上 下
10 / 13

気持ちを口にすることなく 2

しおりを挟む

 満月色の髪が瞳を隠す。俯いたままのキールスは冷めた声を投げつけてくる。

「肩なんて抱かれて。どうしてあんな男といた」
「それは……、私も、お祭りを、楽しもうと」
「知らない男と二人で?」
「き、騎士だって言うから……その、声をかけられて」
「初対面だろ? 距離感おかしいとか思わなかったの? そもそも夜に一人で外出なんて、僕は許してない」
「はぁ?」

 ぎゅっと手を握って詰問に耐えていたローズは、我慢できなくなって言い返した。

「なに、それ。お説教のつもり? あんた、私の父親にでもなったつもりなの?」
「なっ、父親て」

 キールスは額を押さえてふらついた。

「さ、さすがに父親はっ……そりゃ、僕と君は十も離れているけど……けど僕らは立派な大人同士じゃないか!」
「そうよ、大人なんだから、私の好きにしたっていいはず」
「いや、でも、こういうことはちゃんと分別をもって」
「あなたに言われたくない! だいたい、キールスこそなんなの、毎晩毎晩の女遊び。ちょっとは私に気をつかったらどうなの。やめて、近づかないで! その香水の匂い、だいっきらい!」
「香水……? いや違う、ローズ、これは店で」
「触らないでよっ」

 ローズは片腕をぶんぶんと振り回して、近づいてくる男をけんめいに退けようとした。これではたしかに反抗期の娘だ。
 キールスは途方に暮れた顔で「ローズ」と呼びかけた。

「うるさいな! 別にキールスがどこの誰と寝ようと私には関係ない、文句はないの! だからあんたも、あたしに指図しないで! そういう話だわ!」

 言ってやった。
 はぁはぁと肩で息をするローズと、ぎゅっと口をつぐんだキールス。
 部屋はしんと静まり返っている。さっきまでにぎやかだった祭りの音も、もう耳に入らなかった。

「……そう。けど、僕は、」

 ゆらり。彼は一歩こちらに踏み出した。

「君がどこぞの馬の骨と寝たら、相手を殺すだろうけどね」
「ハァ!? 意味わかんな、んんっ!?」

 キールスの指に顎をとらえられた、と思ったときには、もう唇は押し当てられていた。

「んっ!? んんっ」

 胸を押しても、びくともしない。それどころかキールスはますます離すまいというふうに、強くローズを抱擁してくる。

「は、っ……ちょっと……! んんっ」

 味わうように何度も唇を食まれる。片腕で必死にしがみつく。それ以上に強い力で抱きこまれて、ローズは息苦しさに喘いだ。

「はぁっ……きーる、んっ……」

 キールスと、キスしている。
 想像していたより荒っぽいキス。それがだんだん、ねだるように唇を割ろうとしてくる。ちゅくちゅくと舌で唇を舐める音が卑猥だ。

「ローズ」

 なんて声を出すの。
 でも、ぜったいに口を開いてなんかやるもんか。ローズは意地になって顔をそむけた。
 諦めた彼が、ようやく抱擁をゆるめる。

 ──どうしてこんなことに。
 魔法でどうこうした気配はない。キールスは自分の意志でキスをしたということ。そして自分も。

「……あの男とも、こういうことをするつもりだったの?」
「ちがう」
「でもすごく、物欲しそうに反応してるじゃないか」
「は、反応って……! んっ」

 また、ぺろりと唇を舐められる。頑なに唇を引き結ぶローズに焦れて、キールスはローズの胸に手を添えた。

「あっ!?」
「ほら、反応してる」
「そ、それは……だって……!」

 男のてのひらが、胸の曲線をたしかめるように何度も上下に往復する。撫でられたところがじんじんと熱い。キスの雨も止まらない。

「やめて……ねえ……」

 息継ぎの合間のささやきすら、彼の口の中に溶けてしまう。

「キールス、謝るから……もう、これ以上は……」
「やめない」

 きっぱりと言われてしまって途方に暮れる。
 彼はより一層執拗に胸を、尻を、わき腹を撫でてくる。首を絞めるように片手が添えられる。ぞわりと粟立つ肌。けれど与えられるキスはうっとりするほど優しくて甘い。

