夜明けのエンジェル

はじめアキラ

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<第十七話>

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 自分の言動は大丈夫だっただろうか。つぐみの、知られたくない場所に踏み込んでしまったわけではなかったのだろうか。――そんなミリーの心配を知ってか知らずか、つぐみはゴーイングマイウェイで突き進んでゆく。日曜日、人の多いスーパーの中でもそれはぐいぐいと。
 ショッピングモールに入っているスーパーは『リンリンマート』という名前の、なんと100年以上も前から続いているらしい老舗の店だった。そもそもこのショッピングモールが立つ前、まだ駅前がほぼほぼ更地だった頃からぽつんと建っていたのがリンリンマートだったらしい。最初の名前は『凛々青果店』だったのだったか。小さな八百屋だったのが、少しずつ評判になっていき、次第に大きなチェーン店になっていったのだとか。
 このショッピングモールが建つ時も、地域住民から反対があったらしい。リンリンマートを残してくれ、という強い要望もあって、ショッピングモール内に入ることになったのだとかなんとか。ちょっと調べた程度のにわか知識だが、なるほど地域に愛されているお店というのは間違いないようだった。店員達も明るく品のよく接客している印象である。商品の並べ方も悪くない、と思う。まあ、ミリー自体が外に出て買い物をするのも初めてなので、全て予めネットや講義で調べたり聞いたりした知識での判断になるわけだが。

「ミリー、ミリー!アタシね、生姜焼き食べたいんだけどー!あ、このお肉美味しそう!」
「……つぐみ、買い物ちゃんとしたことあるの?特に食料品」
「カップメンとお菓子の種類なら詳しいわよん!まっかせて☆」

 だめだこりゃ。ミリーはもはや何度目になるかもわからない頭痛である。つぐみは本当に、一般的な食料品などの買い物に至るまで人任せにしてきたらしい。まあ、お金さえ足りるのであれば、出来合いの弁当とカップメンで暮らせないこともない世の中だ。それでも、キッチンに汚れた皿が放置してあったことを踏まえるなら、まったく料理をしたことがないわけではない――と思うのだが(その皿がめっちゃ昔のものではないと信じたい。心の底から信じたい)。

「もう……。私も買い物なんて初めてなんだから、あんまり頼られても困るよ。一応勉強はしてきたし、対人技能うんうんかんぬんもインストールされてるけどさ。もともと落ちこぼれってことで有名だったんだからね?」

 落ちこぼれだった、はずなのだが。それは結構比較対象の問題もあったんじゃなかろうか、と今になって思うのである。一緒にいた相手が悪かった。なんせ、完璧超人のシェルに、頭脳明晰なシオン、戦闘技能ならピカイチだったクリスである(まあ、クリスも料理は自分と同じくらいミスを連発していたのだけど)。他のアンドロイド達も、基本的にレベルは高かった。そりゃあ、落ちこぼれも目立つというものだ。
 よってその比較対象が変われば、評価も変わってくるというものである。とても残念な理由で。いやほんとうに、まさか自分より女子力が枯渇している人間の女性がいようとは、まるで思っていなかったのだ。

「落ちこぼれっていうけど、ミリーすっごく努力家だし。出来る範囲で一生懸命やってくれるじゃんか」

 そんなミリーに、つぐみはニコニコ笑いながら言う。

「そりゃ、対面日ではすっころんでたけどさ。でも、離しててもそんな落ちこぼれーとか出来損ないーみたいな印象受けないけどなあ。少なくともアタシより出来ることいっぱいあるし、物覚えも早いし、努力家だし。それって結構すごいことじゃんね?」
「そうかなあ……」

 というか、それは自分がすごいのではなくて、つぐみが酷すぎるだけなのでは、とは心の中だけで。

「ていうか、買い物なんて初めてってほんとなの?ホープ・コードって、マジでご主人様が見つかるまであのビルから外にも出られないわけ?信じらんない」
「ビルというか、あのフロアから出ちゃいけないんだよね。それが規則だったから」
「出たいと思ったことはないの?だってそれって……監禁されてるみたいじゃない。自由も何もないじゃないの」

 監禁されている。彼女には、そう見えるのか。少しだけ意外に思った。ミリーは少なくとも、あのビルでの生活に不満を抱いたことはなかったのだから。だってあそこには仲間がいて、雄大がいて、あのビルの中の範囲でなら好きな趣味にも没頭できた。――自由がない、なんて。考えたこともないことだ。

「……外に出たいって、思ったこともないんだよね」

 とりあえず生姜焼き用のお肉を探さなければ。肉売り場に向ってカートを押しながらミリーは言う。

「自由がない、とも考えたことなかったなあ。……あのビルの生活って、私は結構楽しかったし。そりゃ、嫌な人もいたし仲の悪いアンドロイドもいたけど…シェル達がいてくれたもん。全然寂しくなかったし、むしろ……」
「幸せだった?」
「うん」

 そうだ。
 自分は幸せで、だから本当は――ずっとあの場所で、好きな人たちと暮らしていたかったのだ。
 それが、自分たちの生まれた理由を否定することだと、解っていながらも。

