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06 目覚め

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 目を覚ましたゼノは、柔らかい何かを枕にしていた。瞼の閉じた視界は暗いままで、ゆっくりと開いていく。
「ゼノ。起きたのね」
 白い肌よりさらに白い髪を垂らし、赤い瞳はゼノだけを見つめている。ラウラの顔が視界を占め、さ迷わせた目線から柔らかい枕はラウラの膝だと推察する。
 ベル以外の女性と親しくなった経験のないゼノは、ラウラといえど慌てて起き上がる。
「急に起きると危ないわよ」
 心配した様子で声を掛けてくるラウラは、膝枕を何とも思っていない。
 顔を赤らめて慌てふためく――照れた様子のゼノを見て、ラウラはおかしそうに微笑む。
「貴方は猫が体の上に寝転がってきたらどう思う?」
「え、かわいい? え? え?」
「同じようなものだわ。私は貴方の為の存在で、親愛はあるけれどそれ以上はない。切り離されてしまったから」
 ラウラの言葉は何かわかりそうでわからない。首を傾げるゼノに、ラウラは苦笑した。
「貴方のことは大好きだけれど、あの方と同じにはなれないように出来てるの」
「……わからない。ラウラのことくらい教えてくれてもいいじゃないか」
「ふふ。そんなの、運命的じゃないでしょう」
 戯言はそれで終わり、ゼノは改めて辺りを見回した。神殿の奥、魔王が封印されているという水晶の安置された礼拝の間だった。
「俺、また寝て……」
「夢の話は外でしましょうか。ゼノ、私達を神殿の外へ出してちょうだい」
 貴方ならそんな魔術、簡単でしょう。ラウラが言うように、ゼノは空間転移を行えた。そんなもの騎士団で習得していないのに、ゼノは確かに知っている。
 瞬く間に神殿の外、路地裏へ移動したゼノへ、ラウラは満足気な笑みを浮かべた。
「大聖堂を抜け出したのもその力。あまり長距離は難しいかもしれないけれど、かつての貴方も魔術によって瞬く間に移動していたわ」
「かつての、俺」
 言われて頭に過るのは自分とよく似た、自分より少し年上の男のことだった。魔術兵を束ね、幼馴染みと同じ名前でよく似た姿の人物に気遣われ、そして彼を喚んだ男。
「……ハウレス」
「! 夢を見たのね、あの方の」
 神妙な面持ちのラウラに頷く。改めて言葉にすると、夢の内容が次々と思い起こされていく。
「……俺……と同じ顔と名前の誰かは、プレガーレを守る為に悪魔を喚んだ。ハウレスを……」
「ええ。そうよ。あの方は貴方に喚び求められた」
 プレガーレという国を、生きる人々の尊厳を守る為に、プレガーレの全てを贄としてでも悪魔を喚び出そうとしたゼノ。それだけ追い詰められていた彼に、ハウレスは一人の愛を求めた。
「これくらいは言ってもいいのかしら。一目惚れしたのよ。おぞましい程純粋に……救いを求める魂に」
 極限状態に追い込まれていたゼノは救われたい一心で悪魔の求めを受け入れ、プレガーレは救われた。幸いだったのは悪魔が初めて抱いた愛がゼノに伝わり、二人の絆となったことだろう。
「……でも。最後に……言ってたのに……」
 夢の終わりに聞こえてきた、かつてのゼノの本心だろう言葉。
『私達は出会うべきじゃなかった』 
『貴方を喚び出したのは間違いだった……』
 悔恨に満ち、吐き出されたゼノの言葉は、悪魔召喚を悔やんでいた。
「……というか、そもそもハウレスが魔王なのか? でもハウレスがプレガーレを救ったんだろう?」
 黄金の光を秘めた水晶は魔王封印の要。聖女の力の宿る御神体と伝わっている。それに触れて記憶を取り戻しているということは、あの光が魔王の力なのだろうか。
「それは……封印を解けばわかるわ」
 ラウラの赤い瞳がゼノを見つめる。眩しいものを見るように細められ、それはどこか嬉しげだった。
「貴方に自覚はないようだけど、既に大半の力を取り戻している。プレガーレに散らばる封印全てを破る前に、その記憶を全て取り戻すでしょうね」
「……次で全て思い出す?」
「それはわからないけれど、可能性はあると思う」
 話を切り上げたラウラは路地へと歩き出ていく。ゼノもその背を追うと、ラウラは迷わず足を進めていく。
「何処へ行くんだ?」
「神殿には巡礼者向けの辻馬車があるの。確かもうしばらくすると一台出ていく時間の筈よ。それに乗りましょう」
「詳しいな」
「貴方を待っている間。色々準備をしていたのよ」
 前を行くラウラの表情はゼノから見えない。その言葉に含まれた感情を、ゼノが正しく理解することはなかった。
 巡礼向けの辻馬車は今まで乗せてもらった農家の幌馬車より一回りは大きく、馬も二頭繋がっている。人を乗せることを前提としているので車内には椅子があり、ゼノとラウラは並んで座った。
 しばらくすると馬車が動き出す。舗装された街道を進む為か揺れは少なく、伝わる振動はゼノを眠りに誘う。
 いつの間にか眠ってしまったゼノは、再び夢を見る。封印を解いたわけでもないのに見るのはかつての自分。ゼノと同じ顔と名前の、年若い男の夢だった。



