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<8・恋愛と友情の狭間で。>
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和歌子のアドバイスは、的確と言えば的確だった。相手のことをよくわかっていないからこそ、認識が小学生の時のままで止まっているわけである。ジタバタうじうじと考えていても仕方ない。とりあえず一緒に遊びにでも行ってみて、今のお互いをよく知ってからでなければ判断しようがない――それもまた、事実ではあるだろう。
「……ご飯食べに行くだけでいいの?」
ようやく千鶴のところにもチーズケーキが運ばれてきた。お金を心配してかなり安めのメニューを選んだつもりだが、それでも五百円は超えている。最悪和歌子をカフェに置いて、コンビニのATMに走るしかない――なんてことを考える千鶴。ウェブライターの仕事でそんなに儲かるわけがない。お財布はいつも寂しいのだ。
むしろ、多少儲かっても“使わない”ために、財布にあまり入れて歩かないようにしている。
「ご飯だけで、お互いのことわかるものかな?」
「そう思うなら、水族館とか動物園にでも行けば?あとあんたフツーに一人暮らしなんでしょ、今は。家に呼んじゃってもいいと思うけど」
「そそそそそ、それはフツーにデートになってしまうのではありませんかね和歌子様!?」
「何で敬語になってんのよ。友達同士だって家にくらい遊びに行くでしょうが」
「そ、それもそうかもしれないけど!」
はっきり付き合ってもいないのに、デートじみた真似をしていいものかどうか。頭を抱える千鶴になんとなくピンと来たのだろう。もしかして、と和歌子がパフェを横に除けて身を乗り出してくる。
「……まともなデート、したことがなかったりするわけ?というか、男友達とかいないの?」
「うぐぐぐぐ」
デート。
前の彼氏としたことがないわけでは、ない。ただ、千鶴の方からどこに行きたいとか、何がしたいなんて言ったことはないのだ。いつも彼が全てセッティングしてくれていた。良くも悪くも積極的、押せ押せの彼氏だったのである。千鶴はただ彼が言うまま流されていればそれで良かった。別にそれが不快な相手でもなかったのだ。
そして男友達っぽい人たちがないわけでもないのだが。彼らと二人だけでどこかに出かけたとなどないのだ。複数いる友人と一緒に遊びに行くのが精々。デートとは程遠いだろう。
「……デートしたことはあっても自分で考えたことはないし、男友達は複数と一緒にバーベキューとかしたことしかないんですぅ……」
千鶴が萎れつつ説明すると、あー、と和歌子は明後日の方を見た。
「ごめん、忘れてたわ。あんた“喧嘩の魔女”だもんね。そりゃ、恋愛対象に見るような男はあんたに近づかないかぁ」
「高校時代までの不名誉な称号を出してくるのはやめてくれやがりますでしょうか!?私は断じて好きでヤンキーになってたわけではございませんことよ!!」
「わ、悪かったって。……でもなんか色々察しちゃったんだけども。ってあんたもそろそろケーキに手を付けなよ。乾いちゃうよ」
「う、うん……」
彼女はパフェのアイスクリーム部分に埋もれていたらしいチェリーをぽいっと口に入れた。
千鶴もフォークを手に取り、チーズケーキにさくっと差し込む。表面は少し固く、中はふんわりと柔らかい。一般的なチーズケーキよりだいぶ柔らかめであるようだった。三角形のような形の、尖った部分を口に運ぶ。――途端に広がる、チーズの濃厚な塩気と甘み。思わず顔が緩んでしまう。なるほど、たしかにコレは美味い。
「あんたひょっとして、大学時代に付き合った彼氏……だっけ?その人となんかトラブった?だから恋愛に対してセーブかかってるとかある?」
「…………」
図星だった。
前の彼氏――璋あきら。彼と付き合って別れた経緯を、自分はまだどこかで尾を引いている気がしないでもない。
何故ならば。
「前彼は……璋はなーんも悪くないんだよ」
ぱくり、ともう一口チーズケーキを運ぶ。
