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<4・憧れる少女>

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 おまじない、怪談。その類が好きな女子は少なくない。小学生から高校生まで、そういったものに興味があって噂にするのはよくあることだった。かく言うあかるの友人二人も、おまじないの類に関しては少々明るい方であったらしい。

『どうせなら恋のおまじないを教えてあげるのです!』
『教えてあげちゃう!』
『い、いや、そのだから私はね……?』

 それはそれは楽しそうな様子で、麻乃とユイが教えてくれた“片思いの相手と両想いになれるおまじない”。メモに書かれたそれを見ながら、放課後の教室であかるは一人ため息をついたのだった。

――これ、おまじないっていうか、学園の七不思議のひとつというやつでは……?

 あかるはあまり怖い話が得意ではないので、そういったものを積極的に集めるということはしないのだが。どの学校にも大抵、“学校にまつわる怖い話”の一つや二つあるというものらしい。で、それがいつの間にか七つくらいになって、七不思議と呼ばれるものを形成するそうなのだ。ものすごーく古いもので言えば、トイレの花子さんだとか、動く二宮金治郎像だとか。うちの小学校はそんなに歴史が長いわけでもないので、怪談の類もそこまで古臭いものはないのだけれど。ナナフシギ、の概念そのものはそれこそ戦争が終わるか終らないかの頃からあるらしいとも聞いたことがあるから、凄い話である。
 正直、自分が刹那に対して本当に恋愛感情を向けているのか、はよくわかっていない。大体、友情と恋愛感情の境界線が謎なのだ。相手のことが大好きだと思う、というのは家族相手だって思うことである。相手のことをとても素敵だと思う、カッコイイと思うというのは憧れと呼ぶべき感情にも含まれているのではなかろうか。
 なら、どういう方向性に行けば、それを恋愛と定義できるのだろう。
 確かにあの日、自分は刹那のことをとても尊敬したし、キラキラして見えたのも事実。ただ、そもそもあの時自分は刹那を女の子だと思っていたのだ。余計フィルターがかかってしまって、“これは恋愛感情なの?一目惚れとかじゃないよね?”と混乱の中否定しようとしていたのをよく覚えている。要するに、正しい判断ができるような状態ではなかったのだ。
 だから今思い返してみても、これが恋心と呼べるものなのかというと――微妙、としか言いようがない。初恋はあれだったかな?というものを経験していないわけではないが、それでもその時のシチュエーションはいわゆる“一目見てキュンと来た”ではなかったからだ。

――そ、そんな状態で。そんな自分の方の感情もよくわかってない状態で、こんなおまじない試しちゃダメだよ、うん。

 一応、手帳にメモを挟むだけ挟んでおくことにする。いつもなら家が同じ方向の者達と一緒に帰るのだが、委員会があるせいで都合がつかなかった。ユイも麻乃もそれぞれ委員会に所属しているからである。果たしてこんなゆっるい雰囲気の小学校に風紀委員だの清掃委員だの必要なんだろうか、と思うが、まあ決まりとしてあるものは仕方ない。コンビニにでも寄り道して帰ろうかな、とふと顔を上げたあかるは、窓際にじっと佇んだまま動かないクラスメートに気づいた。

――何してるんだろ?

 ランドセルに教科書を詰める手を止めて、彼女を観察する。
 茶木夢叶ちゃきゆめか。長い黒髪の、とてもおとなしい文学少女だ。エセお嬢様言葉な麻乃と違い、本当のお嬢様なのが彼女である。なんでも、銀行の偉い人の娘さんだとかいう話だ。普通そんなお金持ちの娘は私立小学校に行くんじゃないのかなと思うが、そのへんは本人の事情もあるのでツッコむだけ野暮だろう。絵に描いたような大和撫子美人で、成績もいい。あかるとは完全に真逆のタイプであるため、話したこともそう多くはない。なんとなく、近寄りがたい印象があったからだ。
 そんな夢叶が見つめる先にあるのは、校庭である。なんだろ、と思って同じ方向を見ると、向こうでサッカーをやっている男子達が見えた。休み時間もドッチボールで遊んでたのに、放課後もサッカーなんてなんとも元気な連中である。二十五分休みにドッチボールをしていた時は木の影で見えなかったが、そもそもあかるの視力は2.0だ。見晴らしの良い校庭の様子は、この距離からでも十分確認することが可能だった。
 どうやら一日で、刹那はすっかりクラスの男子達に馴染んだらしい。馬鹿が多いけど、体育は得意な奴が多いんだよなうちのクラス――そう思いながら観察するあかる。他のクラスの男子も誘ったのか、きっちり二十二人くらい揃えてゲームができているようだった。一番目立つのは間違いなく、FWのポジションで活躍している一人の少年だろう。
 灰崎猛はいざきたける。あっちこっちにハネたクセっ毛が特徴の彼は、幼稚園からずっとサッカークラブに所属してきたという生粋のサッカーバカだ。放課後遊んでいるということは、今日はクラブがない日なのだろう。活動日でもないのに結局サッカーだなんて、本当に大好きなんだなあと感心させられてしまう。
 男子の中では背が高い方ということもあって、余計彼はチームの中にいて目立つのだ。ボールを受けると、面白いようにドリブルで相手プレイヤーをごぼう抜きにし、散々ひきつけたところで格好の場所にパスを出す。あれは小学生レベルのスキルじゃないよなあ、とさほどサッカー知識がないあかるからも見て取れるものだ。

