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Kapitel 02:日常
日常 09
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私立瑠璃瑛学園・中等部グラウンド。体育の授業中。
体操着姿の白と虎子は、グラウンドのフェンスの脇にいた。
本日の体育の内容はソフトボール。味方の攻撃中は手持ち無沙汰になりがちだ。女子生徒たちは白と虎子を遠巻きに鑑賞していた。白が中等部においてアイドルばりに人気者であることはさることながら、虎子も中等部随一の美少女と名高い。ふたりが仲良く並び立てば、画になると評判だ。
「アキラくんカッコカワイイ❤」
「制服ではないときは、中性的なお顔立ちが際立ってますます凛々しく見えますわね」
「体育といっても爽やかで、男子とは大違い」
「そーそ。汗臭い男たちとは大違い」
(疋堂だって汗ぐらいかくだろ……!)
――ええ、勿論かきますとも。人間ですから。
男子生徒諸君は思うところがあっても声を大にすることはできなかった。鬱屈したものを晴らす為に、無心にバッドの素振りをした。
白と虎子は、体育のソフトボールの勝敗にも衆人の噂話にもまったく関心がなく、ふたりでお喋りに花を咲かせていた。
「親戚の御兄様は、今日はお迎えにはいらっしゃいますか?」
「もう来ないよ」と白は笑った。
「そうですか。それは残念です。御兄様ともう少しお話したかったのですけれど」
「へー。ココが? 何の話するの?」
「御兄様がいらっしゃらないのであれば仕方がありませんね。白とお話ししましょうか」
白は何気なしに尋ねたのだが、虎子から気軽な返答は返ってこなかった。
白は虎子の声のトーンが少々変わったことを敏感に察知した。途端に嫌な予感がした。
虎子は風に乱された髪の毛を耳に掛けて白を真っ直ぐに見据えた。
「改まってどうしたの。何の話?」
「同棲」
「は⁉」
虎子の口から想定外の単語が飛び出した。
白はビックリして目を大きくした。
「あの銀太くんがあそこまで懐いているのがとても不思議でしたが、一緒にお住まいでしたのね」
「な、何の話……」
虎子はジャージのポケットからスッと何かを取り出した。その手中には数枚の写真。写真にはマンションのエントランスに入ってゆく白姉弟と、天尊の姿が写っている。
白はまったく気付かなかったが、天尊はカメラにバッチリと視線を合わせているし、余裕の笑みも窺える。そのような余裕があるなら教えてくれればよいのに。
「白と同じマンションに入っていくところを激写いたしました」
(ティエンのバカ~~ッ! 何でカメラ目線⁉)
虎子は写真を扇状に持ち、口許を隠すように構えた。
「なさっているのでしょう? 同棲」
「してません。同居です」
「同じ部屋に住んでいらっしゃることは否定なさらないのですね」
否定も何も、このような写真を突きつけられて否定のしようがない。目先の証拠を奪い取ったところで、どうせデータはバックアップがあるだろうし、ほかの証拠も握っているのであろう。虎子はそういう用意周到なところがある。
「親友であるわたくしに黙って男性と同居なんて人倫に悖るのでは。女子中学生の所業とは思えませんよ」
「ああ~……言えてなくてゴメン。ココにはその内本当のことを言おうと思ってたんだけど、タイミングが合わなくて。どう説明したらいいかも分からないし……」
アスガルトという異世界からやって来た、化け物と戦う力を持った天使ではない有翼人種が、道端で瀕死状態で困っていたので、家に上げてしまったばっかりにそのまま居着かれてしまいました。……などという説明を、いくら親友といえども真顔で打ち明けるわけにはいかない。自分でも胡散臭いと思う。信じてもらえないのが目に見えている。
「恋人ができたから同棲することになった。御父様には内緒。という説明でよろしいのでは」
「よろしくない」
「わたくしは批難などいたしませんよ。協力も惜しみません。御父様にも秘密にしておきます。お友だちですから✨」
「本当に恋人でも同棲でもないの」
「では恋人でもないのに、何のメリットがあって一緒に住んでいるのですか」
虎子は白と大きく一歩距離を詰めてズイッと顔を近付けた。
メリット……、と白は呟いた。そう言われると困ってしまう。メリットがあるから同じ家で暮らしているわけではない。自分と弟の命を救ってもらった大恩を返すという意味合いもある。何より、一度家に上げたものを、難渋すると分かっていながら追い出す気になれなかった。
