旅鉄からの手紙

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小海線(高原列車)

鉄道で空に一番近い~野辺山高原~

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清里を出発してからも、森のトンネルが続き列車は更に八ヶ岳山麓を登って行く。出発して5分くらいすると日本三大急流の一つでもある富士川水系の上流で、小川のせせらぎ音も想像できる大門川(大門沢橋梁)を渡ると、列車は八ヶ岳山麓の森のトンネルを抜け野辺山峠にさしかかる。

野辺山峠こそが「高原列車」の愛称で親しまれている小海線の目玉の一つであるJR最高地点(標高1375m)である。列車からも石標と木標が確認できる。この辺りの主要道路(国道141号線)も直ぐ横を通り、多くの列車に乗っていないドライバーもJR最高地点にて休憩、記念撮影、買い物、喫茶、食事などで足を止める。

この辺りから森のトンネルが続くような車窓とはうって変わり視界が開ける。雲がかかっていなければ八ヶ岳連峰の山々も望め、特に晴れていれば本当に鮮やかな眺めである。主峰である赤岳(標高2889m)に登頂した時の山頂からの麓に広がる雲海や富士山、南アルプス、中央アルプス、北アルプスまで見渡せた360度の大パノラマは本当に見事過ぎて今でも忘れられない。

八ヶ岳連峰の山々で赤岳より南に連なる編笠山(標高2524m)と権現岳(同2715m)の間に建つ青年小屋は、ただでさえ食料や生活用品などを運ぶのが大変な山小屋なのに、宿泊客にふるまうお酒の種類を数多く取り揃えている。歩いてしか行かれない「遠い飲み屋」として親しまれており、お酒を飲みながら全く面識のない他の宿泊客同士とも語らえる。山登りよりも飲みに行くのが目的でわざわざその小屋まで登る方もいるくらい人気があるという。

八ヶ岳連峰の北側にある高見石小屋では冬も営業しており、天体観測では夏のよりも薄くて見づらい冬の天の川も見えやすい状態で観測できるという。八ヶ岳連峰も他にも冬も営業している山小屋が何軒もあり、一年通して山を楽しめる。

同じく八ヶ岳連峰の北側にたたずむ白駒の池周辺の原生林の中に、緑のじゅうたんが敷かれているように苔が広がる。485個種類もの苔が生息しているという。八ヶ岳連峰の大昔の火山活動により岩がだらけなのと、一年中霧が多い気候とたくさんの苔が生育できる条件が揃っている。八ヶ岳ならではの自然とも言えよう。山が好きな女性に対して「山ガール」と言うように「苔ガール」という言葉がいつの間にか使われているようになっていたくらい、苔が創り出す自然の神秘さに惹かれる方々も多いと聞く。

八ヶ岳の麓にある野辺山高原は先述したように高原野菜の産地として有名で、レタスやキャベツなどの畑も広がり車窓からも開放感が味わえる。高原ならではの寒冷の気候で大きな川もなく大昔八ヶ岳噴火により積もった火山灰などからできているやせた土地と厳しい条件が揃う中で開拓された方々の苦労を想像することを忘れてしまうくらい、高原野菜畑が広がっている野辺山高原の眺めは素晴らしい。

JRで最高標高の駅野辺山には、初めて小海線に乗って以来何回も下車しているが、普段駅前は高原の駅らしく普段は物静かなように思えるが。その物静かな駅前も夏の観光シーズンとお盆の帰省が重なる頃が最も賑やかになるように思える。

まだ2歳の息子を連れて2人でお盆の帰省にて野辺山駅で途中下車した。駅前にあるレンタサイクルでベビーシートが付いている自転車を借りて、滝沢牧場と野辺山SLランドに行った後に駅に戻る時、息子をベビーシートに乗せた自転車を漕がずに進めた緩い下り坂にて、爽やかで心地よい高原のそよ風を感じることができた。晴れた夏空の下には周りにレタスやキャベツのような高原野菜やトウモロコシ畑が広がっていた。

野辺山付近を通るだけでも、あの真夏の懐かしい風景も思い出す。

野辺山高原にて列車から北西側に八ヶ岳連峰を望みながら、反対の南東側に国立天文台の大きいパラボナアンテナが見られるが、そのパラボナアンテナを見る度に、高校一年生の夏休みに高校の時の同級生の男友達と2人で、生まれて初めて友達とだけで行った旅行を思い出し懐かしさを感じる。

あの時の目的地は信州の善光寺、戸隠高原、松代であった。当時運行されていた新宿駅から松本行きの夜行列車に乗った時「眠れぬ」と一時間以上停車した真夜中の甲府駅を一時間くらい散歩したのをきっかけに、それ以来彼とも他愛の無い話でも盛り上がれる仲になった。

小淵沢から小海線に乗り換えて、小諸から長野市にある善光寺、戸隠、松代と2泊3日で巡った。新宿から夜行列車に乗っていた頃から、10代の淡い恋の話などたわいのない話で盛り上がった。その盛り上がりは野辺山で途中下車して国立天文台まで散策した時も続いていた。当時は高原の朝ならではの清々しさを味わうことより、盛り上がっている話の方に気を取られていた。あの頃は同性の気が合う友達と一緒に行動するのが、特に楽しい時期だったと懐かしく思う。

