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Kapitel 09:懸隔
耀龍 02
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「ご近所?」
「部屋を買ったんだ。どうせなら御近所さんのほうが楽しいじゃない」
「買った⁉」
白はビックリして大きな声で聞き返した。
「そう、買ったの。このフロアを全室。同じフロアに知らない人が住んでるなんて危ないもんね」
「買ったって……どうやってですか。ボクたちが入る前からお隣さんが入居してたはずっ……ていうか全室⁉」
「お金さえ払えばお願いを聞いてくれるなんて、親切な国民性だって聞いてたけど本当なんだね。オレは好きだよ」
耀龍はキラキラとした満面の笑み。
「ッ……‼」
白はクラクラと眩暈に襲われ、壁に手を突いて打ち拉がれた。
楽しいと思ったからマンションのワンフロアをすべて買い取ったなんて非常識を、耀龍は当然の顔をして放言した。天尊の金銭感覚も常識から逸脱していると思ったが、耀龍はそれ以上かもしれない。
「ロンはおかねもちなんだなー」
「平均よりはお金持ちかもねー」
銀太は素直に、へー、と感心した。耀龍は他人事のようだった。
二人は気が合ったのかアハハと笑い合ったが、白は笑えなかった。無邪気な幼稚園児とは異なり、一時の感情でマンションのワンフロアを買い占めるのは、平均年収を遥かに上回る所業であることを知っている。
天尊は変わらず不機嫌な視線を巨躯の従者に向けた。
「お前は龍が言うままノコノコ付いてきたというのか。お坊ちゃまのワガママを諫められずに何の為の侍従だ。役立たずが」
「ちょっと天哥々。縁花に八つ当たりするのやめてよー。そんな理不尽だと、アキラに追い出されちゃうよー」
ガッ、と天尊が耀龍の胸倉を掴んだ。
白は慌てて天尊の腕に飛びついた。
「ダメダメ! スグ暴力をふるわないッ」
マンション・疋堂家の隣室。
耀龍はここを滞在の拠点とするつもりだが、まだ何の調度品も揃っておらず生活感は皆無だ。間取りや面積は疋堂家とほぼ同様だが、物が何も無いから広々としている。
天尊と耀龍、その侍従の三人は、何も無いリビングに立っていた。
耀龍は天井を見上げたり室内を見回したり、自分の城だというのにキョロキョロしていた。その様子を見るに、やはり物件を碌に見聞もせずに、白と同じマンションだから、隣室だから、という理由だけでここに決めたのだと、天尊には推察できた。
「帰還して、どう報告した」
天尊は腕組みをした仁王立ちで耀龍を問い質した。
「事実を。接触には成功しましたが、アクセスプログラム処理中、セッションを強制破棄され、帰還を拒否されました……って」
「それから」
「そもそも〝あの人〟たちもさー、帰還を拒否されるなんて想定外なわけ。拒否や抵抗された場合、どうしろとも指定されてなかった。オレの力じゃ天哥々を強制的にどうこうできないのは分かり切っているし、特に叱られなかったよ。帰還命令違反には納得いかないってかんじだったけど」
「俺の情況は。お前の所感で構わん。話せ」
「当然、居場所は把握された。アクセスプログラム起動時にここの座標はシステムに記録されたから。貴男の《オプファル》が発見されたことも、その素性も判明済み。とはいえ、すぐさま次の行動に移れるわけじゃない。実の弟のオレが退けられた。適任者の選考が難しい。だから、そう切迫したものでもないと思うよ」
「で、お前が俺にまとわりつく本当の理由は何だ」
耀龍は天尊のほうへ目線を引き戻し、小首を傾げて見せた。
