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30話 ウェルガム領 ③

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更に数日が経ち、ウェルツに滞在する日程も半分を過ぎた頃。ティアルーナは山のような書類の束に向き合い、確認とサインに追われていた。しかし、持ち前の能力から既に大半は終了しており、現在は軽い休憩をとっていた。

「そういえば、今日は王太子殿下から花束と御手紙が来ておりませんね。メアリに確認致しましょうか?」

今日、ティアルーナの側に侍っているのは何時ものようにメアリではなく、侍女長だった。皺の目立つかんばせに朗らかな笑みを絶えず浮かべ、のんびりとした口調でありながらその動きに無駄はない。早速と言わんばかりに扉へ向かう侍女長をティアルーナは引き留める。

「大丈夫よ。今日は兄様もご用事でいらっしゃらないし、お返しの御手紙を書くわ。昨日頂いた御手紙を出してくれる?」

侍女長はすぐさま了承の声をあげ、きびきびと丁寧に王家の紋章の刻まれた封筒と羽ペンとインクを揃って書机に並べる。それらに礼を言って、下がらせるとティアルーナは既にペーパーナイフで封の開けられた封筒を持ち上げ、数枚の手紙を取り出す。なんとなしに開き、右下に刻まれた瀟洒しょうしゃな月のモチーフに目を止める。

「……? これ、傷…いえ、違う。わざと付けられてるもの」

窓から差し込む光の加減によって見えたり見えなかったりと変化する、ともすれば傷のようにも見えるにどこか見覚えがあった。何度か上からを何度かなぞると、はたと思い至るものがあった。

「確か、王国古代語の──『願い』?」

記憶を探る内に確信に近い予感を感じ得たティアルーナは急ぎ椅子を立つと、ガラス扉を開いて手紙の保管された引き出しを開いた。それらの中から王家の紋章の刻まれたものだけを選び、書机に移動させる。

「『月』『満ちる』『時』、『君』……これは、合う? それとも──『逢う』、かしら」

再び椅子に座り、受け取った順番が古いものから見ていくと月のモチーフに薄く刻まれた古代王国語が浮かび上がる。どんどんと解読を続けると、ただの記号の羅列は文章のような並びにたちまちに姿を変えていく。

「『月』、『満ちる』『時』、『君』『逢う』『願い』」

散らされた単語を解読し終え、ぽつりとそう呟くとティアルーナは思案を始める。古代王国語は、文法も読解方法も現在とは全く異なり、独自の法則に合わせなければ文章の解読は叶わない。

「─────月が満ちる時、君に会うことを願う」

(月が満ちる時…手紙の端の月、ただの印だと思っていたけれど、これの事かしら。それに今夜は満月で、手紙の月も次、頂くもので満ちるはず)

ゆっくりと満ちていく月のモチーフと、夜になれば空に浮かぶ月はなんの偶然か、はたまた必然か…今日こそがそのふたつが満ちる日であった。間違いなく、月が満ちる時というのは今日のことで、文章をそのまま取るのであれば今日の夜にルードルフが会いに来ると言うことになる。

「でも、場所が書いてない…何か他にもメッセージがあるのかしら?」

しかし、肝心の場所は書いておらず、目を凝らして探しても他に何の記号も暗号も見つけられない。このままでは会う事など、到底叶うはずもない。未だ婚約者という関係ではあれど、まさか夜に公爵家に訪ねてくる訳でもないだろう。

(それに、ルードルフ様は王太子。そう軽やかに特定の領地になんて来られないはず…解読を間違えたかしら)

自身の解読の不手際を疑って、ティアルーナはもう一度試みるが結果は同じ。そもそも、こんなにも月が意図的に揃えられた状態で、先の意味以外など考えられない。考え唸るが答えが分けるはずもなく、先日メアリが下げ損ねたブーゲンビリアの花を眺める。

「あ…メッセージカード?」

王国で、貴族の紳士が淑女へ花を送る際には必ずメッセージカードを添えるのが通例である。そして、いくつかの定型分を花束に添えて送られた淑女はそれに愛用する香水を吹き付けて送り返すのだ。そして、ティアルーナはその慣例に則って既にメッセージカードを王都へ返送していた。つまり、確認する術はもうないのだ。

(……王国古代語なんて、どこにも刻まれていなかったわ。メッセージカードなんて、誰でも見られるし、私が見落としていたとしてもそんなことはしないはず。場所は記されていないし、願い…だからただ単にそう願っているということかしら)

「素敵なサプライズ。同じように何かお返しをしないと」
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