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37 いい政治家は死んだ政治家(以下略

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 防衛省の防衛大臣室で、日下は、幕僚監部からの報告を受けている。

「海自の護衛艦も大阪に向かっているわけだな?」

 大臣室の主となった日下くさか防衛大臣代行は、幕僚監部の制服組の説明を聞いている。隣で書類を手に事細かに説明する背広組の審議官の補助を受けながら。

「左様です。およそ4時間で護衛艦あやなみが大阪湾に待機予定です。それで、友兼議員……友兼副大臣より要望のありました戦車の派遣ですが……」

「現在74式、90式と10式戦車が配備されています。90式は北部方面隊にのみ、配備されております。10式は、静岡に東部方面隊第1師団が配備されております。74式につきましては、中部方面隊第3師団、第10師団が滋賀県に。第13師団が岡山県に配置されております」

 制服の将官の発言の途中で、審議官が大臣に解説を行う。

「なら、距離的に滋賀か岡山か?」

 日下は、関西地方の地図を思い浮かべながら、審議官に問う。

「戦車まで必要かどうか……私としましては、暴徒に対して、戦車を出撃させたとあっては、後々世論、とくに海外から非難を受けることをおもんばからねばならぬかと」

「なに、友兼が責任を取るさ。で、陸将、時間と規模の予定は?」

 審議官から、陸将へと視線を向けて、日下が訪ねる。

「それについてでございますが、まずは香川県善通寺市の第15即応機動連隊の派遣を考えております」

「16式機動戦闘車が配備された部隊です」

 陸将の答えに、日下はチラリと審議官に視線を向ける。

「戦車か?」

「戦車に準ずる火力を備えております」

「へえ、そう。判断の理由は?」

 書類上で名前を見た記憶はあるが、日下の頭には、漠然とした戦車のイメージしか思い浮かばない。

「時間と敵の能力です。16式機動戦闘車は装輪━━タイヤですので、移動、大阪市内という市街地での戦闘、敵に戦車が無い等を考慮し、先発させたいと考えております。同時に、第10師団第3戦車大隊につきましてはトレーラーにて搬送準備を行いたいと考えております」

「わかった。幕僚監部がそう判断したなら、それでお願いしするよ」

「ありがとうございます」

 陸将の一礼に対し、日下は鷹揚にうなずき、審議官を見る。

「大臣、戦車の移動に当たり、国交省に道路使用の許可が必要ですが」

「任せるよ。あと、さっきの訓示の件だけど……」

 日下の指す訓示という言葉に、審議官が、印刷された1枚の紙をブリーフケースから取り出す。

「これ、こんだけ言うと、”武器使用煽った“って捉えられるよね?」

「確かに。ここまで言う必要はないかと」

「う~ん……ま、友兼くんに任せようか。陸将、隊員への訓示は、友兼くんのテープでお願いします」

「承知いたしました」

 改めて、一礼すると、日下大臣代行より、下がるように指示を受ける。切れの良い敬礼を返し、陸将は扉に向かう。

「……後で、人権派弁護士から殺人教唆で告発されるだろうにね。友兼くんも、よくやるよ」

「……人としては、いい人、だとは思います」

「政治家向きじゃないね。まあ、生きて戻れるかもわからない状況らしいから、死んだら、尊敬する政治家として涙の一つも流すよ……
 じゃあ、審議官、このあと、幹事長へこれまでの経緯ご報告に上がるから。よろしく。
 自分とこの派閥の伊藤さんが防衛大臣クビになって御冠おかんむりだからご機嫌とってくる。15分だけ、その間たのむね……」

 扉に手をかけた陸将は、背後でのやり取りに奥歯をギリッと噛みしめた。

(市民が隊員が、命をかけている。こんな時でも政治なのか!)

 思いはしたが、口には出せぬまま、陸将は、扉をそっと閉めた。

(……それを言えぬなら、私も同罪か)





『あ~ら、トモカネの声ね~。へえ、面白~い』

 携帯電話から、バサラ将軍の声が聞こえてくる。
 真宮寺のもつスマホに友兼は電話をし、バサラに要件があることを伝え、代わってもらった。

『そちらの魔法通信を、この箱に詰めたようなもんですよ』

『魔法を使えなくても、誰でも、直接話せるなんていいわね~。……って、あなた、喋れたっけ?』

(……あ、ずっと聖王国の言葉喋られないフリしてた)

『覚えました!』

『へえ~、すご~い』

(え、信じた!?)