「さっきも言った通り、留学だよ。オレ、前々からミズガルズに興味あったんだ。修学目的のビヴロスト通過申請は、ずっと前から出してたんだよ。天哥々がミズガルズに降臨するより先なんだからね」
「信じられん」
天尊は素早く切り返した。
耀龍は天尊から目線を逸らして嘆息を漏らした。
「何でそう疑うの? 天哥々もさ、オレが近くにいたほうが都合がいいことあるでしょ」
「だからだ。よしんば申請に許可が下りたタイミングは偶然だとしても、否、それもかなり疑わしいが。わざわざアキラと同じ学校に留学生として潜りこみ、隣の部屋を買ったのは、とてもじゃないが偶然とは考えられん。当然怪しむ俺に対して、お前の能力が俺にとって好都合だというのは恰好の目眩ましだ」
天尊は耀龍に手を差し出して本音の吐露を促した。
「正直に話せ。俺を監視するよう、新たに役目を与えられたか」
耀龍は口を噤んだ。それは天尊にとっては反抗に等しかった。ねじ伏せたくなる癇に障る行為だ。
「それとも、力尽くで追い返されたいか」
天尊の雰囲気が変わったことを、耀龍の侍従は察知した。何物であれ主人への害意は看過はできない。相手が誰であれ迎え撃たなければならない。それが彼の責務だ。
屈強な男二人が正面から向き合って空気がビリビリと張り詰めた。先ほど白の部屋で対峙したときの比ではない険難。
耀龍は、はあーっ、と大きな溜息を吐いて両手を挙げた。
「全部故意だよ」
天尊は横目で耀龍を見た。
耀龍は腰の後ろに回して組み、肩を竦めて見せた。
「でも、命令なんかじゃない。オレは軍人でも官吏でもないの。たとえ命令されたって拒否する権利がある。オレが天哥々の近くにいたかったから、そうしただけ」
「目的は」
天尊からの詰問は尚も続いた。
耀龍は眉間に皺を寄せて困ったように笑った。
「あのさー、天哥々には分からないかもしれないけど、利害なんて関係なく行動することもあるんだよ。オレは貴男が好きなの。貴男の扶けになりたいの。だから近くにいたい。それが目的であり理由」
天尊は一瞬だけ目を大きくした。天尊は疑り深い性分だが、耀龍は嘘を吐いていないと直感した。幼いときから知っている、だが共に過ごした時間は短い。しかし、嘘か本音かくらいは見抜く自信がある。
天尊は耀龍へと手を伸ばした。大きな手の平で耀龍の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「やはりただのワガママだ」
耀龍は、えへへとはにかんだ。
兄を想っての行動も我が儘と評され、やはり子どもっぽいのだろう。しかし、憧れる兄に許されたのは嬉しかった。
翌朝。疋堂家。
天尊が自室から出てきて食卓にやって来ると、耀龍がすでにテーブルに着いていた。笑顔で手を振られてイラッと神経を逆撫でされた。
「何で龍がここにいる」
「ミズガルズに留学に来たよって昨日言ったじゃない。もう忘れちゃったの?」
「忘れるかッ」
天尊は耀龍の後ろに立っている侍従をビシッと指差した。
「お前もそこのデカイのも、昨夜は俺の部屋に泊めてやったのに忘れるわけがないだろうが」
何故、天尊が決して広くはない自室に大の男を二人も宿泊させる羽目になったか。
耀龍は部屋数こそ余りあるが、生活に必要なものは何ひとつ持っていない。食事をするテーブルや椅子どころか、眠りに就くベッドすらない。それを知った白は、不憫に思って天尊に部屋に泊めてやるよう頼んだ。天尊は嫌々、かなり渋々、耀龍と巨躯の侍従を自屋に泊めてやったというわけだ。
今朝になって耀龍と侍従は自室へと帰った。しかし、天尊がのんびりと朝の一服を終えて食卓にやって来ると舞い戻っていた。しかも、天尊が定位置としている席に我が物顔で座っているものだから、腹に据えかねる。
天尊は耀龍に近づいてギロッと睨んだ。
