夢幻の魔女

緋色

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第一幕 騎士と魔女

第九話 聖なる力

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「あの魔女、もしかして……」

 集中しながらも、ひしひしと肌で感じ取れるセルティアの魔力と、宙を見る彼女の姿を目の端で捉えたエルは口の中で呟いた。
 セルティアの魔法によって一度魔物と騎士隊の距離は開いたが、すぐに魔物はその距離を縮めてくる。
 エル達の聖術が発動するのにそれほど時間は掛からないはずだ。現にセルティアは背後から聖なる力が高まっていくのを感じていた。
 ほんの少しの間だけ魔物の群れの注意を引くことが出来ればいい。出来ることなら他の騎士隊の手を煩わしたくもない。

(……よし)

 セルティアはそこまで考えると、握りしめた拳を開け、掲げた。

「我、セルティアの名において命じる」

 セルティアは澄んだ声で小さく唱える。出来ることならこの声は他者に聞こえないように、気づかれないようにと願いながら。
 再び彼女は緩やかな風に包まれ、口元を緩めた。

「少しの間だけ、魔物の動きを止めてもらってもいい?」

 それは誰に言った言葉かはわからない。しかしセルティアが微笑むと、緩やかな風は吹き抜け、やがて激しくなり魔物の群れを覆うように巨大なものとなった。

「これは一体……」

 呆然とその光景を眺めた騎士の一人が言った。目に見えないはずの風がその激しさから姿を現し、壁を作り出す。

「凄い魔力だな。まさか精霊自体を動かしてみせるとは……」
「え……?」

 一息ついたセルティアに突如掛けられた声はエルのものであった。
 少し驚きを見せてセルティアが振り返るとそこにはエルを含む聖騎士三人の姿があった。

「あの子たちの姿が見えるの……?」

 恐る恐るとセルティアは他には聞こえないよう、小さな声で訊ねる。
 副隊長の二人はその様子から何も見えていないということが分かるが、エルの眼差しは、傍目には何もない空間をしっかりと捉えていた。

「まあ、それなりには。こんなにはっきり見たのは久しぶりだ」
「驚いたわ……あなた、想像していたよりもずっと凄いかも」

 はあ、とセルティアは感嘆の息を吐いた。
 精霊は大きな力を持っている。聖術も魔術もその一部の力を借りているにすぎない。精霊の姿は人の目に映ることはないはずなのだが、稀に大きな力を持つ者は目にすることが出来る。
 エルが精霊を見ることが出来るというだけで、彼の持つ聖力が強く大きいものという証明だ。
 そしてその精霊に直接語りかけることが出来たセルティアの魔力は底が知れない。
 だから彼女は誰にも気づかれないことを望んだ。そもそも精霊を見るこが出来る者などこの場にいないとたかをくくっていたのだ。

(凄いけど……見られたのは不味かったわね)

 エルを侮っていた自分が悪いと、諦めのため息をつく。少し考えれば予想出来たのに、思慮が足りなかった。

「……」

 魔女の様子に眉をひそめ、何か物言いたげな視線を向けるエルであったが、しかし彼は思ったこととは別の言葉を口にする。

「……とりあえず、早く帰りたい」
「……そうね」

 首を傾げながらも相槌を打つセルティアをよそに、エルは背後に控える副隊長二人を振り返る。

「さっさと片付けて帰ろう」
「そうですね、隊長」

 ハレイヤとジェークが頷くと三人はお互いにその距離を縮めた。そして片腕を前へ差し出す。
 差し出された腕からそれぞれ淡白な光が溢れて、やがて一筋の細い光となり、空へ昇れば、天を突き抜ける。
 まさしくそれが、聖なる力の表れであった。
 天へと抜けた一筋の光は空を明るく照らし、薄暗かった辺りに清らかな光が優しく降り注ぐ。
 それは温かい光、聖なる清浄の力。
 光を浴びた魔物の群れは急におとなしくなった。増幅していた魔の力も静まっていくのが感じられる。

