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<4・所長・加藤貴美華>
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最近付喪神の事件が増えている――そういえば、自分に加藤ツクモ相談所を紹介してくれたおじいさんの幽霊も、そんなことを言っていたような。チョコがそう告げると、“それね”と純也はため息をついた。
「原因が全くわからないから、政府も困ってるんです。付喪神が化けて人に被害を齎してる、あるいは人がそれに誑かされてるなんて噂が広まったらこの国は大パニックだから。今は貴美華さんをはじめとした霊能者が各地で雇われて、それぞれ相談所を作って事件を解決していっている状態。幸い、数が増えているといってもまだ対処できないほどの件数じゃないし、全国的というより首都圏メインで起きている状態だからどうにかなってるんだけど」
「……もしかして、僕が記憶を失って住宅地でぼんやりしてたのも、同じ原因かもしれないってこと?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。いずれにせよ、俺達にとっては調査対象ってわけ。ちなみに、俺達の給料は政府から出てるから、相談者はお金払う必要がない。そのへんは安心してくれていいですよ!」
結局どうあがいても貴美華と連絡が取れそうにないということで、二人は事務所を留守にして貴美華を迎えに行くことにしたのだった。付喪神の事件が頻発している状態ということで、相談所を本当に留守にしていいのか疑問ではあったのだが――純也が全く気にしていない様子なので、その質問はスルーしておくことにする。どうせ、自分が気にしてもどうにもならない。
ボロボロの黒いビル、今度はちゃんと階段を降りていく。ちらりとチョコがエレベーターの方を見たことに気づいたのか、純也が“あれに乗るのはお勧めしないです”と言った。
「ボロいから、いつ止まるかわからないし。ていうか、止まったこともあるし。俺もびっくりしたなあ」
「え、純也さん閉じ込められたの!?」
「純也でいいですってば。さん付けはあんまり好きじゃないんだ。閉じ込められても問題はないんだよ、俺式神だから、壁すり抜けて逃げればいいだけだし。トイレとか食事とかも必要ないから長時間閉じ込められても死なないし、ていうかもう死んでるし!」
「そ、そうなんだ……」
中学生くらいの年齢で死んだのなら、もっと悲壮な雰囲気が漂っていてもいい気がするのだが。なんでこの幽霊の少年はこんなにポジティブなんだろう。ひょっとしたら、所長がそんな人なんだろうか。
加藤貴美華、一体どんな人物なんだろう。
「あれ」
ビルを出て歩いて行く方向を見て気づいた。さっきから、チョコが来た方向へと戻っている気がしたからである。つまり、あのゴーストタウンのような住宅街の方である。
「こっち?こっちの住宅街って、僕が目を覚ましたところなんだけど……」
「やっぱりそうか。こっち、翠子団地の跡地なんだよね。ずーっと昔に団地なくなって平たい住宅地に開発され直したのに、未だに近隣住民には“旧・翠子団地”って恐れられているエリア。妙に不幸とか事故とかが多いことで有名なんですよね。おかげで今は空家ばっかり。まったく、ちゃんと団地のお祓いやらないで次に進もうとするもんだから……」
待て、そんなにいわくつき、もとい忌み地のような場所だったのか。チョコは震え上がる。付喪神が呪いや祟りを怖がるのもおかしな話かもしれないし、ただの幽霊くらいならそんなに恐ろしいとも思わないのだが
エリアの入口付近には、翠子住宅地の全体図をざっくり記した看板があった。どうやらチョコが目を覚ましたあたりは、翠子住宅地の中でも大通りに極めて近いあたりであったらしい。チョコが思っていたよりずっと、翠子住宅地は広いエリアであったようだ。
純也は臆する必要もなく、住宅地の方へ入っていく。ただし純也が向かったのは、チョコがうろうろしていたと思しき西端のエリアではなく、南に近い方向だった。幽霊にしがみつく付喪神(?)なんてのもおかしいと思いつつ、なんだか背筋がぞくぞくしてしまって純也にくっついて歩くことにする。こういう時、小学生男子くらいの自分の外見は便利だ。多分目撃されても、傍からはお兄ちゃんにくっつく弟にしか見えないだろう。
「……さっき俺、“付喪神が化けて人に被害を齎してる、あるいは人がそれに誑かされてるなんて噂が広まったらこの国は大パニックだから”って言ったけど。……俺は、付喪神が罪もない人に悪いことをするなんて、本当は思ってないんです」
「え」
「本当に悪いのは、いつだって人間。人間がモノを粗末にしたり、自分の欲望のために付喪神を利用しようとしたりするせいでこんなことになってるんだと思う。だから、俺は……」
純也の言葉は中途半端に途切れた。なんだ、と思った次の瞬間、何かを破壊するような轟音が響き渡ることになる。
ドガアアアアアアアアアアアン!
