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Kapitel 08:古時計
古時計 02
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虎子は、自分のテリトリー内で以祇が我が物顔で振る舞うのも、心許した友との楽しいバカンスに混ざろうとするのも、大層気に入らなかった。実力行使で以て邪魔者の排除に乗り出そうとしたところで、白がどうにか宥めた。
人間、合う・合わないはある。虎子と以祇がその合わない性質同士であることは仕方がない。しかし、彼らの場合は、実際に衝突するのは両家の護衛たちであるから、口を挟まずに放っておくのはあまりにも忍びなかった。
数時間の移動を終えたばかりの白たちは、まずはファニチャーセットに腰かけてティーで休憩することにした。以祇も交えて。以祇を無理矢理にでも追い出そうとすれば、また火種となる。
その間に、使用人たちが旅行の荷物を車から別荘内へと運んでくれる。
白と虎子にはアイスティー、天尊にはアイスコーヒー、銀太には炭酸入りジュースがやってきた。全員がまずは喉を潤して一息吐いた。
「この物件、曰く付きらしいね」
以祇がそのようなことを言い出した。
「この辺りでは、この屋敷は〝出る〟と有名だそうだよ」
「ええ。そうらしいですわね。それがどうかしましたか」
虎子の返事はかなり冷淡なものだった。不本意だという心持ちを以祇に対して隠そうとはまったくしなかった。
レディの不機嫌を察知して引き下がるなら可愛げもあるが、察知しても堂々と居残るメンタルの持ち主が甲斐以祇だ。
ピンと来なかった天尊は、白に小声で尋ねる。
「出るとは何だ?」
「たぶん、オバケ」
「オバケ?」
天尊は白から返答を得ても不思議そうな顔をした。
「うら若き乙女がこの手の話を気にしないのかい」
「生憎と、幽霊・心霊現象の類は信じませんの」
虎子はキッパリと切り捨てた。信じないのは事実だが何より、以祇が持ち出した話題に乗ってやるのは癪だった。
「白くんはこの手の話はどうだい」
「ボクも特にオバケが苦手ってことはないです。見たことありませんから」
白は以祇のほうを見もせずに答えた。ジュースに夢中の銀太が、グラスを傾けすぎて取り落とさないように監視中。
――オバケは見たことないが、モンスターの類ならば遭遇したことはあるのだけれど。
この世のものとは思えない化け物が実在したのだから、幽霊の存在を完全に否定することはできない。しかし、目にしたこともなければ実害を受けたこともない。出ると言われても恐怖は感じなかった。
以祇は少々残念そうに肩を竦めた。
「白くんも虎子も、オバケが恐くなったらいつでも僕の別荘へ来てくれて構わないよ。ちゃんとゲストルームもあるからね」
「結構ですわ」
虎子は直ぐさま断った。
自分も心霊の類いになどさして関心がないくせに、どうして話題にしたのかと思ったら自分の別荘へ誘い出す口実とは、小賢しくて嫌気が差す。
ズコーッ、と勢いのよい音を立てて銀太がジュースを飲み干した。
「ティエン。ウミいこーぜウミ!」
「泳ぐのはダメだよ。銀太」
「わかってるー!」
白が天尊へ目を向けると、椅子から腰を持ち上げたところだった。
此方が何も言わずとも銀太の世話を買って出てくれるのはありがたい。
「銀太が海に入らないように見ててね。ティエン」
「分かった」
「僕も混ぜてくれないかな。弟くん」
これは異な事。白は以祇がそのようなことを言い出すとは思っていなかった。
白がキョトンとしている間に、銀太が二つ返事で承諾した。もう銀太は海の間近に行くことしか念頭になかった。相手が姉にくっついている悪い虫であることも忘れていた。
以祇が行動するとなれば護衛が付き随う。銀太を先頭に、男たちがぞろぞろと列を成してついていった。
ファニチャーセットに残ったのは、白と虎子だけ。男性陣がいなくなると途端に静かになった。以祇が視界からいなくなったことで虎子の苛々も収まり、ふたりしてようやくホッと息を吐いた。
甘いお茶菓子を食み、後味スッキリのティーを飲み、穏やかにゆったりとした。白と虎子の時間の過ごし方は、本来このようなものだ。ふたりとも、同じ年頃の少女たちよりもずっと喧噪よりは安穏を好む気質だった。
「甲斐先輩が銀太と遊んでくれるなんて予想外」
