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第一章 長い長いプロローグ(だって二回も転生しますよね)
第2話 くっころくっころ……
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「あなたにはこれから勇者に転生して魔王を討ち倒し、人々を救って頂きたいのです」
そう言って女神は目を閉じ、芝居がかった様子で両腕を拡げた。
「わたくし、女神ラヴェンナの庇護の下に……」
どこからか風でも吹いているのか、女神の金色に輝く髪がふわりと広がって波のように揺れ、その身体が背後から輝き始める。
俺は女神をじっくりと観察しながら今の状況を整理していた。
「(身体がないし呼吸もしてないし、ホントに俺は死んだのか)」
女神の張りのある大きな胸を観察しながら、俺は他にありえる可能性について色々と思考を巡らせる。
それにしてもあの白いドレス。
薄い絹地が豊満な二つのアレにぴったりと張り付くような感じで包み込んでいるのに、その先端には突起の影さえ見当たらないのはどういうことだ? ニップルシールでも貼っているのかあるいは……。
ハッ!? もしかして陥……
「陥没してません!」
「なんで!?」
自分の思考が読まれたことに愕然とする俺を、女神が顔を真っ赤にして睨みつける。怒っているということは伝わってきたが、そうやっていくら頬を膨らませたところで『可愛いな』としか。
「うふっ! 可愛いだなんて……」
うん。やはり考えていることが見透かされてしまうのか。これはマズイな。
何がどうマズイのかは考えないようにして、俺は思考を女神に読みとられないよう脳内将棋を始めた。
これはかなりの集中力を必要とするから効果があるはずだ。
「7六歩!」
「ええっ!? 突然なぜ将棋!?」
「いいから、このまま話を進めてくれ! 8四歩!」
「わ、わかりました」
俺の気迫に押され、女神は今の状況についての説明を始めた。
俺がこれから転生するのはドラヴィルダという異世界。文明の段階としては俺がいた元の世界でいう中世に近いものらしい。
そこには女神ラヴェンナの守護する大陸があって、近い将来、大陸のどこかに魔王が出現するとの予言が出されていた。
ちなみに、この世界において魔王を倒すことができるのは女神の加護を授かった勇者しかいない。
一般的に、勇者はドラヴィルダの人間から選ばれることが多いが、その場合、ステータスやスキルはこの世界の制約を強く受ける。
一方で、転生者や転移者を勇者としてこの世界に召喚することもある。この場合、制約の影響が希薄になるため、この世界には存在しないスキルが獲得できることがある。それを狙って勇者転生が行われることも多いらしい。
勇者転生か。勇者で転生とくれば美少女だらけのパーティー。これは燃える展開に期待だな!
「あの、ちゃんと心の声も聞こえてますからね?」
「(8四歩!)」
「えぇ!?」
俺は次々と湧き上がるハーレム妄想を、脳内の将棋盤に8四歩と共に叩きつけて消していく。
……が、妄想は止まらない。王国の姫、くっころ女騎士、くっころ女魔法使い、くっころ村娘、くっころくっころ……。
「くっころって何ですか?」
「よし! 喜んで引き受けようじゃないか!」
妄想がバレるのが怖くてつい勢いで返事をしてしまったが問題はない。目の前に来たチャンスは躊躇なく掴むのが今日の俺の信念だ。
「引き受けて頂けるのですか? では早速……」
「ちょっと待ってください」
これからの交渉を有利に進めるために、俺は落ち着いた感じのやや低音ボイスに切替えて話すことにした。言葉遣いも丁寧なものにして女神のご機嫌を取らなくては。
「女神様。私が勇者に転生した場合、どのようなご加護を頂くことができるのでしょうか」
「加護ですか? そうですね。転生先の人の記憶が共有できるので言葉は通じますよ」
異世界でも言葉は通じるのか。ん? 転生先の人ってどういうことだ?
「わたくしの【転生能力】は、ドラヴィルダで命を落とした人の魂が抜け出たところへ鹿嶋さんの魂を押し込むカタチになります。もちろん転生と同時に身体には【完全治癒】を発動しますから健康上の問題はありませんよ」
「えっと、無双できる魔法剣とか、無限に使える魔力とか、そういったカタチの優遇などは……」
「わたくしも転生はまだ初心者なのでそこまでの加護は授けられません。しかし、そうですね……」
女神が首を傾げて何やら考え込んでいる。んっ? 初心者?