「な、何!?何なの!?」
「あ、良かった。場所間違ってなかった。あっちだね」
慌てるチョコに対して、純也は涼しい顔である。あっちだよ、と言いながら爆音が響く方向へとチョコを引っ張って行こうとする。
「ま、待って待って待って!あっち行って大丈夫!?何が起きてるの、ねえ!?」
「大丈夫大丈夫、ちょっと貴美華さんが派手なことやってるだけだと思う。今回の案件、そこまでやばいもんじゃないし……多分!」
「多分!?」
彼がこう言う以上、自分も行かないわけにはいかない。純也に引っ張られる形で、木造のボロボロの建物と新築の建物が入り混じる道をまっすぐに進んでいく。
突き当たりのT字路を右に折れた時、その光景はチョコの目にも入ってきたのだった。
「!」
そこには、二人の人物がいた。長い茶髪、灰色のスーツ姿の女性が何かに対峙している。女性はこちらに背を向けているので、その顔は見えない。彼女は人間だろう――とするとこの人は加藤貴美華、だろうか。
問題は対峙している側の存在だ。チョコはそちらに目を向けて――うげぇ、と吐き気を覚えてうめいた。
――なななななんだあれ!?なんだあれ!?
普通の男性かな、なんて思ったのは一瞬である。確かに、テレビで見るようなゾンビのように、脳みそがはみ出していたり腸が垂れ下がっているなんてことにはなっていなかったからだ。着ているものもサラリーマンが着るようなダークグレーのスーツである。恐らく、二十代か三十代くらいの男性だったのだろう。だった、と表現したくなるのはその人物の様子が到底常軌を逸していたからに他ならない。
青い白いを通り越して、灰色がかった肌。
目はぐるんと裏返り、完全な白目になっている。
そしてだらりと不自然に垂れた舌からは、だらだらと唾液に近いものが伝っていた。何より決定的なのは、その男性の全身を包む真っ黒な霧。禍々しい力が、彼の全身を包んでいるのが見えた。
「シュー……シュー……ッ!」
男は蛇が警戒するような音を出して、今にも女性に襲いかかろうとしている。彼女以外は何も見えていないのか、チョコと純也には一切気づいている様子がなかった。
「じゅ、じゅじゅじゅ純也!大変だよ、あの人襲われてるよ!」
「そうですねー」
「そうですねーじゃないよお!助けなくていいの?」
「いいと思うよ」
彼女はやや長身であるように見えるが、それでも女性は女性である。仮に物理攻撃の効く相手であったとしても、男性相手に殴られるだけで充分危険があるような気がするのだが、何故彼はこんなにのも呑気なのだろう。
チョコがひやひやしているのとは裏腹に、純也はにやりと笑って告げた。
「大丈夫。貴美華さん、とっても強いから!」
純也が言うのと、黒いオーラを纏った男が女性――貴美華に突進するのは同時だった。あ、と思った刹那、チョコは目を見開くことになる。
攻撃を仕掛けたのは、確かに男の方だったはず。それなのに何故、瞬きするほどの僅かな間に、男の身体の方が軽々と宙を舞っているのだろうか。
――な、な、投げ飛ばした!?あの人が!?