「……ティエンが困ってたから。ほかに行くところないんだって」
「そのような理由で?」
「ボクとティエンが恋人同士だっていうよりリアリティあると思うけど?」
虎子は珍しく表情を変えた。
この時ばかりは経緯の真偽ではなく白の思考回路を疑った。困っていたからなどという漠然とした理由で、素性の知れない男を家に上げ、あまつ同居するなどお人好しにしても度が過ぎる。悪い想像をすれば寒気がする。
「白くーん♪」
突然、陽気な声が白と虎子の会話に割って入ってきた。
跳ね回るようなトーンのその声には聞き覚えがある。白と虎子がやや気乗りしないで振り返った。やはり思った通りの人物が、グラウンドと通路を隔てるフェンスに貼りついていた。
甲斐 以祇[カイ モチマサ]――――
瑠璃瑛学園高等部一年生にして生徒会副会長。
一年生で生徒会副会長を務め、秀才と名高く、教師陣からも周囲の大人たちからも将来を嘱望される優秀な人物である。
爽やかな顔立ちと明朗快活な性格、誰に対しても分け隔てなく接する友好的な言動、男女どちらの徒からも人望が厚い。
……なのだが、白と虎子は正直、彼を苦手としている。
「白くん、白くん。久し振りだね白くん」
「先週学食でお会いしたばかりです、甲斐先輩」
以祇はフェンス越しに熱烈に白を呼んだ。
白は彼と目を合わさないで苦笑した。
「白くんの顔を見ることができない日々が僕にとってどれだけ長く辛いものか、分かってくれていないらしいね。白くんに会える日を一日千秋の思いで待ち侘びているよ。僕とキミの間に聳え立つこのフェンスすらも疎ましい。いっそのこと撤去しようかと考え始めているよ」
「運動部の皆さんが困るのでやめてください」
中等部敷地内のこととはいえ、高等部生徒会副会長の権限をフルに使用すればできてしまうのかもしれない。
白は丁重にお断り申し上げた。
虎子から以祇に注がれる視線はとても冷たかった。
「以祇。副会長がこんなところで何をしているのです。授業中ですよ」
「ああ、サボっちゃった」
「副会長が何やってるんですか」と白。
「心配には及ばないよ、白くん。僕は割と数学が得意だからね」
以祇は高らかに笑い声を上げ、白は額を押さえた。別に以祇の成績の心配などしていない。何でもよいから理由を付けて早く追い払いたいだけだ。
白と虎子の思惑とは裏腹に、以祇は再び開口した。
「白くんと直接会って話がしたいと思っていたのだけれど、生徒会の仕事が忙しくてなかなか中等部へ足を運ぶ機会が無くてね。だから今日は数学の授業をサボってやってきたというわけだよ。ああ、僕と同じようにキミも僕と会える日を心待ちにしていてくれたのならば嬉しいのだけれど。キミが望むなら僕は――」
虎子はいつの間にか写真をポケットの中にしまい、手に金属製のバットを握っていた。
ガシャーンッ!
虎子は以祇の腹部の高さあたりのフェンスにバットをぶつけた。
白は驚いてビクッとしたが、以祇は顔色を変えなかった。それどころか笑顔のままで虎子に目線を移した。
「虎子。素振りをするならあっちを向いてやるべきだと思うよ」
「いいえ、こちらでよいのです。丁度よい的があるではありませんか」
「的? 何のことだい?」
「自己の認識が甘いですわよ、以祇」
白には、虎子と以祇の間にバチバチと火花が散るのが見えた。
端的に言って、この二人は仲が悪い。表面上はお互いに穏やかで真正面から掴み合いをしたり罵り合ったりするわけではないから、余計に質が悪い。甲斐先輩も近付いたら虎子から冷たくされるのだから寄ってこなければよいのに、と常々思っている。
以祇は白のほうへ顔を向けた。
「白くんが多忙な身だと重々承知の上で申し入れるのだけれども、今日の放課後に少々キミの時間をいただけないだろうか」
「今日ですか?」
「僕と一緒に帰ろう」
「まさかそれを言う為にわざわざ授業をサボって来たんですか?」
白は半ば呆れ顔で尋ねた。生徒会役員とはそれほど暇な人たちではないはずだ。
以祇は「うん」と頷いた。
「僕は白くんのスマートフォンの番号やIDを知らないからね。キミに何かを伝える為には直接足を運ぶしかないのだよ。これを機会にキミの連絡先を手にする栄誉を与えていただきたいものだが、如何だろうか。連絡先を教えてくれるなら何を引き換えにしても厭わない所存だよ。頻繁なメッセージの往復を強いられる恐れなどがハードルとなっているだろうが、その点は節度あるコミュニケーションを心懸けるつもりだから安心してくれたまえ。ああ、でもそうなるとキミに会いに来る理由が減るのが難点だね」
「イエ! イエ、先輩。ボクはスマホは持っていないのでッ」
