上 下
1 / 120

第1話 転移直後のヒーロームーブでござる!

しおりを挟む
 森の奥深く、オークの一団に囲まれたエルフの女性が傷ついた身体を大木に預けて寄りかかっていました。

 美しい金色の髪は千々ちぢに乱れ、透き通るような白い肌のあちこちに傷を負い、そこから血が流れ出ておりました。そしてその衣服はオークたちの返り血によって汚れています。

「はぁ……はぁ……み、みんなは……無事かしら……」

 今にも襲い掛かってこようとしているオークたちにレイピアを向けて威嚇しながら、彼女は同じ冒険者パーティの仲間たちのことを心配していました。

「ブヒッ! ブブブブヒッ!」

 オークたちがニヤニヤと厭らしい笑い声を上げながら、エルフ女性へとにじり寄り始めます。

『オークは捕虜にした他種族の雌を凌辱りょうじょくしてから喰らう』

 そんな話を聞いていたエルフの女性は、今まさに自死するか、戦いのなかで死ぬかの決断をしようとしていました。

 そして彼女が選んだのは、舌を噛み切って、意識ある限り戦いに身を投じるという選択でした。にじり寄るオークたちを睨みつける彼女の口から、真っ赤な血があふれ出てきます。

 これまで何度もエルフを襲ってきたことのあるオークたちは、いま彼女が何をしたのかを察知して、一斉に襲い掛かりました。
 
 エルフの女性は、人生最後の戦いに身を委ねるために身を躍らせます。しかし失血によって、反応が鈍くなった体はとても重く、普段なら軽くかわすことができたオークの棍棒をまともに喰らってしまいました。

「ぐはっ!?」

 大量の血を吐きながら、彼女は地面に倒れ込んでしまいます。

(あぁ、これで終わってしまうのか。オークにけがされても、祖たるエレンディアは私を迎えてくれるだろうか)

 彼女の身体に伸し掛かってくるオークたちの醜く歪んだ顔を見ながら、エルフの女性は自分の死を覚悟したのでした。

 オークのひとりが興奮した声を上げながら、彼女の服を乱暴に引きはがしました。

「グブブッ! グビグブブブブッ!」

 幸いなことに、エルフの女性の意識は薄れつつあり、身体のあちこちを掴まれる感覚さえも鈍いものとなってきていました。

 そしてついに、彼女の目から光が失われていこうとした、そのとき――

 ピカァァァァァァァ!

 彼女とオークの目の前に、まばゆい光の球が現れたのです。

 エルフ女性はぼんやりとした意識の中でその光を見ていました。

 プシュー!

 光は、蒸気が吹き出すような音とともに消失しました。光が消えた跡には真っ白な肉塊が転がっているのが見えました。

「なんだオークだったか……」

 その塊を白いオークだと思ったエルフの女性は、再びまどろみの中へと意識を沈めていくのでした。

 しかし、オークたちといえば、彼らが警戒を解こうとはしませんでした。

 何故なら、それはオークでも自分たちの仲間でもなかったからです。

 白い塊がヌボッと立ち上がって言葉を発しました。その塊は豚でもオークでもありませんでした。

「ククククッ! 今まさにモンスターに美少女が襲われている場面へ転移させるとは、天使様もよくわかっておられるようでござるな! デュフコポー」

 白い塊と見えたそれは、たった今、女神ラーナリアの導きによって異世界ドラヴィルダに転移した日本人だったのです。

 フルチンの日本人だったのです。

「グギギギッ! グギッ! グギギッ!」

 エルフ女性に群がっていたオークたちが、突然現れた不審者に警戒心を剥き出しにして、威嚇してきました。

「グフフフ。このキモヲタ、すでにスキルの使い方は完璧にマスターしておりますぞ、お主らごとき雑兵、我輩の指先ひとつでダウンですな!」

 自分たちに向かって指さすのを見たオークたちは、敵愾心てきがいしんを剥き出しにしてキモヲタに襲い掛って行きます。

 しかし、キモヲタは奇妙な掛け声を上げながら、向ってくるオークたちに指をさしていくのでした。

「アチョ! ホチョ! ハッ! ヒッ! ワタ!」

 するとどうしたことでしょう!? 

