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<14・心配される少女>

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「そんな心配する必要なくね?あのゴリラ女だぜ?」

 友人達の明け透けな物言いに、刹那は眉を潜める。散々聞いてきた呼称だが、あんまり気分がいいものではない。

「その言い方はやめなって。いくら喧嘩強くても女の子なんだから」
「え、何?お前あいつに気があるの?」
「そういう発想もイクナイ。どっちにしても今時のご時世、セクハラってものの範囲はすごーく広いってことをあんた達も学んだ方がいいよー」
「ええ、よくわかんねー」

 ひらひらと手を振って流すと、彼等は少々納得していないような顔で首を捻っていた。自分も社会人とかではないので詳しく分かってはいないのだが、父がテーブルの上でぐったり突っ伏しながらぼやいていた言葉を何度か聞いているので多少は知っているのだ。本当に、今はちょっとしたからかいでもセクハラになる。女性社員の肩を叩いただけでセクハラ、手を握ればセクハラ。同性間でも恋愛関係をからかうのは立派なセクハラで、外見的特徴をあげつらねるのはセクハラとパワハラ両方取られることもあるんだとかないだとか。
 まあ、昔の人達がOKだったことが、今の時代では許されないということも少なくないのだろう。それはどちらかというと知識が広まった結果である。被害者は昔から嫌だと思っていたものの、それを口にはできずにいた。変わったのは本人達が“小さなことでも腹を立てるようになった”からではない(そこを勘違いしている人たちもいそうだが)。小さなことにも気づく人と、嫌なことを嫌だと言える勇気を持った人が増えたという、それだけではなかろうか。
 小学生同士ではセクハラというのは少し違うかもしれないが、それでも社会人で“ハラスメント”と呼ばれるものの多くが、自分達の社会では“いじめ”という言葉に置き換わることを刹那は知っている。彼らに悪意はないかもしれないが、そもそも人をゴリラ呼ばわりするのも十分その範疇のはずだ。少しは反省してもらいたいものだと思う。

「旧体育倉庫の方ちょっと見てくるだけだって。どうせボール片づけなくちゃいけないんだし、通り道でしょ?」
「まあ、そうだけどー」
「ならいいじゃん。はい、片づけ片づけ!」

 杞憂ならばいい。遠回りになるとはいえ、彼女達が裏門から普通に帰った可能性もないわけではないのだから。あくまでこれは、自分が安心したいがための行為である。
 ゴールをずりずりと移動させて端に寄らせると、ボールを持った友人達を連れて刹那は二つの体育倉庫がある方に歩き始めた。そういえばさ、と匠が口を開く。

「この学校の七不思議に関して、話したことあるじゃん?旧体育倉庫の話もしたと思うけど、覚えてるか?」
「覚えてる」
「だよな。旧体育倉庫内で儀式を行うと、好きな相手と両想いになれるーってやつ」

 忘れるはずがない。刹那とて、少々興味を引かれる内容であったのだから。

「いやさ。あれちょっと変だなーって思ってたんだよな。一体誰が噂流したんだよって。だって、鍵かかってるから中は入れねーじゃん。窓も内側から施錠されてるし、硝子割れてっけど人が入れるほどじゃないし」

 それは、自分でも少しおかしいと思っていたのだ。おまじないとして噂になるからには、誰かが試してみたはずなのである。しかし、あの旧体育倉庫は皆の証言通りなら、彼等が入学した時にはもうボロボロで打ち捨てられた状態だったのだ。誰も使わないから、鍵もかけたままかけっぱなし。そもそも鍵も錆びてて果たして開けられる状態であるかも怪しかったのだとか。
 勿論、そんな状態になる前からのふるーい噂が、学校に定着したままということもあり得る話ではあるのだが。

「昔からの噂が残ってるだけじゃなくて?」

 歩きながら刹那が尋ねると、匠は首を振った。

「入ったって言った奴、いんだよな……隣のクラスに」
「んんん?鍵かかってるのに?」
「おう。なんか、その時だけ開いてたっぽい?で、中で儀式やろうとしたんだけど……なんか屋根裏から変な音がして、怖くてすぐ逃げてきたらしい。まあ、誰も掃除してないだろうから、絶対不潔だよな。上にネズミとか住んでたらキモいだろ、逃げて正解じゃんって笑ってたんだけど……」

 物音、というだけならそれこそネズミやGということも十分あるだろう。問題はそれ以前、何故入ることができたのかどうかだ。そして、その人物は儀式をやる“前に”逃げた。実際に完遂していたらどうなったのかは、誰にもわからないわけで。

――儀式をやったら神隠しに遭ったとか……いやいやいや、そんな非現実的なこと、あるわけないと信じたいけど。恋愛のことを応援してくれるユーレイ?だからおまじないになってんだし……。