「やっと自分の部屋に帰ったのに、なに当たり前の顔して俺より先に座ってやがる」
「朝ゴハン食べに来たの。部屋に戻るときに、アキラがよかったらどうぞーって言ってくれたんだよ」
「アキラ」
天尊はキッチンの中で朝食の支度をしている白のほうを見た。
「だって引っ越したばっかりで、まだ部屋に何もないんでしょ。ゴハンの支度もできないかなって」
「アキラ。ゴハンまだー?」
パンッ。――天尊は耀龍の頭を叩いた。
「アキラはお前の召し使いじゃない。偉そうに急かすな」
白と銀太が皿を持ってキッチンから出てきた。皿の上にはトーストとサニーサイドアップの玉子、よく焼けたウィンナー。千切ったレタスのサラダと、ホットコーヒーも食卓に並んだ。
「まあまあ。とにかく朝ゴハンにしよ。ティエンも早く座って」
「退け。其処は俺の席だ」
天尊はグイッと耀龍の頭を押した。
耀龍は、もー、と不満を漏らしながら立ち上がり、隣の椅子へと座り直した。邪魔者が退き、天尊は定位置で腰を落ち着けた。
耀龍と共に移動して斜め後ろに直立していた侍従に、白が申し訳なさそうに折り畳み式の簡易な椅子を差し出した。侍従が断ろうとすると、主人の耀龍が「いーんじゃない」と許しを出した。巨躯の侍従が腰を下ろすと、椅子がミシリッと押し潰されそうな音を立てた。
全員が食卓テーブルに着席した。白と銀太、天尊は体の前で両手を合わせた。いただきますと呪文を唱えて食事をスタートした。
(お祈り?)
その光景に馴染みのない耀龍は、キョトンとした。
大の男が三人もいる食卓は賑やかだった。食い散らかすような不躾ではなかったが、子ども二人だけのときとは比較にならないほど食事のペースが早い。白は圧倒されつつ、銀太の食べこぼしや食べ残しも疎かにしなかった。噎せないように飲み物を飲ませたり、苦手な野菜を弾かないようにしたり、気を配った。
「アキラはすごいね。こんなに幼いのに本当に食事の支度ができるんだね」
「手の込んだものはものは作れないですけどね」
白は耀龍から褒められて照れ臭そうにはにかんだ。
「これからもゴハン作ってくれない? 勿論、対価はお支払いするから」
「アキラは忙しい。甘えるな。アキラがお前のメシを用意する義理はない。そもそも、留学するなら前もってちゃんと準備しろ。自分たちの寝床もないとはどういうことだ。随分な不手際だな、侍従」
「面目次第もございません」
天尊は耀龍の侍従に対して当たりが強い。白は気の毒に思って話題を転換する。
「ティエンの部屋はベッドひとつしか無いのに、昨日どうやって三人で寝たの?」
「あの小さいベッドじゃ三人は無理だよー」
耀龍は冗談のように笑ってヒラヒラと手を振った。
「小さいと分かっているならお前も床で寝ろ」
「え。無理。硬い床で寝たことなんてないもん」
「いいなー。オレもティエンのへやにおとまりすればよかった」
「好きで泊めてない。何もよくない」
銀太は暢気な感想。天尊は苦々しい表情をした。
「ティエンとヤオロンさんがベッド使ったってことは、ヤオロンさんの付き人さん? は、どうやって寝たの?」
「縁花はどこでも眠れるよ。昨日は床に座って眠ったみたい」
「えっ。リビングのソファ使ってもらってよかったのに」
「侍従の寝床のことまで知らん」
天尊は無碍に放言してコーヒーの入ったマグカップを口に運んだ。
「縁花のことは気にしないで」
耀龍はテーブルの上に両肘を突いて左右の手を重ね合わせ、その上に顎を置いた。
「それよりさ、これからは〝耀龍さん〟なんて呼び方しなくていいよ。ギンタと同じように〝龍〟でいいから。天哥々を〝天〟って呼んでるのに、オレが〝耀龍さん〟だと何だかむず痒いもの」
「ロン、ですか」
「そう。敬語もやめにしよーよ」
