加藤貴美華とツクモノウタ

はじめアキラ@テンセイゲーム発売中

文字の大きさ
上 下
4 / 30

<4・所長・加藤貴美華>

しおりを挟む
 最近付喪神の事件が増えている――そういえば、自分に加藤ツクモ相談所を紹介してくれたおじいさんの幽霊も、そんなことを言っていたような。チョコがそう告げると、“それね”と純也はため息をついた。

「原因が全くわからないから、政府も困ってるんです。付喪神が化けて人に被害を齎してる、あるいは人がそれに誑かされてるなんて噂が広まったらこの国は大パニックだから。今は貴美華さんをはじめとした霊能者が各地で雇われて、それぞれ相談所を作って事件を解決していっている状態。幸い、数が増えているといってもまだ対処できないほどの件数じゃないし、全国的というより首都圏メインで起きている状態だからどうにかなってるんだけど」
「……もしかして、僕が記憶を失って住宅地でぼんやりしてたのも、同じ原因かもしれないってこと?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。いずれにせよ、俺達にとっては調査対象ってわけ。ちなみに、俺達の給料は政府から出てるから、相談者はお金払う必要がない。そのへんは安心してくれていいですよ!」

 結局どうあがいても貴美華と連絡が取れそうにないということで、二人は事務所を留守にして貴美華を迎えに行くことにしたのだった。付喪神の事件が頻発している状態ということで、相談所を本当に留守にしていいのか疑問ではあったのだが――純也が全く気にしていない様子なので、その質問はスルーしておくことにする。どうせ、自分が気にしてもどうにもならない。
 ボロボロの黒いビル、今度はちゃんと階段を降りていく。ちらりとチョコがエレベーターの方を見たことに気づいたのか、純也が“あれに乗るのはお勧めしないです”と言った。

「ボロいから、いつ止まるかわからないし。ていうか、止まったこともあるし。俺もびっくりしたなあ」
「え、純也さん閉じ込められたの!?」
「純也でいいですってば。さん付けはあんまり好きじゃないんだ。閉じ込められても問題はないんだよ、俺式神だから、壁すり抜けて逃げればいいだけだし。トイレとか食事とかも必要ないから長時間閉じ込められても死なないし、ていうかもう死んでるし!」
「そ、そうなんだ……」

 中学生くらいの年齢で死んだのなら、もっと悲壮な雰囲気が漂っていてもいい気がするのだが。なんでこの幽霊の少年はこんなにポジティブなんだろう。ひょっとしたら、所長がそんな人なんだろうか。
 加藤貴美華、一体どんな人物なんだろう。

「あれ」

 ビルを出て歩いて行く方向を見て気づいた。さっきから、チョコが来た方向へと戻っている気がしたからである。つまり、あのゴーストタウンのような住宅街の方である。

「こっち?こっちの住宅街って、僕が目を覚ましたところなんだけど……」
「やっぱりそうか。こっち、翠子団地の跡地なんだよね。ずーっと昔に団地なくなって平たい住宅地に開発され直したのに、未だに近隣住民には“旧・翠子団地”って恐れられているエリア。妙に不幸とか事故とかが多いことで有名なんですよね。おかげで今は空家ばっかり。まったく、ちゃんと団地のお祓いやらないで次に進もうとするもんだから……」

 待て、そんなにいわくつき、もとい忌み地のような場所だったのか。チョコは震え上がる。付喪神が呪いや祟りを怖がるのもおかしな話かもしれないし、ただの幽霊くらいならそんなに恐ろしいとも思わないのだが
 エリアの入口付近には、翠子住宅地の全体図をざっくり記した看板があった。どうやらチョコが目を覚ましたあたりは、翠子住宅地の中でも大通りに極めて近いあたりであったらしい。チョコが思っていたよりずっと、翠子住宅地は広いエリアであったようだ。
 純也は臆する必要もなく、住宅地の方へ入っていく。ただし純也が向かったのは、チョコがうろうろしていたと思しき西端のエリアではなく、南に近い方向だった。幽霊にしがみつく付喪神(?)なんてのもおかしいと思いつつ、なんだか背筋がぞくぞくしてしまって純也にくっついて歩くことにする。こういう時、小学生男子くらいの自分の外見は便利だ。多分目撃されても、傍からはお兄ちゃんにくっつく弟にしか見えないだろう。