「やっぱりな」
女性の声が響く。女の人にしては少し低めの、しっかりした声だった。
「こっちの路地に入った途端。お前の力が強くなった。……やっぱり、本体はお前がつけてる方の指輪じゃねえな?」
「うううううううう!」
その言葉が図星であったのか、あるいは破れかぶれになったのか。男はパンチを繰り返し、女性を殴ろうと必死になった。しかし、男が繰り出す打撃を、女性は反撃もせずにひらりひらりと躱していく。当たればただで済まないのは明白だった。男の拳は近くの家の塀に穴を開け、玄関ポーチの石を砕くほどの威力である。その飛び散る破片を少し手で払う素振りをするだけで、彼女は一切焦りを見せる気配がない。
――あの人、身体能力が高いだけじゃない。動体視力がすっごくいいんだ!だから、相手の攻撃を正確に見極められてる……!
「ありがとよ」
彼女は、塀を破壊された“佐藤”と書かれた家の門を飛び越えて中に入っていってしまう。すぐに、男があとを追った。門を力任せ強引に外して壊すという、とんでもないおまけつきで。自分達も急いで後を追いかける。
だが、男が門を壊している間に、彼女は行動を起こしていた。
家を背にしゃがみこむ女性。今度は彼女の顔がばっちり見え、男がこちらを背にしている状態だった。
「此処だろ?」
土の一点を指差す女性は、まだ二十そこそこに見えた。鋭い目つきの、ちょっと見ないくらいの美人。彼女は勝ち誇ったように拳を振り上げる。
「リモートコントロールは霊力を使う。精度も威力も、“本体”が近づけば上がっていくのは当然のことだ。お前の力はこの家が近づけば近づくほど上がっていった。……でもって、お前の霊力を纏った拳が砕いた破片がこっちに飛んだ時……明らかに違う音がしたのをアタシは聞き逃してないぜ」
「シュウウウー!」
「チェックメイトだ。“指輪”の付喪神さんよ!」
彼女が地面に向けて、思い切り拳を振り下ろした瞬間。男は大きく背を逸らして、絶叫したのだった。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!」
断末魔と共に、男の姿がどろどろと溶けて消えていく。チョコはぽかん、と口を開いてその様子を見つめることしかできなかった。アレはなんなのか、とか。指輪の付喪神って、とか。聞きたいことは山ほどあったが、何よりも。
なんという堂々とした、そして手際の良い仕事であることか。
「あれが、加藤貴美華さん」
純也が誇らしげに告げた。
「加藤ツクモ相談所の、偉大なる所長です!」
「原因が全くわからないから、政府も困ってるんです。付喪神が化けて人に被害を齎してる、あるいは人がそれに誑かされてるなんて噂が広まったらこの国は大パニックだから。今は貴美華さんをはじめとした霊能者が各地で雇われて、それぞれ相談所を作って事件を解決していっている状態。幸い、数が増えているといってもまだ対処できないほどの件数じゃないし、全国的というより首都圏メインで起きている状態だからどうにかなってるんだけど」
「……もしかして、僕が記憶を失って住宅地でぼんやりしてたのも、同じ原因かもしれないってこと?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。いずれにせよ、俺達にとっては調査対象ってわけ。ちなみに、俺達の給料は政府から出てるから、相談者はお金払う必要がない。そのへんは安心してくれていいですよ!」
結局どうあがいても貴美華と連絡が取れそうにないということで、二人は事務所を留守にして貴美華を迎えに行くことにしたのだった。付喪神の事件が頻発している状態ということで、相談所を本当に留守にしていいのか疑問ではあったのだが――純也が全く気にしていない様子なので、その質問はスルーしておくことにする。どうせ、自分が気にしてもどうにもならない。
ボロボロの黒いビル、今度はちゃんと階段を降りていく。ちらりとチョコがエレベーターの方を見たことに気づいたのか、純也が“あれに乗るのはお勧めしないです”と言った。
「ボロいから、いつ止まるかわからないし。ていうか、止まったこともあるし。俺もびっくりしたなあ」
