Night Sky

かつては無邪気に笑えた人ー１

　ある日の昼の巡回中に出来事だった。信也、糸美、鉛の３人は銀座の街中を巡回していた。

　３人の目の前を歩いていた、杖をつく老婆が転倒した。

「大丈夫ですか！　おばあさん！」

　信也がすぐさま駆けつける。「ああ、ありがとうね」と老婆は返事をし、寄ってきた信也の額に手を触れた。

　異変はすぐに起こった。

　老婆が額から手を離すと、その手には赤いドーナツのようなものが握られていた。そして老婆はそれを勢いよく頬張ったのだ。

「……！　ユニゾン！」

「糸美ちゃん、拘束を！」

　鉛の指示で糸美がクモの糸を出して老婆を全身ぐるぐる巻きにする。老婆はその場に倒れ込んだ。

「大丈夫ですか、丼息さん！」

「た、助かったよ、八脚さん……！」

　信也が駆け寄ってきた糸美に礼を言う。だが彼の言葉と態度に、糸美はすぐに違和感を感じた。

「……？　今名字で私のこと言いました？　いつもは下の名前で呼び捨てですのに」

　そう言われた信也は明らかに怖がっている様子だった。体の何かをドーナツとして抜き取られたことでこうなったらしい。

「急に震えがして、怖いんだ……！　なんで兵士なんて命がけの仕事なんかやろうとしてるのか……！　分からないんだ……！」

　快活な性格の信也の異常な変化に、鉛が拘束された老婆に詰め寄る。

「信也ちゃんに何したの！　答えなさい！」

「あのガキの大事な人の記憶を抜き取ったのさ……！　兵士を目指すきっかけとなった、大事な人の記憶をね……！」

《鉛版債範(エンバン　サイハン)　ユニゾン名：ドーナツホール……対象の人間から特定の人物の記憶をドーナツにして完全に消す。対象はその後永遠にその人物のことを認知できなくなる。記憶が変わることで、人格も矛盾がないものに変わる。》

＊

「それでこんなヘナヘナな人間になったのか」

　その日の晩、寮に戻った第一部隊。共同スペースの隅で震えている信也を見て、太陽が率直な感想を述べた。

「忘れた人間は誰なんです？　ここのメンバーですか？」

　遊大が全員に質問すると、王子がスマホでWikipediaを開きながら説明する。