「……さっき俺、“付喪神が化けて人に被害を齎してる、あるいは人がそれに誑かされてるなんて噂が広まったらこの国は大パニックだから”って言ったけど。……俺は、付喪神が罪もない人に悪いことをするなんて、本当は思ってないんです」
「え」
「本当に悪いのは、いつだって人間。人間がモノを粗末にしたり、自分の欲望のために付喪神を利用しようとしたりするせいでこんなことになってるんだと思う。だから、俺は……」

 純也の言葉は中途半端に途切れた。なんだ、と思った次の瞬間、何かを破壊するような轟音が響き渡ることになる。



 ドガアアアアアアアアアアアン!



「な、何!?何なの!?」
「あ、良かった。場所間違ってなかった。あっちだね」

 慌てるチョコに対して、純也は涼しい顔である。あっちだよ、と言いながら爆音が響く方向へとチョコを引っ張って行こうとする。

「ま、待って待って待って!あっち行って大丈夫!?何が起きてるの、ねえ!?」
「大丈夫大丈夫、ちょっと貴美華さんが派手なことやってるだけだと思う。今回の案件、そこまでやばいもんじゃないし……多分!」
「多分!?」

 彼がこう言う以上、自分も行かないわけにはいかない。純也に引っ張られる形で、木造のボロボロの建物と新築の建物が入り混じる道をまっすぐに進んでいく。
 突き当たりのT字路を右に折れた時、その光景はチョコの目にも入ってきたのだった。

「!」

 そこには、二人の人物がいた。長い茶髪、灰色のスーツ姿の女性が何かに対峙している。女性はこちらに背を向けているので、その顔は見えない。彼女は人間だろう――とするとこの人は加藤貴美華、だろうか。
 問題は対峙している側の存在だ。チョコはそちらに目を向けて――うげぇ、と吐き気を覚えてうめいた。

――なななななんだあれ!?なんだあれ!?

 普通の男性かな、なんて思ったのは一瞬である。確かに、テレビで見るようなゾンビのように、脳みそがはみ出していたり腸が垂れ下がっているなんてことにはなっていなかったからだ。着ているものもサラリーマンが着るようなダークグレーのスーツである。恐らく、二十代か三十代くらいの男性だったのだろう。だった、と表現したくなるのはその人物の様子が到底常軌を逸していたからに他ならない。
 青い白いを通り越して、灰色がかった肌。
 目はぐるんと裏返り、完全な白目になっている。
 そしてだらりと不自然に垂れた舌からは、だらだらと唾液に近いものが伝っていた。何より決定的なのは、その男性の全身を包む真っ黒な霧。禍々しい力が、彼の全身を包んでいるのが見えた。

「シュー……シュー……ッ!」

 男は蛇が警戒するような音を出して、今にも女性に襲いかかろうとしている。彼女以外は何も見えていないのか、チョコと純也には一切気づいている様子がなかった。

「じゅ、じゅじゅじゅ純也!大変だよ、あの人襲われてるよ!」
「そうですねー」
「そうですねーじゃないよお!助けなくていいの?」
「いいと思うよ」

 彼女はやや長身であるように見えるが、それでも女性は女性である。仮に物理攻撃の効く相手であったとしても、男性相手に殴られるだけで充分危険があるような気がするのだが、何故彼はこんなにのも呑気なのだろう。
 チョコがひやひやしているのとは裏腹に、純也はにやりと笑って告げた。

「大丈夫。貴美華さん、とっても強いから!」

 純也が言うのと、黒いオーラを纏った男が女性――貴美華に突進するのは同時だった。あ、と思った刹那、チョコは目を見開くことになる。
 攻撃を仕掛けたのは、確かに男の方だったはず。それなのに何故、瞬きするほどの僅かな間に、男の身体の方が軽々と宙を舞っているのだろうか。

――な、な、投げ飛ばした!?あの人が!?

