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第2章 異世界(トゥートゥート)
09. 戦いはパーティー前
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「はぁ・・・。」
さっきから物憂げなダンディーが窓の外を見ながらため息を付いている。
えらいサマになっておりますよ、お兄様。
まるで映画のワンシーンの様だ。
「ブラッド?そんなに憂鬱なら、エスコートを誰か他の方にお願いしても良かったのじゃない?」
城へ向かう馬車の中、何故か手を繋がれながら隣同士2人きりで座っている。
「スノウ、私がエスコートを誰かに譲るなんて本気で思っているのかい?もし他の奴が君の横を歩くというのなら、私はそいつを切り刻んで塩漬けにしても気が収まりそうにないよ。」
料理の話をしている訳じゃなさそうだ。
もう少し、マシな比喩はなかったのか?
うちの家族は上品な顔して物騒なことをよく言う。
ブラックジョークが好きな家族だな。
両手で俺の手を握りしめながら、ブラッドは縋る様な目で見つめる。
「すまない。君にそんな誤解を与えてしまうなんて、私はなんて愚かなんだ。君の姿に目が眩んだ虫ケラどものことを考えると気が気じゃなくてね。スノウ、やはり今日はやめておかないか?」
え?
今更?
おいおい、この格好するのにどれだけ時間かけたと思ってんだよ。
19時開宴のところを、使用人で朝の6時から1日かけて身支度したんだぞ!
そりゃもう、頭のてっぺんから、爪の先までペッカペカだ!
女性は毎回毎回こんなことしてんのか・・・。
それとも今回は王家主催だから特別なのか?
あぁ、ホント女って大変なんだな。
正直、支度だけで疲れた・・・。
で?
それで?ブラッドはそれを徒労に終わらせようと?
12時間のみんなの苦労を?
へぇ~、ほぉ~。
「ブラッド、このドレス似合ってない?私の格好おかしいかしら?」
コノヤロウという気持ちで、上目遣いでちょっとした嫌味を言ってやる。
今日のドレスは今夜のためにあつらえた特注品だ。
クリーム色の絹サテンを基調とし、デコルテの開いた、ふんわりと広がるスカートのドレスは、ふんだんに使ったレースと色味を抑えた淡いグリーンの布地の装飾を立体的に施してある、清楚で美しい一品だ。
コルセットでグッと締められたウエストと、ギュッと持ち上げられた神様からの贈り物である胸は、正直ただただ苦しいだけなんだが。
可愛らしく編み込んでもらった髪は、緩くふわりと後頭部で団子にまとめ、ドレスと同じクリーム色と淡いグリーンの布地で作られたリボンで飾られていた。
「・・・っ!!そんなことはない!よく似合っている!部屋から出てきた時は、心臓が止まるかと思った。あんまり美しいから、誰かに連れ去られる前に早く俺のものにして、一生鎖で繋いで閉じ込めておかなければと、そんな気持ちにさせられたよ。」
そうだろう、そうだろう。
おかしいよって言われたら、どうしようかと思ったぞ。
「お嬢様の美しさで、全ての人間共を悩殺してやりましょう!」って、なんかよく分からない大それた目標を掲げて、ああでも無い、こうでも無いと仕上げた使用人達の努力の結晶だからな!
もしおかしかったら謝るしかない。
元が俺だからな・・・ごめん。
ブラッドの優しさに付け込んで、アホな事を聞いてしまったが、相変わらず歯の浮く様なお世辞を言ってくれる。
プレイボーイだなぁ。
後半なんだか、また怪しげな比喩が入っていたが、それも彼のユーモアだ。
馬車が停まる。
先程から、王城に向けての長い渋滞が続いていたが、ようやく到着したようだ。
「仕方がない、行くか。おいで、スノウ。」
「はい。」
馬車を降りると、目の前にはホールへと続くであろう緩く長~い階段。
俺はそれを見上げてゲンナリとしてしまう。
マジか・・・あれを上まで登るのか。
なんで目の前まで、馬車で横付け出来る様にしてくれないのだろう。
嫌がらせなのか?
「どうした?スノウ。やはり帰るか?」
ここまで来て、まだ言うんだな。
お兄様・・・。
「いいえ、あまりに立派な建物なので気後れしてしまって・・・。」
「君の美しさには敵わない。見惚れるのなら私だけにしておきなさい。さぁ、行くよ。」
そう言って微笑むブラッドは、俺の鼻の頭をチョンと人差し指で触れる。
ははは・・・。
チクショウ、そのセリフは誰が言っても許されるセリフじゃないんだぞ!