耀龍は、突然の申し出に途惑っている様子の白に、目尻を下げてニッコリと微笑みかけた。
「改めて宜敷。小さなお隣さん」
「部屋を買ったんだ。どうせなら御近所さんのほうが楽しいじゃない」
「買った⁉」
白はビックリして大きな声で聞き返した。
「そう、買ったの。このフロアを全室。同じフロアに知らない人が住んでるなんて危ないもんね」
「買ったって……どうやってですか。ボクたちが入る前からお隣さんが入居してたはずっ……ていうか全室⁉」
「お金さえ払えばお願いを聞いてくれるなんて、親切な国民性だって聞いてたけど本当なんだね。オレは好きだよ」
耀龍はキラキラとした満面の笑み。
「ッ……‼」
白はクラクラと眩暈に襲われ、壁に手を突いて打ち拉がれた。
楽しいと思ったからマンションのワンフロアをすべて買い取ったなんて非常識を、耀龍は当然の顔をして放言した。天尊の金銭感覚も常識から逸脱していると思ったが、耀龍はそれ以上かもしれない。
「ロンはおかねもちなんだなー」
「平均よりはお金持ちかもねー」
銀太は素直に、へー、と感心した。耀龍は他人事のようだった。
二人は気が合ったのかアハハと笑い合ったが、白は笑えなかった。無邪気な幼稚園児とは異なり、一時の感情でマンションのワンフロアを買い占めるのは、平均年収を遥かに上回る所業であることを知っている。
天尊は変わらず不機嫌な視線を巨躯の従者に向けた。
「お前は龍が言うままノコノコ付いてきたというのか。お坊ちゃまのワガママを諫められずに何の為の侍従だ。役立たずが」
「ちょっと天哥々。縁花に八つ当たりするのやめてよー。そんな理不尽だと、アキラに追い出されちゃうよー」
ガッ、と天尊が耀龍の胸倉を掴んだ。
白は慌てて天尊の腕に飛びついた。
「ダメダメ! スグ暴力をふるわないッ」
マンション・疋堂家の隣室。
耀龍はここを滞在の拠点とするつもりだが、まだ何の調度品も揃っておらず生活感は皆無だ。間取りや面積は疋堂家とほぼ同様だが、物が何も無いから広々としている。
天尊と耀龍、その侍従の三人は、何も無いリビングに立っていた。
耀龍は天井を見上げたり室内を見回したり、自分の城だというのにキョロキョロしていた。その様子を見るに、やはり物件を碌に見聞もせずに、白と同じマンションだから、隣室だから、という理由だけでここに決めたのだと、天尊には推察できた。
「帰還して、どう報告した」
天尊は腕組みをした仁王立ちで耀龍を問い質した。
「事実を。接触には成功しましたが、アクセスプログラム処理中、セッションを強制破棄され、帰還を拒否されました……って」
「それから」
「そもそも〝あの人〟たちもさー、帰還を拒否されるなんて想定外なわけ。拒否や抵抗された場合、どうしろとも指定されてなかった。オレの力じゃ天哥々を強制的にどうこうできないのは分かり切っているし、特に叱られなかったよ。帰還命令違反には納得いかないってかんじだったけど」
「俺の情況は。お前の所感で構わん。話せ」
「当然、居場所は把握された。アクセスプログラム起動時にここの座標はシステムに記録されたから。貴男の《オプファル》が発見されたことも、その素性も判明済み。とはいえ、すぐさま次の行動に移れるわけじゃない。実の弟のオレが退けられた。適任者の選考が難しい。だから、そう切迫したものでもないと思うよ」
「で、お前が俺にまとわりつく本当の理由は何だ」
耀龍は天尊のほうへ目線を引き戻し、小首を傾げて見せた。
「さっきも言った通り、留学だよ。オレ、前々からミズガルズに興味あったんだ。修学目的のビヴロスト通過申請は、ずっと前から出してたんだよ。天哥々がミズガルズに降臨するより先なんだからね」
「信じられん」
天尊は素早く切り返した。
耀龍は天尊から目線を逸らして嘆息を漏らした。