「以祇のことですもの、どうせ懐柔策のひとつですわ。あの銀太くんがその程度で本当に心を開くとは思えませんけれど」
「頑固だからなー」
白はアハハハと笑った。銀太が天尊にするほど以祇に懐く姿は、今のところ想像できなかった。
「御兄様は、お体にお変わりないようで安心いたしました」
「ティエン? いつも通りだけど」
「ガラスハウスのことがありましたので、心配しておりましたのよ」
白は素直にギクッとしてしまった。虎子の顔を直視することができなくなり、逃げるようにお茶菓子に手を伸ばした。内心ドキドキしているが、表情に出さないように努めた。
「あのときも言ったけど、ガラスハウスが割れたときにはボクもティエンもなかにいなかったんだってばー。だから二人とも何ともないでしょ」
「あれだけのガラスが降ってきて、ただで済むはずがありませんものね。二人が運よくガラスハウスから出たあとで、本当に良かったですわ」
虎子は微笑みを湛え、ティーカップを口許に運んだ。
しかしながら、白は直感した。腹の中ではまったく納得していないのだろうと。追及が続かないところをみると、せっかくのバカンスなのだから不問に付すということなのだろう。要らぬボロを出すくらいなら、これ以上下手な言い訳はしないほうがよい。
「そういえば」と白は話題を転換した。
「ここに出るっていうオバケってどんなのなの。ココ、知ってる?」
「さあ。不動産業者は詳しくは話しませんでしたわね。心霊話というものは、恐いもの見たさでやって来た人間から広まるものでしょう。そう期待しているのですから、何を見間違えたとしてもおかしくはありませんわ」
「確かに」
白は焼き菓子を囓り、うんうんと頷いた。
虎子はフフフと笑った。ティーカップをソーサーにそっと置いた。
「もしかして白も幽霊を御覧になりたいのですか。仰有っていただければ、本場ブリテン島の由緒正しい幽霊屋敷に御招待いたしましたのに」
「どうせ海外に行くならわざわざオバケ見にじゃなくて普通に楽しみに行きたいよ」
それもそうだね、と白と虎子は顔を見合わせて笑った。
「どうして国内に別荘買ったの? 別荘なら海外にいくつもあるのに」
「思い立ったときにちょっとバカンスに行くには国内のほうが便利が良いですから」
「ココは思い立てばどこにでも行けるでしょ」
白は久峩城ヶ嵜家の御令嬢がその気になれば、自家用ヘリコプターでもジェット機でも自由に乗り回せることを知っている。
「白と、バカンスに行きたかったのですよ」
虎子だけならば世界中、何処へでも行くことができる。何をすることも可能だ。しかし、それだけでは味気ない。何処かへ行って何かして、誰かと何かを共有する。それを白としたい。
「ボクも、ココと遊びたいなって思ってた」
虎子は本音を吐露した。このようなことをするのは、誰よりも心を許した親友・白に対してだけだ。白もそれを知っているから、笑い飛ばしたりせず、肩と肩とを合わせて寄り添った。
ふたりして、すぐ隣に心許せる友がいる喜びに感じ入った。
白と虎子は、お茶を飲み終えて別荘の中へと入った。
大まかな間取りの把握をかねて別荘内を探検することにした。別荘滞在中は虎子の使用人が身の回りの世話をしてくれるが、洗面所や寝室などの位置は早く知りたいものだ。
別荘の外観からして木造の古い建築物であり、内装も大木を一本丸ごと使用した太い梁や柱で支えられた立派な造り。調度品もアンティークなものばかりだ。一見して歴史あるが、虎子の使用人が準備しただけあってどこもかしこもピカピカだ。
「けっこー古そうだね」
「築年数は百年近く。元々はバカンス用の別荘ではなく、地元の名士の本邸だったそうです。シックなところが気に入りました」
「確かにココが好きそう。古い割にはキレイでイイね」
「事前に滞在の準備を使用人に頼みましたから。それが仇になって以祇を寛がせてしまうとは……チッ」
虎子は本当に白の前では飾らない。白は、虎子の舌打ちを聞いて何とも言えない表情をする国頭を見て、苦笑した。
談話室。
こちらは談話室になります、と国頭がドアを開いた。
突き当たりは全面ガラス張りになっており、ビーチが一望できる。今日は晴天だから室内がとても明るい。
中央に木製の応接テーブルとソファ。壁側に酒瓶の並んでいないバーカウンター。反対側の壁には、大きな振り子時計。調度品が少なく、空間に余裕を持たせたリラックスルームであることが窺える。
白と虎子は大きな窓に近づいた。