(なんなの、仕置きなの? これが……)

 キスのせいで、全身がどんどん敏感になっていく気がする。ちらりとその顔色をうかがって、ローズは後悔した。
 眉を寄せてローズを見下ろす彼の表情が、あんまりにも色っぽくて。
 今まで想像でしかなかったものが、目の前にある。

「は……」

 耳に吹き込まれる、キールスの悩まし気な吐息。
 こんなに甘い雰囲気は初めてで、どうしたらいいかわからない。

「……私、キス、初めてだったのに……」
「僕だって君とするのは初めてだ」

 キールスの指が、頬を撫でて耳をつまむ。後頭部を支えて、またキスが繰り返される。長い長い口づけ。

「……ん……もう……だめ、やめて……こんなの、変だよ」
「変なものか」

 抱きしめられたままずるずると引きずられる。かと思ったら、押し倒されて、ローズはどさりとベッドに倒れこんだ。

「ちょ、ちょっと、なんでこうなるの……!」

 慌てて脚を閉じるローズを見下ろしながら、キールスは外套を脱ぎ捨て、首元のボタンをはずして緩めた。

「こういうことをしようとしてたんだろ? あの男と」

 口ごもったローズの腕を抑えつけて、キールスは悲しそうに眉を下げる。

「ローズは欲求不満なの?」
「はぁっ? それ、こっちのセリフだし……! 娼館育ちナメてるの? 私だってそういうの知ってるし、別に悪いこととは思わないわよっ」
「でも処女だろう?」
「なっ、……! そ、そうだけどっ。でもその、見たことはあるしっ」
「だから誰とでも寝るって? 会ったばっかりの男でも?」

 ローズは唇を噛んだ。どの口が言うのだ。自分が今まで、どれほど耐えてきたと思って。

「い、痛いっ、キールス、やめて……!」

 腕を抑えつけられ、柔らかい二の腕を歯で噛まれる。くっきりと歯形がついたそこを、キールスは満足げに見下ろした。

「どうしてやろうかな」

 容赦のない瞳にローズは震えた。

 たぶんローズ自身は、酷くいじめられるのが好きだ。
 けど、痛いのはいや。思い出してしまうから。昔、娼館の女主人たちにされた非道な仕置きを。
 動かない腕を何度も鞭でたたかれ、顔以外はあざだらけになって、痛みのせいか熱のせいかわからない苦しさで震え続けたあの夜を──。

「……おねがい……あ、謝るから……痛いのは、やめて……」

 じわりとにじむ涙を隠しもせず、ローズは囁いた。

「怖い」
「……泣かないで。どうしてほしいの」

 言いながら、キールスの指が服越しに身体の線をたしかめて動く。

(甘く抱いてよ。ほかの女の人なんかいらないくらい、たくさん)

 ローズは言葉を飲み込んだ。
 キールスの手が、キスが、その先を言わせてくれなかったからだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令息(仮)の弟、破滅回避のためどうにか頑張っています

岩永みやび
BL
この世界は、前世で読んでいたBL小説の世界である。 突然前世を思い出したアル(5歳)。自分が作中で破滅する悪役令息リオラの弟であることに気が付いた。このままだとお兄様に巻き込まれて自分も破滅するかもしれない……! だがどうやらこの世界、小説とはちょっと展開が違うようで? 兄に巻き込まれて破滅しないようどうにか頑張る5歳児のお話です。ほのぼのストーリー。 ※不定期更新。

【完結】酷くて淫ら

SAI
BL
早瀬龍一 26歳。 【酷く抱いてくれる人、募集】 掲示板にそう書き込んでは痛みを得ることでバランスを保っていた。それが自分に対する罰だと信じて。 「一郎って俺に肩を貸すために生まれてきたの?すげーぴったり。楽ちん」 「早瀬さんがそう思うならそうかもしれないですね」 BARで偶然知り合った一郎。彼に懐かれ、失った色が日々に蘇る。 ※「君が僕に触れる理由」に登場する早瀬の物語です。君が僕に触れる理由の二人も登場しますので、そちらからお読み頂けるとストーリーがよりスムーズになると思います。 ※ 性描写が入る部分には☆マークをつけてあります。  全28話 順次投稿していきます。 10/15 最終話に早瀬と一郎のビジュアル載せました。

