上 下
22 / 30

<22・十人十色>

しおりを挟む
 スライム系モンスターを倒すのは、基本的に魔法か魔法剣士の力が必須とされている。彼らは物理防御力が高く、魔法で攻撃するか弱点属性をつかないと倒すことができないからだ。
 モンスターの属性は全て八属性のいずれか。炎、氷、水、雷、風、土、闇、光。全ての属性が互いへの“反発属性”をもっており、反発属性を突くことでより大きなダメージを与えることが可能になる。例えば炎属性のモンスターは氷属性の攻撃に弱く、氷属性のモンスターは炎属性の攻撃に弱い。同じことが水と雷、風と土、闇と光にも言えるという寸法だ。スライム系モンスターは物理防御力こそ高いものの、全てが色に応じて弱点属性を持っているため、それで攻撃することができれば簡単に倒すことも可能なのだ。
 問題は――自分達のように、黒魔法も魔法剣も使えないパーティで遭遇してしまった場合。

――盗賊ジョブのリリーと、白魔術師の僕。本来なら逃げちゃった方が早いんだけど。

 スライム系モンスターは、何が良いってその属性に対応した質の高い素材を剥ぎ取ることができるということである。ブルースライムは水の宝玉。レッドスライムは炎の宝玉。イエロースライムは雷の宝玉を落としてくれ、これが盗賊ジョブの調合素材として非常に優秀なのだ。できれば持ち帰りたい。同時に。

――物理防御が高い相手にも、僕らの技が通用するかどうか。こいつらで、試してやる!

 自分はグレイスにはなれない。彼ほど頭が良いわけでもないし、回転も早くなどない。けれど、自分も生き残るために最善を尽くすことができると、証明したいのだ。
 賢者の森のハイレベルとはいえど、結局通常エンカウントの雑魚モンスターに過ぎない相手である。そんな相手からいちいち逃げているようでは、魔王どころか門番を倒すことも叶わないだろう。

「リリー、作戦を聞いて!ソッコーで終わらせるから!」

 飛び込んで来たイエロースライムの体当たりをかわしつつ、ケントは叫ぶ。作戦内容を聞いてリリーは少し驚いた様子だったが、すぐに承諾してくれた。彼女も、一刻も早く鏡を手に入れたいはず。短期決戦は大歓迎なのだろう。

「つっ!」

 レッドスライム、ブルースライムが次々に体当たりを繰り出してくる。魔法はまだ、使わない。この速度ならば、リリーも自分も自力で回避することができる程度だ。スライム達は初速が遅い。体当たりの攻撃動作の前に一歩後ろに下がって助走をつけるような動作をするのですぐわかるのだ。しかも、真正面にしか飛べない。もっと言えば彼らは物理防御力こそ高いものの、物理攻撃力が高いモンスターではないのだ。おまけに体表がぶにょぶにょしていて柔らかいので、体当たりしてもさほど大きなダメージは与えられなかったりする。勿論、当たり所が悪ければ怪我をすることもあると知っているが。
 彼らの本領は、あくまでそれぞれの属性による魔法攻撃だ。レッドスライムは炎、ブルースライムは水、イエロースライムは雷の魔法での攻撃を得意としていて、それ以外の属性魔法を打ってくることはない。魔法攻撃が得意なモンスターというだけあって、彼らの魔法攻撃力は物理攻撃力とは比較にならないという。下級のスライムモンスターであっても、下手に喰らえば即死することもあるほどである。ゆえに、本来ならば魔法防御壁をかけて動く方が安全ではあるのだが――。
 ケントはあえて、自分にもリリーにも魔法防御の魔法をかけずに、ひたすら体当たりを回避するという選択をした。簡単なこと、連中の魔法攻撃を誘うためである。物理攻撃がまるで当たらないともなれば、彼らも焦れて魔法攻撃に切り替えてくるのは目に見えているからだ。

――右、左、後ろ……屈んで、転がって……右!