「あ」

 ぽつり、と小さく夢叶が声を上げた。猛がループシュートを決めたからである。ゴールキーパーの頭上を通り越す、見事なシュート。何であんなのできるの、と驚嘆せずにはいられない。
 この距離、そして硝子越しであっても分かる歓声が聞こえた。そして。

「すごいな……」

 どこかうっとりとした夢叶の声。唐突に、あかるは理解した。校庭を見つめる少女の頬はほんのりと桜色に染まり、まさに“恋する乙女”そのものであったからだ。

「サッカー見てるの?」
「!」

 思わずあかるが声をかけると、まったくこちらの視線に気づいていなかったらしい夢叶がはっとしたように振り返った。

「び、びっくりさせちゃってごめん!凄く真剣に見てるから、男子どものサッカーかなあと思って」
「あ……その……」
「カッコいいよね」

 あかるの言葉に、夢叶は真っ赤になりつつ――おずおずと頷いた。

「カッコ、いい、です」

 なんだろう。妙な親近感がわいてしまう。窓際の花、みたいなイメージがあった夢叶だが、なんてことはない、普通の恋する小学生の女の子ではないか、と。大人っぽい見た目であるし、お金持ちだし、文系だし――なんてちょっと遠巻きにしていた自分が恥ずかしい。

「やっぱり、灰崎君?いかにもストライカーってかんじだもんね。ありゃあ女の子にモテるよなーって思う」
「はい。……きっと灰崎君は私のことなんか眼中にもないだろうなと思います」
「い、いやそこまでは言ってないけど」
「いいんです。私、美人じゃないし、明るくもないから……」

 待て待て待て、とあかるは思わずツッコミたくなる。誰がどう見ても、夢叶はお嬢様系の美少女なのだが。それこそ、社交界でドレスを着て歩いていたら、年が五つくらい上に見られることもありそうだと思うほどには。
 だが、夢叶の様子は到底謙遜には見えない。よっぽど自分に自信がないのか、俯いてもじもじと話してくる。美人ほど自分の容姿に自覚がないこともある、なんて話を聴いたことがあるが、まさかその具体例が目の前にようとは。

「美人だと思うけどなあ、茶木さん」

 思わず感想を述べると、夢叶は困ったように笑って“緑さんほどじゃないです”と返してきた。これはイヤミでもなんでもなく本心なのだろう。少しだけ不憫な気持ちになってくる。

「でも、いいんです。私はこうして、灰崎君のことを遠くからみているだけで幸せですから。……そもそも灰崎君は、女の子と遊ぶより、ああやってサッカーをやっている方が似合っているような気もするんです。サッカーが恋人みたい、というか」
「それはまあ、なんとなくわかるけども」
「他の子達とサッカーやってて、毎日すっごく楽しそうで。私が好きになった灰崎君は、そういう灰崎君だから。私はこうして、応援しているだけで幸せなんです。お付き合いとか、そういうことができなくても」

 本当にそう思ってる?という言葉をあかるは思わず飲み込んでいた。校舎の中、硝子と距離に阻まれた場所からただただサッカーをする片思いの相手を見つめるだけ。それで本当に幸せなのだろうか。そう思ってしまうくらいには夢叶の声は泣き出しそうで、その笑顔は寂しいものに見えたのだ。少なくとも、あかるの眼からは。

――あっちだって、茶木さんに応援してもらったら嬉しいと思うんだけどな。つか、可愛い女子に応援してもらって、嬉しくない男っていんの?

 つらつらと考えたところで、そうだ、とあかるは思いついた。ぽん、と手を叩き、よし!と一声上げる。

「じゃあ、応援しよう、もっと近くで!」
「へ……ええええ!?」
「確かに灰崎は凄いストライカーだけどさ、よくよく見たら灰崎以外のサッカークラブのやつ、みんなあいつの敵チームにいるっぽいし。あいつ一人じゃ勝てないかもだよ、応援しよーぜ!」
「そ、そ、それは、そうかも、だけど!」
「頑張って、って応援するだけだよ?それも難しい?あっちだって絶対、女の子の声援は嬉しいと思うんだけどな!」

 ね、とあかるが告げると。夢叶はおどおどと窓の向こうとあかるを交互に見て、やがて。

「う、嬉しい、ですか?その、私なんかに応援されて……」

 そんなの、答えは決まってる。

「嬉しいに決まってるっつーの!少なくとも、私だったらめっちゃ嬉しいよ!というわけで、善は急げだ、ゲームが終わっちゃう前に準備しよ!」
「は、はい!」

 余計なおせっかいだったかもしれない。それでも、教科書を乱暴にランドセルに投げ込んで、二人で昇降口まで走って。校庭に飛び出した時の清々しさは、なんとも言い知れぬものであったのだ。
 校庭の真ん中あたりで行われているゲーム。白線で引かれたサッカーコート近くで、あかるは思いきり声を上げた。

「お前ら―!応援に来てやったぞー!」

 男子数人が“うっげメスゴリラが来た!”という顔をしていたが、この際無視である。ほら、と背中を押すと、夢叶も思いきり息を吸って――教室で話した時よりもずっと大きな声で叫んだのだった。

「は、灰崎クン!頑張ってください!」

 名指しされた猛が眼をまんまるくして、やがてちょっと照れながら“ありがと!”と返していたこと。それを見て、天にも昇る心地といった様子で頬を染めていた夢叶を見て、あかるは思ったのだった。
 ちょっとだけ、“余計なお世話”を焼いてみて、本当に良かったと。
 誰かの幸せを応援するって、なんて気持ちがいいのだろう。
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