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第三章 勇者支援学校編 ー 基礎課程 ー

第36話 天国と地獄の身分社会

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 この世界の多くの国々が非常に厳格な身分社会を敷いている。階級を部分的に緩和する要素はお金。

 身分とお金の力はそれはもうえげつない。それについて疑問に思うのはぼくが日本人としての前世を持っているからだろう。

 エ・ダジーマにおいては勇者支援のために身分の差を乗り越えての協力を理想としている。

 非常に先進的といわれているこの学校でさえ、身分とお金の力は厳然として存在し、それについて誰も疑問に思わない。

 端的な例が、エ・ダジーマの学校生活が、実質的に貴族や大商人の子息などからなる華組と一般庶民からなる男組に区分されていることだろう。

 この区別は自然に派生して生徒たちの間でそう呼ばれるようになったもので、学校の正式な制度ではない。

 華組と男組では早朝からすでに違いが出てくる。少し両者の違いを見てみよう。

 華組の朝は、朝食前の散歩とラヴェンナ像前での祈りから始まる。

「おはようございます。レイチェル様」
「おはようシャーロット。タイガ・マガーテイテヨ」
「ありがとうございます、お姉さま」

 タイガ・マガーテイテヨは、貴族や上級生、先輩等の上位の立場にある女生徒が下位の立場にあるものの身だしなみチェックし直してあげるという習慣だ。

 朝食までの時間、ラヴェンナ像の前で華組の女生徒たちの間で繰り広げるられている。

「キース様、おはようございます」
「ああ、おはようクラウスくん」

 同じクラスで同じく貴族のクラウスくんが挨拶してきた。クラウスくんは明るい栗毛にエメラルド色の瞳、ぼくより少しだけ身長が高い。

 全体的に線が細く、女の子のような顔立ちをしている。というか、女性の服を着せたら美少女にしか見えないだろう。
 
「朝のタイガ・マガーテイテヨはいいものですね。あれを見ていると僕もなんだか心がほわほわします」

「ま、まぁ確かに微笑ましい光景だよね」
 
 もちろん、この習慣は前世ウルス王だったぼくが広めたものだ。

「僕も『ラヴェンナ様が見てる』が大好きで、この光景が見たいために入学したくちなんですよ」
「へ、へぇーそうなんだー」

「僕……ああいうの憧れなんです」

 そういって恥ずかしそうに顔を赤らめるクラウスくんは、どこからみても美少女と言っても差支えのない可愛さを醸し出していた。

「そうなの? なら……ほら、タイガ・マガーテイテヨ」
「ひゃわっ!?」

「あっ、ごめん! 冗談が過ぎたね」
 
 軽い冗談のつもりが、想定していた以上にクラウスくんの反応が大きかったので、ぼくは慌てて謝った。

 ぼくだって入学にあたっては、百合百合しいタイガ・マガーテイヨを楽しみにしていたくちだ。それが野郎なんかに揶揄されるのは嫌だし面白くない。

 その嫌なことをぼくはクラウスくんにやってしまった。

「キース。神聖なタイガ・マガーテイテヨを冗談でも軽んじるような行為は控えていただきたいですわ」

 レイチェル嬢がぼくたちの方に近寄ってきて、クラウスくんをかばうようにして立つ。表情が乏しいながらも、わたくしちょっと怒ってましてよという感情が伝わってきた。
 
「ごめんなさい、レイチェル様。クラウスくんも本当にごめんね」

「う、ううん! だ、大丈夫だよ! 僕は気にしてないから!」

 とりあえずクラウスクくんには許してもらえたようだ。

「でもクラウスはとても整ったお顔立ちですし、キースの気持ちもわからなくないですわ。わたしがタイガ・マガーテイヨをしてさしあげますから、キースのことは許してあげてくださいな」

「あわわっ、だだだ大丈夫ですからー!」

 クラウスくんはさらに顔を真っ赤にして、両手を上げたまま走り去っていってしまった。

「あらら。逃げられてしまいましたわね」

 両手を腰にあててレイチェル嬢がため息をつくと、金色の縦ロールがふわふわっと揺れた。
 
「お姉さま、そろそろ朝食のお時間です」

 数人の女生徒がレイチェル嬢の腕をとり、彼女を引っ張るように連れて行ってしまった。

 華組では、朝からこんな感じのほわほわした茶番劇が繰り広げられている。

 一方、男組の朝は早い。貴族寮のラ・ジーオタイッソが終わってすぐにラヴェンナ像に向かうと、男組による早朝訓練の一部を見ることができる。

「おらおら、ラ・ジーオタイッソが終わったらすぐランニングだ。行くぞぉ!」
「オッス!」
  
 ラヴェンナ像の前あたりで待っていると、この大きな怒鳴り声と共に奇妙な歌が聞こえてくる。

「魔王のあそこはつまようじ!」
「まおうのあそこはつまようじ!」
 
 濃い朝霧の中から、ザッザッという足音と共にどこかの海兵隊のランニング歌っぽい大合唱が近づいてくる。

「勇者のつるぎは後家ごろし!」
「勇者のつるぎは後家ごろし!」
「おいらのかーちゃんやっちゃった!」
「おいらのかーちゃんやっちゃった!」

 こんな感じで早朝から非常にお下品な合唱が周囲に響き渡るのだが、華組がラヴェンナ像に集まる頃にもなると、ランニングのゴールとなる運動場では疲れた男組がへばって地面に転がっている状態だ。

 なんとか疲れた体を引きずって、彼らが大食堂に押し寄せる頃、華組は朝食を終えてお茶を飲んでいる。

 男組のがやがやと騒がしいのを避けて、たいていの貴族は食後のお茶は自室に友人を招いて楽しむことが多い。

 大食堂に残ってお茶をしている華組は男組に妹がいることがほとんどだ。自分のテーブルに妹たちを招いて彼女をねぎらうのだ。

 ここで言う妹はタイガ・マガーテイテヨを通じて先輩と特別な関係が結ばれた後輩のことだからね。

 ぼくにはもちろん妹はいないけど、朝食後のお茶にはキャロルや他の同級生を毎回一か二人招いて話をしている。

 いつ誰が来るかは、同級生の間でなんとなくローテーションが組まれているみたいだった。

 優雅なお茶と軍隊ランニング、この朝の景色が華組と男組の違いをもっとも良く表している。


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