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第2章 異世界(トゥートゥート)
12. これ俺の女・・・友達
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「キャロラインね、ブラッド様の事が好きなの。」
騒がしいホールを通り抜け、人気のない広い通路を2人で歩いていると彼女が教えてくれた。
「だから、隣にいるあなたが妬ましくてしょうがないのよ。」
そういえば、ブラッドの名前を出してたな。
侯爵じゃなくて、ブラッドを話のかけ合いにしていたのはそういう事か。
「そのうえ、あの選民意識でしょ?ほんとタチ悪くて。」
確かにあそこまで、何の疑いもなく言いきってしまえるのは逆に凄いと思う。
彼女はそうやって今まで生きて来たんだろう。
なるべく関わりたくねぇな。
「それならブラッドに話しかければ良いのに。わざわざ私のところまで来て、嫌な思いする必要ないと思うけれど。」
「も~ニブチン、分かってないのね。それが出来たら、みんなあんなにジリジリしてないわよ。キャロラインはあなたに当てつけに来たのっ。」
ん?
ジリジリ?
何だそれ。
「む~。そんなキョトンとした顔しちゃって、可愛いわねっ!」
何の話をしてんだ?
「私、今日あなたとブラッド様が一緒に居るところ一部始終見てたけど・・・」
「え?」
なんで?
「この際だから言っちゃうけどっ、普段のブラッド様はあんな甘~い表情なんてしないんだからねっ!」
甘い表情?
そんな顔してたか?
いつもと同じだったが。
「もうっ!全然気づいて無いんだから!!ブラッド様、あなたといる時と、それ以外じゃ全然態度が違うのよ!?あ~、ここまで鈍感だとは・・・これじゃ嫉妬する娘がますます増えてしまうわ・・・。」
彼女が遠い目をして言う。
どういう事だ?
「いい!?普段のブラット様は冷酷無慈悲、無く子も黙る冷血の美丈夫なのよ!?」
冷血の美丈夫。
なんかそれはしっくりくるな。
見た目だけなら、ちょっと近寄り難い雰囲気あるもんな。
でも中身は全く違うぞ?
「娘たちはそんな彼に、少しでも良いから自分を見てくれないかって、いつも熱い視線を送っているの。でも、一瞬でも目が合ったら最後。氷漬けにされるんじゃないかってくらい、冷たい目で一蹴されてしまうのよ!それはもう立ち直れないってくらい!・・・まぁ、それで喜んでいる人も結構いるんだけどね・・・。」
は?
なんで!?
みんなマゾなのか?!
そいつのどこが良いんだよ??
俺だったら絶対そんな奴の側になんか寄らねぇぞ!?
「ギョッとしちゃってっ、可愛いわね・・・。とにかく!あなたは特別なの!!多分、今日初めてブラッド様が笑っているところ見たって人がほとんどだと思うの。私もビビったし・・・天変地異の前触れかと思ったわ。」
そうなのか??
・・・知らなかった。
俺はブラッドのこと、シャイで甘えん坊のプレイボーイぐらいに思っていたんだが、そんなに世間の認識と違っていたのか・・・。
う~ん、でもまだ若干信じられないなぁ。
あのブラッドが?
まぁ、元々は俺の弟だったわけだし、少しくらい色眼鏡で見ても仕方ないよなっ!
しかし彼女、何故そんなにブラッドの動向に詳しんだ?
「あの・・・もしかして、あなたもブラッドに好意を寄せてたりするの?なんだか彼のこと、よく観察している様だけど・・・。」
「私が?まさか!ブラッド様を見ているのは目の保養のためよ。私はそんな無謀な事しないわ。」
おぉ、このお嬢さん言ってのけましたよ。
目の保養だと。
むしろ潔良いな。
「それに私、両想いの婚約者がいるの。愚かな願望を抱くつもりは殊更無いわ。まぁ、妄想ぐらいは、するかもだけど。」
妄想はするんだ。
いや、取り立てて何か言うつもりはない。
そこは自由です。
「あ、ここよ休憩室。」
彼女が装飾の施された重厚な扉を指差す。
さすが王宮。
扉だけで教会の書斎がスッポリ収まりそうな大きさだ。
俺は自分の身長の何倍もある高い扉に手を掛ける。
重そうな扉だな。
女性が開けるのは大変だろうな。
あぁ、だから男が開ける文化がこの国にはあるのか!
