み込むだけのドラゴン。僕たちに彼らが与えるものなど飲み込んでやったぞという圧力と、それでも再び人を飲み込むだけの魅力だけであった。

 幻のドラゴンについては何も知られていない。絵にされることさえなかった。幻とはそういうものであろう。人々が幻のドラゴンに憧れ畏怖するのはそれが幻であるがために何もわからないからであり、それっぽいものが想像された時点でそれはただの不思議になりさがる。だから誰も具体的に想像しようとすらしなかった。抽象のまま、幻のドラゴンがいるぞということを信じられるか。少しばかり頭の出来がいい人にしかわからないかもしれない。

 そして今日、僕はその森に向かう。布団号を置いて。なぜだろう。答えは出ていた。結果だから。

 森が鳴いている。月明かりが眩しい。空よりも地上のほうが暗い。地上はあまりに曇っている。下から上に向かって雨が降るのも時間の問題だろう。僕が今いる場所は宇宙なのだと実感する。リュックサックにお菓子や水筒を詰める。僕は小説が好きだった。だから一冊だけ持っていくことにする。

 体にマイクがとりつけられているのかもしれない。階段を降りる音やドアを閉める音が、そして心臓の音があまりに大きい。家から出ると森へ向かう。それは手段の話。幻のドラゴンが隣の家にいればその家をノックしたことだろう。

 森はやはり青かった。あまりに青かった。幻のドラゴンは抽象のまま空を飛んでいる。少年と目が合っている。どちらも全く視線を逸らさない。もう目の前に幻のドラゴンはいる。

 星を見るのが好きだ。宇宙が好きだ。全く知識はない。どれが何座か、宇宙の始まりはどこで何に向かっているのか。そんなことはどうだってよかった。晴れた昼下がりに木陰で横になりながら見る星ほど純粋なものはない。どこまでもいける。それこそが幸せだった。

 そんなことを考えていたら少年は既に姿を消していた。彼は幻のドラゴンに会えるだろうか。

 会えないほうが幸せだろう。当たり前のことを考える。

 少年は幻のドラゴンに。
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