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#17: ワルイ男
ワルイ男 01 ✤
しおりを挟むオレは大己貴津伍。
自分で言うのも何やけど、顔は人より抜群にええ。スポーツはあらかたそつなくこなす。家柄は最上級。こう見えて頭も結構ええねんで。
こんだけ条件揃てれば勿論モテるで。大体の女のコはオレのこと好いてくれるし、オレも女のコ好きやし、オレは完璧に人も羨む〝ええ男〟のハズやのに
……何でこんなコトに?
学生街にあるファーストフードチェーン店。
津伍は、店のテーブル席に悪夢でも見ているような気分で座っていた。目の前には四人の男たちが横一列に並んでいた。
彼等は悪目立ちする真っ白の学生服。この街の学生ならばまず知らぬ者はいない。関わり合いになれば百害あって一利なし、避けて通るのが良策。そう、彼等は悪名高い私立荒菱館高等学校の生徒だ。
店内は見渡す限り学生だらけ。荒菱館高校の生徒は一見して、そうと分かるはずであり、他校の学生は関わりたくないはずなのに、チラチラと此方を盗み見てくる。何故ならば、横一列に並ぶ荒菱館高校の生徒たちの正面に、同じように女学生が並んでいたからだ。
真っ青の制服を着用した彼女たちは、石楠女学院高校の生徒。最悪の底辺校と称される荒菱館高校の生徒四名と、近隣最高の御嬢様学校の名を冠する石楠女学院高校の生徒四名が、対面式に並んで座っているというのは、少し人目を引く異様な光景だった。
荒菱館高校側の列には澤木曜至、その隣に美作純、則平&順平と続く。石楠女学院側の列はというと、このメンバーと唯一面識と交友のある鬼無里夜子が曜至の対面に、そして大己貴津伍、夜子の友人二名が並んでいた。
そう、津伍は石楠女学院高校側の列に、つまり石楠女学院の生徒として座しているのである。まだまだ男性としては未発達で華奢な彼は、石楠女学院高校の制服を難なく着こなした。肩を過ぎるほどの長さのウィッグを装着、持ち前の美顔に薄化粧を施され、それだけの工程であっさりと本物の女性顔負けの美少女に変身してしまった。
津伍はチラッと美作を見た。先ほどから何度か目線がかち合い、その度に美作は少々の悪意が見え隠れする含み笑いを溢した。
(純くんのイケズ……)
津伍は正面から顔を背けてフーッと息を吐いた。
「うお、激レア。赤毛の美少女✨」
「サスガ石楠女学院だよな。うちの女子とはレベルが違う」
「ていうか何で石楠が荒菱館なんかと……?」
曜至の耳には先ほどから男共が羨む声が聞こえていた。こちらをチラチラと盗み見てくる視線もひっきりなしに感じる。そうだろうそうだろうと曜至は優越感だった。夜子は曜至の厳しい審美眼に適う申し分ない美少女であるし、その隣に並ぶ赤毛の少女も夜子に遜色がない。
曜至と津伍は、美作や渋撥といった知人こそ共通しているものの、直接の面識はなかった。故に、津伍の変装を見破ることなどできなかった。
夜子は俯き加減の津伍の肩にポンと手を置いた。
「アヤナちゃん」
アヤナ――――それが美少女と化した津伍が本日名乗るべき名前だ。
「どうしたん? 知らん人ばっかりやさかい、ちょお緊張してしもた?」
夜子は津伍に穏やかな視線を注いだ。
津伍は顔を上げてふるふると首を左右に振った。
「名前、アヤナっていうのか」
曜至から声をかけられ、津伍は「うん」と頷いた。曜至に対してだけ、特別よ、とでも囁くようにニッコリと微笑みかけた。
曜至は津伍の見事な容貌に目を見張った。
(お……おおお、レベル高ェ✨✨ 夜子抜かせばこの中じゃダントツだな)
(コイツ、目覚めたらあかん才能を開花させとるんとちゃうか)
アヤナが津伍であると知っている美作は、何とも言えない表情をしてしまった。津伍の女装を面白半分に思っていたが、健全な男子中学生に新たな世界への扉を開かせてしまったとしたら、少々責任があるのではないだろうか。
「アヤナ言います。石楠女学院の一年生です。ヨロシク」
