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#22:Prinz-Prinzessin 王子姫
Der Prinz in geheime Garten. 02 ✤
しおりを挟む禮、中学生時代。
荒菱館高校のアイドルにして我等が王様の寵愛を一身に受く、人も羨む嫋々たる容姿と典麗の紅顔を誇るお姫様は、かつて浮世離れた秘密の花園で〝王子〟と呼ばれておりました――――。
私立石楠女学院――――。
威厳・荘厳を宿命と背負う高貴可憐な花の名を冠し、開校以来今日まで永きに渡り淑女の掟を連綿と受け継がせ、世にその名を轟かせる伝統と格式ある超名門私学女子校。必修科目や一般教養は無論、レディ教育や英才教育にも抜かりなく、この国有数の御嬢様学校である。幼稚園から大学まで一貫教育となっており、政財界に限らず名だたる著名人、由緒正しき旧家・名家の御令嬢が数多く在籍している。
陽光を受けた深緑が目映かった夏は去り、実りの秋も終わりに近付き、徐々に肌寒くなってきた時節。とうに盛りを終えて散ってしまった桜の樹の下に、天壇青の制服を纏った少女が二人。
「相模先輩…………好きです」
少女は想いを告げた熱で仄かに頬を染めていた。
禮はニッコリと微笑みを返した。
「うん。ウチも好きやよ」
「じゃあわたしと付き合っていただけますかっ?」
少女は表情をぱあと明るくした。二、三歩分ほど空いていた禮との間隔を一気に詰め、両手で禮の手を捕まえた。
禮はその手を振り払わずニコニコしていた。
「付き合うって買い物とか?」
「そ、そうじゃなくて💦」
「ほな映画とか? ウチ週末はたまに試合入ってしまうさかい、早めに言うてくれたら一緒に行けるよ」
「わたしを相模先輩の彼女にしてください!」
少女は禮の手を握り締めて大きな声を出した。
禮は目をパチクリさせて少女を注視する。少女は耳を真っ赤にして顔を伏せていた。その様を見てようやく少女の本懐を理解した。
「あ。あ~…………そーゆー意味の〝付き合う〟かあ」
禮はしみじみと独り言を零した。熟々、こういう面では察しが悪いと自嘲。いたずらに羞じらわせてしまい申し訳ない。
「ゴメンねえ。ウチ、付き合うてる人いてるの」
真摯に想いを打ち明けられるのは幾度目か、その度に想いを無碍にした。何度言ってもズキンと罪悪感に苛まれる。
告白を断られた彼女は弾かれたように顔を上げてスルリと手を放した。
禮は、彼女の顔から赤味が引いており、泣いていなくて良かったと思った。参った。泣いていなくても、そのような悲しげな表情をされると胸が痛い。最上級の好意を受け取ることを拒否した自分がひどいエゴイストみたいだ。
禮ができる限りの憐憫を込めてもう一度、ゴメンね、と言おうとした矢先、彼女のほうが寸分早く口を開いた。
「鬼無里先輩ですね」
意外な人物が飛び出した。禮はピタッと固まった。
「本当は分かってました。……でも、相模先輩にどうしても気持ちを伝えたくて。鬼無里先輩なら仕方ないです。わたし潔く諦めます……」
「何で夜ちゃん?」
「だって先輩たちは大変仲睦まじくいらっしゃいますから。鬼無里先輩はお綺麗でお優しくてお淑やかで女らしくて唄も踊りもお上手。わたしたち後輩は誰もが憧れるレディです」
禮と夜子が幼少の砌から大が付くほど仲が良いのは、一貫教育を敷き旧知の顔見知りが多いこの学院では有名な話。そして、蝶よ花よと愛育された花園の御令嬢たちが、耽美的な成さぬ仲に夢を馳せるのは詮無きこと。
石楠女学院中等部、三年生某教室。
貞淑な御嬢様方が大和撫子に磨きを掛ける女の園で、意外にも惚れた腫れたは日常茶飯事。実は禮のクラスは、この学院に於ける告白のメッカとされる桜の樹の真上に位置していた。
禮が呼び出されたことを知っている友人たちは、教室の窓に身を潜めつつ密かに禮の告白劇を鑑賞していた。友人のなかには夜子もおり、やめておきなさいと諫めたが、恋愛沙汰に興味津々な少女たちはきかなかった。
「あのコ誰? カオは見たことはあるけど名前分かれへん」
「華道部の二年生のコやよ。禮ちゃんが告白されたの三年生になって九人目~。今年はえらいハイペース。卒業までに二桁いくね」
「卒業やから焦ってるんかな。卒業言うてもエスカレータやのに」
「サスガは石楠の王子様やわ♪」
じきに禮が教室に戻ってきた。窓際に集合している友人たちは笑顔で迎えた。