 自分で言っておきながら、バサラの素直な反応に衝撃を受ける。

『いま、マコトに、日本政府の条件提示の内容聞かせてもらってるの。概ね、問題無いとは思うけど、ごめんね、もう少し時間を頂戴ね。あ、あと、この地に滞陣中の兵糧の手配をお願いしたいの』

『了解です。用意します』

『それで、そちらは順調?』

『かなり厚く包囲されてます』

『あら、たいへん』

 言い方が、全然大変と思って無さそうな口ぶり。

『ジエイタイは?』

『到着まで、もう少し時間かかります』

『健闘を祈るわ』

 なんだか話が終わりそうだな、と友兼は思ってしまう。

『祈るだけじゃなくて、少しご協力を願いたいんですが?』

『高くついてもいいなら、なんでもするけど?』

『怖いです。悪魔と契約する気分になります』

『あら、こんカワイイ悪魔がいるかしら?』

 言って自分で楽しくなったのか、ホホホホという高い笑い声がスマホを通じて聞こえてくる。

『で、何?』

 ひとしきり笑った後、バサラの真面目な声が問う。

『ちょっと敵を混乱させたいと考えています』

『どんな策?』

 友兼は、思いついた事を相談するため、バサラに促されるまま語り掛けた。




「おお、飛んでるぜー」

 ヘッドセットから、隊員の感嘆の声が漏れる。
 遠くに見える大阪城のシルエット。その周囲や上空を、鳥にしては大きすぎる影が舞っている。

「まさか戦車と戦う前に、竜と戦うことになるとはな」

「ブリーフィングの時、隊長半笑いだったしな~」

「うるさいよ、ロック。俺だって、聞いた時固まったわ。どんな顔して説明しろってんだ」

 部下のTACネームを口にし、その時、一番こいつが呆然と聞いていたのを思い出す。
 彼は、古鷹隼人3等陸佐。中部方面航空隊第5対戦車ヘリコプター隊の指揮を執る。運用するAH-1Sを16機。搭乗する32名の命を預かる立場だ。
 三重県の明野駐屯地を飛び立ち、今、大阪城に突如出現したテロリスト集団に向けて飛行を続けている。

「にしても、竜か。ゴジラと戦うの頭ン中で考えたことあったけどな」

「俺、UFOは考えた」

「やめろ。どちらにしろ、勝てるイメージが浮かばん」

『明野から、アルファリーダー』

 がやがやと緊張をほぐす意味もあるのだろう、適当な事を言っていた時、ピーという音と共に、無線に明野基地本部からの通信が流れる。

「こちらアルファリーダー。どうした?」

『幕僚監部から緊急連絡だ。直接つなぐ』

「?」

 イレギュラーな対応に、隊員たちも黙って聞き耳を立てる。

『いきなりですまない。統合幕僚監部の赤城一等陸佐だ』

「は、こちら、アルファリーダー。古鷹ふるたか3等陸佐です」

『時間が無い。要点を伝える。
 対象集団に強力な魔法・・……を使う者、コードネーム≪エンジェル≫がいる。先ほどの大質量落下、氷壁を築いた者らしい。その者が、ヘリに対しても、相応の質量での攻撃を行う可能性が示唆された。注意してほしい。
 魔法は、おそらくだが、氷の塊を高速で撃ち出すモノと思われるが、吹雪といった形かもしれんし、それ以外かもしれん。ただし、射程距離は不明』

「……理解が追い付きません」

 上官の話の途中だったが、つい古鷹は、口をはさんでしまう。

『わかるよ。自分で言ってて、意味がわからなくなりそうになる。
 そのエンジェルは、敵対象集団の|≪ルーク≫《指揮官》とともに行動し離れない。エンジェルは、ルークの判断に従うそうだ。そのルークは、目視で敵を見つける。よって、そのポイントから距離をとるか、遮蔽物を挟んだ行動を推奨する。
 ルークは、大阪府警本部前、東側に停止中。
 以上、どこまで信じていいのかわからんが、情報として伝えておく』

「真偽不明ですか?」

『そうだ。なにせ、対象集団の情報がほぼ無いからな』

 判断に困る話だった。

「了解しました。それで、私たちはどのように対応すれば?」

『その命令の権限は、私には無い。ただ、情報を知らずに突っ込ませるわけにはいかないのでね。伝達のみだ』

「自分たちで判断しろ、ってことですね。臨機応変に柔軟に」

『そういう事だ。……悪いが、対象勢力の空を飛んでる奴らや、そのエンジェルの能力も全くわからん。君たちへの対処を見て、能力や魔法について測らせてもらう。空自も、そろそろ着く頃だ。頑張ってくれ』

「了解しました!」

『幸運を祈るよ』

 通信が切れると、古鷹は、部下たちに、巡航速度を下げるよう指示する。

「聞いての通りだ。訳の分からん話だが、慎重に対応する。できれば、おびき寄せて、ボコりたい」

「そう都合よく行けばいいんですが……」

「普通、そのエンジェルってのの援護を受けられる範囲で対処したいだろうしな」

「まあ、その範囲が不明だが?」

 分からないものは仕方がない。古鷹は、とりあえず、各機体の間に距離をとるように命じ、上下方向にも高度に差をつける。

「あとは、敵がこっちに、おびき寄せられるかどうか……」

 というのが不安だったが、大阪城公園の上空を飛んでいた影たちが、徐々に大きくなっているのが見て取れた。

「近づいて来てくれてますね」

「……自信があるのか。エンジェルの射程が長いのか?」

「さあてな、出たとこ勝負の始まりだ!」

 古鷹は、戦闘態勢を整えるように命じた。
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