「転生シーケンス開始。10……9……8……」
どこからともなく機械的な声が響いてくる。同時に俺の視界は強烈な光の輝きによって埋め尽くされ始めた。
「あっ! やっちゃった!」
「なにを!?」
「7……6……5……」
身体がないにも関わらず、何だか急激に落下していくのを感じた俺は慌てて意識を下へと向ける。
遥か下の方には地球のような青くて丸い星が見えていた。落下速度が徐々に速くなっていく。
「4……3……2……」
「あわわ! と、とにかく頑張ってください!」
「ちょーーーっとぉぉぉ!」
落下の途中で一瞬誰かとすれ違ったように思う。なんとなくだが、その誰かには「がんばってね」と言われたような気がした。
「1……」
すべてが白一色に染まる。
「ゼロ」
――――――
―――
―
「こいつ、まだ生きてるぞ」
近くから男の声が聞こえてきた。ぼんやりと目を開いて周囲の様子を確認しようとした直後、顔面に冷たい水が浴びせかけられ、俺はハッキリと意識を取り戻す。
「ここは……」
転生の事を思い出した俺は慌てて自分の身体の状態を確認する。
よかった。ちゃんと身体があった。けどそれは以前の俺がよく見知った身体ではなく、痩せ細った子どもの身体だった。驚く間もなく俺の中に少年の記憶が急速に流れ込んでくる。
「とっとと起きろ!」
バシン!という音が聞こえると同時に、俺の左頬に強烈な痛みが走る。次の瞬間、俺の身体は反射的に立ち上がって気を付けの姿勢をとった。
少年の記憶から、これ以上暴力を振るわれないようにするための反応であることがわかる。
「死んでねーなら、さっさと仕事に戻りやがれ! 殺すぞ!」
男の声に身体が勝手に反応し、俺は自分の仕事に戻るためにその場から立ち去る。自分が何をしなければならないのかは当然のように知っていた。
どうやら俺は9歳の奴隷少年に転生したようだった。少年の記憶から、この世界が奴隷にとって非常に厳しい環境であることもわかった。
「勇者に転生するんじゃなかったのかよ……」
そんな愚痴っぽいことを考えられていたのは最初の数日だけだった。それ以降は、あまりにも過酷な環境が、目の前の仕事以外のことを考える時間を俺から奪い去ってしまった。
「違う……こんなはずじゃない……」
そんな思いをいつも心の奥に抱え、日々を生き延びるため、暴力から逃れるため、俺はひたすら仕事に追われ続けた。
この世界は奴隷に対してはひたすら過酷なものだった。
恵まれた容姿を持っているとか何か能力に秀でているとか特別なものを持たない奴隷は、俺もその一人なのだが、家畜のように扱われ家畜以下の値段で取引されてた。
毎日一度は、これで死ぬのかもしれないと思うようなことがあった。それでも心のどこかで、
「きっと僕には成すべき使命があるはず。それまでは死ねない!」
と歯を食いしばって生き抜いてきた。その『成すべき使命』が何だったのか思い出すことはいつの間にか出来なくなっていたが、ただこの思いだけが俺を支え続けた。
転生から3年が過ぎた或る日のこと。薪を拾うために連れていかれた山の中で、偶然、奴隷商人が引いている馬車が留まっているのを見かけた。
街道に近いからか護衛の冒険者は一人だけ。荷台部分は檻になっていて、6人の子どもが中に閉じ込められていた。
そう珍しい光景ではない。これまでも同じような光景を何度も見て来た。これくらいの悲劇を見たところで、今更、何かを感じたりすることはないし、まして何かするなんてことはないはずだった……のだが。
ふと子どもの一人と目が合った。
何も映していないその瞳の奥に、俺は助けを求める微かな光を見た。その瞬間、俺は自分が勇者としてこの世界に転生したことを思い出した。
これまで理不尽な暴力に怯え続けるだけだった奴隷の自分――今日の命を長らえることだけ考え、目と心を閉ざしてきたこれまでの自分の姿が洪水のように脳裏に流れ込んでくる。
自分の不甲斐なさが、目の前の現実が、世の理不尽が、何もかもすべてが腹立たしく、俺の頭を真っ白に埋め尽くした。
俺は勇者じゃなかったのか!
痩せ細った自分の腕を見る。それは非力で薄汚れた奴隷の腕だった。俺はあかぎれて節くれだった己のこぶしを強く握りしめ、自分自身に叫ぶ。
いま勇者でないのであればこれから勇者になればいいだけだろ!? そうだよな! だが――
目の前の子どもさえ救えないで勇者になんてなれるもんか!
