上 下
17 / 40

<17・引寄>

しおりを挟む
『ちょ、えええええ!?』

 次元の狭間の空間。闇の中で、サトヤは優理の様子を眺めていた。
 画面の中で、彼が素っ頓狂な声を上げている。サミュエルとポーラが揃って、一緒に魔女討伐に行くと言い出したのだから当然の反応ではあるだろう。彼らの立場を考えるなら、おいそれと街を離れて他国に向かうなんてことは言えないはずだ。なんせ魔女が居城を構えているとされているのは、ノース・ブルーの王都。このサウス・レッドにある街から向かうには、山を超え野を超えて国境を超えて行かなければいけない。
 彼らには、自分達の町に留まってするべきことがあるはずだろう。本来、自分にくっついて遠方に旅をしている場合ではないのではないのか。優理がそう考えるのも、極々自然な流れに違いない。

『だ、駄目だってば!二人とも、シュカの町とグレンの町はどうするの!?ポーラはオーガの仲間の人たちとやることがたくさんあるだろうし、サミュエルは町長の息子で、簡単に外に出てっちゃ駄目だろ!?』

 さっきまで冷徹に策を練っていた人間と同一人物とは思えない慌てぶりである。しかし、二人揃ってなくて頑として首を縦に振らない。そればかりか。

『いいんです、どうしても反対されたら権力で黙らせます』

 何やら顔に似合わずドス黒い事まで言い始めるサミュエル。

『今回のことで、はっきり思い知りました。自分の町を本当に守りたいなら、対症療法だけ頑張ってても一時凌ぎにしかならないんです。直接被害を受けなくても、またどこかで物流が滞れば他の町も共倒れになる。今回のことで、魔女の計画は遅延することになるはず……それを魔女が良しとするとは思えない。絶対次の手を打ってきます。それが、僕達の町でない保証が何処にありますか』
『そりゃ、そうだけど』
『そこのお坊ちゃんの言う通りだと思うぜ』

 ふん、と立派な胸を逸して言うのはポーラだ。

『魔女をブチのめさなきゃ、この状況はいつまでも変わらない。堂々巡りだ。魔女が現れるまでは、少なくとも表向きは世界に戦争もテロもなくて平和に回っていたんだぞ。それが、魔女がやってきて僅かな期間にこのザマになってる。アタシらが知らないところでどんだけの人が死んでるかもわからねぇ。このまま巡り巡って魔女に言い様にされるくらいなら、こっちから打って出るしかないだろ』
『で、でも』

 二人が言っていることは至極真っ当である。それでも、優理が悩む理由は一つだろう。

『だからって俺と一緒に来る必要ある?自慢じゃないけど俺、めっちゃくちゃ弱いよ?』

 己の不安を口にすると、サミュエルとポーラは一瞬キョトンとして――次には綺麗に口を揃えたのだった。

『『だから一緒に行くんですよ!(行くんだろーが!)』』

 まあ要するに。武力という意味ではスカッスカの優理一人に到底任せておけるか!ということだろう。実際、彼がいくら策略家でも、手駒も何もなければ作戦の立てようがないのだから当然だ。
 同時に。二人になりに、優理を助けたい気持ちがあるのも間違いあるまい。優理本人が思っている以上に、二人が彼に感じている恩義は大きいというのはサトヤにも充分想像できることだった。鈍いというか、なんというか。同時に、優理が一緒なら成し遂げられるかもしれないという確信もあるのだろう。

――なあ、優理。俺がお前に与えたスキルが、なんで世界に“許されてる”かわかるか?

 過去にはヤンチャしたこともあったが、今のサトヤは異世界の秩序を守る立場としてここにいる。強いスキルを与えれば与えるだけ魔女を倒すのは容易になるが、それをやってしまったが最後魔女を倒しても世界が崩壊してしまいかねないのだ。赤ずきんの世界に戦隊ヒーローを呼び出してうっかり森を焼き尽くしたら、話が根本から崩壊してしまうというように。
 だからこそ、サトヤは優理を適任だと思うし、世界を壊さない範囲の能力しか与えないことを選んだのだ。
 優理の身体能力は平均的な中学生より少し高い程度。少し、というのは総合的に見てであり、腕力は人並みよりもない反面脚力と隠れるスキルが優れているからということでもある。ようするに、世界を崩壊させかねないようなぶっとんだ身体能力も、異世界にあってはまずいような過剰な知識も何も持ち合わせてはいないのだ。――その鋼のようなメンタルと、作戦立案能力を除けば。
 彼は一人では何も出来ないと言っても過言ではない。
 だからこそ、この世界の仲間の力を借りざるをえない。この世界の人間がこの世界の力で魔女を倒すからこそ、世界に与える歪みは少なくて済むのである。
 そして彼に与えたチート能力は、その名も“引き寄せスキル”。優理も薄々気づいてはいたはずだ。サミュエルにポーラ。いきなり比較的良心的で、かつ強力すぎる味方を次々得られたのはご都合展開が過ぎると。当然といえば当然だ。最強の素質を持つ住人たちと出会う幸運に恵まれる、そんな存在を次々引き寄せる――それこそが、優理に与えられた力なのだから。

