アオイロデイズ

はじめアキラ

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<第十二話~ドローン襲来~>

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 たくさんストックとして予備を買っておいたはずなのに、いつの間にかペンやらシャープペンの芯やらがなくなって慌てて買いに行く羽目になる――というのは理音にとってよくある話である。
 理由は単純明快。残りが一本だ、となった時に買いに行かないせいだ。あと一本あるし、後で買いに行けばいいや、とついつい後回しにばかりしてしまうのである。
 ただでさえ面倒な買い物という作業、理音の場合はさらに億劫な理由があるのだからどうにもならない。コンビニのように、ぱっと売り場を見てぱっと買えるような店ならばともかく、大きな書店や文具店に行かなければないデザインペンや高値のサインペンは本当に買いに行くのは大変なのだ。人ごみに行く、というのはそれだけで理音にとっては自殺行為に等しい。人が多い場所では、人ごみでイライラしている人間が少なくなく、ただでさえきつい思念に晒されがちな理音の精神をガリガリと削ってくれるのである。
 ゆえに、本当はもっと美味しいものが食べたいという気持ちがあっても――なかなか、スーパーに出向く気力はないのだ。レジで並んでいる時間というのが本当に耐え難いのである。大抵、並んでいる人間は嫌なものを溜め込んでいる。家に残してきた家事が億劫だの、旦那の愚痴だの、早く進まない列へのイライラだの。そういうものに晒されてしまえば、ただでさえ豆腐なメンタルがぐっちゃり潰れるのは避けられないわけで――結果、あきあきしていてもコンビニでさっと買える弁当やカップ麺ばかりの食事になりがちなのである。まあ、コンビニで買い物したところで、店員の目を見てしまえば結局同じように疲れ果てる羽目になるわけだが。

――はあ、ほんと嫌なんだよな。ペン数本買うだけで、マジ疲れる……。

 今日も今日とて、どうにかこうにか大型書店まで辿り付き、愛用のペンを購入して帰る途中である。それでも今はまだ、一人で冷たい家に帰らなければならないわけではない分、マシと言えばマシだった。本当に、他の人間達のドロドロした感情に触れ続けていると、純粋無垢なアオの心が天使としか思えなくなってくるのである。
 そういえば、結局どうして彼の心だけがはっきりと見えずに済んでいるのか、原因はまだわかっていない。そもそも、理音自身が未だにこの力を解明できているとは言い難いから尚更である。大抵のサイコメトリの能力者は、相手に触れると心が見えるタイプであったり、一定距離に近づくと感情が全部入ってきてしまうタイプであったりするらしいのだが――理音のように、“眼を見ると一気に流れ込んできてしまう”というのは正直前例を聞いたことがないのだ。
 もしかしたら、同じような能力を持った人間は過去にもいたかもしれないし、逆にそもそも理音の能力が“サイコメトリ”の範疇に含まれるものではないのかもしれないけれど。いずれにせよ、専門家を探す術もなければ接触する手段もない以上、理音にこれ以上の追求や調査は不可能なのである。
 今後も、どうにかこの力をセーブして、コントロールして、上手にやりくりして生きていくしかないのだ。そうでなければまた――“あの時”のような、とんでもない事態に発展することも十二分に有り得るのだから。

――こんな顔してちゃダメだな。アオが心配しちまう。……つーか、あいつ俺の料理美味しいって言ってくれてたし。多少我慢しても、スーパーで食材買った方がいいのかな。卵やウインナーくらいならコンビニでも買えるけど、野菜はもう殆どストック残ってねぇし……。

 アオのためを思うなら、食生活をきちんと見直していくべきなのかもしれない、と思う。あんなチンケな卵焼き一つをあんなに喜んで貰えるだなんて思ってもみなかったことだった。自分が作ったもので目の前の誰かが笑顔になってくれることの、なんと嬉しいことだろう。

――ていうか、米もそろそろネットスーパーで買わないとダメか。安くなってるといいけど。……うん、そうだよなあ。アオのためなら、多少無理するのも仕方ないかもな。

 本当に、我ながらいつの間にあの少年にこんなに絆されているのだろう、と思わないでもないけれど。苦笑しながら横断歩道を渡ろうとした、その時だった。

「――っ!?」

 耳に、キン、と甲高い音が響くような感覚。理音ははっとして周囲を見回した。これは、過去にも経験したことがある。雑踏の中、虫のように蠢いている害意の類とは違う。どこか明確な、目的を持った悪寒を放つ存在が近くにいる。まるで、何かを探すようにうろついているような――。

「おい誰だよ、こんなところでドローン飛ばしてんの!無許可じゃねーのか!?」

 誰かの声が、耳に届き。理音はそちらへと視線を投げた。郵便局の前あたりで、人だかりができているではないか。
 彼らの頭上を旋回するように飛んでいるのは、一機のドローンだった。紫色の体躯に、薄いブンブンと動く翼が生えている。機械だとすぐにわからなかったのは、それが自分達が想像するようなドローン――ヘリコプターや飛行機のような形状をしていなかったからだ。サイズは一般的なドローンとさほど変わらないだろう。問題は、その形。
 それはまるで、巨大な蠅のような姿をしていた。薄い羽根は、虫が空中に留まろうとするような素早さで前後に動き、ウィンウィンと耳障りな羽音を立て続けている。かろうじてそれが機械だと分かるのは、その体表がメタルチックであり、真っ赤な目玉のようなセンサーが三つ顔面に搭載されえいるからだろう。

――ドローンだよな?なんだあれ、見たことないぞ……!?