「シェルって、あのウッザイ御曹司に絡まれてた美人さんでしょ。やっぱ仲良かったもんね。あと、あの時のミリーすっごいかっこよかった!」

 つぐみは生姜焼き用、と書かれた肉のパックを手に取りつつ言う。

「あの件が正直決め手だったかも。この子は、友達や恋人を絶対裏切らないって。誰かの為に、自分の信念を通す為に戦える子なんだなって、そう思った。……アタシには無い強さだからさ」

 普段は明るい彼女が目を伏せる時、決まってそこには同じ感情が滲んでいるように思う。自分にはない、強さ。そんなことはないよ、と言ってしまうのは簡単なことだが。ミリーはそれ以上、何も言うことができなかった。
 自分はまだ、彼女について本当に僅かばかりの知識しかないのである。いろいろと想像はしてしまうけれど、その想像だけでは踏み込める領域など限られている。きっと彼女は何かを強く後悔していて、その結果――あの部屋で、愛した人を待っているのだろうけれど。それはまだ、ミリーの予想の範疇から出ない事実なのだ。
 いつか、つぐみが話してくれる日まで待つこと。それがきっと、ホープ・コードとしても相棒としても友人としても――最良の選択に違いないのだろう、本来は。

「お、この肉美味しそう!脂身多いよ!どうかな!」
「つぐみ脂っこいの好きそー……でもそれはダメだよ。なるべく消費期限新しいの買わないと。あと買うなら国産にしよう。ほら、ここの県の奴美味しいって評判だし。広告の品になってるよ」
「ほんとだ。ミリーってば目ざとい。いい主婦になれるよ!」
「主婦……」

 これでいいんだろうか、これで?なんとなく腑に落ちないものを感じつつ、ミリーはふと前方を見て――目を見開いた。
 お菓子コーナーから、カートを押しつつ現れた人影に、見覚えがあったからである。そう、あのヒヨコのような頭は!

「クリス!?」
「へ!?」

 気が付いてなかったのだろう。クリスも目をまんまるにしてこちらを見ている。そしてその隣には。

「あらクリス?もしかしてご友人ですの?……あ、そういえばあの子、対面日で見かけた気がしますわ」

 ウェーブのかかった茶髪に、派手なリボンとひらひらのワンピースを着た少女。そうだ、旅立ちの日、クリスを迎えにきていた人物。クリスのご主人様になった、沖本財閥の娘だ。名前はそう、沖本麻里子。小柄で可愛い顔をしているものの、どこか高飛車というか偉そうな印象で損をしているな、なんて思った記憶があったのだが。
 なんたる偶然。まさか、こんなところで遭遇しようとは。というか。

――お、沖本財閥のお嬢様、こんな庶民的なスーパー来るんだ!?

 そこも結構びっくりだったりする。なんというか、住んでる世界が違いますわよ!な雰囲気を醸し出していたものだったから。

「こ、こんにちは……沖本麻里子さん、でしたっけ?」
「こんにちは可愛いホープ・コードさん。名前、憶えていてくださったんですのね。沖本麻里子です。どうぞよろしく」

 あれ、案外良い子なんだろうか。しどろもどろで挨拶すると、にっこりスカートを持ち上げて微笑まれた。ただ気になるのはその後ろで、クリスがカートを格闘していることなのだが。
 なんせ、クリスの押しているカート、籠いっぱいにお菓子が詰め込まれているのである。それもかなり無作為に。ポテトチップスから、飴の袋から、チョコレートやらクッキーやら。一体何に使うの!?パーティでもするの!?ていうか、これだけの量だと安いお菓子であってもかなりの額なんじゃないの!?といろいろツッコミたくなるレベルである。
 そのせいで、クリスはカートを押すのも一苦労な様子だった。重いのもそうだし、少し進むたびに山が土砂崩れを起こしそうになっているのである。見ている間にも、チョコチップクッキーの箱が落ちる寸前ではないか。

「うわあ、すっごいお菓子の量!お嬢様だからパーティでもするの!?まさか全部一人で食わないよねこれ?」
「ってつぐみいいいい!?」

 ああ、忘れてた。つぐみってクリス以上に空気読まない人だった。ミリーがひっくり返りそうになっていると、麻里子はむすっとした顔で返してくる。

「…一人で食べちゃいけませんこと?」
「え」
「い け ま せ ん こ と !?」

 だ、大事なことだから二回言ったんですねわかります。しかしこの量、本当に一人で食うつもりなのか。この小さなお嬢様の胃袋のどこに入るというのだろう?どう軽く見積もっても十人分くらいはありそうだというのに。

「甘いものは心の栄養ですわ!ねえクリス!?」
「そこでオレに同意求めるのやめてくれる!?いくらなんでもこれ買いすぎだろ!」
「え」

 当然のごとく返したクリスに、ミリーは再度驚かされることになったのだった。
 クリスは今、はっきりと言ったのである。
 自分のことを――“オレ”だと。

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