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気持ちを口にすることなく 2
しおりを挟む満月色の髪が瞳を隠す。俯いたままのキールスは冷めた声を投げつけてくる。
「肩なんて抱かれて。どうしてあんな男といた」
「それは……、私も、お祭りを、楽しもうと」
「知らない男と二人で?」
「き、騎士だって言うから……その、声をかけられて」
「初対面だろ? 距離感おかしいとか思わなかったの? そもそも夜に一人で外出なんて、僕は許してない」
「はぁ?」
ぎゅっと手を握って詰問に耐えていたローズは、我慢できなくなって言い返した。
「なに、それ。お説教のつもり? あんた、私の父親にでもなったつもりなの?」
「なっ、父親て」
キールスは額を押さえてふらついた。
「さ、さすがに父親はっ……そりゃ、僕と君は十も離れているけど……けど僕らは立派な大人同士じゃないか!」
「そうよ、大人なんだから、私の好きにしたっていいはず」
「いや、でも、こういうことはちゃんと分別をもって」
「あなたに言われたくない! だいたい、キールスこそなんなの、毎晩毎晩の女遊び。ちょっとは私に気をつかったらどうなの。やめて、近づかないで! その香水の匂い、だいっきらい!」
「香水……? いや違う、ローズ、これは店で」
「触らないでよっ」
ローズは片腕をぶんぶんと振り回して、近づいてくる男をけんめいに退けようとした。これではたしかに反抗期の娘だ。
キールスは途方に暮れた顔で「ローズ」と呼びかけた。
「うるさいな! 別にキールスがどこの誰と寝ようと私には関係ない、文句はないの! だからあんたも、あたしに指図しないで! そういう話だわ!」
言ってやった。
はぁはぁと肩で息をするローズと、ぎゅっと口をつぐんだキールス。
部屋はしんと静まり返っている。さっきまでにぎやかだった祭りの音も、もう耳に入らなかった。
「……そう。けど、僕は、」
ゆらり。彼は一歩こちらに踏み出した。
「君がどこぞの馬の骨と寝たら、相手を殺すだろうけどね」
「ハァ!? 意味わかんな、んんっ!?」
キールスの指に顎をとらえられた、と思ったときには、もう唇は押し当てられていた。
「んっ!? んんっ」
胸を押しても、びくともしない。それどころかキールスはますます離すまいというふうに、強くローズを抱擁してくる。
「は、っ……ちょっと……! んんっ」
味わうように何度も唇を食まれる。片腕で必死にしがみつく。それ以上に強い力で抱きこまれて、ローズは息苦しさに喘いだ。
「はぁっ……きーる、んっ……」
キールスと、キスしている。
想像していたより荒っぽいキス。それがだんだん、ねだるように唇を割ろうとしてくる。ちゅくちゅくと舌で唇を舐める音が卑猥だ。
「ローズ」
なんて声を出すの。
でも、ぜったいに口を開いてなんかやるもんか。ローズは意地になって顔をそむけた。
諦めた彼が、ようやく抱擁をゆるめる。
──どうしてこんなことに。
魔法でどうこうした気配はない。キールスは自分の意志でキスをしたということ。そして自分も。
「……あの男とも、こういうことをするつもりだったの?」
「ちがう」
「でもすごく、物欲しそうに反応してるじゃないか」
「は、反応って……! んっ」
また、ぺろりと唇を舐められる。頑なに唇を引き結ぶローズに焦れて、キールスはローズの胸に手を添えた。
「あっ!?」
「ほら、反応してる」
「そ、それは……だって……!」
男のてのひらが、胸の曲線をたしかめるように何度も上下に往復する。撫でられたところがじんじんと熱い。キスの雨も止まらない。
「やめて……ねえ……」
息継ぎの合間のささやきすら、彼の口の中に溶けてしまう。
「キールス、謝るから……もう、これ以上は……」
「やめない」
きっぱりと言われてしまって途方に暮れる。
彼はより一層執拗に胸を、尻を、わき腹を撫でてくる。首を絞めるように片手が添えられる。ぞわりと粟立つ肌。けれど与えられるキスはうっとりするほど優しくて甘い。
(なんなの、仕置きなの? これが……)
キスのせいで、全身がどんどん敏感になっていく気がする。ちらりとその顔色をうかがって、ローズは後悔した。
眉を寄せてローズを見下ろす彼の表情が、あんまりにも色っぽくて。
今まで想像でしかなかったものが、目の前にある。
「は……」
耳に吹き込まれる、キールスの悩まし気な吐息。
こんなに甘い雰囲気は初めてで、どうしたらいいかわからない。
「……私、キス、初めてだったのに……」
「僕だって君とするのは初めてだ」
キールスの指が、頬を撫でて耳をつまむ。後頭部を支えて、またキスが繰り返される。長い長い口づけ。
「……ん……もう……だめ、やめて……こんなの、変だよ」
「変なものか」
抱きしめられたままずるずると引きずられる。かと思ったら、押し倒されて、ローズはどさりとベッドに倒れこんだ。
「ちょ、ちょっと、なんでこうなるの……!」
慌てて脚を閉じるローズを見下ろしながら、キールスは外套を脱ぎ捨て、首元のボタンをはずして緩めた。
「こういうことをしようとしてたんだろ? あの男と」
口ごもったローズの腕を抑えつけて、キールスは悲しそうに眉を下げる。
「ローズは欲求不満なの?」
「はぁっ? それ、こっちのセリフだし……! 娼館育ちナメてるの? 私だってそういうの知ってるし、別に悪いこととは思わないわよっ」
「でも処女だろう?」
「なっ、……! そ、そうだけどっ。でもその、見たことはあるしっ」
「だから誰とでも寝るって? 会ったばっかりの男でも?」
ローズは唇を噛んだ。どの口が言うのだ。自分が今まで、どれほど耐えてきたと思って。
「い、痛いっ、キールス、やめて……!」
腕を抑えつけられ、柔らかい二の腕を歯で噛まれる。くっきりと歯形がついたそこを、キールスは満足げに見下ろした。
「どうしてやろうかな」
容赦のない瞳にローズは震えた。
たぶんローズ自身は、酷くいじめられるのが好きだ。
けど、痛いのはいや。思い出してしまうから。昔、娼館の女主人たちにされた非道な仕置きを。
動かない腕を何度も鞭でたたかれ、顔以外はあざだらけになって、痛みのせいか熱のせいかわからない苦しさで震え続けたあの夜を──。
「……おねがい……あ、謝るから……痛いのは、やめて……」
じわりとにじむ涙を隠しもせず、ローズは囁いた。
「怖い」
「……泣かないで。どうしてほしいの」
言いながら、キールスの指が服越しに身体の線をたしかめて動く。
(甘く抱いてよ。ほかの女の人なんかいらないくらい、たくさん)
ローズは言葉を飲み込んだ。
キールスの手が、キスが、その先を言わせてくれなかったからだ。
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