「むしろ、悪いのは全面的に私。……中途半端な気持ちで人と付き合ったら傷つける。そんな当たり前のことも知らなかったし、気づいてなかった。一応私がフラレた形ではあるんだけど……先に裏切ったのは私だから」
「他に好きな人ができて、浮気したとか?」
「違う。……そもそもちゃんと恋になってないのに、付き合っちゃったのが駄目だったんだよ」
東郷璋は、同じ大学の同じ学部、そして同じゼミに所属する生徒だった。課題のゼミの中でもそこそこ親しくしていたようには思う。課題やテスト勉強で、わからないところを教え合うくらいには。
『付き合ってくれないかな……俺と。俺、向井さんが好き、なんだけど……』
スポーツマンタイプの、遥ほどではないけれどそれなりにイケメンだった彼。
千鶴はその時、彼のことを異性として意識はしていなかった。多分子供の頃から男女問わずわちゃわちゃと遊ぶのが好きだったせいもあるのだろう。大学生になっても、特に男の子だから話しかけるのに勇気がいるなんてことはなく。
そして小学校から高校までの黒歴史は言うまでもない。学校を変わるたび不良を成敗して恐れられるような人間だったのである。男子に自分がそんな感情を向けられることも、そして自分が向けることも――まったく想像がつかない、予想の範疇を超えることだったのだ。
ただ、彼がかっこよかったことと、友人としては好きだったこと。そして璋の真剣な様子に胸を打たれたのである。
だから返した。いいよ、と。一緒にいるうちに、友情が恋愛感情に変わる時もきっと来るのだろうと考えて。
『マジで!?』
あの時の璋の、心から嬉しそうな顔が忘れられない。
『ありがと!大事にするな!!』
彼はけして、強引な彼氏ではなかった。時間がある時にメールやLINEで話をしてくれて、時々電話もかけてくれて。一つデートが終わったら、必ずといっていいほど次の約束をしてくれた。デートコースはみんな彼が決めてくれたものの、それは彼が好きなものに付き合わされたとかそんなことではけしてなくて。
そう、カラオケもショッピングも映画もみんなみんなみんな。全部千鶴が好きそうなもの、好きそうな場所に合わせてセッティングしてくれたのだった。千鶴が強く希望など言わなくても、彼は空気を読んでどこまでも対応してくれた。彼が予約してくれたレストランがまずかったことは一度もなかったし、デートが楽しくなかったこともまったくなかったのである。
そして、体も重ねた。
千鶴が処女だと告げると、彼はどこまでも丁寧に前戯を施してくれ、壊れ物を扱うように優しく抱いてくれた。初体験は痛いものなんて言われてはいるが、はっきり言って痛かった記憶はほとんどない。ただただ甘い砂糖菓子の山に埋もれるような、極上の体験をさせてもらったという認識だけだ。
それからも何度かセックスをしたが、璋の体に溺れて何度も求めてしまうのはいつも千鶴の方だった。彼は千鶴が望むことを何でも叶えてくれたし嫌がらなかった。まさに良くできた、否、出来すぎた理想の彼氏だったことだろう。
だから、甘えてしまったのだ。本当に恋をしたいのなら、どちらかが一方的に尽くすようでは駄目だったのに。千鶴はいつも助けられるばかり、支えられるばかり。彼に尽くすことも守ることも――愛することさえ何一つしなかったのだ。
「璋は理想の彼氏だった。空気読めるし、優しいし、デートコースのセッティングは完璧だし、イケメンだし。……だから私、甘えすぎちゃったんだ。何でもやってもらえるのが当たり前になってて、私からは何一つ尽くさなかった。でもって……友情より先に踏み越えようともしなかった。わからないままだったのもあるし、今の関係が心地良いから友達彼氏みたいなのでもいいや、なんて思っちゃってさ……」
セックスをするからといって、恋愛感情があるとは限らない。――ああ、まったく、和歌子の言う通りではないか。
璋のことを最高の彼氏だと思うのに、千鶴は友情と恋愛の境目が結局わからないままだった。あまりにも幼く、甘えてしまっていたのだ。だから接し方も友達の延長線上のまま。それは、璋にも伝わってしまっていたのだろう。
彼は最初から、千鶴のことを一人の女性として見て愛してくれていたのに。
自分はそれを、知っていたはずなのに。