ビーチに銀太たちの姿があった。意外にも、以祇はちゃんと銀太の砂遊びの相手をしているようだ。天尊はそれをビーチに座りこんで眺めている。
「お。いるいる」
「銀太くんたち、ここから見えますわね」
「暑そうだなー」
白は室内へと視線を引き戻した。明るい砂浜を眺めた所為で、しばし視界がチラついた。
視野を取り戻すと、なんとなく大きな振り子時計に目が留まった。
近づいてみると自分の背丈よりも大きく、この屋敷と同じくらい歴史を感じさせる風格があり、威圧感があった。
「ココ。この時計とまってる?」
「あら。本当ですわ」
時計の文字盤は、まるで見当違いな時刻を指し示していた。
虎子は近くにいた使用人のひとりへと目を遣り、この時計はどうしたのかと尋ねた。
使用人の女性は申し訳なさそうな顔を見せた。
「時計職人を手配しようとしたのですが、この近所にはいないそうで。手入れが行き届かず申し訳ございません。御嬢様」
「構いません。腕時計で時刻は確認できます」
虎子もまた、合理的で理智的な質だ。使用人を不必要に叱りつけるなどしなかった。
コトン。――振り子時計の内部から小さな音がした。
「今なんか音がしなかった?」
白は振り子時計の本体に触れてガラス窓を覗きこんだ。物音が気になって反射的にそうしただけであり、時計に関する知識は特にない。
何の拍子にか、停止していた時計の振り子が左右に振れはじめた。
ボーン。ボーン。ボーン。――大きな時計の音が室内に鳴り響いた。
白は真横にいる虎子のほうへ顔を向けた。
「ごめん。触ったら時計鳴っちゃった。壊れちゃったかも」
「構いませんわ」
虎子は何も気にしなかった。立派な振り子時計も別荘を購入したらついてきた付属品のひとつだ。思い入れはない。多少あったとしても、白のしたことだから咎めはしなかったに違いない。
白は振り子時計のガラス窓を今一度よく覗きこんだ。
振り子が振れる空間、その隅に白いかたまりが見えた。虎子とあれは何だろうと話し合ったが思い当たらなかった。通常、この空間には何も置かない気がする。
失礼、と国頭がガラス窓を開けてくれた。
白は白いかたまりを拾い上げて手の平の上に置き、虎子とまじまじと観察した。
「これ、石かな? それにしては軽いよーな」
「何でしょう。石灰石のような……」
「何で時計の中にこんなものが入ってたんだろう。砂浜で拾ってきたのかな」
「そうかもしれませんわね」
人間、合う・合わないはある。虎子と以祇がその合わない性質同士であることは仕方がない。しかし、彼らの場合は、実際に衝突するのは両家の護衛たちであるから、口を挟まずに放っておくのはあまりにも忍びなかった。
数時間の移動を終えたばかりの白たちは、まずはファニチャーセットに腰かけてティーで休憩することにした。以祇も交えて。以祇を無理矢理にでも追い出そうとすれば、また火種となる。
その間に、使用人たちが旅行の荷物を車から別荘内へと運んでくれる。
白と虎子にはアイスティー、天尊にはアイスコーヒー、銀太には炭酸入りジュースがやってきた。全員がまずは喉を潤して一息吐いた。
「この物件、曰く付きらしいね」
以祇がそのようなことを言い出した。
「この辺りでは、この屋敷は〝出る〟と有名だそうだよ」
「ええ。そうらしいですわね。それがどうかしましたか」
虎子の返事はかなり冷淡なものだった。不本意だという心持ちを以祇に対して隠そうとはまったくしなかった。
レディの不機嫌を察知して引き下がるなら可愛げもあるが、察知しても堂々と居残るメンタルの持ち主が甲斐以祇だ。
ピンと来なかった天尊は、白に小声で尋ねる。
「出るとは何だ?」
「たぶん、オバケ」
「オバケ?」
天尊は白から返答を得ても不思議そうな顔をした。
「うら若き乙女がこの手の話を気にしないのかい」
「生憎と、幽霊・心霊現象の類は信じませんの」
虎子はキッパリと切り捨てた。信じないのは事実だが何より、以祇が持ち出した話題に乗ってやるのは癪だった。
「白くんはこの手の話はどうだい」
「ボクも特にオバケが苦手ってことはないです。見たことありませんから」
白は以祇のほうを見もせずに答えた。ジュースに夢中の銀太が、グラスを傾けすぎて取り落とさないように監視中。
――オバケは見たことないが、モンスターの類ならば遭遇したことはあるのだけれど。