なるほどなるほどとそう考えていたら、いきなり内側から扉が引かれ、中から勢いよく人が出て来た。
うぉっと目を見張ったのも束の間、つんのめった状態の俺とその人は、ぶつかり稽古のごとく体を打ち付け合い、弾け飛んで倒れてしまう。
もう、ほぼ衝突事故だ。
だが俺は咄嗟に取った受け身が功を成し、大した衝撃を受けずに済んでいた。
前世で習っていた、武道が役に立ったな。
いやぁ、やっといて良かった。
「うぅ・・・・。」
目の前で倒れる女性を見て、俺は慌てて彼女に駆け寄る。
「大丈夫ですか?どこか痛みますか?」
俺たちよりも少し年上のように見える、大人びた女性。
濃いブラウンの髪を後ろで団子にまとめ、鮮やかな赤いドレスが美しい。
俺が声をかけると、彼女はゆっくりとこちらを見た。
「いいえ・・・ごめんなさい。私急いでいたもので、あなたこそ・・・。」
顔を上げた女性は、俺の顔を確認すると、その綺麗なアクアマリンをやどした瞳を見開く。
彼女の肩に触れ屈み込んで様子を伺っていた俺は、気付くと何故か、またもや突き飛ばさていた。
「触らないで!!!」
うぉー!
危ねぇ~。油断してた~。
何とかギリギリ受け身を取れたぜ。
う~ん、これはかなり勘が鈍ってるなぁ~。
もっと稽古をしないとなぁ。
でもこの国に武道なんて無いし、自分で何とか練習するしか無いよなぁ。
「アリシア様!なんてことを!!」
ここまで連れてきてくれた少女が、俺を突き飛ばした女性を叱責した。
「あっ・・・、私・・・・っ!」
自分の起こした行動に狼狽した様子の彼女は、苦悶の表情を浮かべると、そのまま踵を返して走り去ってしまった。
「大丈夫!?怪我してない??」
跪いて俺を心配する少女に、俺は笑顔で答える。
「大丈夫、ありがとう。私、見かけよりもずっと丈夫だから。」
「もうっ、そんな顔して言われたら、なんだか何が何でも守ってあげなきゃって気持ちになるわ。」
なんでだ??
取り敢えず俺は無事を証明するため、立ち上がって何でもない事を見せた。
「良かった。大丈夫なのね。本当に今日は災難ね。赤毛って私が思っていた以上に大変なんだわ。まったく、一体あなたが何をしたっていうのよ!?」
彼女が俺のために憤っている。
心根の優しい子だ。
「それ以上に良いことがあったわ。私、あなたと出会えたんだもの。」
俺は微笑んでいた。
「もう・・・、そんなこと言ったら惚れちゃうじゃない。」
彼女が、頬を染めて照れている。
可愛いなぁ。
「それにしても、いきなり突き飛ばすなんてビックリしたわ。あの方、マヌーバー男爵の娘でアリシア様って言うの。」
休憩室に入り、どこか怪訝そうな顔をした彼女が話す。
マヌーバー男爵。
あぁ、聞いたことあるな。
「確か、王様の右腕と言われている側近の方よね。」
「ええ、そうなの。とても優秀らしくて、貴族の中でも力のある方よ。その為に、アリシア様も貴族令嬢の間で一目置かれていて、さっきのキャロライン嬢と並んで私たちの中で二大勢力となっているの。正直2人はあまり仲がよく無いから、2つの派閥の間には大きな隔たりがあるのだけど・・・。」
と言うことは、俺はその二大勢力のトップ2人から嫌われていると言うことになるのか・・・。
幸先わるいなぁ。
「はぁ~、でも正直がっかりだわ。私アリシア様は、もっと聡明な方だと思っていたのに。あなたに対してあんな態度をとるなんて・・・。」
「でも彼女少し様子がおかしかったようだけど・・・。」
俺を軽蔑しているって言うより、なんだかどこか怯えているようだった。