 思わず、想像してしまった。薄暗い小屋の中、閉じ込められた少女達に迫る無数の黒い手を。小屋の隙間から、詰まれた備品の影から、天井から、それはありとあらゆるところから這い出しては彼女らを追い詰めようと襲ってくるのだ。
 悲鳴を上げて逃げる少女達、けれど狭い体育倉庫の中では逃げられる場所にも限りがある。やがて追い詰められ、二人の両手両足に黒い手が絡みつき、ずるずると引きずり始めるのだ。
 向かう先は、闇の中のさらなる闇。人あらざる者が闊歩する、あの世に繋がる空間。必死で埃まみれの床に爪を立てて抗うも、抵抗空しくずるずると引っ張られ続ける少女達。誰か助けて、と叫ぶもその声は届かない。やがて無力にもがく手が宙を掻き、その指先までもが影の中に吸い込まれてしまって――。

――ば、ばかばかばかばか!俺のばかっ!そんな想像すんなっ!

 どうしよう、あかるに何かあったら。
 じわじわと足元から這い上がるような不安。こんなこと、現実にあってたまるものかと思うけれど。

「そういや、儀式をやろうとしたのってどっちなのかな。ゴリ……緑のやつか、茶木さんか」

 一応、刹那の言葉を理解はしてくれたらしい。ゴリラ女、と言いかけても訂正しただけ匠はマシだ。

「ひょっとして、緑にも好きな奴いたりすんのかなあ」
「……さあ」
「噂通り、ほんとにお前のことが好きなのかもなー青海!」

 けらけら笑う彼が、どこまで本気なのかはわからない。それに対して、刹那は苦笑いで返すしかなかった。

「いたとしても、多分違うよ。俺嫌われちゃってるし」
「そうなん?」
「うん」

 わかっている、最初に対応を間違えたっぽいことは。余計な欲を出した結果、明らかに彼女を怒らせてしまったらしいことは。
 確かに、“緑あかるは青海刹那が好きっぽい”なんて噂を流したのは自分ではないのだけれど――。

――ほんっと、俺ってばか。

 ああ、素直になるって難しい。今更ヘコんだところでどうにかなるわけでもないのだけれど。

「俺ボールしまってくるなー」
「あ、俺も行く。あのカゴ重いし」
「ん、頼んだ」

 少年数名が現体育倉庫に走っていく中、刹那は匠と共に旧体育倉庫に近づいた。ぼうぼうと雑草が生えた中心に位置するボロ小屋は、規模こそ小さいものの立派にお化け屋敷の様相である。すっかり深いオレンジに染まった空、どっしりとした巨大な怪物の影のようだ。暗くて周辺の様子がよく見えない。ロープをまたぐことはせず、少し離れたところから辺りを観察してみることにした。
 前に通った時と、何も変わらない――と思ってすぐのことだ。

「?」

 おかしい。
 ドアの前に、木の椅子が二個も転がっている。多分中の備品だろう。何で外に出されてしまっているのか。

「お、おい!青海!?」

 匠が止めるのも無視して、刹那はロープを潜った。その際カラーコーンを一部蹴倒してしまったが、今は無視することにする。転がった椅子をちょっと端に避けて、ドアに近づき――眉をひそめた。
 前に見た時には確かにあったはずの、南京錠がなくなっている。誰かが壊したのだろうか、あるいは経年劣化で落ちてしまったのか。そう思って足元を探るも、それらしい物体はどこにも見つからなかった。

「あかるちゃん?いるの?」

 ドアをとんとんとノックするも、返事はなし。いないのだろうか、と思ってノブを回してみる。ノブは動いたが、ドアが全く微動だにしない。まるで壁にくっついてしまっているように、押すことも引くこともできなかった。内側から別の鍵でもかかっているのだろうか。

「お、おい。鍵かかってるんだろ?あいつらだって中に入れないんじゃないのか?」

 怖くなってきたのだろう、匠の声が震えている。

「……そう、かもしいれないけど」

 一理あるが、やはり違和感が拭い去れない。スマホを取りだして、あかるの友人からゲットした番号に電話をかけてみることにした。もし中から着信音が聞こえれば、中にいるということになるからだ。
 しかし。

『おかけになった電話は、電波が届かないところにあるか、電源が入っておりません』

 スマホは充電が切れやすい。
 電池切れで充電中ということもなくはないが、今回の場合は――。

「おーい、あいつらいたかー?」

 サッカーボールなどを片づけに行ったクラスメートたちがぞろぞろと戻ってきていた。よく考えれば用具をしまうだけで、そんなに大人数が必要だったとも思えない。絶対こいつらもビビってただろ、と刹那は腐りたくなる。人を女ゴリラと馬鹿にするくせに、どいつもこいつも小心者め。

「いなかった、けど」

 何事もなければいい。それは、そう確認できた時に“心配しすぎだ”と笑えばいいだけのことだ。

「ちょっと気になるから。……この小屋の鍵とか持ってるのってさ、警備員さんか用務員さんで、あってる?」
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