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第6話【未知の変異体】
#2
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「お疲れ~!」
2組目のチームにエールを送り、ステージ裏手の簡素な控え室に戻ったユウジ達。出番を終えて互いにハイタッチした。これがこのチームとしては学生時代最後のパフォーマンスとなった。
舞台袖に目をやると、Infinityの7人がスタンバイしているのが見えた。新入りのフミカを除き、メンバーは無感情な顔付きで前を見つめていた。
ユウジが危惧していたのは、イベント当日になって、アカネまでゾンビのようになってしまったこと。他のメンバーと意思疎通が取れないフミカの不安はさぞ大きなものだろう。 今はメイクで隠れているが、フミカの目の下にくまが出来ていたのをユウジ達も見ている。
「本当に大丈夫?」
ユウジがフミカに駆け寄った。その途端、6人が一斉にユウジに顔を向けたのが何だか不気味だった。 ユウジの心配を他所に、フミカの声色は落ち着いていた。恐ろしいほどに。
「大丈夫です。昨日も夜通し練習しました」
「夜通し? だから、その……」
人差し指で自分の目の下をなぞってみせた。 ユウジが言わんとしていることを理解し、フミカは笑った。
「皆さんにダンスを覚えてもらうのに時間がかかって」
「え? 新しいダンス? それも、1人で教えたって言うの?」
「いえ、定期的に教えてあげないと、ちゃんと動けないんで」
フミカの言い回しが妙に引っかかる。
覚えて“もらう”、教えて“あげないと”。
確かにフミカのスキルにはユウジや他の先輩部員も一目置いている。だが、入ったばかりの部員が、古参のメンバーにダンスを教えるというのは違和感がある。フミカは自ら前に出るタイプではない。入ったばかりの頃も引っ込み思案で、アカネ達のアドバイスを素直に聞いていた覚えがある。先輩達を彼女が率いている姿をイメージ出来ない。
と、ユウジはあることに気づいた。
Infinityのメンバーに起きた異変。それは、フミカが入部した頃から始まった。ダンスに統一感が生まれ、同時に人間性を失っていった。
この新入部員が元凶なのか?
突拍子もない考えが浮かび、ユウジはすぐにそれを否定しようとした。 しかし、目の前で部員達がゾンビのようになっていくこと自体、既に非現実の出来事ではないか。
ゾンビになってしまった部員達にダンスを学習させる。 まるで映画のような話だが、先程のフミカの言葉にも納得がいってしまう。たった1人の少女が部員をゾンビに変え、自分の思い通りに動かしている。そんな想像がユウジの中で広がった。
疑念が深まるユウジに、フミカがひと言。
「私が、何とかします」
そう言ったフミカの瞳が、一瞬だが鈍い赤色に光ったような気がした。
◇◇◇
ある寒い夜。
8歳の誕生日を迎えた私は、寝巻き姿でアパートのベランダに立たされていた。寝巻きの下にはいくつものアザがあった。 いつ頃から始まったのかはよく覚えていない。ただ、物心ついた頃には、両親から殴られていた気がする。
まずは父親が私と母親を殴って、父親がいない時、母親が腹いせに私をぶった。何度聞いても理由がわからなくて、いつしか聞くのをやめた。
今思うと、父も母もどうやって生きるのが“正しい”のかわからず、目の前のものに当たるしか無かったんだと思う。両親はこの世界で生きていくには未熟過ぎた。体が大きくなっただけだ。 周りの大人は見て見ぬふり。みんな報復が怖かったんだと思う。
私は何も感じなくなった。アザがいくつ出来ようが、腹が減ろうが、寒かろうが、涙も出なくなった。
そんな私のもとに、「お父様」がやって来た。
お父様は私にプレゼントをくれた。 どんな風に使えば良いかわからず戸惑っていると、アパートの窓を開けて、中にいた両親の頭を鷲掴みにした。お父様が手を離すと、両親の目が真っ白になって、吊られた人形みたいに棒立ちになっていた。口や鼻から、時折黒い虫みたいなものが顔をのぞかせた。