イケメンだから許されるんだぞ!
・・・なんか悔しい。
ブラッドの腕に指をかけ、一段一段ゆっくりと階段を上っていく。
周りにも、同じようにエスコートされている娘達が大勢いた。
みんなこの国の貴族なのか。
しかし、貴族というのはもっと軟弱なイメージを持っていたが、こうしてみるとなかなか足腰強くないとやってけないよな。
この階段だって、結構な距離があるのに、いかにも何て事ないですよ、といった感じでみんな微笑みながら登っている。
考えてみれば連日の夜会も、この窮屈な格好でダンスしたり、長い時間立ち続けたりとなかなかの労力だ。
はぁ・・・みんなすげぇなぁ、俺もちゃんとしないとな。
そう感心しながら歩いていると、時折チラチラとこちらを見る視線を感じた。
多分ブラッドの事を見ているのだろう。
彼はハンサムだし、恐らくこの国でもトップの有力貴族の嫡男だ。
王子に見初められなくても、この機会に良いお婿さん候補、あるいはお嫁さん候補を見つける目的も、彼ら彼女らには多分にあるのだろう。
あとは、チリチリと感じる俺への視線。
まぁ、十中八九この赤髪だろう。
普段から慣れてはいるが、さすが貴族だらけのこの場所では感じる熱量も違う。
大方俺に対する、嫌悪や侮蔑といったところか。
「大丈夫か?スノウ。」
心配した様子のブラッドが気遣わしげに俺に尋ねる。
「ええ。こんなに大きな舞踏会に参加できて嬉しいわ。」
せっかくここまで来たんだ。
雰囲気だけでも楽しみたい。
そう言って俺は安心させるように微笑んだ。
だが何故かそれを見たブラッドは眉間にシワを寄せて、機嫌を急降下させる。
「スノウ。舞踏会ではあまり笑顔を見せてはいけない。男と気安く話してはいけない。愛想も見せなくていい。それがマナーだ。」
・・・は?
いやいや流石にそれはウソだろ?!
絶対ウソだ!!
だったら、ここに居る奴らみんなマナー違反してるぞ!
めちゃくちゃ笑ってるし、話してるし!
あぁ・・・。
これはまた揶揄われてるな?
ホントに冗談が好きなんだから。
お茶目なお兄様だ。
さっきから物憂げなダンディーが窓の外を見ながらため息を付いている。
えらいサマになっておりますよ、お兄様。
まるで映画のワンシーンの様だ。
「ブラッド?そんなに憂鬱なら、エスコートを誰か他の方にお願いしても良かったのじゃない?」
城へ向かう馬車の中、何故か手を繋がれながら隣同士2人きりで座っている。
「スノウ、私がエスコートを誰かに譲るなんて本気で思っているのかい?もし他の奴が君の横を歩くというのなら、私はそいつを切り刻んで塩漬けにしても気が収まりそうにないよ。」
料理の話をしている訳じゃなさそうだ。
もう少し、マシな比喩はなかったのか?
うちの家族は上品な顔して物騒なことをよく言う。
ブラックジョークが好きな家族だな。
両手で俺の手を握りしめながら、ブラッドは縋る様な目で見つめる。
「すまない。君にそんな誤解を与えてしまうなんて、私はなんて愚かなんだ。君の姿に目が眩んだ虫ケラどものことを考えると気が気じゃなくてね。スノウ、やはり今日はやめておかないか?」
え?
今更?
おいおい、この格好するのにどれだけ時間かけたと思ってんだよ。
19時開宴のところを、使用人で朝の6時から1日かけて身支度したんだぞ!
そりゃもう、頭のてっぺんから、爪の先までペッカペカだ!
女性は毎回毎回こんなことしてんのか・・・。
それとも今回は王家主催だから特別なのか?
あぁ、ホント女って大変なんだな。
正直、支度だけで疲れた・・・。
で?
それで?ブラッドはそれを徒労に終わらせようと?
12時間のみんなの苦労を?