「そうね・・・。アリシア様、最近婚約されたのよね。もともと結婚に乗り気じゃなかったのを、相手側と男爵が話を進めて、9割方、政略結婚を目的に決まった婚約なの。アリシア様も、もう20歳で貴族の娘としては行き遅れているから、覚悟を決めざる終えなかったんだと思うのだけど、なんだか元気が無くて。みんなの前では気丈に振る舞っていても、時々思いつめた様に考え込んでいる事があるの。私、それがすごく心配で・・・、でもさっきのアリシア様を見たら、もうどうでもよくなったわ!」
20歳で行き遅れかぁ~。
日本じゃ成人したばっかじゃねぇか。
これで引いている俺は、相当前世の価値観に引きずられているな。
「あっ、いけない!もうこんな時間!!」
壁沿いに置かれた立派な振り子時計を見た少女が、突然慌てだした。
「ごめんなさい!私、この後、婚約者と待ち合わせしているの。」
例の両想いの婚約者か。
お熱い事で、羨ましい限りだ。
「ホントはあなたを1人にしておきたくないのだけど・・・。」
「私は平気よ。ここでしばらく休憩して、頃合いを見てホールに戻るわ。」
「そう、何かあったらそこの呼び鈴を鳴らせば給仕の人が来てくれるから。この部屋にある物は自由に使っていいわよ。そこのドレッサーも。あとは・・・タオルも必要よね。ここには無さそうだから、直ぐに持ってくる様に伝えておくわ。」
「ありがとう。あなたがいてくれて助かったわ。」
面倒見の良いお嬢さんだなぁ。
こんな婚約者がいて彼は幸せだろう。
「あっ、そうだった!まだ自己紹介してなかったわね。私はレベッカ。父はソデスネ伯爵っていうの。」
扉へ向かう途中、声を上げたレベッカが名前を教えてくれる。
「私は・・・」
「スノウね!知ってる。あなた有名だもの!」
イタズラに笑うレベッカ。
あぁ、可愛いなぁ。
「ねぇ、私たちお友達になりましょう!私、あなたの事が大好きみたい。これきりなんて嫌よ。」
彼女の素直な好意に、なんだか俺は恥ずかしくなってしまう。
「えぇ、私もあなたとお友達になりたいって思ってたの。」
照れながらも正直な気持ちを伝えた。
「ふふふ・・・、スノウ、そんな顔、男の人に見せてはダメよ。狼にパクリと食べられてしまうわ。」
そんな顔とは、一体どんな顔なのだろう?
ドレッサーの鏡に映る自分の顔を見てみるが、いつもと変わらない、これといった特徴の無い面白みのない顔だ。
よく分からず、首を傾げてしまう。
「もう!分からずやさんね。その顔よ、その顔!でもそういう鈍いところも好き。じゃあね!!今度手紙書くわね!」
扉の隙間から顔を出すと、笑顔で手を振ってレベッカは行ってしまった。
扉が閉まって、部屋に1人になってもしばらくニヨニヨが止まらない。
嬉しい。
ここに来て、初めての女友達が出来た!
教会にいた頃にも、年下の女の子はいたが、女友達と言うよりも妹という感じが強かった。
本を読んだり、着替えさせたりと、世話をする事が多かったからな。
むちゃくちゃ可愛いけど。
女性が寝そべる為に置いてある長いカウチに座り、レベッカが貸してくれたハンカチを取り出す。
白いレースのハンカチは、赤ワインの滲みで真っ赤だ。
これ、染み抜きできんのか?
新しいハンカチ買って返した方がいいかな?
でも、ハンカチは何枚もあるみたいだったから、何か別のものでお礼した方がいいか。
女の子って何が好きなんだろう。
あぁクソッ・・、こういう時、前世でもっと女の子と付き合っていれば参考になったのに!
俺のバカ!
・・・ん?
いや、ちょっと待て。
そうだ。
そもそも俺、今女の子だったわ!
ハハハ・・・、忘れてたぞ。
だからと言って、女の子の好きなものが思いつくわけでも無いんだが・・・。
何故だ??
彼女は一体何が好きなんだろうか?
俺だったら食いもんくれたら取り敢えず嬉しいがな。
やっぱり、形に残るものの方がいいのか?