白は以祇のマシンガントークに圧倒されて慌てて遮った。
以祇のほうが何倍ものスピードと量を話したのに、こちらのほうが疲弊するのは何故だ。
「白くんはスマートフォンを所有していないのか。それは残念だ。では、今日の放課後、教室に迎えに来るよ」
白が「えっ、えっ」と途惑っていると、人肌が腕に巻きついた。クラスメイト(女子)がぎゅっと腕を組んでいた。
「アキラくん。もうすぐ、打順回ってくるよー」
「あっ、あっ……とりあえず、ボクの番が近いので失礼します」
「せっかく一週間ぶりに会えたというのにつれないなあ」
以祇は、白がクラスメイトに連れて行かれたあとで独り言を零した。
その表情はニコニコと上機嫌。欲を言えばもう少々白と会話を楽しみたかったが、女の子同士が仲良くしているのは実に微笑ましいからよしとしよう。
「白が優しいからといって、つけ上がるのはおやめなさい」
「随分な言い草だね、虎子」
「ただでさえ学年が違う上に中等部と高等部で距離的にも離れて、多少強引にでも白と接点を持ちたい気持ちまでは理解します。ですが、貴男のような人物に、貴男のようなやり方で、あまりにも目をかけられるのは白にとっては迷惑です」
虎子の糾弾は辛辣だった。以祇は少しも堪えずアハハと笑った。
「好きな子とできるだけ一緒にいたいっていうのはそんなに我が儘かな」
「相手の都合も考えず独り善がりならば我が儘でしかありません。そんなことも分からない以祇なんて早く嫌われてしまいなさい」
「ということは、僕はまだ白くんに嫌われてはいないのだね。教えてくれてありがとう虎子」
虎子は以祇の前で苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
虎子にとって何より大切な友人である白の邪魔をするもの、悩ませるもの、疎ましがるものは、排除の対象だ。白の都合お構いなしに好意を押し付ける以祇などはまさにそれだ。しかし、彼は並大抵のことではビクともしない極陽性のポジティヴハートをの持ち主であり、虎子が攻撃的に接してもそれは揺るぎない。実に忌々しい存在だ。
体操着姿の白と虎子は、グラウンドのフェンスの脇にいた。
本日の体育の内容はソフトボール。味方の攻撃中は手持ち無沙汰になりがちだ。女子生徒たちは白と虎子を遠巻きに鑑賞していた。白が中等部においてアイドルばりに人気者であることはさることながら、虎子も中等部随一の美少女と名高い。ふたりが仲良く並び立てば、画になると評判だ。
「アキラくんカッコカワイイ❤」
「制服ではないときは、中性的なお顔立ちが際立ってますます凛々しく見えますわね」
「体育といっても爽やかで、男子とは大違い」
「そーそ。汗臭い男たちとは大違い」
(疋堂だって汗ぐらいかくだろ……!)
――ええ、勿論かきますとも。人間ですから。
男子生徒諸君は思うところがあっても声を大にすることはできなかった。鬱屈したものを晴らす為に、無心にバッドの素振りをした。
白と虎子は、体育のソフトボールの勝敗にも衆人の噂話にもまったく関心がなく、ふたりでお喋りに花を咲かせていた。
「親戚の御兄様は、今日はお迎えにはいらっしゃいますか?」
「もう来ないよ」と白は笑った。
「そうですか。それは残念です。御兄様ともう少しお話したかったのですけれど」
「へー。ココが? 何の話するの?」
「御兄様がいらっしゃらないのであれば仕方がありませんね。白とお話ししましょうか」
白は何気なしに尋ねたのだが、虎子から気軽な返答は返ってこなかった。
白は虎子の声のトーンが少々変わったことを敏感に察知した。途端に嫌な予感がした。
虎子は風に乱された髪の毛を耳に掛けて白を真っ直ぐに見据えた。
「改まってどうしたの。何の話?」
「同棲」
「は⁉」
虎子の口から想定外の単語が飛び出した。
白はビックリして目を大きくした。
「あの銀太くんがあそこまで懐いているのがとても不思議でしたが、一緒にお住まいでしたのね」
「な、何の話……」
虎子はジャージのポケットからスッと何かを取り出した。その手中には数枚の写真。写真にはマンションのエントランスに入ってゆく白姉弟と、天尊の姿が写っている。
白はまったく気付かなかったが、天尊はカメラにバッチリと視線を合わせているし、余裕の笑みも窺える。そのような余裕があるなら教えてくれればよいのに。
「白と同じマンションに入っていくところを激写いたしました」
(ティエンのバカ~~ッ! 何でカメラ目線⁉)
虎子は写真を扇状に持ち、口許を隠すように構えた。
「なさっているのでしょう? 同棲」