「何だ? その子」
 見覚えのない部屋――魔術兵長であるゼノに用意された執務室で仕事をしていたゼノの前に、伴侶である悪魔が見知らぬ女を連れて現れた。
 真っ白い髪を長く伸ばし、赤い瞳はただゼノを見つめる。人の美醜に関心のないゼノからしても、美しいと思える顔立ちの女だった。
「俺の影だ」
 ハウレスの端的な答えにゼノは首を傾げた。
「……確かにその子の魔力は貴方のものと同じだが。影?」
「そう。俺の影の先を切り離して生まれた。力は弱いがこの影は常に俺の目となり耳となり口にもなる」
「意識が繋がってるってことか」
「ああ。自我もある。ゼノには常に俺が侍り守るつもりでいるが、何かあったらこれを頼れ」
「ふぅん? ありがとう」
 ハウレスに向けられていたゼノの目が女へ向けられる。謂わばハウレスの分身というべき存在に。
「女の子なんだな」
「ああ」
 執務机に座るゼノへ、ハウレスが体を寄せる。大きな腕に包み込むように抱き寄せ、耳元で囁く姿は睦まじい恋人達だ。
「お前の側にあるもの。お前の体に触れられる男は、俺だけでなくてはならない。影とはいえ俺以外の男がお前の側にいるのは目障りだ。だからこれは女の形を取っている」
「そう」
 熱烈な甘言にゼノは大きな反応を見せず、手にした書類を眺めている。国王直々の勅令状に書かれた文面を追う。
「……名前は何ていうの?」
「そんなものはない。単なる俺の影だ」
「それはあんまりでしょう」
「好きに呼べばいい」
 もう、と声にして、ようやくゼノの目はハウレスに向けられる。苦笑した彼の手は勅令状を畳み、それから女へ向けられた。おいで、と手招きをされれば、女の細く長い足はゆったりと動き出す。
「そうだな……きみの名前は……」
 誰かを名付けるなんて初めてで、何となく思い浮かんだものを口にする。無感情だった女の顔が、ほんのりと和らいだ。


「ラウラ」
「何かしら?」
 自分が与えた名だった。呼ばれたラウラは起きていたらしく、すぐに尋ね返してくれる。
「ラウラ……」
「ええ。なあに?」
 思い出してくれたのかしら。微笑む女の顔はあの頃と何も変わらない。悪魔から生まれた影は、夢の通りゼノを守りにやって来た。
「……何が……どこまで本当なんだ」
「さあ。私には……貴方にとっての真実はわからない」
 辻馬車は目的地へ向けてひたすら走り続ける。揺れる車内に他の乗客はおらず、二人の会話は誰に聞かれるでもない。
「私に誓えるのはどんなことがあったとしても、あの方と私は貴方の側にいることだけよ」
 ラウラはプレガーレで会った時から今まで、その行動で示してきた。夢の中の悪魔は飾らない言葉で感情を示し、かつてのゼノもそれを信じているのが伝わってくる。わかるのだ。
「……どうして、俺は……」
 忘れてしまった何かを掴むには封印を解くしかない。はやく馬車の歩みが止まり、神殿へ辿り着いてほしい。
 小さな窓の外に広がる景色を眺めながら、ゼノの胸には焦燥感が募っていった。
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