 飛び退いたケントのすぐ真正面を、熱風が通り過ぎていった。レッドスライムが放った“ファイアー・ボール”の魔法である。彼ら三匹は群れというわけではない。同胞意識はあるだろうが、けして連携が取れているわけではないのだ。ゆえに、互の位置関係など特に気にして動いているわけではない。
 つまり、こちらが誘導すれば、少ない脳みそでは深く考えることができずに動き回ってくるということ。

「よしっ!」

 心の中でガッツポーズをした。左に飛んだ瞬間、ブルースライムの放った“ウォーター・ストライク”が、正面にいたイエロースライムにブチ当たることとなった。三匹のスライムのうち、ブルースライムとイエロースライムがそれぞれ反発属性を持っていることに気づいた時から、作戦は決まったも同然であったのである。つまり、このモンスター達の同士打ちを誘えば、楽に決着をつけることができるということだ。

「ギイイイイイイイイ!」

 甲高い声を上げ、水の一撃に断末魔の悲鳴を上げるイエロースライム。彼らは同じスライムとはいえ、群れではなく仲間というわけでもない。同じ獲物を取り合っているだけのライバルに過ぎない――それが幸いした。怒り狂ったサンダースライムが、最後の力を振り絞ってブルースライムに反撃を見舞ったのである。
 “サンダー・フォール”。天から垂直に叩きつける、天罰のごとき雷がブルースライムを引き裂いた。二種類のスライムが溶けるように消滅していく。――これで、一気に残るスライムは一匹に。

――レッドスライムの弱点は氷。でも僕達に、氷属性で攻撃する術はない。……でも、一匹なら、いくらでも手はある!

「“Fragile”!」

 レッドスライムは動きが遅い。魔力の流れを掴み、魔法をかけることは造作もなかった。一気に物理防御を下げる魔法を唱えに行くケント。視界の端、独自の短剣に持ち替えたリリーが走りこんで来るのが見えた。
 敵に弱体化の魔法をかけつつ、ケントは素早く判断を下す。元々頑強なスライムである。弱体化させたところで、盗賊ジョブのリリー程度の腕力では致命傷を与えることが難しい。精々、弱体化させてやっと擦り傷を作らせるのでいっぱいいっぱいだろう。このままリリーの攻撃力をさらに上げても、大して結果が変わらないであろうことをケントは理解していた。
 ゆえに、かける魔法は別のもの。リリーに手を伸ばし、彼女に対してかける補助魔法は――。

「“Quick”!」

 ただでさえ速い盗賊ジョブの機動力に、さらに上乗せすることができる魔法だ。目にも止まらぬ速度に進化したリリーが、スライムを相手に短剣での複数攻撃を見舞う。

「“無慈悲な流星群クレイジー・メテオ”!」

 何十回も切りつけた後、一気にスライムから距離を取るリリー。一回の攻撃は浅くても、それが何十回も繰り返されればそこそこのダメージにはなる。スライムは痛みを感じてか、あるいは怒りを覚えてかぶるぶると震えている。まだ戦う気力は衰えていないようだ。しかし。

「ごめんね、スライムちゃん。……もう君、終わっちゃってるんだよね」

 哀れみを含んだ声で告げるリリー。次の瞬間、スライムは震えながら――他の二体と同じように、泡のようになって溶けていった。自分達の攻撃では、致命傷を与えるに至らないことはわかっている。ゆえに、リリーは毒を塗った刃での剣撃を見舞ったのだ。与える毒の量は当然、攻撃をした数に比例することになる。“無慈悲な流星群”は切り殺すための技ではなく、それによって致死量以上の毒を相手に与えて毒殺するために放った技だったというわけだ。
 しゅわしゅわと溶ける三体のスライム。後に残るのは、それぞれ赤、青、黄の六角形の結晶のようなものだ。これが、属性魔法攻撃に近い効果を持つ爆弾を調合できる、極めて貴重な素材となるのである。リリーはそれらを拾い上げると、素早くケースに入れてポーチにしまった。三種類を一気にゲット。面倒でもスライムを狩った甲斐があったというものである。

「ケント、冷静だったね」

 リリーはポーチを撫でながら、言った。

「落ち着いて、作戦考えられるようになった。旅立つ前とは全然違う。凄いよ」
「ほ、褒めすぎだってばリリー。僕なんて、まだまだ全然だよ」

 それに、と。ケントは心の中で続ける。

――君は、グレイスのためだったのかもしれないけど。……ここまで頑張れたのも、ヒントをくれたのも。全部、リリー。君のおかげなんだから。

 一人であったなら、きっと立ち上がることなどできなかったことだろう。自分はリリーに感謝しなければいけないのだ。例えこの恋が、けして叶わないものであると知っていたとしても。

「今のケントなら……きっと、みんなの役に立てるよ。……早く、グレイスに見せてあげたいな。ケントはこんなに頑張ったんだよって。こんなに強くなったんだよって。もう大丈夫だよって。……証明、しないとね」
「……うん」