「……ある日、泣きそうな顔で言われちゃった。……千鶴さんは、俺のこと本当に好きなのって。恋してくれてるのって。……多分ね、ずーっと不安だったんだと思うんだ。でも言えなかった。私が言わせないようにしちゃってたの。だって璋は本気だったから……私に嫌われるのが怖かったから」
「純粋な子だったのね、その璋クンって」
「うん。そんな璋をね、私は滅茶苦茶、それはもう滅茶苦茶傷つけちゃったんだ。自分のことしか考えなかったせいでね」
本当に好きなの。
その質問に、千鶴はとっさに返せなかった。いや、数秒の沈黙のあと、慌てて“好きに決まってる!”と言ったような気がする。
でももう、それは後の祭りというやつで。
「別れようって言われた。私が言わせた。本当にサイアクだったよ。……あんないい子を彼氏にしておいてさ、私はマジで何やってるんだと思った。だからね……同じ轍は踏みたくないの。遥を、璋みたいに苦しめたくないんだ」
我ながら悩みの内容が幼いとはわかっている。二十七にもなって、恋愛感情がよくわからないなんてなんとも情けないではないか、と。
でも、まともな初恋もしてこなかったのだからどうしようもない。辛うじて自分は異性愛者ではあるんだろうな、くらいの認識しかないのだから。
友達と恋人は、何が違うのか。
セックスも、結婚でさえも今はその境目を作ることができない時代だというのに。
「……だったらさ」
いつの間にか、和歌子の目の前のパフェは半分になっている。メロンにフォークを突き刺しながら、彼女は告げた。
「その正直な気持ち、もうそのまま遥クンに伝えちゃいなよ。あ、前の彼氏のエピソードはぼかした上でね?それは聞きたくないだろうから」
「友情と恋愛の境目がよくわからないってこと?」
「そうそう。あたしは珍しくないと思うもの、そういう悩みを抱えてる人ってね」
それから、と彼女は続ける。
「相手がマジのマジで好きなら。それが親友でも彼氏でも構わないとあたしは考えるかな。相手のことばっかり考えちゃう、他の子と喋ってると嫉妬する、一番近くにいたいしちょっとしたことで心配になる、とにかく嫌われたくない……などなどなど。一概には言えないけど、コレぜーんぶ恋のサインだと思うし」
ふふん、と彼女は頼れる姉貴分の顔で笑うのだ。
「真正面から向き合って、伝えて、じっくり考えなって。何もかもまだ、始まったばっかりなんでしょぉ?」
「……ご飯食べに行くだけでいいの?」
ようやく千鶴のところにもチーズケーキが運ばれてきた。お金を心配してかなり安めのメニューを選んだつもりだが、それでも五百円は超えている。最悪和歌子をカフェに置いて、コンビニのATMに走るしかない――なんてことを考える千鶴。ウェブライターの仕事でそんなに儲かるわけがない。お財布はいつも寂しいのだ。
むしろ、多少儲かっても“使わない”ために、財布にあまり入れて歩かないようにしている。
「ご飯だけで、お互いのことわかるものかな?」
「そう思うなら、水族館とか動物園にでも行けば?あとあんたフツーに一人暮らしなんでしょ、今は。家に呼んじゃってもいいと思うけど」
「そそそそそ、それはフツーにデートになってしまうのではありませんかね和歌子様!?」
「何で敬語になってんのよ。友達同士だって家にくらい遊びに行くでしょうが」
「そ、それもそうかもしれないけど!」
はっきり付き合ってもいないのに、デートじみた真似をしていいものかどうか。頭を抱える千鶴になんとなくピンと来たのだろう。もしかして、と和歌子がパフェを横に除けて身を乗り出してくる。
「……まともなデート、したことがなかったりするわけ?というか、男友達とかいないの?」
「うぐぐぐぐ」
デート。
前の彼氏としたことがないわけでは、ない。ただ、千鶴の方からどこに行きたいとか、何がしたいなんて言ったことはないのだ。いつも彼が全てセッティングしてくれていた。良くも悪くも積極的、押せ押せの彼氏だったのである。千鶴はただ彼が言うまま流されていればそれで良かった。別にそれが不快な相手でもなかったのだ。
そして男友達っぽい人たちがないわけでもないのだが。彼らと二人だけでどこかに出かけたとなどないのだ。複数いる友人と一緒に遊びに行くのが精々。デートとは程遠いだろう。
