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鵤牙之郷

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第3話【地下研究所にようこそ】

#4

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 洗脳に対抗する力。
 仮にパンデミックのような状態に陥り、各幹部の「色」に染まったトキシムが大量に発生した場合でも、全てのトキシムを統一出来るような力があれば、互いに争わせることも防げる。


 一縷の望みに賭けて、博士達は実験を始めた。

「理想というのは口にするのは簡単だ。だがそれを現実のものにするのは困難を極めた。町を監視してトキシムを捕らえ、群体を抽出して。そんな中、群体に感染して変異した同志もいた」

「その人達はどうなったの?」

「始末した。そして気付けばこの通り。私1人になっていた」



 実験が始まった時に決めたことだった。偽りの理想郷に生きるくらいなら、死んだ方がマシだと。
 だが、本音を言えば博士は否定的だった。この騒動には自分の研究も絡んでいる。自分の夢が人を死へ誘う。これほど絶望的なことはない。



「だからこそ、私は君に期待しているんだ」


 先程メロが止めたトキシム達。研究所で経過観察中だが、今は昏睡状態で、群体も動きを止めているらしい。体の傷も、トキシムの自己再生機能のおかげで塞がっており、命は助かったそうだ。



「まぁ一度は中止したが、君の精神も安定しているようだし何より……」

「え、ちょっと待って。中止してるの? 一度も成功してないのに、俺の体を改造したってこと?」

 少しの間があり、博士が「青年、挑戦しない限り進化することは出来ない」と諭すように言ったが、それをノーラが遮った。



『そうそう。だから正直めっちゃ心配だったの。昔の資料は出してくるし、“融合炉”をそのまま転用するなんて無茶なこと言い出すし』



 融合炉とは、異なる意思をキャッチした群体同士を掛け合わせ、どの幹部の洗脳にも耐えうる個体を生み出すための装置。
 メロの胸部を守る装甲がそれだ。茶色いドーム状で、中央に黒い大きな窪みのある鎧。
融合炉の話を聞いたからか、その形状は壺の上部にも見える。



 一度頓挫した計画をもとに改造され、実験のためにこしらえた装置を自身の体に取り付けられたわけだ。メロの心を不安が浸食する。



『ま、アタシが頑張って調整したから、心配しなくて大丈夫だけどね』

「あ、そうなんですね! じゃあ大丈夫だ! ありがとうございます!」


 単純なもので、メロの不安は一気に吹き飛んだ。ノーラに対する信頼はかなり厚いらしい。初対面の、それも姿の無い存在に。



「おい、礼を言う相手が違うだろ! ノーラはあくまで手伝いをしただけで、君を蘇生し、超獣システムを適応させたのはこの私だ」

『い~や! アタシのほうが貢献してましたよ~だ!』

「はぁ? 何言ってんだお前!」

『博士が中途半端に考えたシステムを実用化出来るように改良、調整したのはアタシですよね? アタシみたいな“意識高い系AI”がいなかったら、絶っ対失敗してたもん!』

「くだらねぇこと言ってんじゃねぇ! コイツも一度は暴走しただろ! 俺の首根っこ掴んで——」
「ん? 暴走?」


 2人の口喧嘩をメロが止める。
「俺、暴走してたの!?」


 思えばモニタールームに来てからまだ目覚めた直後のメロの話を一度もしていなかった。博士の首を締め上げた記憶も、他のトキシムと同じように咆哮し戦っていた記憶もメロには無い。



 博士がキーボードを操作し、監視カメラの映像を呼び出した。

 覚醒直後の姿、そして地上に飛び出して超獣に変異、トキシムらをねじ伏せるメロの姿がそこに映し出されている。
「これが、俺?」
「ああ、そうだ。すぐには受け入れられないだろうがな」
 全くだ。メロは画面を見たまま、空いた口が塞がらない。

「まぁ今はもう大丈夫そうだが……詰めが甘かったんじゃないですかねぇ、意識高い系AIさんよぉ!」

『う、うるさいっ! そもそも前例の無いシステムなんだから何が起きるかわからないじゃん!』

「それを予測するために作られたのがお前なんだよ。変な方向に育ちやがって」

 と、ここでメロがあることに気付く。
 映像は、暴走するメロが1体のトキシムに向かって行く姿を映している。メロは突如動きを止め、空に向かって吠えている。自我を取り戻す直前の場面だ。

 メロが注目したのはそこではない。彼がトドメを刺そうとしていたトキシムの方だ。



「このばあちゃん!」

『え? このトキシムがどうし……ハッ』


 元の人格を取り戻し、ノーラの指示のもと2体のトキシムを無力化したメロ。倒したのはいずれも男性。老婆のトキシムは無力化していない。同じ場所に留まっていたのなら、戦闘を終えたメロに襲いかかっていたはず。

 老婆は何処に消えた?