 自慢じゃないが、理音の視力は非常に良い。両目とも2.0である。ゆえに、この距離からでも横腹に書かれたアルファベットのような文字は読み取ることができた。そう、辛うじて、アルファベットに近い模様に見える。あれは、大文字のFとRだろうか?

「!」

 次の瞬間、その蠅型ドローンが――ぎゅん、と理音の方を見た。そして。

――え、ええ!?

 唸りを上げて、こちらに向かってきたのである。

「わ、わあ!?」

 思わず身を屈めてよければ、さっきまで理音の頭があったあたりを通過していくドローン。しかし、通り過ぎて暫くの後そいつはUターンすると、再び理音をめがけて突撃してきたのである。

「な、なんだよお前!こっち来るんじゃねえよ!!」

 その瞬間、理音は真正面からドローンのセンサーと“目があった”。勿論、機械は人間とは違う。機械の“目”を見たところで、その感情が流れ込んでくるなんてことはない。
 だが、その機械を作ったのも、操縦するのも意思を持った人間だ。ドローンのセンサーを真正面から見た瞬間、伝わってきた感情は一つだった。



『ミ ツ ケ タ ! ホカク セヨ!!』



――見つけた?捕獲!?何がどうなってるってんだよ!!

 理音は走り出していた――家路とは、真逆の方向へと。何がなんだかわからないが、このドローンは何かを捜していたらしい。そしてどうやら、理音を捕獲しようとしているらしい。捕まったらどうなるか、わかったものではない。そもそも、捕まえられるような心当たりなんてあるはずがないのだ。
 ただ一人、アオのことを除いては。

――あんなドローン見たことなんかねぇ!もしかして、異星人のブツ、だったりするのか!?もしそうなら、あれが探してるのって俺じゃなくてアオなんじゃ……!

 殆ど直感に近いものだった。それでも確信に近く、理音は走るスピードを上げる。幸い背丈だけは高いので、一歩の幅も広いのだ。運動神経も一応、一般男性以上にはあるつもりである。本気になって走れば、それなりの速さが出せるはずだった。――そんな目論見が、果たして機械相手に通用するかわからないが。
 何にせよ万が一本当にアオが狙いだったとしたら、絶対に自宅へ誘導するわけにはいかない。破壊するなり撒くなりしなければ帰るわけにはいかないだろう。
 アオは記憶を取り戻せていないが、それでも、“別の惑星から逃げて地球に辿り着いたはずだ”ということは覚えていた。そこの女王陛下と結婚させられそうになっていた、ということも。その結婚に、納得していなかったらしいということも。
 彼の記憶がおぼろげである以上、理音が知ることのできる情報などその程度に過ぎないのだが。もし彼が命懸けて逃げるほどの理由が追っ手にあるのだとしたら。それほどまでに、酷い連中に追われているのだとしたら。なにがなんでも、彼を引き渡すことはできなかった。その理由の半分が、彼とまだ一緒にいたい己のエゴであるとしても、だ。

――あの翼は、衝撃に弱そうだしな。……狭くて入り組んだ路地とか、飛ぶのは得意じゃねーだろ、多分!

 買ったばかりのペンはバッグにしっかり入れてある。本当に、重い買い物をした後でなかったことだけが救いだ。理音は商店街のビルとビルの隙間に飛び込むと、そのまま配管やゴミ箱を飛び越えて走る、走る。あのドローンが随分大きな音を鳴らして飛んでくれているせいで、振り返らずとも大体の距離を図ることができるのが幸いだった。
 路地裏を抜け、そのまま隣の敷地のフェンスに飛び込む。大きく歪んだ金網は、ギリギリ成人男性一人がくぐり抜けられる程度の穴があいていた。ごめんなさい、と思いつつ侵入したのは近所の中学校である。理音も通った場所だ。ここのグラウンドは、フェンスにぐるりと一周された周辺を狭いランニングコースが通っている。桜の木に囲まれていることもあり、狭い上非常に人目につきにくい場所だった。さすがにこの道では、あの横幅のあるドローンで通ることはできないだろう。
 暫く道を走り続ければ、段々とドローンの羽音は遠ざかっていくのがわかった。どうやら、見失ってくれたらしい。理音は大きくため息を吐くと、ゆっくりと走る速さを落としていった。

――や、やっと撒いた……しんど。家からかなり離れちゃったな。

 非常に疲れているが、このまま真っ直ぐ家に帰るのも危険だろう。理音は呼吸を整えると、ゆっくりと狭いランニングコースを歩き、中学校の裏門を目指した。完全に不審者だが、幸いにしてこの中学校は公立であり、守衛もいなければ防犯カメラもない。卒業生がうっかり入り込んだくらいは、なんとか見逃してもらえることだろう。
 周辺に人がいないことを確認すると、理音は裏門から中学校の敷地の外に出た。結局逃げることはできたが――よくよく考えると、あのドローンを壊す方法を考えた方が後後は良かったかもしれないと思う。今それを言ってもどうにもならないことではあるが。

――やっぱり、アオが追われてるのは本当なのか?俺を追ってきたのは、アオの気配がするからとかそういうことなんだとしたら……。

 考えながら学校の裏手の道を歩き始めようとした、その時だった。

「なるほど、センサーは誤作動ではなかったようで」
「!?」

 勢いよく振り返った理音は、見た。

「微かですが、確かにロックハートの気配がしますね。……貴方が匿ってらっしゃるのでしょうか、彼を」

 長身で褐色の肌、紫色の髪の男が――眼鏡を押しあげながら、そこに立っているのを。
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