もう後先なんて考えることなんてできなかった。
気が付くと俺は馬車に向かって歩き出していた。
そう言って女神は目を閉じ、芝居がかった様子で両腕を拡げた。
「わたくし、女神ラヴェンナの庇護の下に……」
どこからか風でも吹いているのか、女神の金色に輝く髪がふわりと広がって波のように揺れ、その身体が背後から輝き始める。
俺は女神をじっくりと観察しながら今の状況を整理していた。
「(身体がないし呼吸もしてないし、ホントに俺は死んだのか)」
女神の張りのある大きな胸を観察しながら、俺は他にありえる可能性について色々と思考を巡らせる。
それにしてもあの白いドレス。
薄い絹地が豊満な二つのアレにぴったりと張り付くような感じで包み込んでいるのに、その先端には突起の影さえ見当たらないのはどういうことだ? ニップルシールでも貼っているのかあるいは……。
ハッ!? もしかして陥……
「陥没してません!」
「なんで!?」
自分の思考が読まれたことに愕然とする俺を、女神が顔を真っ赤にして睨みつける。怒っているということは伝わってきたが、そうやっていくら頬を膨らませたところで『可愛いな』としか。
「うふっ! 可愛いだなんて……」
うん。やはり考えていることが見透かされてしまうのか。これはマズイな。
何がどうマズイのかは考えないようにして、俺は思考を女神に読みとられないよう脳内将棋を始めた。
これはかなりの集中力を必要とするから効果があるはずだ。
「7六歩!」
「ええっ!? 突然なぜ将棋!?」
「いいから、このまま話を進めてくれ! 8四歩!」
「わ、わかりました」
俺の気迫に押され、女神は今の状況についての説明を始めた。
俺がこれから転生するのはドラヴィルダという異世界。文明の段階としては俺がいた元の世界でいう中世に近いものらしい。
そこには女神ラヴェンナの守護する大陸があって、近い将来、大陸のどこかに魔王が出現するとの予言が出されていた。
ちなみに、この世界において魔王を倒すことができるのは女神の加護を授かった勇者しかいない。
一般的に、勇者はドラヴィルダの人間から選ばれることが多いが、その場合、ステータスやスキルはこの世界の制約を強く受ける。
一方で、転生者や転移者を勇者としてこの世界に召喚することもある。この場合、制約の影響が希薄になるため、この世界には存在しないスキルが獲得できることがある。それを狙って勇者転生が行われることも多いらしい。
勇者転生か。勇者で転生とくれば美少女だらけのパーティー。これは燃える展開に期待だな!
「あの、ちゃんと心の声も聞こえてますからね?」
「(8四歩!)」
「えぇ!?」
俺は次々と湧き上がるハーレム妄想を、脳内の将棋盤に8四歩と共に叩きつけて消していく。
……が、妄想は止まらない。王国の姫、くっころ女騎士、くっころ女魔法使い、くっころ村娘、くっころくっころ……。
「くっころって何ですか?」
「よし! 喜んで引き受けようじゃないか!」
妄想がバレるのが怖くてつい勢いで返事をしてしまったが問題はない。目の前に来たチャンスは躊躇なく掴むのが今日の俺の信念だ。
「引き受けて頂けるのですか? では早速……」
「ちょっと待ってください」
これからの交渉を有利に進めるために、俺は落ち着いた感じのやや低音ボイスに切替えて話すことにした。言葉遣いも丁寧なものにして女神のご機嫌を取らなくては。
「女神様。私が勇者に転生した場合、どのようなご加護を頂くことができるのでしょうか」
「加護ですか? そうですね。転生先の人の記憶が共有できるので言葉は通じますよ」
異世界でも言葉は通じるのか。ん? 転生先の人ってどういうことだ?
「わたくしの【転生能力】は、ドラヴィルダで命を落とした人の魂が抜け出たところへ鹿嶋さんの魂を押し込むカタチになります。もちろん転生と同時に身体には【完全治癒】を発動しますから健康上の問題はありませんよ」
「えっと、無双できる魔法剣とか、無限に使える魔力とか、そういったカタチの優遇などは……」
「わたくしも転生はまだ初心者なのでそこまでの加護は授けられません。しかし、そうですね……」
女神が首を傾げて何やら考え込んでいる。んっ? 初心者?
