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第3章 冒険者ギルド
第31話 『俺』の記憶。
しおりを挟む『やあ、元気かい俺。そっちの世界はどうだ』
誰だ。俺に向かって話しているのは。
『とにかく、二回目の『跳躍』ご苦労様だった。息を付く暇もないが、念の為確認しておく。俺がここにいる理由はなんだ』
ここにいる理由? 何を言っているんだ。
俺は薄っすらと目を開けた。
俺は暗い竪穴の中で泥のように眠っていた。
しかし特筆すべきは淡い青の光。
そこから若干のノイズを放ちながら幻を映し出していた。
「なんだこれ」
指輪が機能している。
幻、なのか。しかしよく見れば、なんだこれは。
俺じゃないか。
そこに、俺がいた。違う。多分これは、『俺』だ。
俺ではなく、また別の『俺』。
「お前はいつの『俺』だ?」
その返答を他所に。
『そうだ。ラケナリアを救う為だな』
何を言ってるんだ。
俺の声が聞こえていないのか。
或いはこれは、ただの映像と音声のデータ。
ホログラムに過ぎないという事か。
超文明的で、されど俺はしっかりとそれを認識出来た。
未知の用語を難なく思考し使用できる俺に戸惑う。
しかし、さっきから『俺』は妙な事を……。
『これだけの魔力を集めたんだ。焦らずとも着実に実力は戻ってきている』
「魔力を集める……実力?」
『では健闘を祈る。必ず、ラケナリアを救え。オーバー』
消えた。データ上の『俺』は消えて行った。
途端に壁は薄暗くなり、恐怖が襲う。
さっきのは何なんだ。
「んん……」
「カトレア」
「お兄さん。また助けてくれたんですね」
「あまり喋るな。大丈夫だ、きっと助かる」
「はい、お兄さん。こっちに来てください」
俺は身を寄せる。彼女はぎゅっと抱き着いてきた。
温かい、俺はその温もりを決して拒めなかった。
「大丈夫、大丈夫だ」
俺はゆっくりと彼女の背中を撫でる。
カトレアはぎゅっと俺の服の裾を掴む。
「行きましょう」
「もう、いいのか?」
「はい。出来ればすぐに決着をつけるべきです」
それは俺も同感だ。
ここに居座り続ければ続ける程、帰りたいという欲求が薄れていく。この環境に慣れる事は死と同義だ。安全域まで早く逃れなくてはならない。
水も食料も、更には回復薬もない。俺達は全身が傷つき、死にかけている。それでも世界は、この世界の神様は戦闘を強いている。
「ふぅぅぅ……」
信じるべきは己の実力、か。
一時の平穏を名残惜しく感じながらも俺は立ち上がる。
「ん?」
「どうかしましたか」
「いや、俺の刀。こんなに軽かったっけ?」
「かたな……見た所、折れている様子はないですが」
『俺』は確かこう言っていた。
実力は戻って来ていると。
俺の本当の実力ってなんだ?
まあいい。それは魔物に聞くだけだ。
「行くぞ、カトレア。今度こそ」
「はい」
俺は竪穴から飛び出す。
魔物の姿はない、いや、上空……!
同時に二か所、まずい避けられない!
避ける?
俺はふと冷静になった。
どうして俺は避けるという発想に至ったんだ?
俺はこれを斬ればいいだけだろうに。
不思議な思考に疑問を浮かべながら。
刀を構えた。
「【神剛派・"第二"秘刀】 《二葉咲》ッ」
パスンッ、いとも容易く魔物は砕け散る。
「お兄さん、今の……」
「俺に任せろ」
今の俺なら出来るだろう?
何、やり方は自分自身がよく知っている。
心の奥底、頭の中枢。
この身体に、備わっていた実力を解き放て。
「【神剛派・第三秘刀】《三柊》」
魔物達が四方八方から押し寄せる。
カトレアは覚悟して唇を噛み締めた。
だがその直前、魔物は爆ぜた。
バッサリと細かく砕けていく。
「なん……ですか。これ、今のは───」
カトレアはブツブツと呟きながら、やがてはっと目を見開く。何かに鋭く勘づいたようだった。
「斬撃を、置いた……?」
「そうみたいだな」
俺は他人ごとのように呟いた。
そう、俺自身もよく分かっていない。
この剣技を何故使えるのか分からない。
でも俺は間違いなくこの技を知っている。
そして、問題なく振るえる。
「カトレア。行こう」
「ふふっ……お兄さん。今最高に格好いいです」
「だろ?」
「惚れてしまいそうですよ」
「ははっ、よしてくれよ」
「何ですか、彼女さんでもいるんですか?」
「違うな。ま、居候はいるけどな」
俺は刀を構えた。
「次は一気に行くぞ。準備は出来ているな」
「はい。これで決めましょう」
息を吸う。
肺に空気を送り込む。
久しぶりに意識して取り込んだ空気だ。
貪るみたいに一新する。
「【神剛派・第四秘刀】……ッ!!」
跳躍した。魔物達が一斉に飛び跳ねる。
「《四桜吹雪》ッ!!」
《一閃華》の連続技。身体を回転させ、際限なく撃ち込む究極の奥義。《一閃華》の後隙を、《一閃華》で打ち消す暴挙。
ザクザクと切り落とされる魔物の首。
ゴロゴロと魔石が石畳に落ちていく。
気がつけば、あれだけいた魔物が残り僅かとなっていた。奴らが正気を保っていられるのは、アンタレスというボス級モンスターのお陰かもしれない。
これで最後、全てを出し切らんと指輪を掲げる。
「今の俺は、これの使い方をもっと上達出来たはずだ」
『時間停止』のさらに半分の出力。
時間を遅くして、相対的な俺を速くするのだ。
「『加速』」
爆発的な加速でアンタレスへ吶喊する。
巨大な脚の連続攻撃を捌きながら、ヘイトを買い続ける。カトレアは魔力をその手に込めていた。
「『雷雲の空』『地を総べる刻』『下る制裁の槍』」
詠唱……?
俺は瞠目する。
詠唱は時間的『代償』を払い、強力な魔法を展開する技だ。戦闘時には殆ど使えない場合が多いが、発動さえ出来れば特大のリターンを得る事が出来る。
彼女の一撃で全てを終わらせるつもりだ。
アンタレスがその殺気と驚異に気付いた。
俺を躱してアンタレスがカトレアに迫る。
「させるかッ、《二葉咲》ィィイイッ!!!」
二本の刃がアンタレスの脚を削いだ。
動きが制限され、ずしゃりと石畳へ叩き付ける。
「魔法『雷槍』ッ!!!」
アンタレスの脳天に、光の槍が突き刺さる。
地面すら派手に抉って、残骸がボロボロと舞う。
アンタレスは動かない。
ぐったりとその胴体を横たわらせた。
バァンッ……。
弾け飛ぶ肉体。光の残滓となって消え失せた。
「やった、やった……!」
「やりました、お兄さ───」
ドクンッ!!!
空気が胎動する。可聴域外に響く音。
見ている、見られている。
魔物が失せた。
全滅させた。それだけの快挙、そして達成感。
油断をした瞬間に最後の絶望が現れた。
あれだけ頑丈だった壁がぐるぐると円を巻き、そして消えていく。そして床がぐんぐんと上に上昇する。
エレベーター。俺がそう認識するや否や、次なる階層に行き着いた。その場にいたのは、最凶の魔物。
「ドラゴン……」
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