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#17: ワルイ男
ワルイ男 03 ✤
しおりを挟む作戦の準備は粛々と進行した。
夜子は美作に言われた通り津伍に合うサイズの制服を用意した。合コンをセッティングするために現役石楠女学院生徒の友人にも協力を仰いだ。美作が曜至に石楠女学院と合コンをするぞと声をかけると二つ返事で乗ってきた。期待を裏切らない男だ。渋撥は作戦に関して沈黙を貫いた。曜至に何か話しかけられても手短に済ませた。元々寡黙な質であるから、何か画策しているのではなどと疑われようがなかった。
鶴榮は、作戦に手を加えるといっていたから何かしら動いているのだろう。何をするにしても鶴榮に限って下手を打つことはないと美作は信頼していた。
作戦決行当日。
曜至は朝から一見して分かるほど上機嫌だった。美作は下準備が滞りなく進み、曜至が少しも怪しんでいないことを、内心ほくそ笑んだ。
さて、約束の時刻が近付き、美作たちは学校から出ることにした。
美作は、曜至のほかに則平と順平を合コンのメンバーに組み込んだ。違和感なく自然な情況を整えるために頭数を揃えるのは必須であり、彼等は想定範囲内の犠牲者というわけだ。犠牲者といっても精々、収穫ゼロの合コンに付き合わされる程度なのだから目を瞑ろう。
「あぁっ、スキンがねェ!」
学校から出るなり曜至が叫んだ。往来でいきなり大声を上げるのはやめてほしいし、内容も考えてほしいものだ。
恥知らずめ、と美作は曜至に冷ややかな目線を向けた。
「則平、走ってコンビニで買ってこい。ちなみに俺は極薄タイプより若干厚手のほうが好みだ」
「曜至君のスキンの好みまで知りたないがな」
「えぇ~っ、この前買うてたのにもうあれへんの? 曜至君ほんまどんな使い方してんねんな」
「フツーに被せて使ってるに決まってんだろが。ブツブツ言ってねェでさっさと買ってこい」
曜至は覗き込んでいた財布を二つに畳んでズボンの尻ポケットに押し込んだ。早く行けと則平の頭を叩いた。
則平は曜至に命じられて従順に近所のコンビニエンスストアへ駆けていった。美作はその背中を見送り、気の毒にと思った。
「も~~、曜至君コンドー君は自分で用意しといてや。無くなる度に俺か則平に買いに行かせるやん」
「使ったら無くなるモンだろうが。消耗品なんだよ。お前等童貞共には分かんねェか、そうかそうか」
曜至に優越感たっぷりの顔をされ、順平は「ぐっ……!」と押し黙った。
「ヤッた女の人数で上か下か決めるのやめーや曜至君。ガキ臭い」
美作は半分惘れて嘆息を漏らした。コンビニエンスストアへ使わされた則平が追いつけるように歩く速度を落とし、のらりくらりと歩を進める。
「澄ましたカオしてお前もヤルことヤッてんだろうが。付き合ってもねェ女とヤってるヤツから偉そうに言われたかねェよ」
「ヤッとるで~。曜至君みたいにぞろぞろセフレ作らへんだけデス~~。ちゅうかセフレて付き合う内に入らへんからな」
「は? 何で入らねェんだ? つーかセフレってお前が言ってるだけで、俺的には同時進行で攻略してるだけだ」
「それこそ偉そうに言うことちゃうやろ」
美作は「はあーあ」と深い溜息を吐いた。
曜至とは考え方が異なりすぎて話が噛み合う気がしない。このような思考回路なのだから女から復讐を企てられるほど恨まるのだと納得した。
「つーかお前こそどこでそんな簡単にヤらしてくれる女と知り合ってんだ。教えろよ」
「これ以上セフレ増やしてどうすんねん。曜至君体保てへんで」
曜至は質問するついでに美作の脚を爪先でコンッと蹴飛ばした。美作は痛くはなかったが、これから女の子と会うというのに真っ白な制服を汚されたことに少しムッとした。
「お前のスタミナと一緒にすんじゃねェよ。こちとらキャリアとスキルが違ェんだよ。オメーが初めてAV観た頃から女喜ばしてんだよ」
「手当たり次第に女とヤルなんか考えなし過ぎるやろ。ビョーキには精々気ィ付けや」
「ビョーキ持ちとなんかやらねェっつーの。お前、俺が羨ましいんだろ? お?」
「どんな日本語能力してんねん。会話が成立せえへんな~~」
