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最初で最後の夜 1
しおりを挟むフェイロンは好き勝手にアデルの身体を暴いた。
唇で、指で、触れられるところすべてを探るみたいに、隅々まで丁寧に愛撫される。
アデルを見下ろす瞳は決して愛情深いものではない。もっと激しく、もっと鋭い──身体の奥まで突き刺すような視線で、アデルの反応をたしかめている。
(こんなフェイロンを……忘れられる、はずが……)
本を読んでいるときの静かな横顔も、アデルをからかう意地悪な笑いも大好きだった。
けれど、アデルを抱く彼が、今までみた彼の表情のなかで一番、狂おしいくらいに好きだ。
薄い夜着は、フェイロンの爪で切り裂かれた。
「な、なんてことするのっ」
「リボンを解くのが面倒くさいじゃないですか」
「面倒くさいって……! はぁ、もう、ほんと最低……」
「やめますか?」
アデルはじろりとフェイロンをにらんで、「やめない」と口を尖らせた。
ただの布切れになってしまった夜着は彼の手でベッドの下に落とされる。いまアデルの身を守るのはレースの下着だけだ。
「私ばっかり……あなたも脱ぎなさいよ」
アデルはこぼれる乳房を腕で隠し支えて、寝台の上に身を起こした。
フェイロンはフレイル国にいるあいだも、自国の民族衣装だという異国風のワンピースのようなものを着ていた。
濃紺や黒など暗い色を好んで纏い、シルクの光沢をたたえる生地に銀の糸で大きく刺繍がされている──フレイルではあまり見ない図案のそれは、東国で信仰されている龍という幻想生物らしい。
妖艶で高貴な衣服は彼の雰囲気によく合っているのだけど、寝台の上で抱き合うには、襟から足元に至るまであまりに露出がなさすぎた。
けれど、異国の服は釦の外し方すらわからない。アデルの指は宙をさまよった。
「男の身体なんて見ても面白くないでしょうに」
「私が、見たいの」
「はぁ……好奇心旺盛なのはかまいませんが、いつか痛い目を見ますよ」
──痛い目なら、もう見ている。彼を好きになった時点で、諦めるべきことだ。
「余計なお世話」
「はい、はい」
フェイロンは首と胸元の留め具を外し、長袍をすとんと腰下に落とした。それを足で蹴飛ばしてベットの下に落とす。脱ぎ捨てられた服がまるで蛇の脱皮のあとのよう。
服に隠されていた肌があらわになる。細身でも鍛えられた肉体を不躾にならない程度に、けれど興味津々に眺めた。
(傷……?)
腕。腹。胸。彼の身体のいたるところに、大小の傷がある。
「……人間はおそらく、曲線を美しいと感じる生き物なのでしょう」
アデルの視線を遮るように、フェイロンは唐突に言った。
「曲線? どういうこと?」
「円という形には数学的ロマンが詰まっています。円周を求める数式の魅力について以前、お嬢様にお話したことがありましたね」
「……おぼえているわ。たしか、循環せず永遠に続く小数の話ね」
「そう」
「でもどうしてこんな状況で、数学の話になるのよ」
「女性の身体は円と曲線でできているでしょう」
フェイロンはアデルの腕をどけて、こぼれた乳房をわしづかみにした。
「それが美しいなと、思っただけです」
弾力をたしかめるみたいに、ぎゅうっと揉まれる。適度な痛みというのは、快感になるらしい。
自分の肌に食い込む彼の指を見るだけでも下半身がうずく。
「痛い……フェイロン」
「やめますか」
「……やめない」
そのまま勢いで寝台に押し倒されて、アデルは小さく悲鳴をあげた。主導権はいつまでもフェイロンが握っている。
彼は胸を放した手でそのままアデルの腹を撫で、腰の曲線をたどった。
こめかみに彼のくちびるが触れる。それに気をとられていると、今度は尻に指が食い込むくらい強く両手で揉みしだかれた。
「やだ……もう」
「……もし次に男を誘うことがあるなら、あなたは上半身より下半身で攻めなさい」
「はっ? なんて?」
「この尻のかたちと肌触りが良いと、言っているんですよ」
「胸だって……わ、悪くないと思うんだけど……」
「それはそう。でもあなたは知らないでしょう。自分の後ろ姿の艶やかさを」
背中を出すドレスなら、社交界にデビューしてから何度も着ている。
感想を求めて彼の前に見せに言っても、いつも適当な返事が返ってくるばかりだったのに。
(……うれしい)
アデルはにやけそうになる顔を隠そうと、彼の腕の中でくるりと身を返してシーツに伏せた。
そしてそのまま柔らかなベッドにひざをついて、腰を持ち上げる。
「……こう?」
うつ伏せになって、尻を突き上げたかっこうだ。きっと彼の前に恥ずかしいところが丸見えの姿。
内腿から手を入れて下着を押さえ、なけなしの羞恥心で秘部を隠す。触れたそこが、布越しにでもとろりと濡れているのがわかる。
そのアデルの指の上から、フェイロンの指が重なる。
「んっ」
「アデル。……僕は爪が長いので、ここを指でならしてやることができません」
「う、うん……」
「ですので」
言って、フェイロンの指が離れた。そのかわり、しめった吐息が脚の付け根に吹きかかる。
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