「何でそう疑うの? 天哥々もさ、オレが近くにいたほうが都合がいいことあるでしょ」
「だからだ。よしんば申請に許可が下りたタイミングは偶然だとしても、否、それもかなり疑わしいが。わざわざアキラと同じ学校に留学生として潜りこみ、隣の部屋を買ったのは、とてもじゃないが偶然とは考えられん。当然怪しむ俺に対して、お前の能力が俺にとって好都合だというのは恰好の目眩ましだ」
天尊は耀龍に手を差し出して本音の吐露を促した。
「正直に話せ。俺を監視するよう、新たに役目を与えられたか」
耀龍は口を噤んだ。それは天尊にとっては反抗に等しかった。ねじ伏せたくなる癇に障る行為だ。
「それとも、力尽くで追い返されたいか」
天尊の雰囲気が変わったことを、耀龍の侍従は察知した。何物であれ主人への害意は看過はできない。相手が誰であれ迎え撃たなければならない。それが彼の責務だ。
屈強な男二人が正面から向き合って空気がビリビリと張り詰めた。先ほど白の部屋で対峙したときの比ではない険難。
耀龍は、はあーっ、と大きな溜息を吐いて両手を挙げた。
「全部故意だよ」
天尊は横目で耀龍を見た。
耀龍は腰の後ろに回して組み、肩を竦めて見せた。
「でも、命令なんかじゃない。オレは軍人でも官吏でもないの。たとえ命令されたって拒否する権利がある。オレが天哥々の近くにいたかったから、そうしただけ」
「目的は」
天尊からの詰問は尚も続いた。
耀龍は眉間に皺を寄せて困ったように笑った。
「あのさー、天哥々には分からないかもしれないけど、利害なんて関係なく行動することもあるんだよ。オレは貴男が好きなの。貴男の扶けになりたいの。だから近くにいたい。それが目的であり理由」
天尊は一瞬だけ目を大きくした。天尊は疑り深い性分だが、耀龍は嘘を吐いていないと直感した。幼いときから知っている、だが共に過ごした時間は短い。しかし、嘘か本音かくらいは見抜く自信がある。
天尊は耀龍へと手を伸ばした。大きな手の平で耀龍の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
「やはりただのワガママだ」
耀龍は、えへへとはにかんだ。
兄を想っての行動も我が儘と評され、やはり子どもっぽいのだろう。しかし、憧れる兄に許されたのは嬉しかった。
翌朝。疋堂家。
天尊が自室から出てきて食卓にやって来ると、耀龍がすでにテーブルに着いていた。笑顔で手を振られてイラッと神経を逆撫でされた。
「何で龍がここにいる」
「ミズガルズに留学に来たよって昨日言ったじゃない。もう忘れちゃったの?」
「忘れるかッ」
天尊は耀龍の後ろに立っている侍従をビシッと指差した。
「お前もそこのデカイのも、昨夜は俺の部屋に泊めてやったのに忘れるわけがないだろうが」
何故、天尊が決して広くはない自室に大の男を二人も宿泊させる羽目になったか。
耀龍は部屋数こそ余りあるが、生活に必要なものは何ひとつ持っていない。食事をするテーブルや椅子どころか、眠りに就くベッドすらない。それを知った白は、不憫に思って天尊に部屋に泊めてやるよう頼んだ。天尊は嫌々、かなり渋々、耀龍と巨躯の侍従を自屋に泊めてやったというわけだ。
今朝になって耀龍と侍従は自室へと帰った。しかし、天尊がのんびりと朝の一服を終えて食卓にやって来ると舞い戻っていた。しかも、天尊が定位置としている席に我が物顔で座っているものだから、腹に据えかねる。
天尊は耀龍に近づいてギロッと睨んだ。
「やっと自分の部屋に帰ったのに、なに当たり前の顔して俺より先に座ってやがる」
「朝ゴハン食べに来たの。部屋に戻るときに、アキラがよかったらどうぞーって言ってくれたんだよ」
「アキラ」
天尊はキッチンの中で朝食の支度をしている白のほうを見た。
