虚構の国のアリス達

はじめアキラ

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<第二十九話・オモイ、ツナガル>

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「好きな奴が他にいるのに。……お前がいるのに、他の誰かの手なんか取れるかよ」

 一瞬、言われた言葉の意味が理解できなかった。

「……え?」

 有純はポカンとして夏騎を見る。ジョークなの?と尋ねるべきか尋ねないべきかで迷ったからだ。しかし、見つめた夏騎の顔は、あくまで真剣そのものだった。――嘘をついたわけでもなければ、軽い冗談を言っているわけでもないのだと。そういう人間の顔、であるように見えたのだ。

「……なん、で」

 思わず問い返してしまうくらいは、許してほしい。だってずっと、有純の片想いでしかないと思っていたのである。夏騎は自分と二人でいても、殆ど女子として意識を傾けているようには見えなかった。赤面したところをほぼ見たことがないのはもちろん、自分達の間に“いいムード”なんてものが流れた試しもない。
 そして有純自身、自分に女子としての魅力があるとは1ミリも思っていなかったわけで。信じられない、せめて理由が欲しい――そう思うのは当然ではないだろうか。

「……お前そういうところだよ。ほんと空気読めないのな」

 すると夏騎は、ぷい、と視線を反らしてしまう。

「わかってる。俺みたいな運動神経も悪い無愛想な奴に好かれたって困るだけだろってことくらい」
「はっ!?い、いやいやいやいやなんでそーなんだよ!そっちじゃねーよ」
「じゃあなんだよ」
「逆だ逆!俺みたいな男女のどこが好きなのか全然わかんねーって……」
「全部」

 即答だった。有純は再度動けなくなる。

「何が、じゃなくて、全部。何がなんてわからない。……いいだろ別に。俺が誰を好きになろうが自由だろうが」

 混乱するしかない。何が驚きかって、夏騎はどうやら有純に男として好かれているとは全く思っていないらしいということである。
 どんどん顔がゆでダコになる有純。片想いだ、報われない片想いをしていると思い続けて一体何年が過ぎたと思っているのか。それなのに、もし夏騎が本気なら、冗談で自分をからかっているわけではないというのなら。

――ま、ま、マジ、俺達……両片想いだった、わけ?

 双方が片想いだと信じこんでいた、実質両思い。
 いくら幼馴染み補正があるからといって――こんなこと、現実に有り得るのだろうか。こんな自分なんかをまさか、本当に?

――でも、辻褄はあう。……だから夏騎は、市川美亜の誘いを断ってそれで……“狼”に。

 本当に全て、自分のためだったのだ。喜びから一転、有純は心底申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
 思えば恋愛とか関係なく、夏騎には助けて貰ってばかりだったではないか。宿題から、ちょっとした困り事、悩み事まで。有純が本気で困っていて、手を貸してくれなかったことなど一度もなかった。彼が本当の意味で、有純を裏切ったことなど一度もなかったではないか。

――それなのに、俺。夏騎が相談してくれなかったとか、抱え込んでばっかりだとか、何も知らないで責めて……責めて。

 そんな状況でどうして有純に相談ができようか。
 巻き込むのは明白で、それがどんな形での巻き込みになるのかもわからないのに。有純がターゲットにされかねず、そうでなくても殴り込めば大騒ぎになってしまうのも明らかだったというのに。

「……ごめん」

 やっと絞り出した声は、震えていた。

「俺、夏騎の気持ち全然知らないで……何にも考えないで一方的に責めてばっかだった。ほんと、ごめん。最低だ、俺」
「なんだ、俺が振られたのかと思った」
「は、話の流れからしてややこしいのはわかるけどそーじゃねーよ!」

 確かに!これではフッたみたいじゃないか自分の馬鹿。頭を抱えて壁に打ち付けたくなる有純である。現実にそんことをしたら不審者まっしぐらだけども。

「そっちなら気にしなくていいと前にも言っただろ。あくまで俺の事情だ。俺が勝手にそうしたかっただけだ。……不登校になったのもな」

 そういえば、何故最終的に夏騎が不登校を選んだのかは謎のままだったなと思い出す。こう言ってはなんだが、夏騎のメンタルはオリハルコン並だ。いじめが凄惨であったとしても、そう簡単に屈するタイプであったとは思えない。