「転生シーケンス開始。10……9……8……」
どこからともなく機械的な声が響いてくる。同時に俺の視界は強烈な光の輝きによって埋め尽くされ始めた。
「あっ! やっちゃった!」
「なにを!?」
「7……6……5……」
身体がないにも関わらず、何だか急激に落下していくのを感じた俺は慌てて意識を下へと向ける。
遥か下の方には地球のような青くて丸い星が見えていた。落下速度が徐々に速くなっていく。
「4……3……2……」
「あわわ! と、とにかく頑張ってください!」
「ちょーーーっとぉぉぉ!」
落下の途中で一瞬誰かとすれ違ったように思う。なんとなくだが、その誰かには「がんばってね」と言われたような気がした。
「1……」
すべてが白一色に染まる。
「ゼロ」
――――――
―――
―
「こいつ、まだ生きてるぞ」
近くから男の声が聞こえてきた。ぼんやりと目を開いて周囲の様子を確認しようとした直後、顔面に冷たい水が浴びせかけられ、俺はハッキリと意識を取り戻す。
「ここは……」
転生の事を思い出した俺は慌てて自分の身体の状態を確認する。
よかった。ちゃんと身体があった。けどそれは以前の俺がよく見知った身体ではなく、痩せ細った子どもの身体だった。驚く間もなく俺の中に少年の記憶が急速に流れ込んでくる。
「とっとと起きろ!」
バシン!という音が聞こえると同時に、俺の左頬に強烈な痛みが走る。次の瞬間、俺の身体は反射的に立ち上がって気を付けの姿勢をとった。
少年の記憶から、これ以上暴力を振るわれないようにするための反応であることがわかる。
「死んでねーなら、さっさと仕事に戻りやがれ! 殺すぞ!」
男の声に身体が勝手に反応し、俺は自分の仕事に戻るためにその場から立ち去る。自分が何をしなければならないのかは当然のように知っていた。
どうやら俺は9歳の奴隷少年に転生したようだった。少年の記憶から、この世界が奴隷にとって非常に厳しい環境であることもわかった。
「勇者に転生するんじゃなかったのかよ……」
そんな愚痴っぽいことを考えられていたのは最初の数日だけだった。それ以降は、あまりにも過酷な環境が、目の前の仕事以外のことを考える時間を俺から奪い去ってしまった。
「違う……こんなはずじゃない……」
そんな思いをいつも心の奥に抱え、日々を生き延びるため、暴力から逃れるため、俺はひたすら仕事に追われ続けた。
この世界は奴隷に対してはひたすら過酷なものだった。
恵まれた容姿を持っているとか何か能力に秀でているとか特別なものを持たない奴隷は、俺もその一人なのだが、家畜のように扱われ家畜以下の値段で取引されてた。
毎日一度は、これで死ぬのかもしれないと思うようなことがあった。それでも心のどこかで、
「きっと僕には成すべき使命があるはず。それまでは死ねない!」
と歯を食いしばって生き抜いてきた。その『成すべき使命』が何だったのか思い出すことはいつの間にか出来なくなっていたが、ただこの思いだけが俺を支え続けた。
転生から3年が過ぎた或る日のこと。薪を拾うために連れていかれた山の中で、偶然、奴隷商人が引いている馬車が留まっているのを見かけた。
街道に近いからか護衛の冒険者は一人だけ。荷台部分は檻になっていて、6人の子どもが中に閉じ込められていた。
そう珍しい光景ではない。これまでも同じような光景を何度も見て来た。これくらいの悲劇を見たところで、今更、何かを感じたりすることはないし、まして何かするなんてことはないはずだった……のだが。
ふと子どもの一人と目が合った。
何も映していないその瞳の奥に、俺は助けを求める微かな光を見た。その瞬間、俺は自分が勇者としてこの世界に転生したことを思い出した。
これまで理不尽な暴力に怯え続けるだけだった奴隷の自分――今日の命を長らえることだけ考え、目と心を閉ざしてきたこれまでの自分の姿が洪水のように脳裏に流れ込んでくる。
自分の不甲斐なさが、目の前の現実が、世の理不尽が、何もかもすべてが腹立たしく、俺の頭を真っ白に埋め尽くした。
俺は勇者じゃなかったのか!
痩せ細った自分の腕を見る。それは非力で薄汚れた奴隷の腕だった。俺はあかぎれて節くれだった己のこぶしを強く握りしめ、自分自身に叫ぶ。
いま勇者でないのであればこれから勇者になればいいだけだろ!? そうだよな! だが――
目の前の子どもさえ救えないで勇者になんてなれるもんか!
もう後先なんて考えることなんてできなかった。
気が付くと俺は馬車に向かって歩き出していた。
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