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3話 兄と弟
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「はあ…アランを呼んでくれ。拒んだら、多少無理やりに連れてきて構わん」
王太子の命に待機していた兵の何人かが駆け足でアランの私室へ向かった。
暫くも経たないうちに少々くたびれた様子のアランが執務室へ入室してきた。どうやら少しごねたようだと思いながら弟に声をかけるとアランは疲れを滲ませる声色でじっとりとした返事をした。
「…兄上、何か御用でしょうか」
「ああ、ほらそこらへんに座るといい。君たち、ご苦労様、下がっていいよ」
のろのろと緩慢な動作でソファに腰掛けるアランを横目に、ヴェヴェルが第二王子を連れてきた騎士数名を下がらせる。臣下の者に聞かれて良い話ではないのだ。
「さて、話というのはわかっていると思うが、お前のエルヴィラに対する態度についてだ」
「………」
エルヴィラの名にぴくりと反応し、黙ってヴェヴェルを見つめるアランに大きくため息を吐く。
「部屋まで会いに来た婚約者を追い返す男が何処にいる。ここ一年ほど何があったかは知らんが、エルヴィラを悲しませるな。昔から、ずっと想ってきたのになぜそんな態度をとる?」
「その理由は、兄上が一番ご存知のはずです。成婚まで時間がない、せめてそれまでは僕という存在をできる限り忘れさせてやりたいというだけ」
成婚というのは、エルヴィラとアランの成婚だ。王太子が未だ正妃を迎えない状態で、他の王子が正妃を据えるというのはドルガシア王国建国以来初の出来事だが、他でもないアランがそれを望み、ヴェヴェルが許したのだ。問題はない、だが今の状態で婚姻を結んでも二人が不幸になるだけではとヴェヴェルは思っていた。
(何を言っているのか分からんが、思うことはあるようだな)
「お前が何を言っているのか俺にはさっぱりわからないんだが? エルヴィラも、ああして気丈に振る舞ってはいるが、突然冷たく接せられて傷付いている。それが、わからないわけじゃないだろう」
「…エルの、為です」
「はあ…お前がその様子では俺は安心して婚約もできないんだが。ようやく話がまとまるというのに、お前のせいでドルガシア王家の悪い噂でも広まって話を白紙にされたらどうしてくれるんだ」
相変わらず曖昧な返事しかしないアランにヴェヴェルが遠い目をしてそう何気なく呟くと、俯いて手元を見ていたアランはそのヴェヴェルと揃いの——しかしヴェヴェルとは違うつり目の——王家の色彩たるサファイアの瞳で酷く兄王子を睨みつける。
突然の弟の挙動に固まるヴェヴェルを置いてアランはこれまでにないほど荒々しく席を立つと兄王子に詰め寄る。それをソファの背に仰け反るように気圧されて眺めている兄に構うことなくアランはぶるぶると震える手を抑え、噛み付くように呟いた。
「相手は…誰ですか」
「え、え…っと、アウストリア帝国の、第四皇女、のシャナ…だけど」
「……っ! 何故そんな大国の皇女と。まさか、ずっと前から…?」
アランは兄から国名を聞いた瞬間、目を見開き勢いを失った。まるで信じられないとでも言わんばかりの表情で呆然とヴェヴェルを見つめるのだ。
「もう四年以上交渉して、やっと妃に貰えそうなんだけど…なあ、どうした?」
明らかに様子のおかしいアランを心配したヴェヴェルがそう問いかけても返事はなかった。ただ下を俯いているだけだ。
「あ、おい! アラン!」
何度も声を掛け続け、軽く腕を叩いても反応が得られなかったが突如、アランは駆け出すとその勢いのまま執務室を出ていった。突然部屋から出てきた第二王子に驚き、何事かと王太子に尋ねる兵士らに適当な返事をしながらヴェヴェルは追うべきかと悩むが、あの様子では彼の話など聞きはしないだろう。