 指でさされたオークたちが、次々と地面に倒れ込んで悶絶し始めたのです。

「ぐふふ! 我輩にはお主たちの言葉は分からぬでござるが、お主たちが何を言っているかは分かるでござるぞ!」

 両手を腰にあててふんぞり返ったキモヲタは、オークたちを見下ろして言いました。

 フルチンで言い放ちました。

「お前たちはこう言っているのでござろう!?」

 そう言いながら、キモヲタは両手で頭を抱き込むような奇妙なポーズを取ります。
 
 フルチンでポーズを取ります。

「お尻かいぃぃぃぃのぉぉぉぉぉ!」

 キモヲタがオークたちに向かって、ポンとお尻を突き出しました。

「だ!」

 キモヲタがフルチンで、オークたちをドォンと指差しながらポーズを決めました。

 オークたちはというと、キモヲタのことなど眼中になく、ひたすらお尻の痒さに苦しめられていました。

 地面にお尻を擦りつける者、大木にお尻を擦りつける者、二人でお互いにお尻を擦りつける者、棍棒で必死にお尻を掻こうとする者――とにかくお尻が痒くて、それを解消すること以外に何も考えられないようでした。

「この隙に! 美少女を救出して感謝されて、そのままただならぬ関係に陥って、あわよくば我がハーレムのメンバーに……げふんげふん……お友達になるのが異世界の定番ですな!」

 奇妙なことをつぶやきながら、キモヲタは地面に倒れている女性に近づいていき、その途中で足を止めるのでした。

 女性は衣服を乱暴に破かれ、口から吐き出された大量の血で顎から首元に掛けて真っ赤に染まっています。元々は美しかったであろう姿は、見るも無残なものとなっていました。

 ブチンッ!

 頭の中で何かがキレる音を聞いたキモヲタは、女性の傍らに転がっていたオークの棍棒を手にとると、お尻の痒さに悶絶しているオークたちに向って歩き出しました。

 そして――

 ドゴンッ! ボカンッ! ガコンッ! ガンッ!

 オークたちの頭に強烈な棍棒の一撃を叩き込んで回ったのです。

 沈黙が辺りを支配するようになったころ、キモヲタは再び女性の下へと近づいていきました。

「!?」

 倒れている女性がエルフであることに気がついたキモヲタは、彼女の胸が微かに上下しているのを見ました。

「生きてる! 生きていたでござるか!」

 キモヲタは大きなお腹をタプンタプンと揺らしながら、あわてて女性の傍らに駆け寄ります。

「良かったでござる! まだ命が失われていないのであれば、我輩のスキルが通じるでござるよ!」

 キモヲタは女性の足元に座り込み、彼女の足裏を丁寧にマッサージし始めました。

「スキル【足ツボ治癒】!」

 キモヲタが叫ぶと、彼の両手から優しくて暖かな緑の輝きが広がり、それがエルフ女性の足裏を通して全身に広がっていくのでした。



※天使の資料1
【お尻痒くなーる】
・お尻に猛烈な痒みが生じ、お尻を掻くこと以外何も考えられなくなる。効果は使用者の念の込め具合によって異なるが、およそ1時間から24時間継続する。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜

墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。 主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。 異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……? 召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。 明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

冤罪をかけられ、彼女まで寝取られた俺。潔白が証明され、皆は後悔しても戻れない事を知ったらしい

一本橋
恋愛
痴漢という犯罪者のレッテルを張られた鈴木正俊は、周りの信用を失った。 しかし、その実態は私人逮捕による冤罪だった。 家族をはじめ、友人やクラスメイトまでもが見限り、ひとり孤独へとなってしまう。 そんな正俊を慰めようと現れた彼女だったが、そこへ私人逮捕の首謀者である“山本”の姿が。 そこで、唯一の頼みだった彼女にさえも裏切られていたことを知ることになる。 ……絶望し、身を投げようとする正俊だったが、そこに学校一の美少女と呼ばれている幼馴染みが現れて──

勇者に闇討ちされ婚約者を寝取られた俺がざまあするまで。

飴色玉葱
ファンタジー
王都にて結成された魔王討伐隊はその任を全うした。 隊を率いたのは勇者として名を挙げたキサラギ、英雄として誉れ高いジークバルト、さらにその二人を支えるようにその婚約者や凄腕の魔法使いが名を連ねた。 だがあろうことに勇者キサラギはジークバルトを闇討ちし行方知れずとなってしまう。 そして、恐るものがいなくなった勇者はその本性を現す……。

女体化入浴剤

シソ
ファンタジー
康太は大学の帰りにドラッグストアに寄って、女体化入浴剤というものを見つけた。使ってみると最初は変化はなかったが…

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?

みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。 なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。 身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。 一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。 ……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ? ※他サイトでも掲載しています。 ※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

処理中です...