そのパラボナアンテナのある国立天文台が設置されている野辺山高原は、西を八ヶ岳連峰で東を関東山地に囲まれて街の明かりがよく遮断されて、一年を通して晴れの日が多いので天体観測に適しており、綺麗な星空が見えると言われている。

2017年から小海線で土日祝日を中心に運転されてきたイベント列車「ハイレール星空」にも列車の中に、小さいプラネタリウムと列車の中では自由に閲覧できる星にまつわる本が並ぶコーナーが設置されていた。小淵沢から野辺山までは長年野辺山宇宙電波観測所に勤務されていた御年輩のガイドさんによる車内のプラネタリウムを用いた簡単な今の季節で見頃な星空(例えば冬にオリオン座、夏にはオリ姫や彦星というような)の説明があった。夜になると野辺山駅で1時間程の停車時間を利用して、車内のプラネタリウムで星の説明してくれた同じガイドさんによる星空観察会も行われる。晴れていれば野辺山駅のすぐ近くで満天の星空を眺められるそうだ。が、もちろん列車の全ての運転日で天気や日の入りの時間と条件が異なるので毎回見られるとは限らない。満天の星空が見られなくても一部分でも見えている時は、その見えている星についての説明が行われて、星がほとんど見られない時は駅から近くの公民館にてスライドによるガイドをしていただけた。ガイドさんに宇宙についていくつか質問したり車内並ぶ星の本を読むだけでも

・夜の暗闇から果てしなく見える宇宙空間にも限りがあることが考えられる。その限りがありそうな宇宙空間は膨張を続けているそうだがこの先反対に収縮することも考えられる。

・果てしなく広がっている宇宙空間には光も吸い込んでしまう程のとてつもない重力を持つ物体真っ暗をイメージするブラックホールが存在する。

・地球から見えるほとんどの星は地球からは光の速さでも我々の気が遠くなるような年数がかかるくらい離れている。天の川を挟んでいるオリ姫と彦星が七夕の日に会える話は有名であるが、実際にはオリ姫と彦星にあたる星であるベガとアルタイルとの間は光の速さでも15年くらいもかかる。

など人類が全宇宙についてほんの数パーセント程しか解明出来ていないくらい、気が遠くなるような宇宙空間の広さをほぼ無限のように感じる事ができた。

コロンビアでは治安の悪さや国内の対立を乗り越えようとした改革の中でプラネタリウムを完成させた。普段学校にも行かずにグループ抗争に明け暮れていたツッパリとも言えそうな若者たちが、自分達が争っていたテリトリーが宇宙空間とは比べものにならないくらい小さ過ぎる事と、地球全体が自分達のテリトリーである事にも気づいたことにより抗争は収まり若者達も学校に行くようになったという。

2019年4月に我々人類は国境を越えて地球上あちこちに点在している天文台の電波望遠鏡をつなげることにより、望遠鏡の解像度を物凄く上げてようやくブラックホールを目にすることが出来た。100億年以上前からのブラックホールの活動によって、宇宙空間が成長して行ったと言われている。ブラックホールの温度は一番高いところで1000万度以上と言われている。ブラックホールの活動が活発で宇宙の成長の度合いが大きかった頃は、とても人類はおろか生物なんて存在できる環境ではなかった筈だ。我々人類はブラックホールの活動が丁度落ち着いている時に、存在できているに違いないしそれに過ぎない。宇宙空間の中で我々が生きている事自体が奇跡でかつちっぽけなことなのだ。ブラックホールの活動から人類が誕生するまでの具体的な過程はまだまだ解明されておらず、これからも研究が進んで行くであろう。

小惑星探査機「はやぶさ」「はやぶさ2号」を用いたプロジェクトも、そのほんの小さな一歩にもかかわらず、何年もかけて50億km以上飛行させて我々人類から見て壮大に行われている。しかしその壮大なプロジェクトでさえ1光年(約10兆km)を軽く超える広さや、億単位の年数をかけて形成されてきた宇宙空間に比べるとほんの一部に過ぎない。国家や地域同士さらに会社などの組織レベルにおいて、宇宙空間から見て極一部の地球上でさらにその中でほんの一握りの人類の権力者による醜い争いに巻き込まれている場合ではない。そんな暇があったら国境を超えてブラックホールから我々が誕生するまでの具体的な過程の解明を、少しずつでも進めるまでは行かずとも、ブラックホールも含めた宇宙空間について少しでも理解を深めようとするような、有意義な時間を仕事や遊びなど全てにおいて過ごしたい。

「ハイレール星空」に乗った列車の旅で満天の星空が見られればもちろんベストではある。しかし天候や日の入り時刻などのタイミングが合わずに見られなくても、この先の旅も含めた人生にて満天の星空に何回も出会えたり未知の領域があまりにも広過ぎる宇宙について少しでも知ることができたりする良いきっかけになり得る環境が「ハイレール星空号」の車内では整っていた。それによってプラネタリウムをきっかけに学校に行くようになったコロンビアの若者達のように、我々の行いがより良い方向に向かって行けば本当にこれ以上のことはないと思えた。
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