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第三章 勇者支援学校編 ー 基礎課程 ー

第39話 勇者女性説

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 大聖堂にはあまりいい思い出がない。というかまったくない。

 大陸中に炎王ウルスとしてその名を轟かせ、魔物や蛮族たちからさえも恐れられていたにも関わらず、大聖堂では皆から大爆笑された記憶しかない。

 しかも、いまのぼくは勇者転生したわけでもないから、あの聖具を動かせるわけでもない。つまりぼくが大聖堂に出向く理由は一切なかった。

「魔王討伐絵図を見てみたいの!」

 キャロルがしつこくぼくに懇願してくる。なら自分で行けばいいじゃないとも思うが、確かに大聖堂に庶民が入るのは難しい。だから、一応は貴族であるぼくを頼ろうとしているのだ。

「図書階に行けば、写し絵が見れるよね?」
「あんな小っちゃいのじゃダメなのよ。ちゃんと本物を見たいの!」

「えっと、基礎課程が終わったら外出できるからそのとき行けばいいのではないでしょうか?」
「あたしは一刻も早く見たいの!」

「といわれましても……」

 キャロルはぼくの鼻先に顔を寄せてグッと睨んできた。不機嫌さをアピールするために唇をツンと尖らせている。近い近い近い。ぼくの視線は、ぷるぷるとして柔らかそうなキャロルの唇に釘付けになっていた。

「あたしはね。あんたのことをそれなりに買ってるの」

「は、はぁ……」

「なんなら、ここを卒業したらあんたの下で働いてもいいかなとも思ってる」

「ありがとうございま……す?」

「なんで疑問形なのよ! とにかく、あんたにはちょっと期待してるってことなの! ちょっと大聖堂に絵を見に行くくらいのお願い聞いてくれたっていいでしょ!」
 
 ちょっと何を言っているのかわかりませんね――と思わず口に出そうになるのを慌てて抑える。そのとき、ふとキャロルのくちびるを人差し指でぷにぷにしてしまった。つい出来心で。つい。

「なにすんのよ!」

 キャロルはカウンターとばかりにぼくの鼻先を人差し指で押し上げて豚鼻状態にする。

「とにかく、今週中にどうにかして大聖堂に行くわよ! なんとかしなさい!」

「……わかった。努力はしてみるよ」

 これが小説だったら、夜中にキャロルと抜け出して大聖堂に忍び込む冒険譚が繰り広げられるところだろう。だけど、現実にそんなことをしてバレてしまったときには、実家まで迷惑をかけてしまう大騒動になってしまう。

 というわけで……。

「アンリ先生に相談してみるか」

 相談したら、あっさりとOKが出た。

――――――
―――


 大聖堂

「はーい、みなさん! こちらが魔王討伐絵図です!」
    
 キャロルの要望をアンリ先生に相談してから三日後。いまクラスの全員が大聖堂を訪れている。

 実のところ、基礎課程の中に『大聖堂見学』が組み込まれていた。生徒からの熱心な要望を受けたアンリ先生が学校と大聖堂に掛け合って、日程を調整してくれたのだ。

「あんた、なかなかやるじゃない!」

 キャロルからの評価は得られたみたいだった。別にぼくに頼まずとも、自分でアンリ先生に相談しても結果は同じだったと思うけど、それは言わない。

 キャロルは魔王討伐絵図をそれはもう熱心に丹念に眺めていた。

 絵には勇者ナインの聖剣ロックスライサーが魔王の首を落とそうとしている様子が描かれていた。その後ろで勇者の仲間たちが魔王の配下と戦っている。いずれも有名な英雄たちだ。

 しかし、キャロルの視線はずっと勇者ナインに注がれていた。二本角の兜に深紅の鎧に身を包む姿は、まさに英雄そのものだった。

「この二本角の長さが左右で違っていますよね。これは陰陽角と言って強大な力の象徴でもあるのですよ」

 大聖堂での案内を務めている若い司祭がキャロルに説明する。
 
「あの、勇者が女性だったって話は本当ですか? ですよね?」

 先程から、やたら熱心に質問してくるキャロルに司祭は丁寧に答え続けていた。ぼくなら辟易とするところだけど、司祭の方は勇者に対する子どもの熱意を好ましく思っているようにも見えた。

「ええ、女性だったかもしれません。伝承の中には、勇者の仲間であった魔導師マウロメが魔王討伐後に勇者に求婚したという話もあります。マウロメが男性であったことは歴史的にも間違いありませんので、伝承が事実だとすると勇者は女性だったということになりますね」

「そうなんだ!」

 キャロルが無邪気に喜ぶ。どうやら、その他の可能性について考えなかったようだ。よかったキャロルはまだ腐ってない。どうかそのまま、ずっとそのままでいてくれと、ぼくは心の中で祈った。

 勇者女性説が正しいものとして、勇者ナインの絵姿を眺めてみるとそのように見えなくもない。描き手も勇者が女性だったかもしれないという話が頭にあったのかもしれない。

 長い黒髪や白い肌といった随所に女性らしいと言えば、そうかなもしれないと思える要素がほんのりと漂っていた。

「絶対、勇者は女性だったのよ! あたしは確信したわ!」

 両手を腰にあててフンスッと鼻から息を出すキャロル。

 なぜにそんなに勇者が女性であって欲しかったのかわからないけど、彼女が元気で笑顔でいられるのだから、ぼくも勇者女性説を信じることにした。

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