旅鉄からの手紙

境線

開放感溢れる絶景へ〜隠岐・国賀海岸〜

境港は境水道と丘陵を超えた日本海に面している七類（松江市）に次ぐ、島根半島の沖に浮かぶ隠岐の島への玄関でもある。

私が急行「だいせん」が廃止になった翌年に、大阪から夜行バスで松江に行き、七類からフェリーで隠岐の島へ初めて上陸をしたのは、２０代後半の時で、大企業の子会社であるＩＴ企業を辞めて、とある個人経営のようなベンチャー企業に一時転職した年の夏であった。組織の世界で仕事をする会社では、仕事も上司や同僚など一緒に仕事をする人も選べないと今の私も思うが、当時の私にはそれを受け入れる事ができなかった。これはベンチャー企業も辞めた後に振り返って気づいたが、私が一時転職したベンチャー企業のような個人経営の会社でも、結局社長や周りの社員に気に入られなければ良い仕事は出来ないし、しかも社長が社員に求めている仕事のレベルはとてつもなく高い。今思えばそれでもよくあの時の社長は５年近くもこんな私の面倒を見てくれたと思う。ベンチャー企業に転職して環境を変えたばかりで、まだまだ満足に仕事も出来ずに、しかも社長や他の社員に調子を合わせる事もしばしばあった。仕事が満足に出来ない自分の不甲斐さを自分で思う気持ちと、自分とは合わない他人の価値観に押し潰されそうで、何となくモヤモヤしていた時にまた開放感を求めて旅に出た。

水平線まで見渡せる夏の穏やかな日本海に浮かぶ馬や牛達が放牧されている広々とした緑の草原が見たいと隠岐の島の一つである西ノ島へ七類からフェリーに乗った。隠岐の島はいくつかの島（諸島）から成り、円形に近い形をした一つの島で諸島最大の面積である島後で、その西南西方向へ数十キロ沖に寄り添うように浮かぶ中ノ島、知夫里島、西ノ島などをまとめた島前と２地域に分かれている。２地域とも日本海での海底火山の噴火の繰り返しによって誕生し約２万年前の氷河期にて海面が下がると一時松江市、出雲市、境港市などのある島根半島と陸続きになったが氷河期が去り再び海面が上昇し本州とは離れた離島となった。島の周りには山陰海岸と同様に、火山活動と日本海からの波風の侵食により作られた芸術とも言える複雑な火山性の岩による地形もあちこちで見られるという。２つの地域を含めたいくつかの島のうち、あの時私が向かったのは島前の西ノ島であった。島前はほぼ中央部に聳える西ノ島にある標高４３２m焼火山（たくひやま）を中心に、九州の阿蘇山のようなカルデラを形成しており、その山の部分が島で低地の部分が海となっている。西ノ島（別府）に上陸してレンタサイクルで借りた自転車に乗ってカルデラの北西辺りの淵の山の部分（外輪山）にあたる国賀海岸の方へ向かって行く。そして車道の終点で自転車を置いて歩いて、最高地点の標高２５０ｍくらいの崖の裏側にあたる緑の丘を歩いて登って行くと、そこには魔天崖を摩天楼と間違えてしまうくらい開放感溢れる絶景が待っていた。