4 / 8
四話 ミティルニアと父
しおりを挟む
一方、ほぼ同時刻にアーレンフェスト伯爵家では当主の執務が行われる一室で重苦しい雰囲気に包まれてミティルニアとその父、アーレンフェスト伯爵が言葉を交わしていた。
「お父様、お約束通り昨日のうちに婚約を解消して参りました」
特に何の感情も篭っていないように聞こえる硬い声音でミティルニアはまるで政務連絡をするかのように婚約解消を父に伝える。
それを聞いた伯爵も、大した感慨もなくその言葉に頷く。
「…そうか。本当にやるとはな、お前の頑固さも誰に似たのだか…それで、そうまでする『恋愛結婚』とやらができなかった場合は私の言う通りの相手と婚約を結び、婚姻すると言っていたがそれに変わりはないな?」
「はい。わたくしが、ディアルガ様に再び婚約を申し込んでいただけなかった場合にはどのような方がお相手でも慎んでお受け致します」
伯爵の言葉にミティルニアがこくりと頷く。一見すれば、無感動にそうしているように見えるがしかし、よくよく見てみればミティルニアの白く細い腕は微かに震えていた。
「ふん…では、精々努力するがいい。もう用は無いな? 出て行け」
「はい。失礼致します、お父様」
ミティルニアが震えているのに気が付いているのかいないのか、どちらかは分からないが伯爵は特に娘を気遣うような言葉をかけるわけでもなく、冷たい視線と命令を告げる。
それを受けたミティルニアは小さく膝を折って礼をし、執務室を退出する。しかし、分厚い扉を閉めた瞬間に強ばっていた身体中から力がどっと抜け、思わずそのまま床に座り込んでしまう。廊下に控えていた侍女や執事がミティルニアの行動に驚き焦って駆け寄るが周囲の目を気にする余裕は今の彼女にはなかった。
「ぅううう、怖かったぁ…!」
それを零れさせることはないが、ミティルニアのはちみつ色の瞳はじわりと涙に濡れて透き通るような肌はほんのりと薔薇色に染っている。入室する前から身体を強ばらせて緊張に微かに震えていたミティルニアを見送った彼女の専属侍女はゆっくりとそのほっそりとした腰を支えて立ち上がらせる。
「お嬢様、大丈夫ですか? 」
「っ、うん…でも、絶対に呆れられてしまったわ。せっかく婚約していたのに、それを解消してしまうだなんて…駄目な娘と思われて」
収まり始めた涙がまたじわりじわりと滲み出したことに慌てて侍女は励ましの言葉をかける。
「まあそんな。お嬢様の初めての我儘じゃありませんか、旦那様も内心ではきっと応援されていらっしゃいますわ」
「……ありがとう」
(──ごめんなさい。ディアルガ様に振り向いて頂こうなんて、ほんとうは思っていないのよ。そんなの、不可能だもの)
ふわりと浮いた仄暗い気持ちに気付かれないよう蓋をして、ミティルニアはなんでもないように明るく振る舞う。彼女が欲しいのは、ディアルガを振り向かせる機会ではなく、他の誰かに嫁ぐ覚悟を決める時間なのだ。
「お父様、お約束通り昨日のうちに婚約を解消して参りました」
特に何の感情も篭っていないように聞こえる硬い声音でミティルニアはまるで政務連絡をするかのように婚約解消を父に伝える。
それを聞いた伯爵も、大した感慨もなくその言葉に頷く。
「…そうか。本当にやるとはな、お前の頑固さも誰に似たのだか…それで、そうまでする『恋愛結婚』とやらができなかった場合は私の言う通りの相手と婚約を結び、婚姻すると言っていたがそれに変わりはないな?」
「はい。わたくしが、ディアルガ様に再び婚約を申し込んでいただけなかった場合にはどのような方がお相手でも慎んでお受け致します」
伯爵の言葉にミティルニアがこくりと頷く。一見すれば、無感動にそうしているように見えるがしかし、よくよく見てみればミティルニアの白く細い腕は微かに震えていた。
「ふん…では、精々努力するがいい。もう用は無いな? 出て行け」
「はい。失礼致します、お父様」
ミティルニアが震えているのに気が付いているのかいないのか、どちらかは分からないが伯爵は特に娘を気遣うような言葉をかけるわけでもなく、冷たい視線と命令を告げる。
それを受けたミティルニアは小さく膝を折って礼をし、執務室を退出する。しかし、分厚い扉を閉めた瞬間に強ばっていた身体中から力がどっと抜け、思わずそのまま床に座り込んでしまう。廊下に控えていた侍女や執事がミティルニアの行動に驚き焦って駆け寄るが周囲の目を気にする余裕は今の彼女にはなかった。
「ぅううう、怖かったぁ…!」
それを零れさせることはないが、ミティルニアのはちみつ色の瞳はじわりと涙に濡れて透き通るような肌はほんのりと薔薇色に染っている。入室する前から身体を強ばらせて緊張に微かに震えていたミティルニアを見送った彼女の専属侍女はゆっくりとそのほっそりとした腰を支えて立ち上がらせる。
「お嬢様、大丈夫ですか? 」
「っ、うん…でも、絶対に呆れられてしまったわ。せっかく婚約していたのに、それを解消してしまうだなんて…駄目な娘と思われて」
収まり始めた涙がまたじわりじわりと滲み出したことに慌てて侍女は励ましの言葉をかける。
「まあそんな。お嬢様の初めての我儘じゃありませんか、旦那様も内心ではきっと応援されていらっしゃいますわ」
「……ありがとう」
(──ごめんなさい。ディアルガ様に振り向いて頂こうなんて、ほんとうは思っていないのよ。そんなの、不可能だもの)
ふわりと浮いた仄暗い気持ちに気付かれないよう蓋をして、ミティルニアはなんでもないように明るく振る舞う。彼女が欲しいのは、ディアルガを振り向かせる機会ではなく、他の誰かに嫁ぐ覚悟を決める時間なのだ。
94
お気に入りに追加
827
あなたにおすすめの小説