曜至と美作はほぼ同時に往来で足を停めた。互いに身体の正面を向け、鼻先を突きつけて睨みあった。
今にも拳を握り出しそうな二人の間に、順平が割って入った。
「ちょぉおお、もお~、これから一緒に合コン行くんやからピリピリするのやめよーや~」
「チェリーは引っ込んでろッ!」
曜至と美作は苛立ちの矛先を順平に向け、大声で怒鳴りつけた。
§ § § § §
学校を出た美作たちは、ファーストフード店で夜子たちと落ち合い、楽しげに会話に花を咲かせたのち、カラオケボックスへと移動した。
作戦は次のフェーズへ移行した。
作戦自体には何ら無関係である則平&順平は、ファーストフード店にしてもカラオケにしても純粋に女の子との時間を愉しんでいるようだ。これは夜子の罪悪感を少しだけ緩和させた。美作はこの二人のことなど何も気にしていない様子だったけれど。いつも曜至に付きまとっているだけに見える彼等も荒菱館高校で一年間以上生き抜いている猛者だ。どうせネタばらしをしてもそう簡単に傷付くようなヤワなハートはしていない。
夜子は美作に何か飲み物を頼みましょうかと気を利かせた。美作はウーロン茶をお願いした。
「美作はんは歌わはらへんのどすか?」
「今日はカラオケを楽しむ気分になられへんくてなー。アホが相手でも少しは緊張があるかもな。夜ちゃんは?」
「ウチ、流行りの歌やら詳しないですよって、カラオケあんまり得意ちゃうんどす」
確かに緊張は否めない。単に曜至を騙すだけというならまだしも、本作戦には美作が敬愛する鶴榮も近江も絡んでいる。ヘマをしたり失敗したりはしたくない。
その緊張も美少女に笑いかけられると和らぎ、美作も自然とニーッと笑った。
曜至は、仲良さげに談笑している美作と夜子に目線を向けていた。
(美作のヤツ、鶴榮のオンナとばっかり話して馬鹿じゃねェの。夜子とはどんだけ仲良くしたって無駄だっつーの。無駄な努力だっつーの。そりゃ俺だって本当は放っておかねェくらいイイ女だけどよ、鶴榮とモメるのは面倒そうだからなー。もしかしてマジで鶴榮からオンナ横取りする気とか? …………イヤイヤ、無理無理無理。鶴榮にボコされるに決まってる。美作に近江さんや鶴榮に逆らう度胸はねェ)
曜至が脳内で勝手に美作を侮っている最中、隣から「曜至クン」と声をかけられた。曜至は何か言ったか、と聞き返した。
曜至の隣に座っているのはアヤナ(津伍)。アヤナは接近戦必至のカラオケ室内でも怯むことなく、曜至に堂々と顔を向けてニッコリと微笑んだ。
「ううん。何も言うてへんケド、どっか向いてはるから」
(顔は問題ねェ、むしろ完璧だ! パーフェクトゥだ! 120点だ! 来てる、今日は俺に風向きが来てる✨)
アヤナがとても綺麗に笑うから、曜至は自分もキリッと男前の顔付きを意識した。
「アヤナは意外と背ェあるよな。この中じゃ一番デケーだろ」
アヤナは内心ギクッとしたが、動揺をおくびにも出さなかった。やや俯き加減になり、上目遣いに曜至を見た。
「……曜至クンは背ェ高い女はキライ?」
曜至は上機嫌で「イヤー別にぃ」と返した。
「曜至クンも背ェ高いよね」
「俺は180しかねーよ。あー、そう言や俺も今日のメンツの中じゃ一番高ェか。普段は俺よりデケー人がいっから忘れてた。その人マジめちゃめちゃデケーんだって。190超えてんだぜ。俺でも見上げるっつーの」
曜至が誰のことを言っているのか、津伍にはすぐに分かった。今日この場ではスルーするしかないけれど。
「曜至クンは180センチなんやね。アヤナと身長差15センチやね。恋人同士の理想の身長差は15センチなんやって。曜至クン知ってはった?」
(この女、俺のこと好きだろ)
曜至は内心ガッツポーズを握った。
(この女は俺がもらった。則平と順平も珍しく調子いいみてーだし、どっちにしろ今日の美作には夜子しか残ってねェか。人のオンナと仲良くするしかねェっつー貧乏クジがオメーにはお似合いだぜ、美作。あははははははは)
曜至は存分に脳内で高笑いをキメたあと、アヤナのほうに顔を向けた。
「ちなみに何で15センチ?」
「キスが、しやすいから」
アヤナは口許に手を添えつつ、頬をやや赤らめて答えた。
その光景を観察していた美作と夜子は、何とも言えない表情をしていた。美作に至っては若干青ざめていた。