――どっちもダイヤの原石。間違いなく、磨けば光る逸材だろうよ。

 サミュエルの素質についてはポーラも気付いていた通り。本来全属性の魔法が使える魔術師なんて滅多にお目にかかれる代物ではないのである。サミュエルは、何種類も存在する全ての属性の下級魔法を、全て同じ威力で操ることの出来る稀有な存在だ。本人は初級魔法しか使えない自分をポンコツだと本気で思っているようだが、初級魔法にしては威力が高すぎるし速射性も他のユーザーより遥かにある。
 そもそも彼が現在初級魔法しか使えないのは、彼の内に秘めた能力が大器晩成型であり、年齢的に発展途上であるからに他ならないのだ。訓練によりこちらはいくらでも伸ばしていけるし、恐らく最終的には全ての最上級魔法を使いこなす大魔導師になれる逸材であることだろう。
 ポーラもポーラで、けしてサミュエルに見劣りしない実力を持っている。今回までの戦いではあまり本人の実力を発揮する場面に恵まれなかったが、そもそも一番負担の大きいシュカの町の正門の守りを一人で任されていただけでお察しなのだ。
 人間とのハーフである分膂力と体格で僅かに他のオーガに劣るが、それを上回るほどの機動力を持っているためそれが大きな武器になっている。人間であり、短剣使いだった父親の血が大きく影響しているということなのだろう。

――ついでに言えば、坂田と安生を騙しきった演技力と度胸もかなりのもんだしな。たく、見た目だけじゃなくて中身もいいオンナすぎねーかこいつ?

 そんな二人に出会うことが出来た、それまでは確かに引き寄せスキルの力だ。
 しかしこのスキルが効果を及ぼすのは、あくまで出会うところまで。彼らを魅了して仲間にしたのはあくまで彼の人望である。スキルなどなくても、彼はその正義感と勇気だけで仲間をいくらでも増やせる器量を持っていた。自分はスキルで、わずかばかりその幸運部分のみ強化してやったに過ぎないのだ。
 彼がもし最初の森でサミュエルを見捨てていたら。
 困っている町の人を無視して、シュカの町とグレンの町の問題をスルーしていたら。
 そして体を張って作戦を成し遂げなければ――こんなことにはなっていないはずなのだから。

『……う、そんなに信用ない?ショックだなぁ』

 口ではそんな風に言いながらも、サミュエルたちが自分を心配してくれているのがわかったのだろう。優理もどことなく嬉しそうである。

『……ありがと。どれくらいの付き合いになるかわからないけど、どうかよろしく』

 これでひとまず、最低条件はクリアされたと言ってもいいか。やれやれ、とため息をつきつつ、サトヤは闇の中にどっかりと腰を下ろした。最低人数の仲間を手に入れた。ここから先にも試練は多いだろうが、これでなんとかパーティらしくもなったと言うべきだろうか。
 まあ、残る二人の転生者が、坂田&安生とは別格であるのが問題なのだが。

――特に、鮫島るりはは厄介だよな。……坂田の話がマジなら、あいつもあいつで立派な魔女と言っても過言じゃねぇ。

 人間不信の極みにいたであろういじめっ子二人を巧みに誘導し、立派ないじめっ子に、そして己の信者にしてしまったるりは。小学生の時からそのスキルがあったのだから末恐ろしいとしか言いようがない。彼女に与えられた居場所に固執していたからこそ、二人があっさりポーラに騙されたというのもあるだろう。――一度得た居場所をほいほい捨てるなど、彼らの価値観ではあまりにも有り得ないことだったに違いないのだから。



『そん、な……裏切ったのか、てめえ。なんで、居場所を、捨てられ……』



 安生の言葉がそのまま真実だったのだろう。彼らにそこまで忠誠を誓わせる程の女。果たして、優理の正義はどこまで通用するのか。

「……ま、頑張ってくれよな。こっちは期待してるんだからさ」

 サトヤは笑みとともに、激励にも似た言葉を呟く。相手に聞こえていないのは百も承知であったけれども。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。

Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。 現世で惨めなサラリーマンをしていた…… そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。 その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。 それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。 目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて…… 現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に…… 特殊な能力が当然のように存在するその世界で…… 自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。 俺は俺の出来ること…… 彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。 だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。 ※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※ ※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※

半身転生

片山瑛二朗
ファンタジー
忘れたい過去、ありますか。やり直したい過去、ありますか。 元高校球児の大学一年生、千葉新(ちばあらた)は通り魔に刺され意識を失った。 気が付くと何もない真っ白な空間にいた新は隣にもう1人、自分自身がいることに理解が追い付かないまま神を自称する女に問われる。 「どちらが元の世界に残り、どちらが異世界に転生しますか」 実質的に帰還不可能となった剣と魔術の異世界で、青年は何を思い、何を成すのか。 消し去りたい過去と向き合い、その上で彼はもう一度立ち上がることが出来るのか。 異世界人アラタ・チバは生きる、ただがむしゃらに、精一杯。 少なくとも始めのうちは主人公は強くないです。 強くなれる素養はありますが強くなるかどうかは別問題、無双が見たい人は主人公が強くなることを信じてその過程をお楽しみください、保証はしかねますが。 異世界は日本と比較して厳しい環境です。 日常的に人が死ぬことはありませんがそれに近いことはままありますし日本に比べればどうしても命の危険は大きいです。 主人公死亡で主人公交代! なんてこともあり得るかもしれません。 つまり主人公だから最強! 主人公だから死なない! そう言ったことは保証できません。 最初の主人公は普通の青年です。 大した学もなければ異世界で役立つ知識があるわけではありません。 神を自称する女に異世界に飛ばされますがすべてを無に帰すチートをもらえるわけではないです。 もしかしたらチートを手にすることなく物語を終える、そんな結末もあるかもです。 ここまで何も確定的なことを言っていませんが最後に、この物語は必ず「完結」します。 長くなるかもしれませんし大して話数は多くならないかもしれません。 ただ必ず完結しますので安心してお読みください。 ブックマーク、評価、感想などいつでもお待ちしています。 この小説は同じ題名、作者名で「小説家になろう」、「カクヨム」様にも掲載しています。

マスターズ・リーグ ~傭兵王シリルの剣~

ふりたけ(振木岳人)
ファンタジー
「……あの子を、シリルの事を頼めるか? ……」  騎士王ボードワンが天使の凶刃に倒れた際、彼は実の息子である王子たちの行く末を案じたのではなく、その後の人類に憂いて、精霊王に「いわくつきの子」を託した。 その名はシリル、名前だけで苗字の無い子。そして騎士王が密かに育てようとしていた子。再び天使が地上人絶滅を目的に攻めて来た際に、彼が生きとし生ける者全ての希望の光となるようにと。  この物語は、剣技にも魔術にもまるで秀でていない「どん底シリル」が、栄光の剣を持って地上に光を与える英雄物語である。

ドグラマ3

小松菜
ファンタジー
悪の秘密結社『ヤゴス』の三幹部は改造人間である。とある目的の為、冷凍睡眠により荒廃した未来の日本で目覚める事となる。 異世界と化した魔境日本で組織再興の為に活動を再開した三人は、今日もモンスターや勇者様一行と悲願達成の為に戦いを繰り広げるのだった。 *前作ドグラマ2の続編です。 毎日更新を目指しています。 ご指摘やご質問があればお気軽にどうぞ。

僕の兄上マジチート ~いや、お前のが凄いよ~

SHIN
ファンタジー
それは、ある少年の物語。 ある日、前世の記憶を取り戻した少年が大切な人と再会したり周りのチートぷりに感嘆したりするけど、実は少年の方が凄かった話し。 『僕の兄上はチート過ぎて人なのに魔王です。』 『そういうお前は、愛され過ぎてチートだよな。』 そんな感じ。 『悪役令嬢はもらい受けます』の彼らが織り成すファンタジー作品です。良かったら見ていってね。 隔週日曜日に更新予定。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

半分異世界

月野槐樹
ファンタジー
関東圏で学生が行方不明になる事件が次々にしていた。それは異世界召還によるものだった。 ネットでも「神隠しか」「異世界召還か」と噂が飛び交うのを見て、異世界に思いを馳せる少年、圭。 いつか異世界に行った時の為にとせっせと準備をして「異世界ガイドノート」なるものまで作成していた圭。従兄弟の瑛太はそんな圭の様子をちょっと心配しながらも充実した学生生活を送っていた。 そんなある日、ついに異世界の扉が彼らの前に開かれた。 「異世界ガイドノート」と一緒に旅する異世界

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

処理中です...