【完結】お荷物王女は婚約解消を願う
miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。
それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。
アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。
今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。
だが、彼女はある日聞いてしまう。
「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。
───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。
それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。
そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。
※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。
※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。

【完結】王女の婚約者をヒロインが狙ったので、ざまぁが始まりました
miniko
恋愛
ヒロイン気取りの令嬢が、王女の婚約者である他国の王太子を籠絡した。
婚約破棄の宣言に、王女は嬉々として応戦する。
お花畑馬鹿ップルに正論ぶちかます系王女のお話。
※タイトルに「ヒロイン」とありますが、ヒロインポジの令嬢が登場するだけで、転生物ではありません。
※恋愛カテゴリーですが、ざまぁ中心なので、恋愛要素は最後に少しだけです。

【完結】さよなら、大好きだった
miniko
恋愛
「私に恋を教えてくれませんか?」
学園内で堅物と呼ばれている優等生のルルーシアが、遊び人の侯爵令息ローレンスにそんな提案をしたのは、絶望的な未来に対するささやかな反抗だった。
提示された魅力的な対価に惹かれた彼はその契約を了承し、半年の期間限定の恋人ごっこが始まる。
共に過ごす内にいつの間にか近付いた互いの想いも、それぞれが抱えていた事情も知らぬまま、契約期間の終了よりも少し早く、突然訪れた別れに二人は───。
恋を知る事になったのは、どっち?
※両者の想いや事情を描く為に、視点の切り替えが多めです。

諦めた令嬢と悩んでばかりの元婚約者
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
愛しい恋人ができた僕は、婚約者アリシアに一方的な婚約破棄を申し出る。
どんな態度をとられても仕方がないと覚悟していた。
だが、アリシアの態度は僕の想像もしていなかったものだった。
短編。全6話。
※女性たちの心情描写はありません。
彼女たちはどう考えてこういう行動をしたんだろう?
と、考えていただくようなお話になっております。
※本作は、私の頭のストレッチ作品第一弾のため感想欄は開けておりません。
(投稿中は。最終話投稿後に開けることを考えております)
※1/14 完結しました。
感想欄を開けさせていただきます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
いただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。

【完結】どうか私を思い出さないで
miniko
恋愛
コーデリアとアルバートは相思相愛の婚約者同士だった。
一年後には学園を卒業し、正式に婚姻を結ぶはずだったのだが……。
ある事件が原因で、二人を取り巻く状況が大きく変化してしまう。
コーデリアはアルバートの足手まといになりたくなくて、身を切る思いで別れを決意した。
「貴方に触れるのは、きっとこれが最後になるのね」
それなのに、運命は二人を再び引き寄せる。
「たとえ記憶を失ったとしても、きっと僕は、何度でも君に恋をする」

【完結】断罪された悪役令嬢は、全てを捨てる事にした
miniko
恋愛
悪役令嬢に生まれ変わったのだと気付いた時、私は既に王太子の婚約者になった後だった。
婚約回避は手遅れだったが、思いの外、彼と円満な関係を築く。
(ゲーム通りになるとは限らないのかも)
・・・とか思ってたら、学園入学後に状況は激変。
周囲に疎まれる様になり、まんまと卒業パーティーで断罪&婚約破棄のテンプレ展開。
馬鹿馬鹿しい。こんな国、こっちから捨ててやろう。
冤罪を晴らして、意気揚々と単身で出国しようとするのだが、ある人物に捕まって・・・。
強制力と言う名の運命に翻弄される私は、幸せになれるのか!?
※感想欄はネタバレあり/なし の振り分けをしていません。本編より先にお読みになる場合はご注意ください。

【完結】私の婚約者はもう死んだので
miniko
恋愛
「私の事は死んだものと思ってくれ」
結婚式が約一ヵ月後に迫った、ある日の事。
そう書き置きを残して、幼い頃からの婚約者は私の前から姿を消した。
彼の弟の婚約者を連れて・・・・・・。
これは、身勝手な駆け落ちに振り回されて婚姻を結ばざるを得なかった男女が、すれ違いながらも心を繋いでいく物語。
※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしていません。本編より先に読む場合はご注意下さい。

婚約者が可愛い子猫ちゃんとやらに夢中で困っております
相馬香子
恋愛
ある日、婚約者から俺とソフィアの邪魔をしないでくれと言われました。
私は婚約者として、彼を正しい道へ導いてあげようとしたのですけどね。
仕方ないので、彼には現実を教えてあげることにしました。
常識人侯爵令嬢とおまぬけ王子のラブコメディです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる