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おたがいの香りなんて知らずに

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「あっ、ああっ」

 開いた脚の間に、キールスの頭がある。
 剥ぎ取られた服があちこちに散乱している。ローズばかりがすっかり裸にされてしまって、もうずいぶんと長い時間、こうして喘がされているような気がする。

「やぁっ、そこ、ばっかりぃ……ふぁあんっ」

 敏感なところを舌がなぞる。唇が食む。腰をひくつかせながらあんあんと泣き喚く自分はとても馬鹿っぽい。
 でもそれ以上に気持ちよくて、身なりに気をつかう余裕なんてない。
 これも……キスみたいなものか。とけた頭でそんなことを考える。

「や、もう、……やめてぇ……」

 腹の奥にたまり続ける得体のしれない快感がつらい。
 キールス、キールスおねがい。名前を呼ぶと、彼は口元を雑にぬぐって身を起こした。

「感じやすいんだね。自分でこういうこと、してた?」

 整った顔をゆがめて嗤う、美しい人。

「恥ずかしいところをこんなにひくつかせて……いやらしい子だ」

 わざわざ耳にささやきを吹き込まれて、ローズはぞくぞくと背をしならせた。

「ひぅっ、……し、して、た……」
「寝てる僕の横で?」
「ち、がう……キールスが、いないときだけ……!」
「それは惜しいことをしたなぁ」

 今度は指が直接そこを撫でる。男らしく大きい手、節のめだつ長い指。あてがわれた指が媚肉をわけて、入り口を探し当てようと優しく押し入ってくる。

「あぁっ」

 たまらず腰を跳ねさせたローズを押さえ込んで、キールスは覆いかぶさった。

「まだ触っただけだよ。ここ気持ちいい?」
「ん、……あっ」

 優しく丁寧な、もどかしいほどの愛撫。また、いやらしい声が漏れてしまう。ローズは手の甲を押しつけて耐えた。

「すごく濡れてる……興奮するな……ローズがこんなになるなんて」
「ど、どんな……?」
「すごくセクシーだ。普段はあんなに、かわいいのにね」

 可愛くもないし、大人の色気だってない。醜い身体は明るい中で見せられたものじゃない。
 でも、彼は痩せた腕に口づけ、指の一つ一つを舌で慰めてくれる。自分の生を許されたような気持ちになる。彼に拾われた日と同じに。
 彼がくれるどんな言葉も信じたくなる……うれしくて。

「だ、抱きたく、なる……?」

 甘えてみたくなる。求めてもいいのだろうか。彼も同じものを、ローズに感じているのだろうか。

「なるさ。もうずっと」

 ずんと腿にぶつかる、かたいもの。それが彼の昂ぶりだとわかって、胸が震えた。

「す、するの? 本当に」
「抱くよ」

 まさか彼に初めての手ほどきをしてもらえるとは思ってなかった。喜んでいる自分がいる。困惑よりずっとずっと、思考は悦びに侵されている。

 男が衣服を一枚、一枚と脱いでいくのを、じっと見ていた。キールスはどこもかしこも綺麗で、自分とは全然違う人間であるように思える。
 失望されたらどうしよう。それだけがずっと怖い。
 この行為が、ふたりの終わりになってしまったら──

 屈んだキールスは、ローズの不安を取り除くかのように、額に、鼻先に、頬に、唇に、優しいキスを繰り返した。

「……キスって、気持ちいいのね……」
「いくらでもしてあげるのに」

 彼の頬に鼻先をこすりつける。知らない香水のにおいはもう気にならない。服にまとわりついていたものは、消えてしまった。
(──今夜の相手は私だけだと思って、良いんだよね……?)
 面と向かってたしかめるのは、まだ怖いけど。

「なにか匂う?」
「……ううん、キールスの匂いがする」
「君のと似てると思うよ。いつも同じものを食べて、同じ寝床で寝てるんだから」

 ローズの動かない右手を頬に当てて、キールスはようやく微笑みをみせた。
 胸がきゅっと苦しくなる。ローズだけを見て笑うキールスを、久しぶりに見た気がする。

(ううん、違う……私が、見てなかっただけね……)

 彼はいつも微笑んでくれていたじゃないか。
 その笑顔を信じられなかったのは、ローズ自身のせいだ。

「あ……」

 大きな手が胸を掴んで、かたちをたしかめるようにゆっくりと持ち上げる。

「かわいいよね、ローズのおっぱい。つんと上向いてて、生意気で」
「あんっ……や、ひどいっ」
「いじめたくなる、こうやって」
「あ、……それっ、なんか……っ」

 あたたかい掌が、つんと立った胸の頂をこすりあげる。くりかえし、くりかえし撫でられる。下から上へ、強く、たまにくるくると優しく。
 じんじんと熱いしびれが快感なのだとわかったころには、すっかり息が上がってしまっていた。

「はぁっ、あぁ……や、まって! まって、キールス……!」

 胸を弄りながら別の手で膝を押し広げた彼は、視線だけでローズに応える。熱っぽく潤んだ、夜色の瞳。いつも涼し気に微笑んでいる彼が、余裕なく笑みを消して見下ろしてくる。

「ここまでしといて、もう待てないよ」
「でも、……でも……!」
「ローズの初めて、僕に頂戴」
「っ、ぁ、ああっ」

 身体の芯を貫く、熱い楔のようだった。
 つんとした痛みは一瞬で、あとは自分のなかのぬかるみが彼をやわらかく受け止める。内臓の、奥の奥まで侵入してくる彼の熱を。

「なか、あっつ……」

 無理やり押し入ったキールスは、動きを止めると深く息を吐いた。

「ごめんね、痛かった?」

 ローズは小さく首を振った。
 痛みに腰が引けたわけじゃない。男の人の体重や圧迫感、人肌の熱。肌をかすめる吐息の湿っぽさ。
 昔、カーテンの隙間から覗き見たものと全然違って。行為の生々しさに──キールスの必死さに、驚いただけ。

「キミのこととなると……我慢できなくて。もしかしてこれをほかの男に取られたかと思うと……頭がおかしくなりそうだ」
「そ、それって」
「醜い嫉妬だよ」

 ローズは口をつぐんだ。この美しい人が、嫉妬?

「キミを自由にしてやりたいと思う一方で、片時も離したくないと思う。世界のすみずみまで見せてあげたいのに、どこへ行っても僕の隣に縛りつけたい……。キミも知っての通り、ひどい男さ」

 入れられたときは違和感ばかりだった熱が、だんだんと身体になじんでくる気がした。

「ん、良くなってきた……動くよ」
「あっ、……ぁっ」

 ずるずるっと、なかを滑る彼の雄。
 大きさや長さを知らしめるように、ローズのなかを大きく出入りする。

 彼がうまいのか、自分の身体がおかしいのかわからないけど、初めてと思えないくらいふたりは相性が良かった。
 どうしてほしいと言わなくてもわかる。すっかり夢中だった。

「あうっ」

 大きくて、かたくて、長くて、すごい。何度も何度も強く突かれる。

「ひぁっ、や、奥ぅ……!」

 ぎしぎしと鳴るベッドに合わせて、腰が跳ねる。
 不自由な脚を曲げさせ、立てた膝にキールスがキスをしている。
 動きにくい脚でも、触られる感じはわかる。腿の裏を撫でられるとくすぐったくて、お尻に力が入る。そうするとキールスは眉を寄せて、小さく呻くのだ。

「あ、……だ、だいじょうぶ……?」

 動きを止めた彼が気になって尋ねると、キールスは小さく笑った。

「よくて、出るかと思った」
「でっ……?」
「ローズ、上手だね……どこ突いても気持ちイイよ。クセになるな、これは」

 のしかかるキールスに抱きすくめられる。苦しいのにうれしい。今、この人の腕の中にいる自分が、大切な存在に思える。
 けど、難しいことはすぐに考えられなくなってしまうのだ。

「あっ……あっ、うっ……は、キールスっ……ま、まって、すごい……っ、ぁあん」

 今までになく激しく動かれて、ぎゅっとキールスの背中にしがみつく。動かないはずの右腕までもが、かすかな力で彼にしがみついていることに、ローズは気づかなかった。

「ごめん、このまま一回出させて……気持ちいい」

 いいよ、イイの。無我夢中でそう答えた気がする。


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