「王子様おかえり~~」
「ソレ言わんといてってば」
禮は、友人界隈のみならず全校生徒から〝王子様〟と認知され、憧憬の的だった。禮自身は不本意だったが、相手は女の子であり、悪意でないこともあり、反抗は控えめだった。
「また上から覗いてたん? 悪趣味やよ」
「だってウチ等の教室の真下で告られるから。見物するに決もてるやん、ねえ?」
「好きで教室の真下で告られてマセン。呼び出されたんやからしゃあないやん」
「告られるの嫌やったら行かんとけばええのに」
「幼稚園からエスカレータで筋金入りの石楠育ちやけど、禮ちゃん全然そっちの気あれへんもんね」
禮は、彼女たちが集合している窓の直ぐ近く、自分の席に向かった。呼び出しに応じる前にすでに帰り支度は済んでいる。机の横のフックにかけていた教科書を詰めこんだ重たいスクールバッグを、天板の上に引き上げた。
「んー、嫌いうか……困る? 好き言われてイヤな気はせえへんけど断るしかないから。断ると悲しそにされるさかい……可哀想で困るよ」
「そーゆー優しいトコが王子様気質なんやと思う~」
友人の一人・椛――――ウェーブがかったふんわりした毛質のボブの髪型で、仲良しグループのなかでは最も小柄な少女。いつも通りの穏やかな雰囲気を漂わせてニコニコしながら言った。
「今度は何て言うて断ったん?」
和々葉――――前髪はセンター分けにして、二つ結びのお下げ髪。スラリと背が高くスレンダー体型。
禮は夜子に目線を向けた。
「ウチは夜ちゃんと付き合うてるんやって」
「へえ」と夜子はクスリと笑った。
「あ~、あの噂かあ」と黒髪ロングの友人が呟いた。
偲――――サラサラストレートの黒髪が自慢の、やや吊り目の少女。悪戯っぽく禮を指差してニシシと笑った。
「二人はちっこい頃からほんま仲ええから。ただならぬ仲に違いない、いう噂がまことしやかに……」
「友だちなんやからウワサ聞いたときに否定してよ💧」
「禮ちゃんも夜ちゃんも目立つから。妄想が捗るんよ」
「刺激の少ない女子校やもん。妄想しかすることあれへんもんねえ」
友人たちは禮を中心にアハハハハと笑い合った。
若干下校時間を過ぎ、人気の少なくなった廊下に、少女たちの笑い声が響いて谺する。校舎の外から部活動の掛け声やエールが聞こえてくる。遠くから微かに吹奏楽の音や澄んだ歌声も流れてくる。それらと笑い声が混じり合ってゆく、慣れ親しんだ居心地のよい空気感。同じような毎日が、同じような時間の流れのなかで、穏やかに朗らかに過ぎてゆく。少女たちは、閉ざされた常世のような花園で、名付けようのない連帯感のなかにいた。
「ウワサも莫迦になれへんねえ」
夜子の一言により、笑い声は終了した。
夜子はツンツンと禮を肘で突いた。禮はその合図の意味を解してハッとした。
「付き合うてる人がいてるのは、ほんま」
「え?」と全員の目が禮に集まった。
「えええええーッ! 禮ちゃんと夜ちゃんほんまに付き合い始めたん⁉」
「えー⁉ そんなんスグ教えてよ! 禮のファンの子等に教えたげなあかんやんッ」
「ちゃ、ちゃうよ! ウチと夜ちゃんちゃう」
「禮な、カレシはんできたんよ」
夜子はクスッと笑った。
彼女たちは、禮=王子様というイメージが強すぎて、王子様と彼氏というのがどうにも結びつかないらしい。夜子から事実を告げられ、全員が鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「うっ、うそーーーッ⁉」
もの凄い声量の甲高い声がぶち当たり、禮はビクゥッと身体を撥ねた。
「禮ちゃんだけは絶対そんなことあれへんと思てたのにッ」
「禮ちゃんに先越されると思ってなかった~~!」
「禮はカレシでけたらあかんやん! 石楠の王子様なんやから!」
「いつから付き合うてんの!」
「どうやって知り合ったん!」
「どんな人? どっちから告ったん?」
三人がかりで質問攻め。詰め寄られた禮はあわあわと慌てて上半身を仰け反らせた。
和々葉は夜子のほうへ目線を向けた。
「夜ちゃんは禮ちゃんのカレシはんに会うたことあるん? どんな人ォ?」
「えらい背ぇの高い男はんよ。目がキリッとしてはって、逞しゅうて男らしい人え。ちょお無口なんやけど、その代わり一緒にいはるお友だちが賑やかやねえ」
バンッ、と偲が禮の机を手の平で叩いた。
「禮、カレシとどこまでいったん?」
「カフェとかビリヤードとか行った」
――この純粋培養でカレシやて?
