夢幻の魔女

緋色

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第二幕 魔女と弟子の日常

第十三話 魔女の館

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「わぁー……セルティア様! お客様が来るみたいです!」

 灰色の癖毛を高い位置で二つ括りにしたリリーは一度目を閉じたあと笑顔でセルティアに駆け寄った。その手には砂糖と表示された入れ物がある。

「そうみたいね。……あ、ロールそれとって!」

 背中まで波打つ黒髪を一つに束ねたセルティアは返事をしながらも、リリーと似た容姿を持つ少年、ロールに呼びかける。
 赤いふんわりとしたワンピースに身を包んだセルティアの両手はボウルと泡立て機で塞がっていた。

「これでいいですか? セルティア様?」

 リリーと同じ灰色の癖毛をもつロールはセルティアに言われたものを手にし、それを渡した。今朝がた採れたばかりのフルーツが入れられた別の入れ物である。新鮮なベリーは庭先で栽培しているものだ。

「ありがとう」

 セルティアがそう言えばロールも嬉しそうに笑顔を見せる。そしてキラキラと輝くフルーツを三人で確認した。
 同じ顔を持つ二人は灰色の髪を揺らしながら、セルティアに話しかける。

「美味しそうです!」
「絶対美味しいです!」

 同じ声音で話せば、二人をよく知らない者からすると区別がつかないだろう。双子なので全く同じ容姿をしているが、それでも性別の違いから少しずつそれぞれに特徴がある。
 ロールの髪は、首が隠れるほどある。後ろ姿だけ見ると女の子と間違われてしまいそうだ。一方でリリーの髪は片割れよりも長めでツインテールにしていることが多い。
 この双子の特徴は癖毛と、左右の瞳の色が違うオッドアイだ。オッドアイはとても珍しく、初めて見るものは大半が驚きをみせる。そしてこのオッドアイが持っ意味を知っている者はこの双子を異様な目で見てくる場合もある。
 セルティアはもちろん、全てを知りながらも気にしたことはない。慣れた双子の可愛らしい姿に微笑みながら呟く。

「出来上がりが楽しみだわ」

 広いキッチンに三人仲良く立つのは決して珍しいことではない。セルティアは料理が好きで、特にお菓子作りの腕前は自他共に認めるほど良い。頻繁にお菓子作りをしている彼女の手伝いをこの双子はよくする。
 キッチンの中はフルーツとクリームの甘い香りが充満していた。
 セルティアはボウルの中身を混ぜたあと、石窯の中を確認する。満足気味に頷けば後ろに控える双子を振り返った。

「きっともう直ぐ着くわ。さあ、二人とも! お客様をお出迎えをしてあげて」

 にっこりと笑いながら幼子二人を促せば、明るく素直な返事が揃って聞こえてきた。



 エルが持つメッセージカードからは帯状の淡い光が森の奥へと続いている。
 その光と新たに浮き出た地図を頼りに、エル達は森の奥へと進んだ。ずっと同じ景色のように見えていたが途中から違う力が働いていることにエルだけは密かに気づいていた。

(これは……結界かなんかか?)

 目を凝らせば薄い靄のようなものが漂っている。それも本当によく見なければ気づかないような違和感だ。
 実際ハレイヤやジェークが気づいた様子はない。
 害がないのならいいかと、敢えて口にすることはなかった。そして程なくして目的の場所へと辿り着く。

「これは……」

 木々が茂るなかにぽっかりと開けた場所があり、そこに意外とすっきりとした館があった。
 豪邸と呼べるほどの建物ではないが、真っ白な外壁に青い屋根といった二階建てで、奥行は分からないがそれなりの敷地がありそうだ。一人で住むには大きすぎるだろう建物を見て、では一人ではないのかと、エルは少し考える。
 魔女の館というような怪しい雰囲気はせず、どちらかといえば清潔感が漂う、小奇麗な館だ。館の周囲には手入れされた可愛らしい花が咲き誇り、同じように手入れさた果物がなった木が左右に一本ずつ立っている。

「魔女殿が住むには可愛らしい建物ですね」

 ハレイヤは好感を持ち、笑顔で促した。
 彼女の言うとおり、想像していたのとは大いに異なりエルは複雑な顔をする。偏見ではあるが、魔女と家といえば、もっと暗く、蔦が這ってそうなイメージがあった。
 これでは魔女というよりかは、中から清楚なお嬢様が出てきそうである。

「あ、でも中は凄いかもしれませんよ?」
「あのなぁ……」

 ジェークの楽しむような軽い言い方に、エルはため息をつきかけながらも、入り口となる目の前の扉を軽くノックした。
 すると案外簡単に扉は開かれる。まるで訪問者が来ることを予期していたかのように、すぐに開かれた扉の前には小柄な二人の姿があった。

「ようこそいらっしゃいました。どうぞお入りください」

 エル達を出迎えたのは、似た面立ちをした幼い二人の子供である。

「……子供?」

 首を傾げるハレイヤであるが、幼い二人が中に入るよう促すので、一先ずそれに従う。
 エル達三人が館の中へ入ると、扉はゆっくりと閉められた。

「お待ちしておりました。エル・グディウム様、ハレイヤ・ハーゼン様、ジェーク・ウィディウス様」

 幼い女の子の方が、フリルのスカートを摘み上げて頭をゆっくりと下げた。

「セルティア様は只今手が離せませんので、少しお待ちいただいてもよろしいですか?」

 女の子と似た面立ちをした幼い男の子も頭を下げ、訊ねる。
 よく見ると二人は面立ちだけでなく服装も似ておりお互いにバランスが合っている。
 印象に残るのは灰色の癖毛と珍しいオッドアイだ。
 その幼さとは似つかない言動に、エル達は軽く驚くが、おとなしく従った。

「なぜ、俺達の名前を?」
「僕達、まだ名乗ってないよね?」

 エルとジェークは同じ疑問を口にする。
 館の中を案内するように前を歩く幼い二人は、肩越しに振り返っては嬉しそうに笑った。

「セルティア様は凄い人です」
「あなた方のことはセルティア様から聞いていますよ」

 先ほどよりも少しばかり幼くなった口ぶりには、尊敬と信頼が含まれていることがわかる。そのオッドアイが輝いて見えたのは間違いではないだろう。
 舘の中も怪しい雰囲気など見あたらず、廊下は綺麗に掃除され、窓の横には白と黄色いの綺麗な花が活けられている。

「あ、こちらでお待ちください」
「セルティア様はすぐ参ります」

 客間と思われる一室に入ると、大きな窓から陽が射し込み明るく照らされている。長方形のテーブルと、それを囲むようにある三人が優に座れるソファーが二つに一人掛けも二つある。大きな窓には薄い黄色のカーテンがあり、近くにはこちらにも綺麗な花が飾られ、応接間としては申し分ない。
 言われるがまま席を勧められると三人は腰をおろした。
 魔女を待つのは構わないが、目の前でにこにこと笑顔でいる幼い子供に対し困惑する。
 そのエル達の様子を見て、子供二人は何かに気づいて飛び跳ねるように頭を下げた。

「あ! ごめんなさい。私、リリーと申します」
「申し遅れました。僕はロールです」

 二人揃って頭を下げて、それぞれの名前を口にする。リリーとロールと名乗った双子は同じような動きを見せる。

「僕たちは、セルティア様にお仕えしています。どうぞよろしくお願いします」

 ロールがもう一度頭を下げて笑うと、横にいたリリーも同じように真似る。

「すぐにお茶の用意をしますね!」

 そして嬉しそうにリリーは手を合わせて笑った。
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