この世のものとは思えない化け物が実在したのだから、幽霊の存在を完全に否定することはできない。しかし、目にしたこともなければ実害を受けたこともない。出ると言われても恐怖は感じなかった。
以祇は少々残念そうに肩を竦めた。
「白くんも虎子も、オバケが恐くなったらいつでも僕の別荘へ来てくれて構わないよ。ちゃんとゲストルームもあるからね」
「結構ですわ」
虎子は直ぐさま断った。
自分も心霊の類いになどさして関心がないくせに、どうして話題にしたのかと思ったら自分の別荘へ誘い出す口実とは、小賢しくて嫌気が差す。
ズコーッ、と勢いのよい音を立てて銀太がジュースを飲み干した。
「ティエン。ウミいこーぜウミ!」
「泳ぐのはダメだよ。銀太」
「わかってるー!」
白が天尊へ目を向けると、椅子から腰を持ち上げたところだった。
此方が何も言わずとも銀太の世話を買って出てくれるのはありがたい。
「銀太が海に入らないように見ててね。ティエン」
「分かった」
「僕も混ぜてくれないかな。弟くん」
これは異な事。白は以祇がそのようなことを言い出すとは思っていなかった。
白がキョトンとしている間に、銀太が二つ返事で承諾した。もう銀太は海の間近に行くことしか念頭になかった。相手が姉にくっついている悪い虫であることも忘れていた。
以祇が行動するとなれば護衛が付き随う。銀太を先頭に、男たちがぞろぞろと列を成してついていった。
ファニチャーセットに残ったのは、白と虎子だけ。男性陣がいなくなると途端に静かになった。以祇が視界からいなくなったことで虎子の苛々も収まり、ふたりしてようやくホッと息を吐いた。
甘いお茶菓子を食み、後味スッキリのティーを飲み、穏やかにゆったりとした。白と虎子の時間の過ごし方は、本来このようなものだ。ふたりとも、同じ年頃の少女たちよりもずっと喧噪よりは安穏を好む気質だった。
「甲斐先輩が銀太と遊んでくれるなんて予想外」
「以祇のことですもの、どうせ懐柔策のひとつですわ。あの銀太くんがその程度で本当に心を開くとは思えませんけれど」
「頑固だからなー」
白はアハハハと笑った。銀太が天尊にするほど以祇に懐く姿は、今のところ想像できなかった。
「御兄様は、お体にお変わりないようで安心いたしました」
「ティエン? いつも通りだけど」
「ガラスハウスのことがありましたので、心配しておりましたのよ」
白は素直にギクッとしてしまった。虎子の顔を直視することができなくなり、逃げるようにお茶菓子に手を伸ばした。内心ドキドキしているが、表情に出さないように努めた。
「あのときも言ったけど、ガラスハウスが割れたときにはボクもティエンもなかにいなかったんだってばー。だから二人とも何ともないでしょ」
「あれだけのガラスが降ってきて、ただで済むはずがありませんものね。二人が運よくガラスハウスから出たあとで、本当に良かったですわ」
虎子は微笑みを湛え、ティーカップを口許に運んだ。
しかしながら、白は直感した。腹の中ではまったく納得していないのだろうと。追及が続かないところをみると、せっかくのバカンスなのだから不問に付すということなのだろう。要らぬボロを出すくらいなら、これ以上下手な言い訳はしないほうがよい。
「そういえば」と白は話題を転換した。
「ここに出るっていうオバケってどんなのなの。ココ、知ってる?」
「さあ。不動産業者は詳しくは話しませんでしたわね。心霊話というものは、恐いもの見たさでやって来た人間から広まるものでしょう。そう期待しているのですから、何を見間違えたとしてもおかしくはありませんわ」
「確かに」
白は焼き菓子を囓り、うんうんと頷いた。
虎子はフフフと笑った。ティーカップをソーサーにそっと置いた。
「もしかして白も幽霊を御覧になりたいのですか。仰有っていただければ、本場ブリテン島の由緒正しい幽霊屋敷に御招待いたしましたのに」
「どうせ海外に行くならわざわざオバケ見にじゃなくて普通に楽しみに行きたいよ」
それもそうだね、と白と虎子は顔を見合わせて笑った。
「どうして国内に別荘買ったの? 別荘なら海外にいくつもあるのに」
「思い立ったときにちょっとバカンスに行くには国内のほうが便利が良いですから」
「ココは思い立てばどこにでも行けるでしょ」
白は久峩城ヶ嵜家の御令嬢がその気になれば、自家用ヘリコプターでもジェット機でも自由に乗り回せることを知っている。
「白と、バカンスに行きたかったのですよ」