偲の眉間がピクッピクッと痙攣した。禮と話が噛み合わないことが不安を一気に煽った。
「手ぇつなぐくらい? チューした? まさかその先なんてことは……イヤァァアアアッ!」
「どうどう。禮ちゃんまだ何も言うてへんから」
突如奇声を発した偲を、和々葉が両肩に手を置いて窘めた。
「……ちゅ、ちゅーはした。ケド、手は繋いでへん……かも」
禮は頬を仄かに染めて俯き、小声で答えた。
偲の肩がブルブルと震えはじめ、和々葉はギョッとした。
「折角……ッ、折角! 石楠全校生徒全会一致で認めるまでの完璧な〝王子〟に育て上げたのに! ポッと出の男が禮とちゅーなんて許さんッ‼ 王子を誑かす間男には断罪をッ‼」
「シノちゃん落ち着いてッ」
和々葉は偲と禮との間に入って偲を宥める。
夜子はやれやれと頬に手を添えた。
「下のコたちがどーのこーの言うても結局は偲が一番禮のファンやもんねえ」
「夜ちゃんは落ち着きすぎやよ~💦」
「そもそも! 手ぇつないでへんのにちゅーは済ましてるてどーゆーこと!」
「まあ、それ、うん。順番がおかしいかな。何で? 禮ちゃん」
「何で言われても……」
偲と和々葉から尋ねられ、禮は困った顔で首を傾げた。
「禮ちゃんほんまに大丈夫~? 幼稚園から石楠育ちで世間知らずやから心配えぇ」
最もおっとりしている椛にまで心配されるとは。禮は自分はそこまで頼りないだろうかと苦笑した。
「見せて」と偲が手の平をズイッと突き出した。
「カレシの画像見せて!」
「持ってへん」
「はああッ⁉ ウチに隠し事⁉ もう禮に悪影響与えてるやん、そのカレシ!💢」
「隠してへんよ。ほんまに持ってへんのやって~!」
禮はふるふるふると懸命に首を左右に振った。
「見るだけなら見れるえ。禮のカレシはん、今日ガッコ来はるさかい」
「絶対見る!」
夜子の言葉を聞いた瞬間、偲のみならず和々葉と椛の目もキラーンと光った。
禮は夜子のほうを向いて小首を傾げた。
「夜ちゃん、何で言うん」
「別に隠す必要おへんやないの。隠すさかいみんないろいろ要らん想像するんえ。偲の場合は、ちょお私怨も入ってるけど」
「私怨」
ほぼ同時刻。石楠女学院中学校・校門前。
よく目立つ真白い学生服を着用した三人が、女子校の校門を注視していた。校門向かいのガードレールに腰掛けて、一人の少女が学院の門を潜って出てくるのを待っていた。
「御機嫌よう」
先ほどから天壇青の制服を纏った少女が出てきては、みな必ず校門を振り返って同じ台詞を言って一礼してから去ってゆく。
渋撥は視線を校門に固定して無表情のままやや首を傾げた。
「オウ、鶴。ゴキゲンヨオてどーゆー意味や」
「あー? まあ、サヨナラっちゅう意味ちゃうか」
「フゥン」と渋撥は関心なさげな返事。
彼等には見慣れない光景ではあるが、興味深いかといえばそうでもなかった。
「出てくる子出てくる子みんな、THE 御嬢様ってカンジでんな。サッスガ石楠。さっきからぎょうさん迎えに来る車も高級車がズラリ。ウチの近所でよお見る下品なヤン車とはランクちゃうほんまモンでっせ。近江さん、ほんまにココの女引っかけはったんでっか?」
美作は息を吐きながらふるふると首を左右に振った。
「それもただのお嬢ちゃうで。ちょっと見いひんくらいにごっつカワエエで」
「実感湧けへんですわ。石楠のお嬢なんて、俺等と住む世界ちゃうでしょ」
美作の一言は言い得て妙だったから、鶴榮はハハッと笑った。
「住む世界がちゃうっちゅうのはあるかもな。確かにワシ等とは全然ちゃう生き物や。のォ撥?」
「普通のオナゴとまるでちゃうのは確かや」
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