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■本編 (ヒロイン視点)
2-2
しおりを挟む「うっ」
キスとかセックスとか、そんな単語を聞くだけで照れてしまう。
鳴瀬は平気そうだ。以前もそうだった。
これは仕事の話なんだから、自分が意識過剰なんだろう。
──久しぶりに会った彼を、男性として意識しているから恥ずかしいのかもしれない。
自分から頼っておいて、なんてめんどくさい女だろう。これだから処女ってやつはと、ため息が出る。
「苦しそうな先生を見てると、こう……なんか違うんだろうなって。デビュー作を描いているときの先生は生き生きしてて、作品にもそれがあらわれていたというか。それと同じで、先生自身が『こういうラブシーンが素敵だ!』って気持ちになれるといいんじゃないですかねえ……それがヒロインにも投影されるかもしれませんよ」
鳴瀬はそこで一度、ぷつぷつと果物にフォークを刺して、口の中に放りこんだ。
「つまり私自身、漫画への没入感が足りない、と……」
「客観的で良いとも思いますが、エチプチらしいかと言われると……。まぁ性格の問題かもしれないっすね。先生、潔癖っぽいところありますし。作業部屋もめっちゃ綺麗なタイプですし。清楚なえっちこそが作風というか」
もぐもぐと咀嚼を終えた鳴瀬は、ふと琴香に視線を合わせた。
「ちなみに先生。聞いたことありませんでしたが、恋人は」
「す、ずっといません……高校のときに、少しだけだから……6年くらい……?」
「そっかぁ」
うーん、と考えて、閃いたというように鳴瀬はにこりとした。
「じゃあ、俳優さんとか。二次元でもいいし。なんなら自分の作品のヒーローでも。先生、ちょっと恋してみませんか?」
「恋……」
「キラキラしたり、あったかい気持ちを思い出しましょう。先生の場合、まずはそこからじゃないですかね。恋して、自然に沸く感情というか? それを読者さんと共有していく、みたいな」
「……共感、かぁ……」
恋愛のワクワク感。胸の甘苦しさ。そういったリアリティのある心の動きが描ければ──
「先生ならきっと描けますよ。僕は信じてます。先生の甘々な恋愛漫画、楽しみだなぁ」
にっこりと笑った鳴瀬の周りが、花のトーンを貼ったみたいにキラキラして見える。漫画ならここでヒロインが恋に落ちる、そんな場面だろう。
(恋。恋なら……たぶん、想像できる……だから、その次だ……)
「……それなら……鳴瀬さんがいい、です」
琴香はフォークをにぎりしめた。
「おっ、お願いします鳴瀬さん、私に、教えてくださいませんかっ」
このチャンスを逃しちゃいけない。
そんな覚悟をパンケーキの甘さが後押ししてくれる。
「な、鳴瀬さんがいいですっ」
「えっ? え、なに、俺?」
「恥を忍んで、おおおお願いします……!! 鳴瀬さんしか頼めませんこんなこと……! 私に、え、え、え……っち、なこと、教えてくださいっ……!」
ぽかんとする彼に、琴香は前のめりにたたみかけた。
「鳴瀬さん、私の漫画好きですよね!? 読みたいですよね!? う、売れたいんです! 生き残りたいんです! 新作、めちゃくちゃ頑張りますから! 教えてくださいませんか……!」
デビューしたときと同じく、味気ない自分の漫画がキラキラの恋愛ものに変わるには、きっと彼の力が必要なのだ。
このパンケーキより甘くて、かわいくて、ラブラブで、激しくて、臨場感のあるセックス。
その経験が、琴香のつまらない漫画を劇的に変えてくれる──かもしれない。
「この通りです! お願いします! 私と、してくださいっ……!」
「お、おお……なるほど、いやなるほど? はぁん、そうくる……?」
鳴瀬の手からすべり落ちたフォークが、ぺしゃっと音を立ててハチミツの海に溺れた。
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