津伍は簡単に自己紹介をしたあと、「お兄さんは?」とやや小首を傾げる仕草で上目遣いに曜至に視線を送った。
「俺は曜至。荒菱館の三年」
「曜至クン? ……は先輩やね。ほなアヤナ、曜至先輩て呼んだほうがええ?」
「イヤ、好きに呼べばいーヨ。こんなトコで歳なんか関係ねェだろ」
(物は言い様。曜至君は三年言うてもダブってるさかいな、ほんまなら制服着てこんなトコにいてへんもんなー)
美作は胸中の想いを口に出すことはしなかった。チラッと夜子に目線を送り、夜子もそれに気付いて微かに笑みを零した。
セッティングは完了。ミッションは問題なく進行中。ターゲットは、澤木曜至。
§§§§§
何故、津伍が手の込んだ女装をして荒菱館高校と石楠女学院高校の合コンに参加して曜至に秋波を送ることになったのか。事の起こりはこうだった――――。
ある日の午後。
鶴榮は夜子から呼び出され、学生街のコーヒーショップを訪れた。
彼は最早社会人。年齢はいくらも変わらないのに制服姿の少年少女ばかりの店内には馴染めていない気がした。学生時分から学生街をブラブラするよりも、近場で物分かりのよいマスターがいる喫茶店ブラジレイロにばかり出入りしていた所為かもしれない。
鶴榮は入店してすぐにキョロキョロと店内を見回した。すぐにテーブル席に座っている夜子を見つけた。同じテーブルに見覚えのない少女も座っていた。そして、それに群がる男が二人。
鶴榮はテーブルに辿り着き、夜子たちに頻りに何やら話し掛けている男二人に「オイ」と声をかけた。
男たちは声をかけてきたサングラスをかけた男を、頭の天辺から爪先までジロジロと観察した。目線を顔の高さで停止すると、サングラスの男は二カッと笑った。
「何だ、オメーは」
「ベッピンやろ」
「はあ?」
「声かけたなる気持ちは分かるけどな、ええ思う女は大体もう人のモンやねん」
鶴榮はガッと手前にいた男の肩を掴んだ。僧帽筋を握る力を徐々に強め、指をめり込ませてゆくと、ある瞬間で男の顔色が変わった。
男は万力で締め上げられるような痛みを感じて額に脂汗を浮かべた。
鶴榮が渾身の力を振り絞っているかと言えばそうでもない。余裕綽々の表情でニッと笑った。
「テメッ! ずぁッ……!」
「遠くから眺めるだけなら許したる。早よ去ね」
鶴榮は若い娘に群がる悪い虫を追い払うことに成功した。
それから「よいしょ」と夜子の隣に座った。
「すんまへん鶴はん。人待ちやさかい言うてもあん人等しつこうて」
「ヨルの所為ちゃう。そんな申し訳なさそな顔せんでええ。あんなモンはなんぼ気ィ付けとっても勝手に寄ってくるもんや」
それに握力には少し自信があるのだ、と鶴榮はテーブルの上に肘を置いて指をにぎにぎと動かして見せた。それは冗談めかした謙遜だ。肩を握っただけで大の男が脂汗を流して退散してしまうのだから、ちょっとやそっとの握力ではない。
夜子は口許に手を添えてフフフと笑みを溢した。
「夜子はん、この人は……?」
テーブルを挟んで夜子の対面に座っている少女、鶴榮と面識のない彼女は、夜子に小声で尋ねた。彼女は夜子と同じ、天壇青の制服を着ているから石楠女学院の生徒に違いない。
「ウチのカレシはん。鶴榮はんどす」
「こ、この人が⁉ 夜子はんの……?」
少女は分かりやすく顔色を変えた。目を大きくして吃驚した顔で鶴榮を見る。鶴榮が「意外やろ」と笑い、慌ててそんなことはないと繕った。
無論、鶴榮はこの程度で腹を立てることなどなかった。自分の風貌や経歴が、夜子と不釣り合いなことは自覚している。だからといって卑屈になるつもりは更々ないが。
「別にええで。こんなベッピンのヨルのカレシいうてワシみたいなんが出てきたら驚くわな」
「この子はウチの後輩で、アヤナちゃん言います」
アヤナです、と少女は鶴榮に向かってペコリと頭を下げた。
「ヨルの後輩っちゅうことは禮ちゃんも知っとる子ォか」
「へぇ。学年ちゃうさかいそんな親しゅうはしてまへんけど、お互い顔と名前くらいは。アヤナちゃんはウチと同じ日舞の教室通うてて、ウチが直接の先輩いうことになるんどす」