「え、純也さん閉じ込められたの!?」
「純也でいいですってば。さん付けはあんまり好きじゃないんだ。閉じ込められても問題はないんだよ、俺式神だから、壁すり抜けて逃げればいいだけだし。トイレとか食事とかも必要ないから長時間閉じ込められても死なないし、ていうかもう死んでるし!」
「そ、そうなんだ……」
中学生くらいの年齢で死んだのなら、もっと悲壮な雰囲気が漂っていてもいい気がするのだが。なんでこの幽霊の少年はこんなにポジティブなんだろう。ひょっとしたら、所長がそんな人なんだろうか。
加藤貴美華、一体どんな人物なんだろう。
「あれ」
ビルを出て歩いて行く方向を見て気づいた。さっきから、チョコが来た方向へと戻っている気がしたからである。つまり、あのゴーストタウンのような住宅街の方である。
「こっち?こっちの住宅街って、僕が目を覚ましたところなんだけど……」
「やっぱりそうか。こっち、翠子団地の跡地なんだよね。ずーっと昔に団地なくなって平たい住宅地に開発され直したのに、未だに近隣住民には“旧・翠子団地”って恐れられているエリア。妙に不幸とか事故とかが多いことで有名なんですよね。おかげで今は空家ばっかり。まったく、ちゃんと団地のお祓いやらないで次に進もうとするもんだから……」
待て、そんなにいわくつき、もとい忌み地のような場所だったのか。チョコは震え上がる。付喪神が呪いや祟りを怖がるのもおかしな話かもしれないし、ただの幽霊くらいならそんなに恐ろしいとも思わないのだが
エリアの入口付近には、翠子住宅地の全体図をざっくり記した看板があった。どうやらチョコが目を覚ましたあたりは、翠子住宅地の中でも大通りに極めて近いあたりであったらしい。チョコが思っていたよりずっと、翠子住宅地は広いエリアであったようだ。
純也は臆する必要もなく、住宅地の方へ入っていく。ただし純也が向かったのは、チョコがうろうろしていたと思しき西端のエリアではなく、南に近い方向だった。幽霊にしがみつく付喪神(?)なんてのもおかしいと思いつつ、なんだか背筋がぞくぞくしてしまって純也にくっついて歩くことにする。こういう時、小学生男子くらいの自分の外見は便利だ。多分目撃されても、傍からはお兄ちゃんにくっつく弟にしか見えないだろう。
「……さっき俺、“付喪神が化けて人に被害を齎してる、あるいは人がそれに誑かされてるなんて噂が広まったらこの国は大パニックだから”って言ったけど。……俺は、付喪神が罪もない人に悪いことをするなんて、本当は思ってないんです」
「え」
「本当に悪いのは、いつだって人間。人間がモノを粗末にしたり、自分の欲望のために付喪神を利用しようとしたりするせいでこんなことになってるんだと思う。だから、俺は……」
純也の言葉は中途半端に途切れた。なんだ、と思った次の瞬間、何かを破壊するような轟音が響き渡ることになる。
ドガアアアアアアアアアアアン!
「な、何!?何なの!?」
「あ、良かった。場所間違ってなかった。あっちだね」
慌てるチョコに対して、純也は涼しい顔である。あっちだよ、と言いながら爆音が響く方向へとチョコを引っ張って行こうとする。
「ま、待って待って待って!あっち行って大丈夫!?何が起きてるの、ねえ!?」
「大丈夫大丈夫、ちょっと貴美華さんが派手なことやってるだけだと思う。今回の案件、そこまでやばいもんじゃないし……多分!」
「多分!?」
彼がこう言う以上、自分も行かないわけにはいかない。純也に引っ張られる形で、木造のボロボロの建物と新築の建物が入り混じる道をまっすぐに進んでいく。
突き当たりのT字路を右に折れた時、その光景はチョコの目にも入ってきたのだった。
「!」
そこには、二人の人物がいた。長い茶髪、灰色のスーツ姿の女性が何かに対峙している。女性はこちらに背を向けているので、その顔は見えない。彼女は人間だろう――とするとこの人は加藤貴美華、だろうか。
問題は対峙している側の存在だ。チョコはそちらに目を向けて――うげぇ、と吐き気を覚えてうめいた。
――なななななんだあれ!?なんだあれ!?