ううん・・・。
「おいおい、そんな隙だらけな顔でぼんやりしてたら、悪い男に連れ去られちまうぞ?」
んん?
この声は・・・。
騒がしいホールを通り抜け、人気のない広い通路を2人で歩いていると彼女が教えてくれた。
「だから、隣にいるあなたが妬ましくてしょうがないのよ。」
そういえば、ブラッドの名前を出してたな。
侯爵じゃなくて、ブラッドを話のかけ合いにしていたのはそういう事か。
「そのうえ、あの選民意識でしょ?ほんとタチ悪くて。」
確かにあそこまで、何の疑いもなく言いきってしまえるのは逆に凄いと思う。
彼女はそうやって今まで生きて来たんだろう。
なるべく関わりたくねぇな。
「それならブラッドに話しかければ良いのに。わざわざ私のところまで来て、嫌な思いする必要ないと思うけれど。」
「も~ニブチン、分かってないのね。それが出来たら、みんなあんなにジリジリしてないわよ。キャロラインはあなたに当てつけに来たのっ。」
ん?
ジリジリ?
何だそれ。
「む~。そんなキョトンとした顔しちゃって、可愛いわねっ!」
何の話をしてんだ?
「私、今日あなたとブラッド様が一緒に居るところ一部始終見てたけど・・・」
「え?」
なんで?
「この際だから言っちゃうけどっ、普段のブラッド様はあんな甘~い表情なんてしないんだからねっ!」
甘い表情?
そんな顔してたか?
いつもと同じだったが。
「もうっ!全然気づいて無いんだから!!ブラッド様、あなたといる時と、それ以外じゃ全然態度が違うのよ!?あ~、ここまで鈍感だとは・・・これじゃ嫉妬する娘がますます増えてしまうわ・・・。」
彼女が遠い目をして言う。
どういう事だ?
「いい!?普段のブラット様は冷酷無慈悲、無く子も黙る冷血の美丈夫なのよ!?」
冷血の美丈夫。
なんかそれはしっくりくるな。
見た目だけなら、ちょっと近寄り難い雰囲気あるもんな。
でも中身は全く違うぞ?
「娘たちはそんな彼に、少しでも良いから自分を見てくれないかって、いつも熱い視線を送っているの。でも、一瞬でも目が合ったら最後。氷漬けにされるんじゃないかってくらい、冷たい目で一蹴されてしまうのよ!それはもう立ち直れないってくらい!・・・まぁ、それで喜んでいる人も結構いるんだけどね・・・。」
は?
なんで!?
みんなマゾなのか?!
そいつのどこが良いんだよ??
俺だったら絶対そんな奴の側になんか寄らねぇぞ!?
「ギョッとしちゃってっ、可愛いわね・・・。とにかく!あなたは特別なの!!多分、今日初めてブラッド様が笑っているところ見たって人がほとんどだと思うの。私もビビったし・・・天変地異の前触れかと思ったわ。」
そうなのか??
・・・知らなかった。
俺はブラッドのこと、シャイで甘えん坊のプレイボーイぐらいに思っていたんだが、そんなに世間の認識と違っていたのか・・・。
う~ん、でもまだ若干信じられないなぁ。
あのブラッドが?
まぁ、元々は俺の弟だったわけだし、少しくらい色眼鏡で見ても仕方ないよなっ!
しかし彼女、何故そんなにブラッドの動向に詳しんだ?
「あの・・・もしかして、あなたもブラッドに好意を寄せてたりするの?なんだか彼のこと、よく観察している様だけど・・・。」
「私が?まさか!ブラッド様を見ているのは目の保養のためよ。私はそんな無謀な事しないわ。」
おぉ、このお嬢さん言ってのけましたよ。
目の保養だと。
むしろ潔良いな。
「それに私、両想いの婚約者がいるの。愚かな願望を抱くつもりは殊更無いわ。まぁ、妄想ぐらいは、するかもだけど。」
妄想はするんだ。
いや、取り立てて何か言うつもりはない。
そこは自由です。
「あ、ここよ休憩室。」
彼女が装飾の施された重厚な扉を指差す。
さすが王宮。
扉だけで教会の書斎がスッポリ収まりそうな大きさだ。
俺は自分の身長の何倍もある高い扉に手を掛ける。
重そうな扉だな。
女性が開けるのは大変だろうな。
あぁ、だから男が開ける文化がこの国にはあるのか!