虎子だけならば世界中、何処へでも行くことができる。何をすることも可能だ。しかし、それだけでは味気ない。何処かへ行って何かして、誰かと何かを共有する。それを白としたい。
「ボクも、ココと遊びたいなって思ってた」
虎子は本音を吐露した。このようなことをするのは、誰よりも心を許した親友・白に対してだけだ。白もそれを知っているから、笑い飛ばしたりせず、肩と肩とを合わせて寄り添った。
ふたりして、すぐ隣に心許せる友がいる喜びに感じ入った。
白と虎子は、お茶を飲み終えて別荘の中へと入った。
大まかな間取りの把握をかねて別荘内を探検することにした。別荘滞在中は虎子の使用人が身の回りの世話をしてくれるが、洗面所や寝室などの位置は早く知りたいものだ。
別荘の外観からして木造の古い建築物であり、内装も大木を一本丸ごと使用した太い梁や柱で支えられた立派な造り。調度品もアンティークなものばかりだ。一見して歴史あるが、虎子の使用人が準備しただけあってどこもかしこもピカピカだ。
「けっこー古そうだね」
「築年数は百年近く。元々はバカンス用の別荘ではなく、地元の名士の本邸だったそうです。シックなところが気に入りました」
「確かにココが好きそう。古い割にはキレイでイイね」
「事前に滞在の準備を使用人に頼みましたから。それが仇になって以祇を寛がせてしまうとは……チッ」
虎子は本当に白の前では飾らない。白は、虎子の舌打ちを聞いて何とも言えない表情をする国頭を見て、苦笑した。
談話室。
こちらは談話室になります、と国頭がドアを開いた。
突き当たりは全面ガラス張りになっており、ビーチが一望できる。今日は晴天だから室内がとても明るい。
中央に木製の応接テーブルとソファ。壁側に酒瓶の並んでいないバーカウンター。反対側の壁には、大きな振り子時計。調度品が少なく、空間に余裕を持たせたリラックスルームであることが窺える。
白と虎子は大きな窓に近づいた。
ビーチに銀太たちの姿があった。意外にも、以祇はちゃんと銀太の砂遊びの相手をしているようだ。天尊はそれをビーチに座りこんで眺めている。
「お。いるいる」
「銀太くんたち、ここから見えますわね」
「暑そうだなー」
白は室内へと視線を引き戻した。明るい砂浜を眺めた所為で、しばし視界がチラついた。
視野を取り戻すと、なんとなく大きな振り子時計に目が留まった。
近づいてみると自分の背丈よりも大きく、この屋敷と同じくらい歴史を感じさせる風格があり、威圧感があった。
「ココ。この時計とまってる?」
「あら。本当ですわ」
時計の文字盤は、まるで見当違いな時刻を指し示していた。
虎子は近くにいた使用人のひとりへと目を遣り、この時計はどうしたのかと尋ねた。
使用人の女性は申し訳なさそうな顔を見せた。
「時計職人を手配しようとしたのですが、この近所にはいないそうで。手入れが行き届かず申し訳ございません。御嬢様」
「構いません。腕時計で時刻は確認できます」
虎子もまた、合理的で理智的な質だ。使用人を不必要に叱りつけるなどしなかった。
コトン。――振り子時計の内部から小さな音がした。
「今なんか音がしなかった?」
白は振り子時計の本体に触れてガラス窓を覗きこんだ。物音が気になって反射的にそうしただけであり、時計に関する知識は特にない。
何の拍子にか、停止していた時計の振り子が左右に振れはじめた。
ボーン。ボーン。ボーン。――大きな時計の音が室内に鳴り響いた。
白は真横にいる虎子のほうへ顔を向けた。
「ごめん。触ったら時計鳴っちゃった。壊れちゃったかも」
「構いませんわ」
虎子は何も気にしなかった。立派な振り子時計も別荘を購入したらついてきた付属品のひとつだ。思い入れはない。多少あったとしても、白のしたことだから咎めはしなかったに違いない。
白は振り子時計のガラス窓を今一度よく覗きこんだ。
振り子が振れる空間、その隅に白いかたまりが見えた。虎子とあれは何だろうと話し合ったが思い当たらなかった。通常、この空間には何も置かない気がする。
失礼、と国頭がガラス窓を開けてくれた。
白は白いかたまりを拾い上げて手の平の上に置き、虎子とまじまじと観察した。
「これ、石かな? それにしては軽いよーな」
「何でしょう。石灰石のような……」
「何で時計の中にこんなものが入ってたんだろう。砂浜で拾ってきたのかな」
「そうかもしれませんわね」
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