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39 戦闘開始!

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 搭乗する対戦車ヘリ・コブラと同じくらいの体長の竜が接近してくる。その後ろには、同じ竜や、鷲の半身に馬の胴体という怪物ヒポグリフが何頭も連なる。

「ひょー、竜きた!」

「ただのでっかいトカゲだな」

「あの翼で、なんで飛べるんだろう?」

「無駄口を叩くな、来るぞ!」

 締まりのないおしゃべりに、隊長が喝を入れる。
 ほぼ同時に、ひと際大きな竜が、上空からまっすぐに急降下してくる。

「でけぇ……」

 巨竜の口が大きく開かれる。喉の奥に赤い光が煌めいた。

「避けろ!」

 声と共に、コブラの機体が俊敏に反応し、左にそれる。その機体が避ける前の位置に、爆発するかのように炎がほとばしった。

「やっべー」

 操縦士の身体に冷や汗か噴き出る。
 巨竜の炎をきっかけにして、短い槍が投擲され、接近してきた竜の口から炎が吐き出される。

「射撃準備!
 各員、前面12時の方角、前進中の竜並びにひぽぐりふ《・・・・・》、M197の使用を許可、射て!」

 隊長の命令に、じっと我慢していた砲手たちが、M197三砲身ガトリング砲の引き金を引き絞る。
 大量の弾丸がまき散らされた。
 ガトリング砲は、毎分750発の速度で破壊の連鎖を巻き起こす。
 竜の身体は、戦士が全力で突きこんだ槍を弾くほどの堅い鱗に覆われている。その硬質な鱗を、吐き出される20ミリ弾は、いとも容易く貫いた。貫くどころか、弾丸は突き抜ける際に爆発するように、竜の身体を弾けさせる。
 20ミリの鉄の塊は、竜の鱗でさえ穿つ。その背に乗る人間の身体など、一瞬で肉塊と化す。馬と同程度の強度しかないヒポグリフもまた同じ運命をたどる。
 肉片が飛び散り、大量の血しぶきが風に舞う。

『な、なんだ、これは!?』

 先頭を切って、炎を吐き、下降していたリヒトホーフェンは、上空を振り仰ぎ愕然とする。
 落ちてきた小さな肉と血の塊が、頬にベタリと張り付く。
 目の前では、部下とその騎乗する竜たちが、生き物の形から細かな肉の欠片かけらへと変わっていく。

『なにが起こって……?』

 今まで経験したことの無い戦い方。
 敵の攻撃の方法がわからない。
 騎竜は、主の動揺に気持ちを乱しながらも、空へのぼるために力を加える。
 その前を、コブラの迷彩に塗装された機体が、太陽を背にして横切る。
 機首に取り付けられたガトリング砲が、ぐるりと竜とその背のリヒトホーフェンに向けられる。
 歴戦の古強者ふるつわもの数多あまたの空中を飛ぶモンスターどもをほふってきた空の勇者リヒトホーフェンは、その小さな3つの砲身の先が煌めくのを見た。
 身体が強く殴られたような衝撃を感じたのは一瞬。
 痛みさえ感じる間もなく、意識が消えた。
 人と竜が砕け散った。





「俺たちの出番無くね?」

 F15のコックピットから、左下での繰り広げられる空中戦を見下ろしながら、パイロットの新谷がつぶやく。
 距離を大きく開けた4機編隊が、対戦車ヘリの攻撃を上空から見守る。

「騎兵隊よろしく勇んできたのにな」

 新谷の呟きに、2番機の史村が応じる。
 F15がいくら空中機動に定評があると言っても、竜やヒポグリフ相手では速度差がありすぎる。戦うとすれば、すれ違いざまの一撃必殺狙っていたのだが、対戦車ヘリの方が、この異世界の空中兵力が相手では土俵が合っていたようだ。

「仕方ね。待機かな?」

「さぼるな。ヘリ隊の撃ち漏らしを見逃すな。偵察の仕事もあるぞ」

 新谷の言葉に、TACネーム“ブロンソン”隊長が叱る。

「魔法使い、特にエンジェルの動きに注意しつつ、戦況を本部へ報告する」

「へーい」

「返事は、ハイだ!」





 ローベルトが、警察本部の目前にまで馬を進めたところで、上空を轟音が切り裂いた。近くの馬が、その音に驚き、立ち上がり、陣中に混乱が巻き起こる。
 時を同じくして、敵の陣地から催涙弾が打ち出され始めた。
 白い煙が舞い上がり、周囲を白く染める。
 更には、その煙を吸い込むと目が痛み、咳き込まずにいられない。

