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嫁(ギルバードside)
しおりを挟む自分の机の上にある手紙の束を見て、ため息をつく。
「またか…」
こないだ20歳の誕生日を迎えたが、2年前くらいから自分の娘と結婚してほしいという貴族たちからの手紙が後を絶たない。
「王子はモテて大変だね」
日頃はギルバートと呼ぶ、幼い頃からずっと一緒のオーウェンがからかうように言う。
「ああ、全くだ」
地位や権力に群がる輩たちから嫌というほどモテる。
異国の女から産まれ、この国では珍しい髪色、そして自分でも自覚のある冷たさから俺のことを悪魔の子だなんだと好き勝手言っているくせに、娘は差し出すのか。
「全て燃やせ」
「いいけど、どのみちいつかは誰かと結婚させられるよ。それならせめてギルバートがいいと思える人探しといた方がいいんじゃない」
オーウェンが手紙の束を示しながら言う。
「ふん。こんな手紙を送ってくるやつらから選ぶ気はない。どうせなら頭がいいとか、何かしら役に立つ女を嫁にしないとな」
「なるほど」
オーウェンが少し考え込む仕草をし、口を開く。
「それならシルフ辺境伯の娘の噂話聞いたことある?」
「シルフ辺境伯…」
自分も何度か社交の場で会ったことがあるが、人間離れした美しい姿だったので初めて見た時は驚いた記憶がある。
しかもかなりやり手の人物らしく、地方の統治をしているのが勿体無いと評判だ。
「娘がいるのか。社交場で見たことない気がするが」
興味の有無は別として、仕事をする上で貴族たちを把握しておくのは重要だ。
たいがい社交場に来ている人物の名前と顔は一致しているつもりなので首を傾げる。
「二人いるらしいんだけど、社交場には一度も顔を出したことがないそうだよ。姉はもう結婚しているらしい。で、その妹の方なんだけど」
そこでオーウェンが言葉を切る。
「なんだ」
訝しく思い尋ねると、オーウェンが顔を近づけ、小さな声でささやいた。
「風と会話できるんだって」
「風と会話?」
意味がわからず、眉を寄せて、オーウェンを睨んでしまう。
「そもそもシルフ家って風の精霊の子孫と言われているのは知ってる?」
「聞いたことはある」
てっきりその人間離れした美しさのせいかと思っていたが、別の意味があるのか。
「シルフ家は代々風の声が聞こえるらしいよ。それで人の情報に聡くて、昔から繁栄してきたんだって。まぁその力が元で大昔、王族に敵視され左遷されて、今の地域に根付いているみたいだけど」
「その話は初耳だな」
「その力のせいで利用されたり、気味悪がられたり、大変だったみたいだよ。その関係で一族も能力のことはひた隠しにしているらしくて、今ではシルフ家が風の声が聞こえるって話はほとんどの人間が知らない」
顎に手を当て、考える。風の声が聞こえるなど聞いたこともない能力だが、シルフ辺境伯の姿を思い浮かべると、あながち嘘でもないような気がする。
「で、さっきの娘の話だが、風と会話というのは他のシルフ家とは何か違うのか」
「声が聞こえるだけで風と意思疎通ができないのが普通らしいけど、その子は風と会話ができるから風を意のままに操れるみたい。他人の行動も言動も風が見聞きしたことなら、すべて筒抜けとか」
「興味深いな。そいつは何歳なんだ」
「18歳らしいけど」
「学生か」
「うーん。それがどうやら3年前くらいから学校には行っていないみたい」
オーウェンが困ったように言う。
「どういうことだ」
「それがなんでも能力のせいで、学校で浮いていたみたいで…いわゆる引きこもりなんだって」
「引きこもり…」
予想しなかった言葉に思わずオウム返しをしてしまう。
「だからコミュニケーションがうまくとれるかはわからないよ。嫁候補みたいに名前をあげちゃったけど」
先走って話してしまったことを後悔するようにオーウェンが付け足す。
「ふん、面白い。そいつに会いに行くぞ」
「まぁギルバートは人に興味ないしね…って、えっ?」
勝手にシルフ家の話は終わり、というように言葉を発していたオーウェンが目を見開く。
「仕事を片付けたら、シルフ辺境伯の家を訪ねる。準備しておけ」
「えっ、ここからだと半日ぐらいかかるよ」
「それもそうだな。では一週間分の仕事を今日と明日で終わらす。明後日に出発だ」
「えぇ…了解、調節します」
一度決めたら、何を言っても無駄だとわかっているオーウェンが文句を飲み込みうなずいた。
そうして会いに行ったリーゼ・シルフは本当に見事な引きこもりだった。学校がある昼間に行ったが、家にいた。
しかし扉を開け、その姿を見た時は軽く息をのんでしまった。
窓から入る日の光を浴び、銀髪はまばゆく輝き、オパールのような澄んだ瞳は大きく、まるで精霊のようだった。さすがシルフ辺境伯の娘、人間離れした美しさである。
こちらを見る瞳は怯えもあったが、理知的で気に入った。
そうして能力の有無を確かめ、嫁にすることに決めたのである。
せいぜい役に立ってもらおう。そう思って連れ帰った。
しかしその能力がこの敵だらけの王宮でバレ、利用されるわけにはいかない。元引きこもりに裏切れるほどの器用さやコミュニケーション能力があるとは思えないが、念のため、くぎを刺した。
それにもかかわらず、彼女は自分のことを優しいと言った。そのことに驚き、拍子抜けした。裏切りを警戒し、気を張っていた自分が馬鹿らしく思えた。
それからの一週間、彼女と一緒に寝ているが、むしろいつも以上にぐっすり眠れている気がする。
「はっ、妙なものだな」
オーウェンと、オーウェンが心を許すセシルぐらいしか信用できないと思っていたこの王宮で、自分が他者に無防備に寝姿をさらし、気を緩ませるとは。
それどころか毎晩彼女が小さくつぶやく「おやすみなさい」に安らぎを感じているなど。
「らしくない」
自嘲気味に息を吐き出した。
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