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21話 薔薇園

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茶会の疲れも取れた頃、約束の通りルードルフは婚約者をラヴァの薔薇園へ誘いにやってきた。領土の広大な王国のことだ、王都と呼ばれる領域もとても広い。王都中央から馬車で1時間半ほど馬車を北へ走らせ、ラヴァという名の都市に入りその更に端の方にある名園と名高い薔薇園に王太子とその婚約者は到着した。

「まあ…迷路って、こんなに背が高いのですね」

「そうだな、中央の庭園のそれとはかなり違う…本格的な、見事なものだ」

2人が想像する庭園の迷路というのは、精々が子供の背丈ほどのもので妙齢の令嬢であればその行先が見渡せる程度のものを考えていた。しかし、家族や友人、恋人と共に出口へ到達できれば永く仲睦まじくいられるという薔薇園はそれなりに長身であるルードルフの背丈よりも更にぐっと高く、ティアルーナなどはとても見通せないものだった。まず、間違いなく彷徨いながら歩くことが予想される。

「殿下、近衛兵は皆配置につきました」

ルードルフ付きの近衛の隊長が恭しく一礼しながらそう報告する。

「ご苦労。…さあ、行こうか?」

近衛隊長の言葉に頷くとルードルフはティアルーナの手を取り、さくりと芝生を踏みながら迷路へ入っていった。

──────────

「ここ、先程も…いえ、とても似ていますが違うところなのですね」

迷路へ入ってから少々経過した頃、2人は先程と同じ6つの道が交差する地点へ戻ってきた…と見せかけてまるで合わせ鏡の如く似通った異なる場所に到着した。

「そうだな、少し位置がずれている。これは歳の幼いものの立ち入りが禁止されているのも理解出来る、かの迷い森のようだ」

ルードルフは繰り返される、最早迷路などという生易しい言葉で足りるのか分からないものに息を吐きながらそう呟く。

「迷い森、ですか?」

「ああ、知らないかな。聖王国との国境に、霧の立ちこめる1度入れば2度と戻れないと言われている森の通称だ」

呟きを拾ったティアルーナが聞いたことがありませんと答えると、ルードルフは確かに令嬢が知る類いのものでは無いなと言って迷い森の説明を始める。

「まあ、そんな森があるのですか。お恥ずかしながら存じ上げませんでした、ルードルフ様は赴かれたことがおありなのですか?」

「1度視察で幼い頃にその地方に足を向けたことがあったのだが、何分まだ色々と理解の足りぬ年頃で興味本位で森に踏み入ってしまったのだ。幸い、先程の近衛隊長に引き戻してもらったが…」

今の彼からは想像もつかないお転婆にティアルーナが笑いを零す。そうして話をしながらも2人はさくさくと特に難なく迷路を進んでいく。ここまで難解な道に特に迷うことも、間違えることもなく進む2人だが、それが少々異常なこととは気が付かない。

「何事も起こらなかったようで、安心致しました。けれど、私も興味が…ルードルフ様、あれは」

「出口か…? 意外と早かったな」

背の高い生垣に囲まれているせいで薄暗かった迷路が少し明るくなった気がして先を見ると、淡く光っていて出口だと分かる。ティアルーナとルードルフは顔を見合せると聞いていたよりもずっと早く到着したと首を傾げながらも光を感じる方へ進んだ。

「そうですね、もっとかかるものと聞いていたのですが」

不思議ですね、と続けようとしたティアルーナの顔がふと驚きに包まれた。迷路を抜けた先、陽光からくる光とは別に艶やかにうつくしく、ぼんやりと淡く輝く幾輪もの薔薇が蔦を伸ばしてアーチに絡まっているその様子に深く感銘を受け、言葉が続かなかったのだ。

「これが…奇跡の薔薇でしょうか。噂に聞いたよりも、ずっとずっと素敵な…」

「確かに、幻想的だな。望みが叶うといわれるだけある…」

ラヴァの都市に伝わる伽話と共に有る、微弱ながら発光する薔薇。それが絡まるアーチをどのような関係であれ、今後も共に在りたい人とくぐればその願いが叶うと言われている代物が2人の目の前に現れた。



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