「してません。同居です」
「同じ部屋に住んでいらっしゃることは否定なさらないのですね」
否定も何も、このような写真を突きつけられて否定のしようがない。目先の証拠を奪い取ったところで、どうせデータはバックアップがあるだろうし、ほかの証拠も握っているのであろう。虎子はそういう用意周到なところがある。
「親友であるわたくしに黙って男性と同居なんて人倫に悖るのでは。女子中学生の所業とは思えませんよ」
「ああ~……言えてなくてゴメン。ココにはその内本当のことを言おうと思ってたんだけど、タイミングが合わなくて。どう説明したらいいかも分からないし……」
アスガルトという異世界からやって来た、化け物と戦う力を持った天使ではない有翼人種が、道端で瀕死状態で困っていたので、家に上げてしまったばっかりにそのまま居着かれてしまいました。……などという説明を、いくら親友といえども真顔で打ち明けるわけにはいかない。自分でも胡散臭いと思う。信じてもらえないのが目に見えている。
「恋人ができたから同棲することになった。御父様には内緒。という説明でよろしいのでは」
「よろしくない」
「わたくしは批難などいたしませんよ。協力も惜しみません。御父様にも秘密にしておきます。お友だちですから✨」
「本当に恋人でも同棲でもないの」
「では恋人でもないのに、何のメリットがあって一緒に住んでいるのですか」
虎子は白と大きく一歩距離を詰めてズイッと顔を近付けた。
メリット……、と白は呟いた。そう言われると困ってしまう。メリットがあるから同じ家で暮らしているわけではない。自分と弟の命を救ってもらった大恩を返すという意味合いもある。何より、一度家に上げたものを、難渋すると分かっていながら追い出す気になれなかった。
「……ティエンが困ってたから。ほかに行くところないんだって」
「そのような理由で?」
「ボクとティエンが恋人同士だっていうよりリアリティあると思うけど?」
虎子は珍しく表情を変えた。
この時ばかりは経緯の真偽ではなく白の思考回路を疑った。困っていたからなどという漠然とした理由で、素性の知れない男を家に上げ、あまつ同居するなどお人好しにしても度が過ぎる。悪い想像をすれば寒気がする。
「白くーん♪」
突然、陽気な声が白と虎子の会話に割って入ってきた。
跳ね回るようなトーンのその声には聞き覚えがある。白と虎子がやや気乗りしないで振り返った。やはり思った通りの人物が、グラウンドと通路を隔てるフェンスに貼りついていた。
甲斐 以祇[カイ モチマサ]――――
瑠璃瑛学園高等部一年生にして生徒会副会長。
一年生で生徒会副会長を務め、秀才と名高く、教師陣からも周囲の大人たちからも将来を嘱望される優秀な人物である。
爽やかな顔立ちと明朗快活な性格、誰に対しても分け隔てなく接する友好的な言動、男女どちらの徒からも人望が厚い。
……なのだが、白と虎子は正直、彼を苦手としている。
「白くん、白くん。久し振りだね白くん」
「先週学食でお会いしたばかりです、甲斐先輩」
以祇はフェンス越しに熱烈に白を呼んだ。
白は彼と目を合わさないで苦笑した。
「白くんの顔を見ることができない日々が僕にとってどれだけ長く辛いものか、分かってくれていないらしいね。白くんに会える日を一日千秋の思いで待ち侘びているよ。僕とキミの間に聳え立つこのフェンスすらも疎ましい。いっそのこと撤去しようかと考え始めているよ」
「運動部の皆さんが困るのでやめてください」
中等部敷地内のこととはいえ、高等部生徒会副会長の権限をフルに使用すればできてしまうのかもしれない。
白は丁重にお断り申し上げた。
虎子から以祇に注がれる視線はとても冷たかった。
「以祇。副会長がこんなところで何をしているのです。授業中ですよ」
「ああ、サボっちゃった」
「副会長が何やってるんですか」と白。
「心配には及ばないよ、白くん。僕は割と数学が得意だからね」
以祇は高らかに笑い声を上げ、白は額を押さえた。別に以祇の成績の心配などしていない。何でもよいから理由を付けて早く追い払いたいだけだ。
白と虎子の思惑とは裏腹に、以祇は再び開口した。
「白くんと直接会って話がしたいと思っていたのだけれど、生徒会の仕事が忙しくてなかなか中等部へ足を運ぶ機会が無くてね。だから今日は数学の授業をサボってやってきたというわけだよ。ああ、僕と同じようにキミも僕と会える日を心待ちにしていてくれたのならば嬉しいのだけれど。キミが望むなら僕は――」
虎子はいつの間にか写真をポケットの中にしまい、手に金属製のバットを握っていた。
ガシャーンッ!
虎子は以祇の腹部の高さあたりのフェンスにバットをぶつけた。
白は驚いてビクッとしたが、以祇は顔色を変えなかった。それどころか笑顔のままで虎子に目線を移した。
「虎子。素振りをするならあっちを向いてやるべきだと思うよ」
「いいえ、こちらでよいのです。丁度よい的があるではありませんか」
「的? 何のことだい?」
「自己の認識が甘いですわよ、以祇」
白には、虎子と以祇の間にバチバチと火花が散るのが見えた。
端的に言って、この二人は仲が悪い。表面上はお互いに穏やかで真正面から掴み合いをしたり罵り合ったりするわけではないから、余計に質が悪い。甲斐先輩も近付いたら虎子から冷たくされるのだから寄ってこなければよいのに、と常々思っている。
以祇は白のほうへ顔を向けた。
「白くんが多忙な身だと重々承知の上で申し入れるのだけれども、今日の放課後に少々キミの時間をいただけないだろうか」
「今日ですか?」
「僕と一緒に帰ろう」
「まさかそれを言う為にわざわざ授業をサボって来たんですか?」
白は半ば呆れ顔で尋ねた。生徒会役員とはそれほど暇な人たちではないはずだ。
以祇は「うん」と頷いた。
「僕は白くんのスマートフォンの番号やIDを知らないからね。キミに何かを伝える為には直接足を運ぶしかないのだよ。これを機会にキミの連絡先を手にする栄誉を与えていただきたいものだが、如何だろうか。連絡先を教えてくれるなら何を引き換えにしても厭わない所存だよ。頻繁なメッセージの往復を強いられる恐れなどがハードルとなっているだろうが、その点は節度あるコミュニケーションを心懸けるつもりだから安心してくれたまえ。ああ、でもそうなるとキミに会いに来る理由が減るのが難点だね」
「イエ! イエ、先輩。ボクはスマホは持っていないのでッ」
白は以祇のマシンガントークに圧倒されて慌てて遮った。
以祇のほうが何倍ものスピードと量を話したのに、こちらのほうが疲弊するのは何故だ。
「白くんはスマートフォンを所有していないのか。それは残念だ。では、今日の放課後、教室に迎えに来るよ」
白が「えっ、えっ」と途惑っていると、人肌が腕に巻きついた。クラスメイト(女子)がぎゅっと腕を組んでいた。
「アキラくん。もうすぐ、打順回ってくるよー」
「あっ、あっ……とりあえず、ボクの番が近いので失礼します」
「せっかく一週間ぶりに会えたというのにつれないなあ」
以祇は、白がクラスメイトに連れて行かれたあとで独り言を零した。
その表情はニコニコと上機嫌。欲を言えばもう少々白と会話を楽しみたかったが、女の子同士が仲良くしているのは実に微笑ましいからよしとしよう。
「白が優しいからといって、つけ上がるのはおやめなさい」
「随分な言い草だね、虎子」
「ただでさえ学年が違う上に中等部と高等部で距離的にも離れて、多少強引にでも白と接点を持ちたい気持ちまでは理解します。ですが、貴男のような人物に、貴男のようなやり方で、あまりにも目をかけられるのは白にとっては迷惑です」
虎子の糾弾は辛辣だった。以祇は少しも堪えずアハハと笑った。
「好きな子とできるだけ一緒にいたいっていうのはそんなに我が儘かな」
「相手の都合も考えず独り善がりならば我が儘でしかありません。そんなことも分からない以祇なんて早く嫌われてしまいなさい」
「ということは、僕はまだ白くんに嫌われてはいないのだね。教えてくれてありがとう虎子」
虎子は以祇の前で苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
虎子にとって何より大切な友人である白の邪魔をするもの、悩ませるもの、疎ましがるものは、排除の対象だ。白の都合お構いなしに好意を押し付ける以祇などはまさにそれだ。しかし、彼は並大抵のことではビクともしない極陽性のポジティヴハートをの持ち主であり、虎子が攻撃的に接してもそれは揺るぎない。実に忌々しい存在だ。
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