なるほどなるほどとそう考えていたら、いきなり内側から扉が引かれ、中から勢いよく人が出て来た。
うぉっと目を見張ったのも束の間、つんのめった状態の俺とその人は、ぶつかり稽古のごとく体を打ち付け合い、弾け飛んで倒れてしまう。
もう、ほぼ衝突事故だ。
だが俺は咄嗟に取った受け身が功を成し、大した衝撃を受けずに済んでいた。
前世で習っていた、武道が役に立ったな。
いやぁ、やっといて良かった。
「うぅ・・・・。」
目の前で倒れる女性を見て、俺は慌てて彼女に駆け寄る。
「大丈夫ですか?どこか痛みますか?」
俺たちよりも少し年上のように見える、大人びた女性。
濃いブラウンの髪を後ろで団子にまとめ、鮮やかな赤いドレスが美しい。
俺が声をかけると、彼女はゆっくりとこちらを見た。
「いいえ・・・ごめんなさい。私急いでいたもので、あなたこそ・・・。」
顔を上げた女性は、俺の顔を確認すると、その綺麗なアクアマリンをやどした瞳を見開く。
彼女の肩に触れ屈み込んで様子を伺っていた俺は、気付くと何故か、またもや突き飛ばさていた。
「触らないで!!!」
うぉー!
危ねぇ~。油断してた~。
何とかギリギリ受け身を取れたぜ。
う~ん、これはかなり勘が鈍ってるなぁ~。
もっと稽古をしないとなぁ。
でもこの国に武道なんて無いし、自分で何とか練習するしか無いよなぁ。
「アリシア様!なんてことを!!」
ここまで連れてきてくれた少女が、俺を突き飛ばした女性を叱責した。
「あっ・・・、私・・・・っ!」
自分の起こした行動に狼狽した様子の彼女は、苦悶の表情を浮かべると、そのまま踵を返して走り去ってしまった。
「大丈夫!?怪我してない??」
跪いて俺を心配する少女に、俺は笑顔で答える。
「大丈夫、ありがとう。私、見かけよりもずっと丈夫だから。」
「もうっ、そんな顔して言われたら、なんだか何が何でも守ってあげなきゃって気持ちになるわ。」
なんでだ??
取り敢えず俺は無事を証明するため、立ち上がって何でもない事を見せた。
「良かった。大丈夫なのね。本当に今日は災難ね。赤毛って私が思っていた以上に大変なんだわ。まったく、一体あなたが何をしたっていうのよ!?」
彼女が俺のために憤っている。
心根の優しい子だ。
「それ以上に良いことがあったわ。私、あなたと出会えたんだもの。」
俺は微笑んでいた。
「もう・・・、そんなこと言ったら惚れちゃうじゃない。」
彼女が、頬を染めて照れている。
可愛いなぁ。
「それにしても、いきなり突き飛ばすなんてビックリしたわ。あの方、マヌーバー男爵の娘でアリシア様って言うの。」
休憩室に入り、どこか怪訝そうな顔をした彼女が話す。
マヌーバー男爵。
あぁ、聞いたことあるな。
「確か、王様の右腕と言われている側近の方よね。」
「ええ、そうなの。とても優秀らしくて、貴族の中でも力のある方よ。その為に、アリシア様も貴族令嬢の間で一目置かれていて、さっきのキャロライン嬢と並んで私たちの中で二大勢力となっているの。正直2人はあまり仲がよく無いから、2つの派閥の間には大きな隔たりがあるのだけど・・・。」
と言うことは、俺はその二大勢力のトップ2人から嫌われていると言うことになるのか・・・。
幸先わるいなぁ。
「はぁ~、でも正直がっかりだわ。私アリシア様は、もっと聡明な方だと思っていたのに。あなたに対してあんな態度をとるなんて・・・。」
「でも彼女少し様子がおかしかったようだけど・・・。」
俺を軽蔑しているって言うより、なんだかどこか怯えているようだった。
「そうね・・・。アリシア様、最近婚約されたのよね。もともと結婚に乗り気じゃなかったのを、相手側と男爵が話を進めて、9割方、政略結婚を目的に決まった婚約なの。アリシア様も、もう20歳で貴族の娘としては行き遅れているから、覚悟を決めざる終えなかったんだと思うのだけど、なんだか元気が無くて。みんなの前では気丈に振る舞っていても、時々思いつめた様に考え込んでいる事があるの。私、それがすごく心配で・・・、でもさっきのアリシア様を見たら、もうどうでもよくなったわ!」