「ア、アイツ、ほんまは女なんとちゃうか……。鳥肌立ってきた」
「あんじょうやってくれはっておおきに、アヤナちゃん」
美作がお手洗いへ行くと言って席を立ち、暫く経っても戻ってこなかった。夜子は気分でも悪くなったのかも知れないと少し心配になり、外の空気を吸いがてら部屋の外へ出てみることにしてみた。ひっきりなしに大音響が響き、身動きすればそれぞれ肩が触れ合うほど小さな部屋から廊下へ出るとほんの少しの開放感。
廊下に美作の姿はなかった。夜子は狭い廊下を見回し、それらしき人影を見付けた。廊下の突き当たり、「非常口」と書いてあるドアには磨りガラスの窓があった。磨りガラスに金髪が透けて見えていた。
コンコン、とドアがノックされ、ドアに寄りかかっていた美作は背中を退かした。表面の塗装が剥がれかけたボロのドアが押し開かれ、わずかに開いた隙間から夜子の顔が見えた。指に挟んでいた煙草を素早く唇に移動させ、ドアを開けてやった。錆び付いた鋼鉄製のドアは少女には重たいであろう。
夜子は非常階段の踊り場に出た。美作は夜子が通過したドアを再び閉じた。
「煙草、吸ってはったんどすか」
「イヤ、いま吸い終わったトコ」
美作は煙草を足元に落として靴底でグリグリと踏み潰した。足元から夜子へと目線を引き戻すと、夜子がジッと自分の顔を見ていた。
「あ、ポイ捨てや。堪忍な」
夜子は何も言っていないのに、美作はそう言って完全に火種の消えた吸い殻を指で摘まみ上げた。
「イヤ~、こんなんはクセで、悪気はあれへんのやで。……ん? イヤイヤイヤ、いっつもこんなんポイ捨てばっかりやってへんで。ちゃんと灰皿あるトコで吸うし」
夜子は何も責めてはいないのに、美作は独りでに言い訳を連ねた。
「今日ずっと我慢してはったんどすか?」
「ん、まァ、夜ちゃんたちと会うてコレが一本目」
夜子はカラオケの個室に入ってからのことを思い出してみた。曜至も則平&順平も煙草を吸っているシーンが思い出せるが、確かに美作がそうしていたシーンはないように思う。夜子もほかの友人二人も吸わないでと言った覚えはない。
「美作はんお優しいさかい、ウチ等にいろいろ気ィ遣ってくれはってるんでしょう。頼み事したのはこちらやのに気ィ遣てもろてすんまへん」
「だって作戦やって思てても、やっぱ女のコにはモテたいやん」
夜子は「え?」と美作の顔を見た。美作はジョークみたいに首を竦めた。
「タバコ臭い男は女ウケ悪いやろ。せやさかい女のコといてるときはなるべく吸わんよにしてんねん。別に夜ちゃんたちに気ィ遣ったんちゃうで。俺のモテルール、みたいな? まあ、こんなんでモテたら苦労あれへんけどな」
「美作はん充分モテますよって。無理しはらへんと自然が一番どすえ」
「ほんま? 俺、素でモテるか?✨ ほな誰かええ子いてたら紹介してえな。冗談抜きで出逢いあれへんで死にそーやねん」
夜子は口許を手で隠して鈴を転がしたような声で笑った。
ほぼ男子校・荒菱館高校の生徒である美作が異性との出逢いを常に求めているのは本当だろうが、口振りはちっとも深刻ではなかった。それがジョークだと分かったら笑って差し上げるのはレディの作法だ。
「あーあ、俺も鶴さんみたいになりたいなあ」
「鶴はんに……どすか? 美作はんが?」
夜子の笑い声がピタリと已み、意外そうに大きな瞬きをした。
「鶴さんみたいにビッとしとる男になったら、夜ちゃんみたあなカオも性格も抜群のカノジョがでけるんちゃうかなーっちゅう野望」
「美作はんが鶴はんみたいになりたがってはるのは、そんな理由とちゃいますやろ」
夜子の反応は素早く、かつ確信めいていた。
美作の口からとりあえず「えー」と零れた。夜子の黒い瞳を覗き込むと、俺の何を知っているのだ、などという反感は不思議と湧いてこなかった。
「……たまに夜ちゃんてサスガ鶴さんのカノジョやなて思うわ」
美作が観念したように言い、夜子は「おおきに」と微笑んだ。
さてと、美作は気持ちを切り替えた。戦場に戻る気合いを入れ、非常口のドアノブに手をかけた。
「津伍がようやってくれとるし、そろそろ詰めやな」
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