「狼にされたんだろ、お前。……何、されたんだよ」
「大したことじゃない。他の奴等と同じように悪口を言われたり、大事なものを届かない高い場所に置かれて困ったり無視したり……くらいだ。あとはたまに、服を脱がされたり、あの女の身内っぽい変態に襲われそうになったくらいか……」
「え、何それ絶許」

 警察に言ってもいいレベルじゃないかそれ、と有純は般若の形相になる。
 やっぱりこの学校を脱出したら殴りに行くべきではないだろうか、市川美亜を。怪我人だからといって何故手加減してやる理由があるのか。

「有純、顔が本気でやばいことになってるから自重してくれ。……それよりも問題は、さっきみたいに包丁を使った自作自演による濡れ衣を着せられそうになったことだな」

 有純の形相にややドン引き気味になりながら、夏騎が告げる。

「何をされても“俺”が被害者であるうちは良かった。でも加害者の汚名を着せられるのはまずい。下手をしたら俺の評判のせいで、周りに迷惑がかかることになりかねないからな」
「お前、自分が大変なのに人の心配なんか……!」
「それに、学校でお前とすれ違うたび、追求をかわしつづけるのは難しいと感じていた。……お前に嘘をつき続ける自信もなかった。だから、不登校を選んだんだ。両親とはいろいろ揉めたけどな……」

 そういう理由だったのか、と有純は思う。やはり、何から何まで自分のためではないか。
 同時に。――さらりと言ったが、やはりいじめの内容が悪質すぎるではないか。体に明確な傷がつかなければ、何をしても問題にならないと本気で思っていたのか?それとも、それを深く考えれるだけの罪悪感や理性さえ存在していなかったというのか。
 相手の気持ちを考えましょう、人に優しくしましょう――そんなの、幼稚園児でさえ習うことだというのに。

「……この話はここまででいいだろ。次の目的地へ行くべきだ」

 そして。流れから有純は完全に言い出しそびれてしまうのである。
 自分も夏騎が好きだ、ということを。

「次は四階の踊り場らしい。そして最後が、屋上。行くぞ」
「う、うん……」

 真実を辿る旅は、もうすぐ終わる。言葉に出来ない想いを、抱え込んだまま。



 ***



 段々と有純にもわかってきたこと。
 それはあの港が、自分達に過去の記憶と言う名の真実を知らせたがっているということ。
 そして――その行為は、あくまで手段に過ぎないということである。



『僕もさ。彼女と同種の……一種魔術師だっていう自覚が昔からあったからさ。人が何に悩んでいるのかとか、その解決方法だとか。そういうものの答えは、いつもすぐに出せるタイプだったんだ。だから、目立たない生徒だったのに、僕の周りに人が集まることは少なくなかった。小学生レベルじゃない頭脳があるって自覚もあったし、推理力や観察力もあった。子供の悩みの根本を見抜くなんてわけないことだったんだよ。そうやって頼られるたび思っていたものさ……ああ、僕の力って、このために存在してたんだなって』



 港の言葉を反芻する。
 そうだ、あれは――彼の本心そのものであったはずだ、と。



『だから今回は、初めてのケースだったんだ。ここまで難易度の高い問題を突きつけられたっていうのも、僕と同格のライバルが存在しそれを打倒さないといけないっていうのもね。不謹慎と思うかもしれないけれど、個人的には燃えてたんだよ。何がなんでも、このクラスの問題を解決してみせるぞってね。必ず四年三組が終わる前に、僕の手で決着をつけてやるつもりだったんだ』



――港は相談を受けて、自分の手でいじめを解決しようと取り組んでいた。



『そう。だから考えた。改心なんてするはずのない彼女の、それでも行為だけでもやめたいと思わせるのにはどうしたらいいかってね』



――いくつもテを試したと、言っていた。でも、結果は……。



『彼女のいじめ行為が、被害者に一切影響を及ぼせなくなったならどうか、とか。被害者が全くダメージを受けなくなるとか、むしろいじめを行うことで彼女自身が不快になるようにできたならどうだろうとか。もしくは彼女の標的そのものがいなくなったらどうなるんだろうか、とかね』



 見えてきたような気がする。
 一体彼が何故成仏できなかったのか。何が未練でこの世に止まり、一件真逆のタイプに見える有純と夏騎をこの場所に引き込んだのか。
 彼が見つけて欲しい“宝”。
 誰にも見つけてもらえなかった“宝”。
 それは、つまり。

「此処だ」

 そして、自分達が四階の踊り場に到着した途端。今までと同じように、景色は粉々に砕けていったのである。
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