 スライムと戦ううちに、少しばかり道を移動してしまっていたらしい。まあ、丁度いいといえばいいだろう。どうせ目的地はこの奥にある。
 即ち――今、ケント達の目の前に聳え立つ、大きな大きな門。天使と悪魔の姿が彫り込まれた、灰色の荘厳な門の向こう。この奥に、賢者ロンティアの意思が守る聖なる泉があるのである。鏡は、ロンティアが門を開くと同時に出現する。この門は、ロンティアが勇者を認めなければ開くことはないし、仮に賢者を倒さず門を超えたとしても鏡を手に入れることはできない。
 あくまで、正しき強さを持つ者だけに、鏡が与えられるよう。
 ロンティアがどのような意図を持って、半ば地縛霊のような有様でこの地に留まり、鏡を生み出し続けているのかは謎のままなのだが。

「“賢者ロンティアに告ぐ!”」

 さあ、魔王の前の最後の試練を始めよう。

「“我、聖なる鏡を求めし者!汝の試しを希う者なり!いざ、我の前に顕現し、大いなる力にて試練を与えよ!”」

 定められた文言を叫ぶケント。瞬間、周囲の空気が一気に密度を増したような感覚を覚えることになる。
 ガシャアアアン!というガラスを叩き割ったような音と共に、門の前に落ちる黒い稲妻。焦げ付いた地面の上に出現するのは、長い髭を蓄えた灰色のローブ姿の老人である。

「来たね」

 リリーがごくり、と喉を慣らして言う。

「このおじいさんが……賢者、ロンティア……!賢者の泉の、門番!」

 その言葉を肯定するように。長い顎鬚の老人は、ゆっくりとその手に持った杖を掲げて見せたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

タイムワープ艦隊2024

山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。 この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!

GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲

俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。 今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。 「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」 その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。 当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!? 姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。 共に 第8回歴史時代小説参加しました!

ブラフマン~疑似転生~

臂りき
ファンタジー
プロメザラ城下、衛兵団小隊長カイムは圧政により腐敗の兆候を見せる街で秘密裏に悪徳組織の摘発のため日夜奮闘していた。 しかし、城内の内通者によってカイムの暗躍は腐敗の根源たる王子の知るところとなる。 あらぬ罪を着せられ、度重なる拷問を受けた末に瀕死状態のまま荒野に捨てられたカイムはただ骸となり朽ち果てる運命を強いられた。 死を目前にして、カイムに呼びかけたのは意思疎通のできる死肉喰(グールー)と、多層世界の危機に際して現出するという生命体<ネクロシグネチャー>だった。  二人の助力により見事「完全なる『死』」を迎えたカイムは、ネクロシグネチャーの技術によって抽出された、<エーテル体>となり、最適な適合者(ドナー)の用意を約束される。  一方、後にカイムの適合者となる男、厨和希(くりやかずき)は、半年前の「事故」により幼馴染を失った精神的ショックから立ち直れずにいた。  漫然と日々を過ごしていた和希の前に突如<ネクロシグネチャー>だと自称する不審な女が現れる。  彼女は和希に有無を言わせることなく、手に持つ謎の液体を彼に注入し、朦朧とする彼に対し意味深な情報を残して去っていく。  ――幼馴染の死は「事故」ではない。何者かの手により確実に殺害された。 意識を取り戻したカイムは新たな肉体に尋常ならざる違和感を抱きつつ、記憶とは異なる世界に馴染もうと再び奮闘する。 「厨」の身体をカイムと共有しながらも意識の奥底に眠る和希は、かつて各国の猛者と渡り合ってきた一兵士カイムの力を借り、「復讐」の鬼と化すのだった。 ~魔王の近況~ 〈魔海域に位置する絶海の孤島レアマナフ。  幽閉された森の奥深く、朽ち果てた世界樹の残骸を前にして魔王サティスは跪き、神々に祈った。  ——どうかすべての弱き者たちに等しく罰(ちから)をお与えください——〉

[完結済み]男女比1対99の貞操観念が逆転した世界での日常が狂いまくっている件

森 拓也
キャラ文芸
俺、緒方 悟(おがた さとる)は意識を取り戻したら男女比1対99の貞操観念が逆転した世界にいた。そこでは男が稀少であり、何よりも尊重されていて、俺も例外ではなかった。 学校の中も、男子生徒が数人しかいないからまるで雰囲気が違う。廊下を歩いてても、女子たちの声だけが聞こえてくる。まるで別の世界みたいに。 そんな中でも俺の周りには優しいな女子たちがたくさんいる。特に、幼馴染の美羽はずっと俺のことを気にかけてくれているみたいで……

処理中です...