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<26・つぶす。>

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 リーアもかなりえげつない方法を考えるなあ、とゴラルは他人事のように思った。

『俺、元の性別は男だけどさ。男にも女にも変身するし、セフレ……じゃなかった親密なお友達は人間にも男女問わずたくさんいるし?だから結構、人の心理とかそういうの考えるの得意っていうかね?』
『とても余計なキーワードが聴こえた気がするけれど、ゴラルは聴かなかったことにする』
『いやーん冷たい目!……とにかく、今回ばかりはひたすら相手が嫌がることしてたら勝てるんじゃないかなって思うんだよね。だから俺から提案』

 あの時のリーアは、ゲスい悪戯を思いついた男子小学生の顔をしていた。

『人間はゴキブリが嫌い!しかも肉食なんてマジサイテーだと思ってる!というわけで……ジョージョリブに、上から強襲して貰おうと思って!』

 ジョージョリブ。そのモンスターは、一見すると真っ黒な肌の人間のようにも見える。帽子を取ると特徴的な触覚があるが、基本は人間に擬態して帽子を取らないため“肌が黒い人種で、帽子が好きな人なのかな”としか思わないだろう。
 しかしその実態は、何十万、何百万、何千万というコグロゴキブリの集団である。それが寄り集まることで、一種の人間への変身を可能としているのだ。
 ちなみに本人いわく“我々が汚い生き物みたいに言われるのは極めて遺憾”とのこと。実際クロゴキブリはウイルスも細菌も媒介としない、極めて一般的な虫なのである。ただし、肉ならば羽虫から人間まで、そして生きた生き物から死肉まで何でも食べるというだけで。
 彼は町の住人には手を出さないが(本人いわく、御神木とそういう約束しているとのこと)、森に生きているモンスターと侵入者は例外である。寒いところではまともに動けなくなる、魔法系の攻撃に弱いという弱点はあるが、今回の作戦ではどちらも気にする必要はないだろう。なんせ、炎と結界を使って町全体の気温を上げるし、敵は魔法を使ってこない科学武装の連中である。
 よって、ジョージョリブの出番だ、とリーアは考えたらしい。彼が狙った通り、ビルの上から飛び降りて空中分解したジョージョリブに飛びかかられた兵士達は、あっという間に大量のコグロゴキブリの波に飲まれて悲鳴を上げることになったようだ。ゴラルの場所からは小さくしか状況が見えなかったが、三分の一くらいの者達はリブの餌となり、三分の一くらいは酷い怪我を負い、そして残った無事な者達も大混乱に陥ったのは間違いないらしい。
 頭領と副頭領の統率が乱れ、虫から逃げようと我先に兵士達が走り出した。まだ頭領コンビはある程度冷静さを保ってはいるが、方々に逃げていく仲間達を止めることはできなかった模様である。

――ジムは、できれば死人を出さずに全員捕まえたかった模様。しかし、それは理想論というもの。

 禍根を少しでも残さないために、皆殺しはしないようにしようとジムは言った。その言葉には、いかに許せない連中であっても命までは取りたくないという気持ちが滲んでいる。それでも“殺すな”の一言がなかったのは、彼もまったく犠牲者をゼロにするのは不可能だと考えているからに他ならない。
 連中がただの一般人ならまだしも、実際はゴリゴリにレーザーガンなどで武装した盗賊団だ。下手な情けなどかけようものなら、こっちが酷い目に遭うことになる。ならば、ある程度手を抜かず、殺してもいいくらいの気持ちで戦うしかない。
 これは、戦争なのだ。
 それを人殺しの言い訳すべてにしていいとは思わないけれど。ある程度覚悟を決めなければ、守れるものも守れないだろう。

『ゴラル、そっちの方向に七人ばかり逃げていくから、相手してあげて』
「了解した」

 リーアから指示が飛んだ。ジムが直接スライム仲間の救出に向かったので、現在はリーアが指揮権を引き継いでいる状態である。なんだかんだで彼も指揮官向きだし、状況を広く見るのが得意なんだな、とぼんやり思った。思いながら――ゆっくりと、ビルの窓から下を見下ろした。
 ゴキブリから逃げてパニックになった連中は、地の利もなく煙で視界も悪い町の中、四方八方にと逃げ惑っている。とにかく一時安全なところに身を隠して体制を立て直したい、と思うのはごくごく普通の人間心理だ。
 が、そうやって追い込まれたのが、このビルとビルの隙間の狭い路地。その先は袋小路。わざとここに誘導されたことに、連中は気づいていないのだろう。

「お、おい!ここ行き止まりだぞ!」
「くそっ……地図がねえからこんなにことになるんだ!」
「いや、地図があったところで迷ったような気もするけど……」

 行き止まりに気づいて、男達が慌てている。が、すぐに追手が来ていないことに気づいて、少し冷静さを取り戻したようだ。

「お、負手は来てないようだから少しばかり休んで、はぐれちまったボスたちと連絡を取ることを考えよう。ビルの中に侵入できないか?硝子を割ればいい。とりあえず、もう一回無線を試して……」