お父様が「何をさせたい」と聞いてきた。
何も浮かばず悩んでいると、お父様は私に向かってニコッと笑った。手を鳴らすと、両親は靴も履かずに玄関から表に出て、二手に分かれてお隣さんのお家のインターホンを鳴らした。それから悲鳴と激しい物音が聞こえた。何度も何度も。
しばらくすると、血まみれの両親が帰ってきた。
お父様がもう一度、「何をさせたい」と聞いてきた。
「強く思ってごらん」
言われるがまま、両親が「それ」をするようにイメージしてみた。 そうしたら、2人は私と彼の間を通ってベランダに立ち、抱きしめ合ったまま、頭から地面に飛び込んでいった。
「優しいんだね」また私の頭を撫でた。
お父様には全てお見通しだった。 きっと私は愛が欲しかった。だから両親は抱きしめ合ったんだ。 何も感じなくなったんじゃない。何も感じないフリをしていたんだ。
お父様は私に「期待している」と言った。 新しい親が見つかるまで、一緒に暮らしていた。
お家には他にも色んな人がいた。私が一番年下で、お父様が毎日優しく接してくれた。
休日はいつもパーティー。お父様がピアノを弾いて、みんなで歌った。でも、私は座って歌うよりも、体を動かす方が性に合った。そんな私に“家族”が薦めてくれたのがダンスだった。私はすぐにのめり込んだ。
2年前。新しい両親が見つかって、新しいお家でダンスの練習を続けた。大きな音を立てても文句は言われない。両親は好きなようにさせてくれる。
◇◇◇
お父様。きっと何処かで見てくれているお父様。
私、これから舞台に上がるの。ダンスも上達したし、お父様から貰ったものも、うまく使えるようになった。
バラバラだったみんなを、私の力で1つにした。頭が痛むほど苦労した。アカネさんが優しい人で良かった。何もしなくても、わたしのことを助けてくれた。バレそうだったから、アカネさんにも“使っちゃった”けど。
6人、か。
ちょっと不安になってきた。
——大丈夫。弱きになるな、私。
今夜のイベントも必ず上手くいく。
だって私は、お父様の子なんだから。
2組目のチームにエールを送り、ステージ裏手の簡素な控え室に戻ったユウジ達。出番を終えて互いにハイタッチした。これがこのチームとしては学生時代最後のパフォーマンスとなった。
舞台袖に目をやると、Infinityの7人がスタンバイしているのが見えた。新入りのフミカを除き、メンバーは無感情な顔付きで前を見つめていた。
ユウジが危惧していたのは、イベント当日になって、アカネまでゾンビのようになってしまったこと。他のメンバーと意思疎通が取れないフミカの不安はさぞ大きなものだろう。 今はメイクで隠れているが、フミカの目の下にくまが出来ていたのをユウジ達も見ている。
「本当に大丈夫?」
ユウジがフミカに駆け寄った。その途端、6人が一斉にユウジに顔を向けたのが何だか不気味だった。 ユウジの心配を他所に、フミカの声色は落ち着いていた。恐ろしいほどに。
「大丈夫です。昨日も夜通し練習しました」
「夜通し? だから、その……」
人差し指で自分の目の下をなぞってみせた。 ユウジが言わんとしていることを理解し、フミカは笑った。
「皆さんにダンスを覚えてもらうのに時間がかかって」
「え? 新しいダンス? それも、1人で教えたって言うの?」
「いえ、定期的に教えてあげないと、ちゃんと動けないんで」
フミカの言い回しが妙に引っかかる。
覚えて“もらう”、教えて“あげないと”。
確かにフミカのスキルにはユウジや他の先輩部員も一目置いている。だが、入ったばかりの部員が、古参のメンバーにダンスを教えるというのは違和感がある。フミカは自ら前に出るタイプではない。入ったばかりの頃も引っ込み思案で、アカネ達のアドバイスを素直に聞いていた覚えがある。先輩達を彼女が率いている姿をイメージ出来ない。
と、ユウジはあることに気づいた。
Infinityのメンバーに起きた異変。それは、フミカが入部した頃から始まった。ダンスに統一感が生まれ、同時に人間性を失っていった。
この新入部員が元凶なのか?