「魔物が……」

 光と魔物を見つめていたセルティアは息を呑み、呟いた。
 魔物はそれぞれ悲しそうな鳴き声を響かせ、群れは後退し辺りから姿を消してしまった。
 恐らく、魔物たちの住処へ帰っていったのだろう。

「……終わったのね」

 セルティアは一息吐き出すと、エル達を振り返り、ゆっくりと近づく。周りでは他の騎士達が喜びを表し、聖騎士に声をかけている。

「本当に凄いわね、予想以上だわ。あそこまで大人しくさせるなんて」

 頬を緩ませて話すセルティアに、エルは肩を竦めた。
 聖なる力は彼女が想像していてよりもずっと大きく、効力を発揮したようだ。

「魔は聖を嫌う傾向にあるからな。まあ、興奮も一気に冷めたんだろうけど」
「……でも、ちょっと同情しますね。あの魔物には……」

 エルより半歩後ろに立つハレイヤがそう言うと、彼女の隣にいるジェークも頷く。
 どういう形であれ、子を失った親を不憫に思ってしまうのは仕方がないことだろう。
 そして仕方がなかったとはいえ、子を捌いたのは他でもない騎士隊だ。

「そうね……。ところで、あの人はどうするの?」

 セルティアは未だに廃屋の前に佇むローブを着た男を眺めた。その言葉で思い出したかのように、騎士たちは男を捕らえる。加えて、ジェークは撤退の準備に取り掛かるように指示をした。

「あいつ、魔術師だろ? どっちにしたって連盟に引き渡すしかないな」
「それは構わないけど……この件を解決したのはあくまでも騎士様達だけってことにしておいてくれないかしら?」

 困ったように小首を傾げるセルティアに、彼女の周りにいた聖騎士三人は訝しがる。

「……つまり、魔女殿は関与していなかったことにする、ということですか?」

 ハレイヤが訊ねるとセルティアは苦笑した。

「そういうこと。まあ、魔導石のことはどうしようもないけどね。適当に含めといて。でも犯人を捕まえたのは騎士様。魔物を追っ払ったのも騎士様。事実には変わりないし、いいでしょ?」
「そうですが……隊長、どうします?」
「いいんじゃないか、別に」

 投げやりに言うエルに、思わずハレイヤはため息をついた。しかし反論は一切しない。

「わかりました。しかし、なぜ?」

 自分が創った魔導石とはいえ、犯人を捕まえ街の治安を守ったことに変わりはないのだから、それなりの賞賛されるだろうに。
 わからない、と顔に表すハレイヤを見てセルティアは苦笑せざるおえなかった。

「なんてことない理由よ。苦手なのよね、連盟って」

 ただそれだけの理由。しかし彼女にとってはそれほどの理由なのだ。

「魔術連盟が苦手って……魔女にとっては致命的だな」

 呆れたように言うエルに、セルティアは曖昧に笑うだけだった。全くもってその通りなのだが、こればかりはどうしようもない。
 魔術師は基本的に魔術連盟という組織に所属している。連盟から各々に指令を下され行動するのだ。役所内にある魔術部もその一端である。
 つまり魔女であるセルティアも魔術連盟に所属しているはずなのだ。犯人を捕らえたとなれば業績に残る為、普通ならば進んで報告しそうなものである。

「まあ、いいじゃない。さ、帰りましょう?」

 詳しくは語らず、おどける姿に疑問が残る。眉を寄せたエルだが、ふと思い出したかのようにセルティアを呼び止める。

「あと、もう一つ聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
「……魔女セルティアって、夢幻の魔女?」

 一瞬にして彼女はその動きを止めた。エルの言葉を聞いたハレイヤとジェークも同じようにその動きを止め、己の上司を凝視する。
 魔女と聖騎士の周りにだけ沈黙が落ちる。
 固まった三人とエルの間に、時間を解すような優しい風が吹き抜けるのだった。
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