「だって引っ越したばっかりで、まだ部屋に何もないんでしょ。ゴハンの支度もできないかなって」
「アキラ。ゴハンまだー?」
パンッ。――天尊は耀龍の頭を叩いた。
「アキラはお前の召し使いじゃない。偉そうに急かすな」
白と銀太が皿を持ってキッチンから出てきた。皿の上にはトーストとサニーサイドアップの玉子、よく焼けたウィンナー。千切ったレタスのサラダと、ホットコーヒーも食卓に並んだ。
「まあまあ。とにかく朝ゴハンにしよ。ティエンも早く座って」
「退け。其処は俺の席だ」
天尊はグイッと耀龍の頭を押した。
耀龍は、もー、と不満を漏らしながら立ち上がり、隣の椅子へと座り直した。邪魔者が退き、天尊は定位置で腰を落ち着けた。
耀龍と共に移動して斜め後ろに直立していた侍従に、白が申し訳なさそうに折り畳み式の簡易な椅子を差し出した。侍従が断ろうとすると、主人の耀龍が「いーんじゃない」と許しを出した。巨躯の侍従が腰を下ろすと、椅子がミシリッと押し潰されそうな音を立てた。
全員が食卓テーブルに着席した。白と銀太、天尊は体の前で両手を合わせた。いただきますと呪文を唱えて食事をスタートした。
(お祈り?)
その光景に馴染みのない耀龍は、キョトンとした。
大の男が三人もいる食卓は賑やかだった。食い散らかすような不躾ではなかったが、子ども二人だけのときとは比較にならないほど食事のペースが早い。白は圧倒されつつ、銀太の食べこぼしや食べ残しも疎かにしなかった。噎せないように飲み物を飲ませたり、苦手な野菜を弾かないようにしたり、気を配った。
「アキラはすごいね。こんなに幼いのに本当に食事の支度ができるんだね」
「手の込んだものはものは作れないですけどね」
白は耀龍から褒められて照れ臭そうにはにかんだ。
「これからもゴハン作ってくれない? 勿論、対価はお支払いするから」
「アキラは忙しい。甘えるな。アキラがお前のメシを用意する義理はない。そもそも、留学するなら前もってちゃんと準備しろ。自分たちの寝床もないとはどういうことだ。随分な不手際だな、侍従」
「面目次第もございません」
天尊は耀龍の侍従に対して当たりが強い。白は気の毒に思って話題を転換する。
「ティエンの部屋はベッドひとつしか無いのに、昨日どうやって三人で寝たの?」
「あの小さいベッドじゃ三人は無理だよー」
耀龍は冗談のように笑ってヒラヒラと手を振った。
「小さいと分かっているならお前も床で寝ろ」
「え。無理。硬い床で寝たことなんてないもん」
「いいなー。オレもティエンのへやにおとまりすればよかった」
「好きで泊めてない。何もよくない」
銀太は暢気な感想。天尊は苦々しい表情をした。
「ティエンとヤオロンさんがベッド使ったってことは、ヤオロンさんの付き人さん? は、どうやって寝たの?」
「縁花はどこでも眠れるよ。昨日は床に座って眠ったみたい」
「えっ。リビングのソファ使ってもらってよかったのに」
「侍従の寝床のことまで知らん」
天尊は無碍に放言してコーヒーの入ったマグカップを口に運んだ。
「縁花のことは気にしないで」
耀龍はテーブルの上に両肘を突いて左右の手を重ね合わせ、その上に顎を置いた。
「それよりさ、これからは〝耀龍さん〟なんて呼び方しなくていいよ。ギンタと同じように〝龍〟でいいから。天哥々を〝天〟って呼んでるのに、オレが〝耀龍さん〟だと何だかむず痒いもの」
「ロン、ですか」
「そう。敬語もやめにしよーよ」
耀龍は、突然の申し出に途惑っている様子の白に、目尻を下げてニッコリと微笑みかけた。
「改めて宜敷。小さなお隣さん」
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