普通の男性かな、なんて思ったのは一瞬である。確かに、テレビで見るようなゾンビのように、脳みそがはみ出していたり腸が垂れ下がっているなんてことにはなっていなかったからだ。着ているものもサラリーマンが着るようなダークグレーのスーツである。恐らく、二十代か三十代くらいの男性だったのだろう。だった、と表現したくなるのはその人物の様子が到底常軌を逸していたからに他ならない。
青い白いを通り越して、灰色がかった肌。
目はぐるんと裏返り、完全な白目になっている。
そしてだらりと不自然に垂れた舌からは、だらだらと唾液に近いものが伝っていた。何より決定的なのは、その男性の全身を包む真っ黒な霧。禍々しい力が、彼の全身を包んでいるのが見えた。
「シュー……シュー……ッ!」
男は蛇が警戒するような音を出して、今にも女性に襲いかかろうとしている。彼女以外は何も見えていないのか、チョコと純也には一切気づいている様子がなかった。
「じゅ、じゅじゅじゅ純也!大変だよ、あの人襲われてるよ!」
「そうですねー」
「そうですねーじゃないよお!助けなくていいの?」
「いいと思うよ」
彼女はやや長身であるように見えるが、それでも女性は女性である。仮に物理攻撃の効く相手であったとしても、男性相手に殴られるだけで充分危険があるような気がするのだが、何故彼はこんなにのも呑気なのだろう。
チョコがひやひやしているのとは裏腹に、純也はにやりと笑って告げた。
「大丈夫。貴美華さん、とっても強いから!」
純也が言うのと、黒いオーラを纏った男が女性――貴美華に突進するのは同時だった。あ、と思った刹那、チョコは目を見開くことになる。
攻撃を仕掛けたのは、確かに男の方だったはず。それなのに何故、瞬きするほどの僅かな間に、男の身体の方が軽々と宙を舞っているのだろうか。
――な、な、投げ飛ばした!?あの人が!?
「やっぱりな」
女性の声が響く。女の人にしては少し低めの、しっかりした声だった。
「こっちの路地に入った途端。お前の力が強くなった。……やっぱり、本体はお前がつけてる方の指輪じゃねえな?」
「うううううううう!」
その言葉が図星であったのか、あるいは破れかぶれになったのか。男はパンチを繰り返し、女性を殴ろうと必死になった。しかし、男が繰り出す打撃を、女性は反撃もせずにひらりひらりと躱していく。当たればただで済まないのは明白だった。男の拳は近くの家の塀に穴を開け、玄関ポーチの石を砕くほどの威力である。その飛び散る破片を少し手で払う素振りをするだけで、彼女は一切焦りを見せる気配がない。
――あの人、身体能力が高いだけじゃない。動体視力がすっごくいいんだ!だから、相手の攻撃を正確に見極められてる……!
「ありがとよ」
彼女は、塀を破壊された“佐藤”と書かれた家の門を飛び越えて中に入っていってしまう。すぐに、男があとを追った。門を力任せ強引に外して壊すという、とんでもないおまけつきで。自分達も急いで後を追いかける。
だが、男が門を壊している間に、彼女は行動を起こしていた。
家を背にしゃがみこむ女性。今度は彼女の顔がばっちり見え、男がこちらを背にしている状態だった。
「此処だろ?」
土の一点を指差す女性は、まだ二十そこそこに見えた。鋭い目つきの、ちょっと見ないくらいの美人。彼女は勝ち誇ったように拳を振り上げる。
「リモートコントロールは霊力を使う。精度も威力も、“本体”が近づけば上がっていくのは当然のことだ。お前の力はこの家が近づけば近づくほど上がっていった。……でもって、お前の霊力を纏った拳が砕いた破片がこっちに飛んだ時……明らかに違う音がしたのをアタシは聞き逃してないぜ」
「シュウウウー!」
「チェックメイトだ。“指輪”の付喪神さんよ!」
彼女が地面に向けて、思い切り拳を振り下ろした瞬間。男は大きく背を逸らして、絶叫したのだった。
「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!」
断末魔と共に、男の姿がどろどろと溶けて消えていく。チョコはぽかん、と口を開いてその様子を見つめることしかできなかった。アレはなんなのか、とか。指輪の付喪神って、とか。聞きたいことは山ほどあったが、何よりも。
なんという堂々とした、そして手際の良い仕事であることか。
「あれが、加藤貴美華さん」
純也が誇らしげに告げた。
「加藤ツクモ相談所の、偉大なる所長です!」
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