20歳で行き遅れかぁ~。
日本じゃ成人したばっかじゃねぇか。
これで引いている俺は、相当前世の価値観に引きずられているな。
「あっ、いけない!もうこんな時間!!」
壁沿いに置かれた立派な振り子時計を見た少女が、突然慌てだした。
「ごめんなさい!私、この後、婚約者と待ち合わせしているの。」
例の両想いの婚約者か。
お熱い事で、羨ましい限りだ。
「ホントはあなたを1人にしておきたくないのだけど・・・。」
「私は平気よ。ここでしばらく休憩して、頃合いを見てホールに戻るわ。」
「そう、何かあったらそこの呼び鈴を鳴らせば給仕の人が来てくれるから。この部屋にある物は自由に使っていいわよ。そこのドレッサーも。あとは・・・タオルも必要よね。ここには無さそうだから、直ぐに持ってくる様に伝えておくわ。」
「ありがとう。あなたがいてくれて助かったわ。」
面倒見の良いお嬢さんだなぁ。
こんな婚約者がいて彼は幸せだろう。
「あっ、そうだった!まだ自己紹介してなかったわね。私はレベッカ。父はソデスネ伯爵っていうの。」
扉へ向かう途中、声を上げたレベッカが名前を教えてくれる。
「私は・・・」
「スノウね!知ってる。あなた有名だもの!」
イタズラに笑うレベッカ。
あぁ、可愛いなぁ。
「ねぇ、私たちお友達になりましょう!私、あなたの事が大好きみたい。これきりなんて嫌よ。」
彼女の素直な好意に、なんだか俺は恥ずかしくなってしまう。
「えぇ、私もあなたとお友達になりたいって思ってたの。」
照れながらも正直な気持ちを伝えた。
「ふふふ・・・、スノウ、そんな顔、男の人に見せてはダメよ。狼にパクリと食べられてしまうわ。」
そんな顔とは、一体どんな顔なのだろう?
ドレッサーの鏡に映る自分の顔を見てみるが、いつもと変わらない、これといった特徴の無い面白みのない顔だ。
よく分からず、首を傾げてしまう。
「もう!分からずやさんね。その顔よ、その顔!でもそういう鈍いところも好き。じゃあね!!今度手紙書くわね!」
扉の隙間から顔を出すと、笑顔で手を振ってレベッカは行ってしまった。
扉が閉まって、部屋に1人になってもしばらくニヨニヨが止まらない。
嬉しい。
ここに来て、初めての女友達が出来た!
教会にいた頃にも、年下の女の子はいたが、女友達と言うよりも妹という感じが強かった。
本を読んだり、着替えさせたりと、世話をする事が多かったからな。
むちゃくちゃ可愛いけど。
女性が寝そべる為に置いてある長いカウチに座り、レベッカが貸してくれたハンカチを取り出す。
白いレースのハンカチは、赤ワインの滲みで真っ赤だ。
これ、染み抜きできんのか?
新しいハンカチ買って返した方がいいかな?
でも、ハンカチは何枚もあるみたいだったから、何か別のものでお礼した方がいいか。
女の子って何が好きなんだろう。
あぁクソッ・・、こういう時、前世でもっと女の子と付き合っていれば参考になったのに!
俺のバカ!
・・・ん?
いや、ちょっと待て。
そうだ。
そもそも俺、今女の子だったわ!
ハハハ・・・、忘れてたぞ。
だからと言って、女の子の好きなものが思いつくわけでも無いんだが・・・。
何故だ??
彼女は一体何が好きなんだろうか?
俺だったら食いもんくれたら取り敢えず嬉しいがな。
やっぱり、形に残るものの方がいいのか?
ううん・・・。
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んん?
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