 ノーラが映像記録を操作して老婆の姿を捉える。
メロがトキシム達の攻撃をかわし、腕輪を操作している瞬間、老婆が肉体を修復し、素早い身のこなしで壁をよじ登っていくのが映し出されていた。
こんな重大なことに、何故誰も気付いていなかったのだろう。

 3人とも黙ってしまった。

メロは目の前の2体を相手するのが精一杯で、博士は超獣システムが安定したことに興奮、ノーラは腕輪の使い方を伝えるのに注力していた。だが、ノーラは施設の管理AI。老婆のトキシムも認識出来たはず。博士の口撃が再び始まった。



「おいおいおい! 何で気づかなかったんだよ! お前高性能なんだろ!? こいつに戦い方教える間にあの婆さん止められただろ!」

『2週間フル稼働させたのはどこのどいつだよ! 今もセーブモードなんだよぉ!』

「人命がかかってたんだ、フル稼働させて当然だろ!」

『都合良くメロ君を巻き込むな! そもそも怪我人を改造すること自体どうかしてるんだよ!』

「あぁ~うるせぇ! お前のそのデッカい声のせいで、あのトキシムが逃げ出す音もかき消されちまったんだろうな!」

『好き勝手言いやがってこのポンコツ!』

《警告、警告。システムの熱暴走を検知。冷却を行います》

 興奮した時の博士はつくづく口が悪いが、ノーラもなかなかのものだ。自然に開発者に似てしまったのだろうか。



「今はばあちゃんを探すのが先でしょ!」

 何も言い返せなかった。今は喧嘩している場合ではない。
 静かになったモニタールーム。最初に沈黙を破ったのはメロだった。



「博士! 今の俺なら、ばあちゃんを助けられるんだよな?」

「止めることは可能だろうな」

「俺、ばあちゃん探してくる!」

「あっ! 勝手に行くな!」

『待って、トキシムの現在地を——』



 メロは聞く耳を持たず、モニタールームから飛び出した。上半身は裸のままだし、改造の痕跡もむき出しのまま。それでも今の彼は老婆のこと以外考えられなかった。

 部屋の外で大きな物音が聞こえる。暴走時に空けた穴から出て行ったのだろう。改造されたメロの身体能力はかなり向上している。空気の流れもしっかり感知し、外に繋がるルートを導き出せる。
 記憶力も向上していれば、階段から外に出ることも可能だっただろうに。博士は頭をポリポリ掻いた。



 冷却の傍ら、システムダウンしないギリギリの力で必死に町の映像を確認するノーラ。急いでメロに知らせなければ。闇雲に彼を走らせたら、町中に“怪物”として知れ渡ってしまう。


 息を整えつつ、博士はメロが出て行ったドアを見つめている。
 彼の正義感はどこから来るのだろう。そんなことを考えていた。
 トキシム同士の争いに割って入り、彼等を止めようとした勇敢さ。今だって、見ず知らずの老婆を助けようと必死になっている。その正義感に希望を見出し、彼に改造を施した。

 トキシムを倒すのではなく救う。当時の自分に出来なかったことを、彼なら成し遂げられるかもしれない。だが同時に、博士はその正義感を危惧してもいた。



『トキシムを発見! メロ君に伝えるね』

「俺も行く」

 興奮が冷めないのか、一人称は「俺」のままだ。
小さいモニターで場所を確認して部屋を出る。

 ノーラの言う通り、超獣システムは前例の無い未知の技術。再びメロが暴走する危険性は捨て切れない。
 最悪の場合は、自分が彼を——。

 仮面の下で、桐野博士の目つきが険しくなった。
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