「……デートしたことはあっても自分で考えたことはないし、男友達は複数と一緒にバーベキューとかしたことしかないんですぅ……」
千鶴が萎れつつ説明すると、あー、と和歌子は明後日の方を見た。
「ごめん、忘れてたわ。あんた“喧嘩の魔女”だもんね。そりゃ、恋愛対象に見るような男はあんたに近づかないかぁ」
「高校時代までの不名誉な称号を出してくるのはやめてくれやがりますでしょうか!?私は断じて好きでヤンキーになってたわけではございませんことよ!!」
「わ、悪かったって。……でもなんか色々察しちゃったんだけども。ってあんたもそろそろケーキに手を付けなよ。乾いちゃうよ」
「う、うん……」
彼女はパフェのアイスクリーム部分に埋もれていたらしいチェリーをぽいっと口に入れた。
千鶴もフォークを手に取り、チーズケーキにさくっと差し込む。表面は少し固く、中はふんわりと柔らかい。一般的なチーズケーキよりだいぶ柔らかめであるようだった。三角形のような形の、尖った部分を口に運ぶ。――途端に広がる、チーズの濃厚な塩気と甘み。思わず顔が緩んでしまう。なるほど、たしかにコレは美味い。
「あんたひょっとして、大学時代に付き合った彼氏……だっけ?その人となんかトラブった?だから恋愛に対してセーブかかってるとかある?」
「…………」
図星だった。
前の彼氏――璋あきら。彼と付き合って別れた経緯を、自分はまだどこかで尾を引いている気がしないでもない。
何故ならば。
「前彼は……璋はなーんも悪くないんだよ」
ぱくり、ともう一口チーズケーキを運ぶ。
「むしろ、悪いのは全面的に私。……中途半端な気持ちで人と付き合ったら傷つける。そんな当たり前のことも知らなかったし、気づいてなかった。一応私がフラレた形ではあるんだけど……先に裏切ったのは私だから」
「他に好きな人ができて、浮気したとか?」
「違う。……そもそもちゃんと恋になってないのに、付き合っちゃったのが駄目だったんだよ」
東郷璋は、同じ大学の同じ学部、そして同じゼミに所属する生徒だった。課題のゼミの中でもそこそこ親しくしていたようには思う。課題やテスト勉強で、わからないところを教え合うくらいには。
『付き合ってくれないかな……俺と。俺、向井さんが好き、なんだけど……』
スポーツマンタイプの、遥ほどではないけれどそれなりにイケメンだった彼。
千鶴はその時、彼のことを異性として意識はしていなかった。多分子供の頃から男女問わずわちゃわちゃと遊ぶのが好きだったせいもあるのだろう。大学生になっても、特に男の子だから話しかけるのに勇気がいるなんてことはなく。
そして小学校から高校までの黒歴史は言うまでもない。学校を変わるたび不良を成敗して恐れられるような人間だったのである。男子に自分がそんな感情を向けられることも、そして自分が向けることも――まったく想像がつかない、予想の範疇を超えることだったのだ。
ただ、彼がかっこよかったことと、友人としては好きだったこと。そして璋の真剣な様子に胸を打たれたのである。
だから返した。いいよ、と。一緒にいるうちに、友情が恋愛感情に変わる時もきっと来るのだろうと考えて。
『マジで!?』
あの時の璋の、心から嬉しそうな顔が忘れられない。
『ありがと!大事にするな!!』
彼はけして、強引な彼氏ではなかった。時間がある時にメールやLINEで話をしてくれて、時々電話もかけてくれて。一つデートが終わったら、必ずといっていいほど次の約束をしてくれた。デートコースはみんな彼が決めてくれたものの、それは彼が好きなものに付き合わされたとかそんなことではけしてなくて。
そう、カラオケもショッピングも映画もみんなみんなみんな。全部千鶴が好きそうなもの、好きそうな場所に合わせてセッティングしてくれたのだった。千鶴が強く希望など言わなくても、彼は空気を読んでどこまでも対応してくれた。彼が予約してくれたレストランがまずかったことは一度もなかったし、デートが楽しくなかったこともまったくなかったのである。
そして、体も重ねた。