「で? ヨルが後輩連れてきてワシに話があるて、何があったんや」
夜子が今日鶴榮を呼び出した次第は単に話があるとしか伝えていなかった。アヤナを連れてくるとも言わなかった。その意味を早々に察してくれるのは流石だなと思った。
夜子が人を交えて鶴榮にしたい話、つまり相談事があって呼び出したのだ。
「荒菱館のお友だちに、澤木はんて、おいやすやろ」
鶴榮は隣に座る夜子からやや上半身を引いた。
これは夜子の口からまさかの名前が飛び出してきた。よもやこのようなところでその人物の話になるとは思っていなかった。
夜子は頬に手を当てて眉を八の字にした。
「鶴はんと渋撥はんのお友だちやさかい、こんなことは言いにくいんどすけど……その澤木はん、ちょっと困ったお人みたあで」
「女か」
鶴榮はズバッと突き刺すように言い当てた。
夜子もアヤナも少々驚いた様子だった。その反応さえ見れば是非の答としては充分だ。
「曜至の女癖は荒菱館のモンなら誰でも知っとる。……アヤナちゃん、曜至に引っかかったんか」
アヤナは俯いて小さくコクッと頷いた。
鶴榮はソファの背凭れに体重を任せ、天井を仰いで「カッ」と一息吐いた。的中してもまったく嬉しくない予想だ。正直、呆れ顔をしてしまっているかも知れないから、それを夜子やその後輩に見せられなかった。
「どーせ曜至のほうから声かけたんやろ。ようナンパしてるからなあ、アイツ」
「お友だちとお買い物してるときに……声かけられて……」
アヤナの声は消え入りそうにか細く、頼りなさげで可憐だった。外見から想像するそのままの声だ。或る種の男の庇護欲を刺激するだろうなと、鶴榮は思った。
「こ、荒菱館の人やし、最初は恐い思たんですけど……一所懸命に話しかけてきはって、悪い人ちゃうんかなあて……」
(そりゃ女引っかけるときは一所懸命になるわなー)
「そのとき一緒にいてたお友だちもお茶飲むだけならええよ言うさかい……」
「それで仲良うなって連絡先交換して、何回か会うとる内に彼女みたぁなってしもた、か」
天井を仰いでいた鶴榮は、顔を引き戻してテーブルに腕を置いた。呆れ顔をしてはいけないと思いつつも「はあーっ」と深い溜息が漏れた。
「別に曜至の味方したるつもりはあれへんけどな、そんな簡単に男信用したらあかんで。アイツ、ええのはカオだけで、全身から狼のオーラ出てるやん。あんな見るからに女好きそうなヤツについていったらあかん。曜至だけやのォて、世の中にはそんな男はぎょうさんいてる。今回痛い目見たんやろけど、これから先ほんま気ィ付けや。自分のことは自分が一番大事にしたらなあかんで」
鶴榮が真っ直ぐに見据えて声を放っただけで、アヤナは小さな身体をさらに窄めて萎縮して見えた。またしても消え入りそうな声で「はい……」と返ってきた。その内、ポタッとテーブルの上に雫が落ちた。アヤナは肩を震わせて両手で目を拭った。
よもや恐怖で泣いているわけではあるまい。鶴榮は真っ当な忠告をしただけだ。声を荒げて叱責したのでも、口汚く罵倒したのでもない。少女が涙する理由は、鶴榮にも正確に理解はできなかった。
鶴榮はどうしたものかと夜子のほうへ顔を向けた。夜子は鶴榮に対して少々申し訳なさそうに眉尻を下げ、アヤナの横へと移動した。
鶴榮は、夜子がアヤナの背に手を置き落ち着かせているのを眺め、ふと或ることに気付いた。
「……ん? ヨルの後輩っちゅうことはアヤナちゃんの歳は……」
「アヤナちゃんは石楠女学院中学の三年生どす。もうすぐ十五歳どすな」
高校一年生の夜子の後輩に当たるのだからそれはそうだ。中学生は鶴榮たちの視点から見ると子どもの範疇。真剣に付き合うならまだしも、一時の享楽を目的に弄ぶのは人間性を疑う。否、或る意味、年齢など考慮しない短慮振りは予想通りではあるのだが。
鶴榮は額を押さえ、握り締めた拳がフルフルと震えていた。
「何さらしてんねん曜至のド・ア・ホ~~~ッ」
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