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#30: Sparrow the Ripper
He speaks sweet nothing. 01 ✤
しおりを挟む翌日の昼休み。
校舎三階・一年B組教室。
禮は虎徹と大樹と連れ立って昼食を食べに学食へ行った。
杏は、教室に残った幸島たちに銀髪の青年のことを話した。
「三年の銀髪?」と幸島は首を傾げた。
「ヤローなんか知らねーなー。つーか、スズメって変なアダ名だな」
脩一はさして興味なさそうに放言した。
杏がそうであったように、幸島も脩一も銀髪の青年について何も情報を持っていなかった。新入生である彼等が、校内の事情に詳しくないのは当然のことだ。だから杏も少しでも情報を得ようと話題に挙げたのだ。
しかしながら、平だけは反応が異なった。
「ちゃう。スズメは本名や」
平の発言には確信があった。幸島はそれが妙に気になり、平のほうへ目線を遣った。
平は机に突っ伏した体勢から上半身を起こした。背中から壁に凭りかかった。
「ソイツのアダ名は《カミソリ》や」
「平。その銀髪知ってんのか」
「荒菱館の二年に《カミソリ》呼ばれとるクソ派手な銀色のアタマしたヤツがおって、ソイツはガッコで問題起こして無期停喰らった」
あれ、と脩一は首を捻った。
「二年? さっき三年つってなかった?」
「停学中に学年上がったんやろ」と幸島。
杏は平の机に手を突いてズイッと顔を近づけた。
「何で《カミソリ》呼ばれとるん? やっぱ刃物でも持ち歩いてんのソイツ」
「やっぱて何やねん」
「昨日、その銀髪がケンカ吹っかけられたんやけど、いつの間にか相手が血ィ噴いてたんよ」
「うげ。何だソレ」と脩一は舌を出した。
禮は違うと断言したが、杏は雀が武器を隠し持っていることを疑っていた。刃物も使わずに相手の皮膚を切り裂く方法など思いつかなかった。
「お前、直接見たんか。どんな感じの男やった」
「弩級イケメン✨✨」
幸島から尋ねられた杏は拳を握って自信満々に即答した。彼は主観的な感想ではなく情報を求めたのだが。
「…………。俺が訊いとるのはそーゆー意味やなくてやな」
「あのカオしか取り柄あれへん曜至さんと張るくらいやった。イヤ、ちゃんと並べて見たら曜至さんよりイケメンかもしれへん」
「そーやなくて」
「間近で見たら震えるくらいの美形やよ。脚長くてスラッとして、めっちゃ爽やかにニコニコしてて、荒菱館にはいてへんタイプ。日本人であんだけ銀髪似合うなんかありえへん~❤」
「……そうか、良かったな杏」
幸島は杏の肩にポンと手を置いた。目をキラキラと輝かせる杏があまりにも楽しそうだったから好きにさせてやろうと思った。
平は、何故《カミソリ》のことを訊くのだ、と杏に尋ねた。
「《カミソリ》に禮が目ェつけられてる、たぶん。近江さんに堂々とチョーダイ言うてたし、昨日わざわざ待ち伏せしてた」
脩一は、あ~、と零して額に手を添えた。
「この環境で禮見たら、ちょっとカオに自信あるヤローなら放っとかねーわな。近江さんの前で言うのは頭狂ってっけど」
「で、オマエは放っとかれたんか杏」
平は目の前にある杏を眺めてニヤニヤした。
その言い草にカチンときた杏は平の頬を抓った。
「うっさいわ。ホンマにリアルゴールド1ダース買いに行かしたろか」
「いっでででで! 耳が伸びるッ」
「賭に負けたクセにアンタが〝リアルゴールドの人〟になるのは嫌やてお願いするさかい勘弁したげてんねんで」