千鶴が処女だと告げると、彼はどこまでも丁寧に前戯を施してくれ、壊れ物を扱うように優しく抱いてくれた。初体験は痛いものなんて言われてはいるが、はっきり言って痛かった記憶はほとんどない。ただただ甘い砂糖菓子の山に埋もれるような、極上の体験をさせてもらったという認識だけだ。
それからも何度かセックスをしたが、璋の体に溺れて何度も求めてしまうのはいつも千鶴の方だった。彼は千鶴が望むことを何でも叶えてくれたし嫌がらなかった。まさに良くできた、否、出来すぎた理想の彼氏だったことだろう。
だから、甘えてしまったのだ。本当に恋をしたいのなら、どちらかが一方的に尽くすようでは駄目だったのに。千鶴はいつも助けられるばかり、支えられるばかり。彼に尽くすことも守ることも――愛することさえ何一つしなかったのだ。
「璋は理想の彼氏だった。空気読めるし、優しいし、デートコースのセッティングは完璧だし、イケメンだし。……だから私、甘えすぎちゃったんだ。何でもやってもらえるのが当たり前になってて、私からは何一つ尽くさなかった。でもって……友情より先に踏み越えようともしなかった。わからないままだったのもあるし、今の関係が心地良いから友達彼氏みたいなのでもいいや、なんて思っちゃってさ……」
セックスをするからといって、恋愛感情があるとは限らない。――ああ、まったく、和歌子の言う通りではないか。
璋のことを最高の彼氏だと思うのに、千鶴は友情と恋愛の境目が結局わからないままだった。あまりにも幼く、甘えてしまっていたのだ。だから接し方も友達の延長線上のまま。それは、璋にも伝わってしまっていたのだろう。
彼は最初から、千鶴のことを一人の女性として見て愛してくれていたのに。
自分はそれを、知っていたはずなのに。
「……ある日、泣きそうな顔で言われちゃった。……千鶴さんは、俺のこと本当に好きなのって。恋してくれてるのって。……多分ね、ずーっと不安だったんだと思うんだ。でも言えなかった。私が言わせないようにしちゃってたの。だって璋は本気だったから……私に嫌われるのが怖かったから」
「純粋な子だったのね、その璋クンって」
「うん。そんな璋をね、私は滅茶苦茶、それはもう滅茶苦茶傷つけちゃったんだ。自分のことしか考えなかったせいでね」
本当に好きなの。
その質問に、千鶴はとっさに返せなかった。いや、数秒の沈黙のあと、慌てて“好きに決まってる!”と言ったような気がする。
でももう、それは後の祭りというやつで。
「別れようって言われた。私が言わせた。本当にサイアクだったよ。……あんないい子を彼氏にしておいてさ、私はマジで何やってるんだと思った。だからね……同じ轍は踏みたくないの。遥を、璋みたいに苦しめたくないんだ」
我ながら悩みの内容が幼いとはわかっている。二十七にもなって、恋愛感情がよくわからないなんてなんとも情けないではないか、と。
でも、まともな初恋もしてこなかったのだからどうしようもない。辛うじて自分は異性愛者ではあるんだろうな、くらいの認識しかないのだから。
友達と恋人は、何が違うのか。
セックスも、結婚でさえも今はその境目を作ることができない時代だというのに。
「……だったらさ」
いつの間にか、和歌子の目の前のパフェは半分になっている。メロンにフォークを突き刺しながら、彼女は告げた。
「その正直な気持ち、もうそのまま遥クンに伝えちゃいなよ。あ、前の彼氏のエピソードはぼかした上でね?それは聞きたくないだろうから」
「友情と恋愛の境目がよくわからないってこと?」
「そうそう。あたしは珍しくないと思うもの、そういう悩みを抱えてる人ってね」
それから、と彼女は続ける。
「相手がマジのマジで好きなら。それが親友でも彼氏でも構わないとあたしは考えるかな。相手のことばっかり考えちゃう、他の子と喋ってると嫉妬する、一番近くにいたいしちょっとしたことで心配になる、とにかく嫌われたくない……などなどなど。一概には言えないけど、コレぜーんぶ恋のサインだと思うし」
ふふん、と彼女は頼れる姉貴分の顔で笑うのだ。
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