カゴの中のツバサ

九十九光

文字の大きさ
上 下
33 / 81

#6-5

しおりを挟む
いくカナコは、同じ人間なのに毎回まるで違う様相を見せている。今までのツバサにとって、服は記号でしかなかった。自分や他人がどんな人で、どんな仕事をしているかを説明するための地図記号だった。だからこそ、ただの情報提供のシステムでしかないはずの服で、新しい自分を造り上げ、まったく違う印象を植え付けてくるカナコの姿は、不思議な興味に満ち溢れていた。今日一日ずっと、このカナコのワンマンファッションショーで終わってしまってもいいと考えている自分がいることに、ツバサ自身が気付けずにいた。
「ツバサ君の服も選んであげよっか?」
 ツバサが気付いた時には、今日着てきた服に戻っているカナコが話しかけてきた。
「いいよ……。服みたいに大きいのは隠し切れないから。バレたらお母さんになんて言われるか分からないし……。」
 ツバサはすぐに断った。別にカナコに悪いと思って遠慮したわけではない。本当にこの理由だけで断らざるを得なかったのだ。本心を言えば、カナコお姉ちゃんの言葉に甘えて、今日の思い出になりそうなものを手に入れたかった。
「ああ。確かにそうだね……。」
 ツバサに言葉を返され、カナコは少し悩まし気な顔に変わり、その場で何かを考え始めた。
 そんな光景さえ、ツバサには珍しいもののように感じられた。
 今までそれだけの人が、ツバサ自身の都合を理由に、真剣に考えて代替案を提示しようとしただろうか。少なくともツバサの記憶には、自分の意見を交えて何かを考える人間というものは存在していなかった。
「こっちに来て。」
カナコは一言そう言うと、優しくツバサの手を引き、人が増え始めているショッピングモールの中をまっすぐに歩き出した。
 ツバサは訳が分からないまま、カナコが導くままに赤の他人だらけの中を歩いていく。持ってきたポーチに入らないものはまず買えないのに、カナコが何をしようとしているのか、まったく理解できなかった。
カナコの目的地は、少し暗くなるように作られた三階にあった。新装開店と書かれた手書きの広告を大々的に掲げた雑貨店だった。
 カナコの後について入ったその中は、人一人通るのがやっとなほど両側に商品が並んだ手狭な空間だった。壁や棚に添えられたハイビスカスの造花から、ハワイか東南アジアを意識した店らしく、小さな電球の照明をまばらに設置した光の暗さと、ニスを塗って光を反射
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

教え子に手を出した塾講師の話

神谷 愛
恋愛
バイトしている塾に通い始めた女生徒の担任になった私は授業をし、その中で一線を越えてしまう話

パート先の店長に

Rollman
恋愛
パート先の店長に。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

処理中です...