「なッ⁉ 誰がお前なんかにお願いするか!」
「へーの代わりにコーノハルが」
杏は最後に思う存分抓ってから平の頬を離した。平は「ハル!💢」とすぐさま幸島に咆えた。
幸島は嘆息を漏らした。
「お前が杏に負けたのは事実やろ。せやけどお前はリアルゴールド買い込むのはどうしても嫌やァ言うし。かと言って素直に頭下げられへんし。ほな、代わりに俺でも謝っとかなしゃーないやろ」
「ハルは面倒見いいね。つーか杏も赤点とってるクセに態度デカイよな」
話を聞いた脩一は、へー、と感心した。
「赤点なんぼとろうと勝ちは勝ちや。そして負け犬は負け犬や」
「ぐっ……! 覚えとれよォ杏~💢」
「忘れてもろたほうがええんちゃうか、負け犬~~」
幸島は、悔しそうに睨む平と勝ち誇る杏との間に割って入った。
「俺が謝ったやろ。それ以上煽るな」
校舎一階・学生食堂付近。
禮と虎徹、由仁は、食券機の列に並んでいた。三人の話題は、本日の昼食をどれにすべきかだった。男子高校生の食欲としては、ガツンと満足感のある丼物にしたいところだが、一人暮らしである虎徹の食生活を考えて栄養バランスのよい定食にしたほうがよいのではないか、などなど。
「ちゅーか、カツ丼一つでも足りひんのに定食で足りるわけあれへんやろ」
「え。コテッちゃん、カツ丼足りひんの。ウチの分けたげよか?」
「ほんまか。禮ちゃん優しーな✨」
「虎徹君だけズルイやろ」
「大樹は小遣いぎょーさん貰てるさかい、腹いっぱい食えるやろ。人の取り分まで狙うなや。意地汚いヤツやな」
「虎徹君に言われたないで」
三人が列に並んでこのような会話をしていると「禮ちゃん、禮ちゃん」と声をかけられた。
声をかけたのは通りすがりの銀髪の青年――雀麒一郎。鉄男と二人で校内を歩いている中途で偶然、禮を見かけて足を停めたという風だ。
初対面の銀髪の青年と立派な体躯の男に話しかけられ、虎徹と由仁は一瞬たじろいだ。銀髪の青年はまるで女性のような端整な顔立ち、その隣の巨躯は半袖から太い筋肉を覗かせ、趣は異なるが二人ともに圧倒された。特に、巨躯の男はジロジロと此方を見てくる。
「偶然会えてよかった。昨日は邪魔が入ってゴメンね。ゼンゼン話ができなかったね」
雀は友好的であるのに、禮は何とも言えない微妙な表情をしていた。
禮の脳内を気まずいという意識が巡った。渋撥からも美作からも関わるなと忠告されているが、雀自体は友好的に接してくる。邪険にはしづらく、どのように対応するのが適度なのか分からなかった。
「一年生なんでしょ。クラス何組?」
雀は、禮が「あ、えと……」と答えにくそうにしたのを見てフフフと笑った。
「近江さんに教えるなとでも言われてる?」
――それどころか関わるなと言われています。
禮は顔を背けて口を噤んだ。雀麒一郎がどういう人物であるかまだ分からない以上、正直にそう伝える気にはなれなかった。
禮が黙ってしまったから、雀は勝手に推察して話を進めた。
「近江さんに命令されてるなら言えないか。あの人に逆らうと恐いしね。まー、別にいいよ。一年の教室を端から覗いて、近江さんのカノジョいるって訊いてけばいいだけだから」
「え!」
禮は思わず顔を上げてしまった。
雀は禮と目が合うと、ニッコリと微笑んだ
「今から学食でお昼ゴハン? 俺も一緒に食べていい?」
「イエ、友だちと食べるので……」
「トモダチくんたちも一緒でいいよ」
――こっちはゼンゼンよくないんですが!
