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呼び方を決めることだったり

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「キールス・グレイ!? あ、あ、あんたが!?」

 それは、魔物の凶暴化により混乱する世界を救った勇者一行のうち、稀代の大魔導士と崇められた人物の名前だ。

「おおっと。名を知ったらからって今さらやめてよ、そんな顔」
「あああたし、今どんな顔を……?」
「マジかよ、って書いてある。僕らが世界を救ったのはぐーぜん。凄いのも僕じゃなくて、友人たち」
「で、でも、大魔道士っていうのは、ホントでしょ?」
「ただの人間だよ。生まれたときからね」

 キールスは言った。
 伝説の魔王討伐も、彼にとってはもはや思い出の一ページに過ぎないのだと。
 王都での重職に疲れた彼は、気ままに世界を旅したいと思っていたのだそうだ。そこにちょうどよくローズが現れた、と。

「王都ってさ、退屈だと思わない? ねぇローズ、聞いてる?」

 キールスは、エルフのような儚い外見に反して、とてもおしゃべりな男だ。
 もくもくと歩き続けることが苦手な魔法使いは、旅の荒野で、森の小道で、草原で、川沿いの街道で、ローズの知らない天上人たちの物語をたくさん語って聞かせてくれた。

「光があれば影ができるっていうか。で、僕はその影のほうのが居心地がいいなぁって気づいちゃったんだよね」

 キールスの育ちの良さは日常生活のありとあらゆる場面でにじみ出ている。
 けれど彼は、自身の華やかさとはまったく真逆の、アンダーグラウンドな場所に興味があるようだった。

 たとえばローズを拾ったあの寂れた通りとか。
 場末の酒場に顔を出したり、スリの横行する裏道を堂々と歩いたりとか。
 自信とチカラがなければできないことを簡単にやる。
 だから最初はみな混乱する。彼が本物の実力者なのか、はたまた顔が良いだけのとびきりの阿呆なのか、と。

 けれど、見る者が見ればわかるものだ。彼はその絶世の美しさよりも、あふれ出す異常な魔力のほうがよっぽど恐ろしい。裏社会の人間は彼に手を出せず、害そうとする連中よりも逃げ出す者のほうが多い。

 そういう理由で、キールスの滞在場所は彼の意志とは無関係に明るさを取り戻してしまう。
 だから彼はまた影を求め、違う街へとふらりと旅に出るのだ。

「……影なんて、いいことはひとつもないのに。臭くて汚いだけでしょ」

「でもさぁ、どんなにきれいに見える場所も、それを維持する人間がいるわけだし。王城のなかにだってクソまみれの便所はあるし、舞踏会だってキツイ香水で鼻がまがりそうになることもある。それと同じじゃない? 影だって光の一部なんだよ」

「ふぅん……?」
「よくわかんない?」
「わかんない。おいしい食べものがあればそこが天国だと思うもの」
「そのおいしい食べ物に、致死量の毒が入ってる場所なんだよねえ、王城ってやつは」

「ふぅん……。キールスは、生半可な毒じゃ死なない気がするけど」

「たしかにね。でも目の前で泡をふいて死ぬ人間を見るのは、ちょっとねぇ。それよりも酒場で女の子が一生懸命働いてる姿を見ながら飲むうっすーいエールのほうが美味しかったりするんだよ」

「……わかんないや、やっぱり」

 ローズは荒れ地を照らす星空を見上げた。

 彼と旅してわかったことがひとつある。
 どこに住めども、空は同じだということだ。

 けれど、こうして誰かと夜をすごすために火をおこし、あたたかいスープを飲んで、一日を振り返りながら眠りにつくというのは、娼館にいたころのローズには考えられない安らぎだった。
 もしかしたらキールスも、そういうものを求めて旅に出たのかもしれないと思った。

「次の街はねえ、戦争が終わったばかりでちょっと荒れてるんだけど、とびきりに美しいご婦人がたくさんいるって話だよ。楽しみだよねえ」

 ──いや、わからない。この男のことは本当にわからない。
 ただ単に、世界中のまだ出会っていない女の子とイチャイチャしたいだけなのかも。

「また、娼館に出入りするの?」
「そりゃあ。探し者を見つけないといけないからね」

 その誰かが、キールスの当面の旅の目的らしかった。
 どこかの街の、顔も覚えていない女が言った言葉を思い出す。

『運命の人を探しているのね?』

(キールスの運命……。恋人、ってことだよね、たぶん?)

 どの街に行ってもモテまくるキールスの運命って、どんな人間だろう。

(ていうか、恋人探しなら私のことは邪魔じゃないの? いつまで私を連れているの?)

 それをローズから尋ねることはできない。
 だってそれじゃまるで、拗ねているみたいに聞こえるじゃないか。

(そんなんじゃない! キールスがなにをしようとかまわない。私は私で勝手にする。……生きるために)

 生きるには金が要る。この男がいれば当面は、金にも安全にも困らない。

 自分が彼とともにいる理由は、ただそれだけのはずだ。



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