「やっぱりな」

 女性の声が響く。女の人にしては少し低めの、しっかりした声だった。

「こっちの路地に入った途端。お前の力が強くなった。……やっぱり、本体はお前がつけてる方の指輪じゃねえな?」
「うううううううう!」

 その言葉が図星であったのか、あるいは破れかぶれになったのか。男はパンチを繰り返し、女性を殴ろうと必死になった。しかし、男が繰り出す打撃を、女性は反撃もせずにひらりひらりと躱していく。当たればただで済まないのは明白だった。男の拳は近くの家の塀に穴を開け、玄関ポーチの石を砕くほどの威力である。その飛び散る破片を少し手で払う素振りをするだけで、彼女は一切焦りを見せる気配がない。

――あの人、身体能力が高いだけじゃない。動体視力がすっごくいいんだ!だから、相手の攻撃を正確に見極められてる……!

「ありがとよ」

 彼女は、塀を破壊された“佐藤”と書かれた家の門を飛び越えて中に入っていってしまう。すぐに、男があとを追った。門を力任せ強引に外して壊すという、とんでもないおまけつきで。自分達も急いで後を追いかける。
 だが、男が門を壊している間に、彼女は行動を起こしていた。
 家を背にしゃがみこむ女性。今度は彼女の顔がばっちり見え、男がこちらを背にしている状態だった。

「此処だろ?」

 土の一点を指差す女性は、まだ二十そこそこに見えた。鋭い目つきの、ちょっと見ないくらいの美人。彼女は勝ち誇ったように拳を振り上げる。

「リモートコントロールは霊力を使う。精度も威力も、“本体”が近づけば上がっていくのは当然のことだ。お前の力はこの家が近づけば近づくほど上がっていった。……でもって、お前の霊力を纏った拳が砕いた破片がこっちに飛んだ時……明らかに違う音がしたのをアタシは聞き逃してないぜ」
「シュウウウー!」
「チェックメイトだ。“指輪”の付喪神さんよ!」

 彼女が地面に向けて、思い切り拳を振り下ろした瞬間。男は大きく背を逸らして、絶叫したのだった。

「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!」

 断末魔と共に、男の姿がどろどろと溶けて消えていく。チョコはぽかん、と口を開いてその様子を見つめることしかできなかった。アレはなんなのか、とか。指輪の付喪神って、とか。聞きたいことは山ほどあったが、何よりも。
 なんという堂々とした、そして手際の良い仕事であることか。

「あれが、加藤貴美華さん」

 純也が誇らしげに告げた。

「加藤ツクモ相談所の、偉大なる所長です!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

狼神様と生贄の唄巫女 虐げられた盲目の少女は、獣の神に愛される

茶柱まちこ
キャラ文芸
 雪深い農村で育った少女・すずは、赤子のころにかけられた呪いによって盲目となり、姉や村人たちに虐いたげられる日々を送っていた。  ある日、すずは村人たちに騙されて生贄にされ、雪山の神社に閉じ込められてしまう。失意の中、絶命寸前の彼女を救ったのは、狼と人間を掛け合わせたような姿の男──村人たちが崇める守護神・大神だった。  呪いを解く代わりに大神のもとで働くことになったすずは、大神やあやかしたちの優しさに触れ、幸せを知っていく──。  神様と盲目少女が紡ぐ、和風恋愛幻想譚。 (旧題:『大神様のお気に入り』)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