 男の言葉は中途半端に途切れた。彼等の背後に、ドスン!と重たい音を立ててゴラルが飛び降りたからである。
 ひい!と不意打ちに男達は悲鳴を上げた。

――ゴラルに、高い攻撃力はない。でもこの場所なら……ゴラルの防御力が、役に立つ。

 はっきり言葉にはしないけれど、ゴラルはこの町が大好きだ。そしてゴラルの力をいつも生かしてくれる、頼ってくれるジムとリーアが最高に好きなのだ。きっと自分だけでは、こんな作戦など思いつかなかっただろうから。

「防壁展開」

 ゴラルは両手を広げて防御壁を作りながら、まっすぐに彼等の方へと前進した。

「う、うわああああ!」
「うげっ」

 慌ててレーザーガンを撃とうとした一人は、銃が暴発して両手がなくなり転げまわることになった。やはりこの高い気温と、炎による熱で銃が駄目になっていたらしい。
 別の一人はレーザーガンがうまく作動せず(粉を浴びたせいだろう)何度もパニックになって引き金を引いている。
 残るメンバーはやばいと考えてかレーザーブレードに切り替えてゴラルに切りかかってくるが、熱と粉塵で明らかに威力が落ちている。そもそも、通常の威力だとしても科学的な武器はゴラルにはほぼ通用しない。
 自分はただ歩き続けるだけでいい――袋小路の州点まで、彼等を追い詰めるために。

「く、来るな、来るな来るな来るなあああああ!」

 こちらの意図に気づいたのだろう。兵士達がレーザーブレードを振り回したり、あるいは手榴弾を投げ込んできたりと反撃してくる。可哀想な奴らだな、とゴラルは少しだけ同情した。いくらビルとビルの隙間の袋小路とはいえ、逃げ場が完全にないわけではない。近くの窓硝子を叩き割って逃げるか、上に逃げるかすればいいのに――混乱している人間はそういうことも思いつかないようだった。
 じわじわと迫るゴラルの防壁。壁際に追い詰められた男達は、ついに。

「た、たすけっ」

 ぶちゅ、ごき、バキ。
 ゴラルと壁に挟まれた男達が、奇妙な声を上げて潰された。人の骨と肉をすり潰すこの感触には慣れたくないものだな、とゴラルは心の底から思う。完全に挽肉にまでするつもりはない。それでも手足がおかしな方向に曲がり、肋骨や背骨が砕かれた男達は虫の息だった。
 ゴラルは念のため彼等のレーザーガンとブレード、手榴弾を取り上げて丁寧に破壊すると、リーアに連絡を取る。

「リーア、こちらは七人戦闘不能にした。ジムの方はどうなっている?」



 ***



――はぐれ者の連中がっ……!いい気になりやがって!!

 ベティは走りながら、イライラと唇を噛み締めた。隣でドクが、落ち着けベティ、と諌めてくる。

「認めるのも癪だが……奴らは俺達が考えていたより遥かに強かだったようだ。恐らく念入りに迎撃計画が練られていた。先に送り込んだ出来損ないのミズイロスライムが裏切ったのは間違いないだろう」
「わかってるわよ!だからって、ムカつくのは止められないじゃないの!!」

 あっちからもこっちからも悲鳴が聞こえてくる。クロゴキブリに呑まれて死んだのが数十人。自分達とはぐれたのがさらに数十人。そしてベティとドクとはぐれずについてきたのががまた数十人ばかりいたのだが、今自分達の傍には数人の男達しかいない状況だった。
 逃げる途中で、ファイアレックスに待ち伏せされて炎を吐かれて黒焦げになった者。
 道に準備されていた巨大落とし穴に落ちた者。
 そして崩れてきた廃材の下敷きになった者や、爆発で吹っ飛ばされた者まで――とにかく逃げるところ逃げるところ、町のいたるところに罠が張ってあってそのたびに仲間が脱落したのである。
 果たしてエンドラゴン盗賊団で、あと何人が生き残っているのか。
 そしてこの町の人間は、町中に一体どれほどの数の罠を仕掛けていたというのか。
 そこかしこから悲鳴が聞こえてくるが、何が怖いって既にベティもドクも現在地がわからなくなっていることである。煙で視界が悪い中を逃げ回ったせいだった。ただでさえ、この町の地図なんてものは用意できていないのである。遠くからでもカズマの大樹は目立つので、それを真っ直ぐ目指して歩けばいい――なんてアバウトな計画を立てていたのが完全に仇となった形だった。

「ど、どうしましょう、姐さん」

 部下の一人が、泣きそうな声で言う。

「やっぱり無線も携帯も使えないです。これ、やっぱりジャミングされてるんじゃ」
「このザコばっかりの町に、そこまでできる奴がいたとはね。完全に計算外だったわ」

 ちっ、とベティは舌打ちする。

「仕方ないわ、こうなったらアレしかないでしょう」
「アレ?」
「悪者の最後の手段っていったらアレしかないじゃない」

 多少フラグにはなっているが。地の利ゼロの状況で、いくら良い武装があっても突っ込んで行くのはあまりにも危険すぎるのである。だったら。

「人質を取って、奴らを動揺させるのよ」
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