(なんだ…? 昔から、変に思い込むところはあるが…それを、周りに話そうとはしないからな。どうしたものか)
王太子の命に待機していた兵の何人かが駆け足でアランの私室へ向かった。
暫くも経たないうちに少々くたびれた様子のアランが執務室へ入室してきた。どうやら少しごねたようだと思いながら弟に声をかけるとアランは疲れを滲ませる声色でじっとりとした返事をした。
「…兄上、何か御用でしょうか」
「ああ、ほらそこらへんに座るといい。君たち、ご苦労様、下がっていいよ」
のろのろと緩慢な動作でソファに腰掛けるアランを横目に、ヴェヴェルが第二王子を連れてきた騎士数名を下がらせる。臣下の者に聞かれて良い話ではないのだ。
「さて、話というのはわかっていると思うが、お前のエルヴィラに対する態度についてだ」
「………」
エルヴィラの名にぴくりと反応し、黙ってヴェヴェルを見つめるアランに大きくため息を吐く。
「部屋まで会いに来た婚約者を追い返す男が何処にいる。ここ一年ほど何があったかは知らんが、エルヴィラを悲しませるな。昔から、ずっと想ってきたのになぜそんな態度をとる?」
「その理由は、兄上が一番ご存知のはずです。成婚まで時間がない、せめてそれまでは僕という存在をできる限り忘れさせてやりたいというだけ」
成婚というのは、エルヴィラとアランの成婚だ。王太子が未だ正妃を迎えない状態で、他の王子が正妃を据えるというのはドルガシア王国建国以来初の出来事だが、他でもないアランがそれを望み、ヴェヴェルが許したのだ。問題はない、だが今の状態で婚姻を結んでも二人が不幸になるだけではとヴェヴェルは思っていた。
(何を言っているのか分からんが、思うことはあるようだな)
「お前が何を言っているのか俺にはさっぱりわからないんだが? エルヴィラも、ああして気丈に振る舞ってはいるが、突然冷たく接せられて傷付いている。それが、わからないわけじゃないだろう」
「…エルの、為です」
「はあ…お前がその様子では俺は安心して婚約もできないんだが。ようやく話がまとまるというのに、お前のせいでドルガシア王家の悪い噂でも広まって話を白紙にされたらどうしてくれるんだ」
相変わらず曖昧な返事しかしないアランにヴェヴェルが遠い目をしてそう何気なく呟くと、俯いて手元を見ていたアランはそのヴェヴェルと揃いの——しかしヴェヴェルとは違うつり目の——王家の色彩たるサファイアの瞳で酷く兄王子を睨みつける。
突然の弟の挙動に固まるヴェヴェルを置いてアランはこれまでにないほど荒々しく席を立つと兄王子に詰め寄る。それをソファの背に仰け反るように気圧されて眺めている兄に構うことなくアランはぶるぶると震える手を抑え、噛み付くように呟いた。
「相手は…誰ですか」
「え、え…っと、アウストリア帝国の、第四皇女、のシャナ…だけど」
「……っ! 何故そんな大国の皇女と。まさか、ずっと前から…?」
アランは兄から国名を聞いた瞬間、目を見開き勢いを失った。まるで信じられないとでも言わんばかりの表情で呆然とヴェヴェルを見つめるのだ。
「もう四年以上交渉して、やっと妃に貰えそうなんだけど…なあ、どうした?」
明らかに様子のおかしいアランを心配したヴェヴェルがそう問いかけても返事はなかった。ただ下を俯いているだけだ。
「あ、おい! アラン!」
何度も声を掛け続け、軽く腕を叩いても反応が得られなかったが突如、アランは駆け出すとその勢いのまま執務室を出ていった。突然部屋から出てきた第二王子に驚き、何事かと王太子に尋ねる兵士らに適当な返事をしながらヴェヴェルは追うべきかと悩むが、あの様子では彼の話など聞きはしないだろう。
(なんだ…? 昔から、変に思い込むところはあるが…それを、周りに話そうとはしないからな。どうしたものか)
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