虎徹と由仁は口をへの字にした。新入生という立場上、先輩に対して面と向かって嫌だと断ることはできない。此方をジロジロ睨んでくる大男と食事を共にするのは回避したい。
それもちょっと……、と禮が断りを入れてくれて二人は内心ホッとした。
雀は腰を折って禮に顔を近づけた。普通の女子であれば、これほど綺麗な顔が接近してきたらドキリとするところだろうが、禮はひたすら困った表情をしていた。
「もしかして俺が絡むの迷惑?」
「迷惑いうか……」
禮は言葉を濁し、眉尻を下げて顔を逸らした。
「迷惑なら少し抑えたほうがいいかな。避けられるの凹むし」
そう言われると悪いことをした気分になる。禮が申し訳なさそうに目を泳がせると、ふわっと手の救うように持ち上げられた。それに釣られるように自然と目線が上がり、雀と目が合った。長い睫毛に縁取られた切れ長の視線が自分に注がれていた。
「禮ちゃんのこと、好きだよ」
「えッ⁉」
虚を突かれた禮は、吃驚した声を上げた。まったく予想していない一言だった。
雀はクスッと笑い、カワイイ子だね、と小声で囁いた。
雀から掬い上げられた手が、ほんの少しキュッと握られた。振り払う気も起きないほど優しい感触。渋撥が肩や腕を掴まえるときとはまったく異なる。同じ男の人の力でもこんなにも優しく触れる人もいるのだと、禮は初めて知った。銀髪の青年は、渋撥とは正反対の存在に思えた。
「だから、嫌われたくないから少し抑えるよ」
ぱしっ。――禮の手の平を持つ雀の手首を、虎徹が横から掴んだ。
雀の顔が虎徹のほうを向いた。変わらず笑顔を湛えていた。
「何、この手」
「イヤ、禮ちゃん嫌がってるんかなー思て」
雀からの問いかけに対して、虎徹は莫迦正直に答えた。
鉄男はそれを聞いて「オイ」と割って入った。
「先輩が告ってんのに嫌がるはあれへんやろ。傷つくで」
後輩を諫めるような口振りだったが口許は笑っており、冗談みたいな雰囲気。邪魔をされた雀にしても気分を害した様子はなく、肩を揺すってフフフと笑った。
雀は禮から手を離した。爪先を虎徹のほうへ向けて一歩近づいた。やや小首を傾げるような仕草で虎徹の瞳を覗き込んだ。
「面白い子だね」
虎徹は、雀の手首を掴まえている指先から手の甲、腕の皮膚を撫でて背筋まで一気にゾクッとした何かが駆け抜けたのを感じた。反射的に雀からパッと手を離した。
手首を解放された雀は、禮のほうへ顔を向けた。
「今日、お昼ゴハンを一緒に食べるのは諦めるよ。今度お茶でも行こーよ」
そう言い置いて、雀は鉄男と連れ立って学生食堂から立ち去った。
雀と鉄男の姿が見えなくなったあとで、由仁は虎徹を見上げた。
「虎徹君が突っかかってっておとなしく引き下がるなんか珍しいな」
「ん……まあ、何となく」
虎徹は雀の手首を握っていた自分の手の平に目を落とし、関節をにぎにぎと動かしてみた。
「あの銀髪、何か妙やなあ。目が合った瞬間、何ちゅうか……」
虎徹はジョークの多い陽気な男だが、本能的に生きているが故、動物的な直感を持ち合わせてもいる。由仁は、その自分にはない直感は莫迦にはできないと思っていた。
「身の毛がヨワツ?」
「弥立つやろ💧」
――とはいえ、勘は勘。常に当てにできるほど都合のよい代物でもない。
由仁は嘆息を漏らして虎徹から禮へと視線を移動させた。そして、禮の顔を見て驚いた。
「禮ちゃん、カオ真っ赤やで。大丈夫かッ?」
指摘された禮は、急激に恥ずかしくなって顔面を両手で覆い隠した。
虎徹はニヤニヤして禮を指差した。
「カ~ワイイ~💓 告られ慣れてんのに赤面するんや~」
「な、慣れてへんよこんなんっ」
「赤くなるっちゅうことは、あの銀髪のことちょっとはええ思うてるっちゅうことか? もしかして近江さんと別れて、アイツと付き合う展開あるんか。やっぱイケメンやから……」
禮はぶんぶんぶんっと首を左右に振った。
「ナイナイナイ」と虎徹も手を振った。
「禮ちゃん、あの先輩キライやろ。めちゃめちゃ困ってたもんな」
「キライちゃうけど、ハッちゃんと純ちゃんから関わるな言われてるから、話しかけられたらどうしたええか分からへん。それに……あの先輩見てるとなんか変なカンジするし」
「なー。何か変なカンジするよなあ」
「変なカンジ?」と由仁は小首を傾げた。
禮と虎徹は雀に対する感想・感覚を共有しているようだが、由仁にはさっぱり分からなかった。
「う~ん。上手く説明できへんけど変なカンジ~」
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