突拍子もない考えが浮かび、ユウジはすぐにそれを否定しようとした。 しかし、目の前で部員達がゾンビのようになっていくこと自体、既に非現実の出来事ではないか。
ゾンビになってしまった部員達にダンスを学習させる。 まるで映画のような話だが、先程のフミカの言葉にも納得がいってしまう。たった1人の少女が部員をゾンビに変え、自分の思い通りに動かしている。そんな想像がユウジの中で広がった。
疑念が深まるユウジに、フミカがひと言。
「私が、何とかします」
そう言ったフミカの瞳が、一瞬だが鈍い赤色に光ったような気がした。
◇◇◇
ある寒い夜。
8歳の誕生日を迎えた私は、寝巻き姿でアパートのベランダに立たされていた。寝巻きの下にはいくつものアザがあった。 いつ頃から始まったのかはよく覚えていない。ただ、物心ついた頃には、両親から殴られていた気がする。
まずは父親が私と母親を殴って、父親がいない時、母親が腹いせに私をぶった。何度聞いても理由がわからなくて、いつしか聞くのをやめた。
今思うと、父も母もどうやって生きるのが“正しい”のかわからず、目の前のものに当たるしか無かったんだと思う。両親はこの世界で生きていくには未熟過ぎた。体が大きくなっただけだ。 周りの大人は見て見ぬふり。みんな報復が怖かったんだと思う。
私は何も感じなくなった。アザがいくつ出来ようが、腹が減ろうが、寒かろうが、涙も出なくなった。
そんな私のもとに、「お父様」がやって来た。
お父様は私にプレゼントをくれた。 どんな風に使えば良いかわからず戸惑っていると、アパートの窓を開けて、中にいた両親の頭を鷲掴みにした。お父様が手を離すと、両親の目が真っ白になって、吊られた人形みたいに棒立ちになっていた。口や鼻から、時折黒い虫みたいなものが顔をのぞかせた。
お父様が「何をさせたい」と聞いてきた。
何も浮かばず悩んでいると、お父様は私に向かってニコッと笑った。手を鳴らすと、両親は靴も履かずに玄関から表に出て、二手に分かれてお隣さんのお家のインターホンを鳴らした。それから悲鳴と激しい物音が聞こえた。何度も何度も。
しばらくすると、血まみれの両親が帰ってきた。
お父様がもう一度、「何をさせたい」と聞いてきた。
「強く思ってごらん」
言われるがまま、両親が「それ」をするようにイメージしてみた。 そうしたら、2人は私と彼の間を通ってベランダに立ち、抱きしめ合ったまま、頭から地面に飛び込んでいった。
「優しいんだね」また私の頭を撫でた。
お父様には全てお見通しだった。 きっと私は愛が欲しかった。だから両親は抱きしめ合ったんだ。 何も感じなくなったんじゃない。何も感じないフリをしていたんだ。
お父様は私に「期待している」と言った。 新しい親が見つかるまで、一緒に暮らしていた。
お家には他にも色んな人がいた。私が一番年下で、お父様が毎日優しく接してくれた。
休日はいつもパーティー。お父様がピアノを弾いて、みんなで歌った。でも、私は座って歌うよりも、体を動かす方が性に合った。そんな私に“家族”が薦めてくれたのがダンスだった。私はすぐにのめり込んだ。
2年前。新しい両親が見つかって、新しいお家でダンスの練習を続けた。大きな音を立てても文句は言われない。両親は好きなようにさせてくれる。
◇◇◇
お父様。きっと何処かで見てくれているお父様。
私、これから舞台に上がるの。ダンスも上達したし、お父様から貰ったものも、うまく使えるようになった。
バラバラだったみんなを、私の力で1つにした。頭が痛むほど苦労した。アカネさんが優しい人で良かった。何もしなくても、わたしのことを助けてくれた。バレそうだったから、アカネさんにも“使っちゃった”けど。
6人、か。
ちょっと不安になってきた。
——大丈夫。弱きになるな、私。
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