【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり
恋愛
レティシアナは姫だ。 父王に一番愛される姫。 ゆえに妬まれることが多く、それを憂いた父王により早くに婚約を結ぶことになった。 優しく、頼れる婚約者はレティシアナの英雄だ。 しかし、彼は居なくなった。 聖女と呼ばれる少女と一緒に、行方を眩ませたのだ。 そして、二年後。 レティシアナは、大国の王の妻となっていた。 ※主人公は、戦えるような存在ではありません。戦えて、強い主人公が好きな方には合わない可能性があります。 小説家になろうにも投稿しています。 エールありがとうございます!

狡猾な狼は微笑みに牙を隠す

wannai
BL
 VRエロゲで一度会って暴言吐いてきたクソ野郎が新卒就職先の上司だった話

ダブル・ブラインド

結月みゆ
BL
刑事でΩの雅楽川 千歳(うたがわ ちとせ)は、自分の父親を殺した怪盗BLACKCROWという名の一族を追っている最中に予期せぬ強いヒートによって意識を失う。 その後、雅楽川が意識を取り戻した時に目の前にいたのは黒城 柊羽(くろき しゅう)と名乗る‪‪α‬の男で……。 ……殺したいほど憎いと思っていた男が魂の番(つがい)だったとしたら─── 抗えない運命に翻弄される現代版ロミオ&ジュリエット……獣人・怪盗×人間・刑事のダブル禁断オメガバースラブストーリー *本作は独自の世界観とフィクションで描かれています。

Ωの恋煩い、αを殺す

wannai
BL
生徒会副会長α × 生徒会長Ω  才色兼備の性格キツめΩと、彼と番いたくて狂っちゃうαの話

【完結】日乃本 義(ひのもと ただし)に手を出すな ―第二皇子の婚約者選定会―

ういの
BL
日乃本帝国。日本によく似たこの国には爵位制度があり、同性婚が認められている。 ある日、片田舎の男爵華族・柊(ひいらぎ)家は、一通の手紙が原因で揉めに揉めていた。 それは、間もなく成人を迎える第二皇子・日乃本 義(ひのもと ただし)の、婚約者選定に係る招待状だった。 参加資格は十五歳から十九歳までの健康な子女、一名。 日乃本家で最も才貌両全と名高い第二皇子からのプラチナチケットを前に、十七歳の長女・木綿子(ゆうこ)は哀しみに暮れていた。木綿子には、幼い頃から恋い慕う、平民の想い人が居た。 「子女の『子』は、息子って意味だろ。ならば、俺が行っても問題ないよな?」 常識的に考えて、木綿子に宛てられたその招待状を片手に声を挙げたのは、彼女の心情を慮った十九歳の次男・柾彦(まさひこ)だった。 現代日本風ローファンタジーです。 ※9/17 本編完結致しました。三万字程度です。 ※9/22 番外編も一旦完結致しました。また不定期で更新致します。 ※ 小説初心者です。設定ふわふわですが、細かい事は気にせずお読み頂けるとうれしいです。 ※ハート、お気に入り登録ありがとうございます。誤字脱字、感想等ございましたらぜひコメント頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。

袴とスカートの距離は  ~和装男子に恋する男子。ライバル同士の剣道男子~

木下望太郎
BL
【BL×剣道。和装男子に片想い。――ライバルは、誰よりも好きな人。】  剣道部の『彼』を好きだった、同じく剣道部の『僕』、幼なじみの僕は。  でも、好きになるずっと前から。――叩きのめしてやりたかった、彼を。共にやっている剣道で、常に僕の上をゆく彼を。  道着の袴(はかま)を汗にまみれさせ、鍛錬を重ねる僕。  一方、その袴がスカートみたいで。決して履けないスカートみたいで、嬉しい僕。  ――男として剣士として、彼を越えたい僕。  ――女の子の気持ちを持って、彼を恋する僕。    揺れ動く気持ちを抱えたままの僕と。  そんな気も知らない、バカな男子同士だと思っている彼――剣に対してだけは常に真っ直ぐな、美しい斬り手。  どこへ行き着くのだろう――彼への恋は、彼との勝負は。揺れ動く僕は。

処理中です...