「ゴホゴホ!」

 ローベルトも、その白い煙を吸ってしまい、咳とくしゃみが出る。

「ええい、小癪こしゃくな! ばけもの!」

 王杓《おうしゃく》を握ると、後ろをついてくる神使を見る。神使は、白い煙の中でも、いつもと変わらず、微動だにせず立っている。
 王杓を介し、ローベルトの意志を受けた神使が魔法を展開させる。
 ローベルトを中心に、ガラス状の輝きが広がり、ドームを形作る。そのドームの中から、白い催涙ガスの煙が消え去り、空気が浄化される。

「ふむ。役に立つ時もある」

 ただし、ドームの外は、白く曇ったまま視界が遮られている。
 そのために、聖王国の空中戦力が、散々に叩きのめされているのも気づく事ができない。
 ローベルトを含めた全軍の意識は、目の前の敵騎士団本部と見定めた警察本部ビルへと向いている。その方角から、兵士たちがワーと騒ぐ声が聞こえだした。

「蛮族め、打って出たか?」

 気持ち背を伸ばし、音のする方を見る。
 兵士のわめく声に混じり、なにか低く唸るような音も響いている。

「見て参ります」

 幕僚の一人が、兵士に命じ、様子を見に行かせる。
 それとすれ違うように、伝令が、ガラスのドームをすり抜け入ってくる。

「伝令! 伝令!」

「通せ」

 ドーム内に配置された兵により止められた伝令が、幕僚の指示で、ローベルトの傍まで来て、膝をつく。

「アステル子爵が敵陣を突破し、戻ってまいられました。閣下へのお目通りを願っております! 聖女様もご一緒です」

「聖女どのもか。ふむ……天幕を」

 小姓や従者が、慌てて簡易天幕の用意を始める。

「準備が整い次第通せ! その間に、帝国軍の進軍状況を聞かせろ」

 命じ、ローベルトは馬を降りた。




 警察本部の裏口から、警察によって設けられたバリケードを迂回して、友兼たちはバイクを走らせた。すぐに、聖王国の兵士たちが見えてくる。
 雛菊が、白い布を片手で広げ、同時に、魔法を発動する。

『聖女ヒナギクでございます。ローベルト閣下へ言上ごんじょうの儀があり、参りました』

 雛菊の喋る声が拡大され、目の前で隊伍を組んでいる兵士たちに向けて広がる。同時に、その身に虹色の輝きをまとわせる。

(しゃべり方が聖女っぽい!?)

 敵陣に侵入し、多くの兵を前にしているというのに、友兼は心の中でそんなことに驚いてしまう。
 見慣れぬ乗り物の唸るようなエンジン音に、いろめき立ち始めていた兵士たちだったが、雛菊の声が響くと落ち着きを取り戻す。

『おお、聖女様!』

『たしかに聖女様の輝きだ!』

 おーという感嘆のようなざわめきが広がる。
 白い煙が漂う中、さっと、盾の並べられた先陣の一角が開き、誘導するように戦旗が振られる。

『聖女様、こちらへ!』

 あわせて、呼びかけられる。
 2台のバイクは、大盾を構えた兵が退いた場所から、聖王国陣内へと侵入を果たす。バイクが駆けた後は、潮が戻るように、兵士たちで埋まっていく。

『どうぞ、こちらへ』

 士官らしき大きな房をつけた兜の騎士の前へと導かれ、二人はバイクを停めた。周囲では、催涙ガスの影響で、多くの咳やくしゃみが聞こえてくる。

『聖女様、お会いできて光栄でございます』

 指揮官は、面頬を下ろしているが、声からして、本当に喜んでいるようだ。涙を流しているのは、喜びのせいか、催涙ガスのせいかはわからない。

『みなさま、ご苦労様です。少しお待ちください』

 バイクを降りた雛菊は、背負っていた錫杖しゃくじょうを取り、軽く振る。すると、半径数メートルの範囲だけ、ガスが消え去る。

『おお、聖女様、ありがとうございます!』

 それだけで、周囲の兵士たちがどよめく。

『それにいたしましても、なぜに、聖女様がこの場所へ? その乗り物は?』

『ローベルト閣下とバサラ将軍より、密命を帯びております』

 雛菊の言葉に、士官の身体に緊張が走る。
 ミシェルが、雛菊の隣に並ぶように立つ。

『これが、命令書です』

 バサラから預かっている命令書を、ミシェルが士官に提示する。

『魔道通信によって、ローベルト閣下には伝達済みのはずです。ミシェル・アステル子爵が、帰還し、ご報告申し上げたい旨をお伝え願いたい!』

 凛としたミシェルの態度に、士官は、あわてて伝令を呼び寄せる。
 その間に、友兼は、目立たぬように、そっとミシェルと雛菊の後ろに控えた。
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