大正石華恋蕾物語

響 蒼華
キャラ文芸
■一:贄の乙女は愛を知る 旧題:大正石華戀奇譚<一> 桜の章 ――私は待つ、いつか訪れるその時を。 時は大正。処は日の本、華やぐ帝都。 珂祥伯爵家の長女・菫子(とうこ)は家族や使用人から疎まれ屋敷内で孤立し、女学校においても友もなく独り。 それもこれも、菫子を取り巻くある噂のせい。 『不幸の菫子様』と呼ばれるに至った過去の出来事の数々から、菫子は誰かと共に在る事、そして己の将来に対して諦観を以て生きていた。 心許せる者は、自分付の女中と、噂畏れぬただ一人の求婚者。 求婚者との縁組が正式に定まろうとしたその矢先、歯車は回り始める。 命の危機にさらされた菫子を救ったのは、どこか懐かしく美しい灰色の髪のあやかしで――。 そして、菫子を取り巻く運命は動き始める、真実へと至る悲哀の終焉へと。 ■二:あやかしの花嫁は運命の愛に祈る 旧題:大正石華戀奇譚<二> 椿の章 ――あたしは、平穏を愛している 大正の時代、華の帝都はある怪事件に揺れていた。 其の名も「血花事件」。 体中の血を抜き取られ、全身に血の様に紅い花を咲かせた遺体が相次いで見つかり大騒ぎとなっていた。 警察の捜査は後手に回り、人々は怯えながら日々を過ごしていた。 そんな帝都の一角にある見城診療所で働く看護婦の歌那(かな)は、優しい女医と先輩看護婦と、忙しくも充実した日々を送っていた。 目新しい事も、特別な事も必要ない。得る事が出来た穏やかで変わらぬ日常をこそ愛する日々。 けれど、歌那は思わぬ形で「血花事件」に関わる事になってしまう。 運命の夜、出会ったのは紅の髪と琥珀の瞳を持つ美しい青年。 それを契機に、歌那の日常は変わり始める。 美しいあやかし達との出会いを経て、帝都を揺るがす大事件へと繋がる運命の糸車は静かに回り始める――。 ※時代設定的に、現代では女性蔑視や差別など不適切とされる表現等がありますが、差別や偏見を肯定する意図はありません。

約束のあやかし堂 ~夏時雨の誓い~

陰東 愛香音
キャラ文芸
 高知県吾川郡仁淀川町。  四万十川に続く清流として有名な仁淀川が流れるこの地には、およそ400年の歴史を持つ“寄相神社”と呼ばれる社がある。  山間にひっそりと佇むこの社は仁淀川町を静かに見守る社だった。  その寄相神社には一匹の猫が長い間棲み付いている。  誰の目にも止まらないその猫の名は――狸奴《りと》。  夜になると、狸奴は人の姿に変わり、寄相神社の境内に立ち神楽鈴を手に舞を踊る。  ある人との約束を守る為に、人々の安寧を願い神楽を舞う。  ある日、その寄相神社に一人の女子大生が訪れた。  彼女はこの地域には何の縁もゆかりもない女子大生――藤岡加奈子。  神社仏閣巡りが趣味で、夏休みを利用して四国八十八か所巡りを済ませて来たばかりの加奈子は一人、地元の人間しか知らないような神社を巡る旅をしようと、ここへとたどり着く。 ************** ※この物語には実際の地名など使用していますが、完全なフィクションであり実在の人物や団体などとは関係ありません。

これもなにかの縁ですし 〜あやかし縁結びカフェとほっこり焼き物めぐり

枢 呂紅
キャラ文芸
★第5回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました!応援いただきありがとうございます★ 大学一年生の春。夢の一人暮らしを始めた鈴だが、毎日謎の不幸が続いていた。 悪運を祓うべく通称:縁結び神社にお参りした鈴は、そこで不思議なイケメンに衝撃の一言を放たれてしまう。 「だって君。悪い縁(えにし)に取り憑かれているもの」 彼に連れて行かれたのは、妖怪だけが集うノスタルジックなカフェ、縁結びカフェ。 そこで鈴は、妖狐と陰陽師を先祖に持つという不思議なイケメン店長・狐月により、自分と縁を結んだ『貧乏神』と対峙するけども……? 人とあやかしの世が別れた時代に、ひとと妖怪、そして店主の趣味のほっこり焼き物が交錯する。 これは、偶然に出会い結ばれたひととあやかしを繋ぐ、優しくあたたかな『縁結び』の物語。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 令和のはじめ。  めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。  同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。  酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。  休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。  職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。  おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。  庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。

処理中です...