へぇ~、ほぉ~。
「ブラッド、このドレス似合ってない?私の格好おかしいかしら?」
コノヤロウという気持ちで、上目遣いでちょっとした嫌味を言ってやる。
今日のドレスは今夜のためにあつらえた特注品だ。
クリーム色の絹サテンを基調とし、デコルテの開いた、ふんわりと広がるスカートのドレスは、ふんだんに使ったレースと色味を抑えた淡いグリーンの布地の装飾を立体的に施してある、清楚で美しい一品だ。
コルセットでグッと締められたウエストと、ギュッと持ち上げられた神様からの贈り物である胸は、正直ただただ苦しいだけなんだが。
可愛らしく編み込んでもらった髪は、緩くふわりと後頭部で団子にまとめ、ドレスと同じクリーム色と淡いグリーンの布地で作られたリボンで飾られていた。
「・・・っ!!そんなことはない!よく似合っている!部屋から出てきた時は、心臓が止まるかと思った。あんまり美しいから、誰かに連れ去られる前に早く俺のものにして、一生鎖で繋いで閉じ込めておかなければと、そんな気持ちにさせられたよ。」
そうだろう、そうだろう。
おかしいよって言われたら、どうしようかと思ったぞ。
「お嬢様の美しさで、全ての人間共を悩殺してやりましょう!」って、なんかよく分からない大それた目標を掲げて、ああでも無い、こうでも無いと仕上げた使用人達の努力の結晶だからな!
もしおかしかったら謝るしかない。
元が俺だからな・・・ごめん。
ブラッドの優しさに付け込んで、アホな事を聞いてしまったが、相変わらず歯の浮く様なお世辞を言ってくれる。
プレイボーイだなぁ。
後半なんだか、また怪しげな比喩が入っていたが、それも彼のユーモアだ。
馬車が停まる。
先程から、王城に向けての長い渋滞が続いていたが、ようやく到着したようだ。
「仕方がない、行くか。おいで、スノウ。」
「はい。」
馬車を降りると、目の前にはホールへと続くであろう緩く長~い階段。
俺はそれを見上げてゲンナリとしてしまう。
マジか・・・あれを上まで登るのか。
なんで目の前まで、馬車で横付け出来る様にしてくれないのだろう。
嫌がらせなのか?
「どうした?スノウ。やはり帰るか?」
ここまで来て、まだ言うんだな。
お兄様・・・。
「いいえ、あまりに立派な建物なので気後れしてしまって・・・。」
「君の美しさには敵わない。見惚れるのなら私だけにしておきなさい。さぁ、行くよ。」
そう言って微笑むブラッドは、俺の鼻の頭をチョンと人差し指で触れる。
ははは・・・。
チクショウ、そのセリフは誰が言っても許されるセリフじゃないんだぞ!
イケメンだから許されるんだぞ!
・・・なんか悔しい。
ブラッドの腕に指をかけ、一段一段ゆっくりと階段を上っていく。
周りにも、同じようにエスコートされている娘達が大勢いた。
みんなこの国の貴族なのか。
しかし、貴族というのはもっと軟弱なイメージを持っていたが、こうしてみるとなかなか足腰強くないとやってけないよな。
この階段だって、結構な距離があるのに、いかにも何て事ないですよ、といった感じでみんな微笑みながら登っている。
考えてみれば連日の夜会も、この窮屈な格好でダンスしたり、長い時間立ち続けたりとなかなかの労力だ。
はぁ・・・みんなすげぇなぁ、俺もちゃんとしないとな。
そう感心しながら歩いていると、時折チラチラとこちらを見る視線を感じた。
多分ブラッドの事を見ているのだろう。
彼はハンサムだし、恐らくこの国でもトップの有力貴族の嫡男だ。
王子に見初められなくても、この機会に良いお婿さん候補、あるいはお嫁さん候補を見つける目的も、彼ら彼女らには多分にあるのだろう。
あとは、チリチリと感じる俺への視線。
まぁ、十中八九この赤髪だろう。
普段から慣れてはいるが、さすが貴族だらけのこの場所では感じる熱量も違う。
大方俺に対する、嫌悪や侮蔑といったところか。
「大丈夫か?スノウ。」
心配した様子のブラッドが気遣わしげに俺に尋ねる。
「ええ。こんなに大きな舞踏会に参加できて嬉しいわ。」
せっかくここまで来たんだ。
雰囲気だけでも楽しみたい。
そう言って俺は安心させるように微笑んだ。
だが何故かそれを見たブラッドは眉間にシワを寄せて、機嫌を急降下させる。
「スノウ。舞踏会ではあまり笑顔を見せてはいけない。男と気安く話してはいけない。愛想も見せなくていい。それがマナーだ。」
・・・は?
いやいや流石にそれはウソだろ?!
絶対ウソだ!!
だったら、ここに居る奴らみんなマナー違反してるぞ!
めちゃくちゃ笑ってるし、話してるし!
あぁ・・・。
これはまた揶揄われてるな?
ホントに冗談が好きなんだから。
お茶目なお兄様だ。
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